髭面とマスケット銃

英田クニハル

第0話 決戦の日 前半



 1803年の春。


 ハリア王国が誇る "将軍マデューラ" 率いるハリア王国主力軍は、破竹の勢いで諸王国を滅亡させてきた "ムスファ帝国" を迎え撃つべく出陣した。


 ハリア王国の南東部ラムスファットでは、先にムスファ帝国と交戦をしていたブルージェイド・ハリア連合軍が劣勢を強いられていた。帝国の軽騎兵に翻弄されていたのである。


 戦列歩兵と呼ばれる鈍足かつ側面からの攻撃に弱い歩兵の横隊を主に用いていた連合軍は、軽騎兵に対応出来ず損害を出し続けていた。


 そんな中、後方にマデューラ将軍率いる主力軍の存在を知らされた連合軍は、ラムスファットの戦場から退却し主力軍との合流を目指した。


 ラムスファットから北西11キロメートル。


 ハリア主力軍と連合軍は、そこで合流した。総勢8万人を超えるハリア主力軍は、緩やかな丘に陣取り帝国軍の到着を待った。


 マデューラ将軍は、軽歩兵からなる斥候を帝国軍が通るであろう行軍路に配置し、監視させた。それは随時、敵の行動を把握しておき、先手を打つ算段であった。


「マデューラ将軍!! 帝国軍の前方部隊です!! 」


 斥候からの報告でマデューラ将軍は身構えた。そして、サーベルを強く握りしめる……。この戦いがハリア王国の存亡を掛けた大事な一戦であることを覚悟したかのように。


「クロスブリッジ。君の砲兵部隊は直ぐ撃てるようになってるかい? 」


「ええ、もちろんですもと。将軍閣下」


 クロスブリッジ。マデューラ将軍が信頼のおける軍人に名を挙げる1人であり、ハリア第2砲兵隊を任されている。


「ラムスファットからの情報ですと歩兵同じく砲兵も軽騎兵の餌食になったとか」


「そのようだな。だが安心するんだ。ラムスファットの二の舞にはならないよう努力しよう」


「具体的にどのようなお考えが? 」


「君たちはとにかく帝国軍の戦列歩兵に集中砲火を浴びせるんだ。そうしていれば必ず帝国軍は軽騎兵を攻撃に向かわせるだろう」


 そう言うとマデューラ将軍は、別の軍人を呼び寄せた。


「そこにハリア王国槍騎兵連隊のお出ましだ」


 銀色の甲冑に身を包み、とんがり帽子のような鉄兜をした槍騎兵たち。その上に立つハミリア大佐である。


「帝国の軽騎兵にビクビクしているこのクロスブリッジ君に大佐殿の槍騎兵がどれほど頼りになるか伝えてくれないか? 」


 ハミリア大佐は、馬から降りるとマデューラ将軍とクロスブリッジの前に立ち敬礼をした。


「はっ!! 承知しました将軍閣下!! 」


 ハミリア大佐は、クロスブリッジの方見て微笑んだ。


「クロスブリッジさん、我が騎兵連隊は帝国軍の軽騎兵を打ち破った実績があります。それにサーベルが槍に勝ることはありません」


「その通りだ。歩兵が接近戦では騎兵に有利に戦えないのと同じように、軽騎兵は重騎兵や槍騎兵には自由に戦わせてもらえない。


加えて、砲兵隊の後ろに槍騎兵を見せびらかしておくだけでも軽騎兵の突撃の抑止力となる」


「では、我ら砲兵隊は槍騎兵が付いてくれている限り軽騎兵からの攻撃に警戒しなくていいと」


「それは少し甘く見ているな。殺気に取り憑かれた士官が軽騎兵を無理やり君たちに突撃させてくるかもしれないだろう?


だから、君たちは軽騎兵の突撃からすぐ退却できるように準備をしておいてくれ」


「騎兵と鬼ごっこですか……。はぁ、生きた心地がしませんね」


「そうだな。私もそういう目にはあいたくないものだ」


 ハリア王国本陣にマデューラ将軍の迫力ある笑い声が響いた。





「さてハミリア大佐、砲兵隊の元に向かってくれ。クロスブリッジも持ち場につくんだ。もうじき、戦いが始まる」


 ハリア主力軍が陣取る向かいの丘から帝国軍の歩兵部隊が現れた。


 この前から前哨戦という形で、ハリア側の軽歩兵と帝国側の軽歩兵が撃ち合っていたが、帝国の歩兵部隊登場により帝国側の軽歩兵は歩兵部隊の側面防衛に移った。


 軽歩兵は、主力となる歩兵部隊(戦列歩兵)の側面防衛や偵察の役割を持つ。


 ハリア側の軽歩兵は、主に偵察を行っていた。味方の歩兵部隊が敵に遅れを取らないようにするためだ。


 偵察範囲を広げるために軽歩兵の装備は最小限かつ編成人数を他の兵種より少なくされていた。


それゆえに、ラムスファットの戦いでは、歩兵部隊の側面防衛の役割をも一応として担っていた軽歩兵は、帝国軍の軽騎兵に対応できず突破されてしまったというわけだ。


 マデューラ将軍は、この失敗を活かし軽歩兵の編成人数と携帯弾数を増やした。偵察範囲は縮まったものの、その分軽歩兵の抵抗力は増加した。


 主力歩兵部隊が到着するまでの時間稼ぎとされる前哨戦には、明確な勝ち負けはない。歩兵部隊を指定の位置にたどり着かせるための戦いであるからだ。


 ラムスファットから北西に11キロメートルのこの場所は、サーテミラという地名である。


 ハリア、帝国双方の砲兵隊の砲撃から戦いは始まった。ハリア王国のほぼ全ての戦力をここに集結させたことからこの戦いは、のちにサーテミラ決戦と呼ばれるようになる。


 前進してくる帝国軍歩兵部隊。彼らはハリア砲兵隊からの砲撃を受けながらも怯まずこちらへ進んでくる。


 迎え撃つは、前線を任されたハリア王国軍第5歩兵大隊。マスケット銃を担ぐ彼らにも帝国からの砲弾の雨が降り注いでいた。


 隊列に当たる砲弾は数少なかったが、それは相手砲兵隊から離れているからである。


 段々とハリア王国の砲兵隊に近づいていた帝国軍歩兵部隊は、横隊と縦隊を組み合わせた隊列で前進していたが、砲撃を受ける度に帝国兵がバタバタと倒れていった。


 即死してしまった者は、幸運だったに違いない。なぜなら、ほとんどの者が砲撃によって手や脚を失いその場でうめきもがいていたからだ。


 そんな状況に顔の表情1つ変えず前進してくる帝国軍歩兵に、ハリア王国軍の兵士たちは恐怖を感じた。


「歩兵隊!! 銃、構え!! …… 撃てっ!!!! 」


 ハリア王国軍の前線部隊、ハリア王国第5歩兵大隊の横隊から放たれた銃弾が帝国軍歩兵部隊を撃ち抜く。


 双方の主力武器であるマスケット銃は、装填に早くても30秒はかかり、射程は相手の白目が見える距離なわけだから、相手の顔が見えながら撃つこととなる。それに倒れる姿も見る。


 だが、撃った瞬間は銃からの硝煙のおかげで、自分が相手を殺すことになったのかは確認できない。不確かな罪悪感というなんとも言えない心情に晒されるのだ。


 歩兵の撃ち合いで誰もが感じる恐怖、それは装填にしている間に相手から撃たれてしまうというものだ。


 こちらが先に撃てば、相手の数を減らすことはできる。しかし、一斉射撃で全滅させることは出来ない。弾数が1発かつ装填時間が30秒となれば、装填している間に敵方からマスケット銃による一斉射撃が行われるということだ。


 つまり、1発ずつの撃ち合い。


 いつ自分に弾丸が当たるか分からない恐怖を、各兵士は覚えることとなる。


 この恐怖から逃れようとする兵士は少なくない。死にたくないのだから仕方ない心理だろう。


 それを防ぐ役割を持つのが横隊である。横に1列、それを3~5列併せた横隊は、逃げ出そうとする兵士を物理的に抑え込んでいた。


 ハリア王国軍と帝国軍の歩兵部隊が撃ち合いを繰り広げている中、マデューラ将軍は、帝国軽騎兵の動向を注視していた。


 このまま、歩兵部隊の撃ち合いが続くのであれば、数が多い方が有利である。


 この現状を打破するのが騎兵というわけだ。


 騎兵突撃。


 感じる地面の揺れと隙間のない騎兵の列。勢いが止められなければ歩兵に打つ手は無い。これは砲兵にも言えることである。


「皇帝陛下、バンザイ!! 」


「祖国のために!! 」


 こう叫びながら突撃してくる帝国軍騎兵たちに、狩られる対象となってしまった歩兵たちは攻撃の手を止め逃げ出す。


 騎兵突撃は、歩兵部隊を退却に追い込めたらそれでもう戦法的には成功なのである。


 こうさせまいとマデューラ将軍は、歩兵部隊の側面防衛を強め槍騎兵を配置してと準備をしていたわけだが、帝国軍はまた違う戦法でハリア王国軍を苦しめた。


 砲兵の弱い点は、機動力のなさである。大砲を人力で引っ張るわけであるから、移動にかかる時間は長い。それを補うために敵の攻撃を受けにくい後方や高所といった場所に配置する。


 その認識であったマデューラ将軍は、帝国軍砲兵隊に目を丸くした。


 馬に大砲を繋ぎ、騎兵並みの移動速度で戦場を駆けているではないか。


 固定位置からの砲撃では、どうしても射程に入らない敵歩兵部隊を、帝国軍の採用した馬を使っての砲兵隊の移動だと易々と適した位置に配置し、攻撃できるではないか。


 機動力を得た砲兵は、軽騎兵の突撃よりも脅威であったのだ。


 この機動砲兵隊の登場により、ハリア王国歩兵部隊の消耗が早くなっていた。





「マデューラ将軍、第5歩兵大隊がどれだけ持ちこたえられるか分かりません。あの砲兵隊の対処を…… 」


 そう言ってきた将校の言葉を遮るように、マデューラ将軍は帝国軍砲兵隊の方を指さした。


「あの砲兵隊が、勝敗の決定打となるのなら、我が軍は何ができる? 」


「……将軍閣下、歩兵ではどうすることもできないでしょう。できることとしたら、本陣後ろに配置している近衛騎兵を砲兵対処に向かわせるしか」


「騎兵隊長をここに呼んでくれ。彼と話がしたい」


 高さのあるベア帽と貴族風の高価な軍服を着たハリア近衛騎兵連隊の隊長が本陣に現れた。


「マデューラ将軍、お呼びでしょうか? 」


「ハーベルト隊長、来てくれてありがとう。まだ、あなた方の出番ではないというのに」


「えぇ、そうですね。我ら近衛騎兵連隊は、後退しつつある歩兵に対しての突撃を主としていますから。この状況だと、あの砲兵隊でしょうかな? 」


 ハーベルト隊長…… ハリア王室直属の軍人であり、騎兵連隊の長を務めている。王国軍とは別の組織(王室近衛軍)であり戦争方針などで度々対立している。


が、ハーベルト隊長は比較的王国軍と友好的でマデューラ将軍を尊敬する人に挙げている。


王室近衛軍はこのサーテミラ決戦に参加要請されていたが、応じたのはハーベルト隊長率いる近衛騎兵連隊のみであった。


「話が早くて助かるよ。だが、近衛騎兵を序盤で減らしたくないのだ。あなた方の騎兵突撃は、我が歩兵たちの士気を大いに上げてくれるからね」


「では、砲兵隊関連の別の話だと? 」


「近衛騎兵の軽歩兵部隊がいたはずだ。彼らを使いたい」


「軽歩兵部隊ですか、機動力には欠けますが……」


「機動力は無くていい。ただ隠密性だけがあれば。気付かれずに帝国軍砲兵隊に近づき奇襲をかけてほしい」



「分かりました。軽歩兵部隊をご用意しましょう」


 ハーベルト隊長は、引き連れていた部下にこの事を伝えた。そして、その部下は颯爽と近衛騎兵連隊が配置されている場所へと戻って行った。


「こちらも動くとしよう。軽歩兵部隊の奇襲を成功させるために、左翼に3個連隊を向かわせるんだ。注意を軽歩兵部隊から逸らしたい」





 帝国軍機動砲兵隊の登場により、戦線を任されていたハリア第5歩兵大隊は少しずつ後退していた。


 これを打開すべく、マデューラ将軍は近衛騎兵連隊の傘下にある軽歩兵部隊を敵側砲兵隊の対処に向かわせることにした。


 それと同時に、左翼の補強と注意を軽歩兵から逸らすために3個連隊を急行させた。


 これよりサーテミラ決戦は、後半戦へと移行していく。
















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