笑6
「こんにちは、イコリス。今日も綺麗だね。」
王太子にではなく、イコリスへ挨拶するのは木の魔力を有するチェリン・サウザンドだ。
イコリスより長い腰まである髪は、暗く深い緑色で艶々だ。
「今日、晴れて良かったね。殿下。サイナス、イコリス、ご無沙汰だけど、元気してた?」
穏やかに話しかけてきた群青色の髪のラビネ・リヴェールは、魔力が水の一族だ。胸まで伸びた長い髪は適当に右肩へ寄せられていたが、切れ長の涼しい目元には相応しく気怠い魅力となっている。
漠然と俺はムカついた。
二人の制服はそれぞれの髪色と関連した緑と青が、詰襟と袖口の二重線へ反映されていた。
「こんにちは。チェリン。ラビネ。私達は変わりないわ。」
ムカつく俺を置いて、イコリスが返事をする。
「殿下は止めろ。フラリスとトゥランは?」
「敷地内のベンチで話し込んでるよ。直前に来るって。イコリス、飴食べる?」
チェリンはファウストに答えながら内ポケットから棒付きの飴を取り出した。サウザンド一族は学院では飲食時以外、棒付き飴を舐めている状態を強制される。
その飴を勧められたイコリスの瞳がわずかに光った。閉鎖的環境での不満や苦痛が過食に向かないように、我が家はお菓子が制限されているからだ。
「この飴、食べても太りにくいよ。ずっと舐めてると虫歯になっちゃうから、砂糖が入ってなくて甘くないん・・・。」
「結構よ。」
言い終わる前に、イコリスは断った。甘味が無ければ食べる意味がないと思ったのだろう。
俺は違う。
「甘くないなら、どんな味なんだ?」
「米澱粉と麦芽を糖化した素材に、薄荷と肉桂を足してるんだ。いる?」
「薄荷味だけなら欲しいな。そう言えば、蜂蜜って甘いけど虫歯にならないよ。」
「そうなのか。蜂蜜入りも作ってもらおう。薄荷のみの飴は、今日持ってきてないな。また今度、あげるよ。」
甘くないと言っても薄荷と肉桂の清涼な刺激の強さで、控え目な甘さが薄らいでるだけらしい。
話を聞いていたイコリスが細目で俺を見る。(飴、貰ったら分けてあげるよ)という意味で頷くとイコリスは目を輝かせた。
「ラビネは耳飾り持ってきたのか?」
「もちろん、有るよ。」
ラビネは細長い宝石箱から出した耳飾りを見せて、ジェネラスに応じた。
「・・・鳴らない・・だと・・・。」
白金の細い鎖の先に直径約1センチの鈴が付いた全長10センチ位の耳飾りを、ラビネが留め具部分をつまんでぶらさげているのだが、鈴がくるくると回転しているのにもかかわらず、一切、音が出ていなかった。
ジェネラスはその鈴を不思議そうに見つめる。
「鈴に細工をしたのか?」
「中の玉を抜いたんだ。玉が無いと鳴らないからね。」
リヴェール一族の強制力の対象は、鈴の耳飾りをつける事だ。
耳元でリンリン鳴るので、少しでも耳から遠ざかるよう肩に当たらないギリギリの長さの鎖で鈴を吊るしている。リヴェール一族は煩くない音にするべく、工夫を凝らして土器や陶器の鈴を作ってみたが、校門を越えると必ずリンリンと高い金属音がする鈴に書き換えられてしまっていた。
「かなり思い切ったな。」
感心するファウストにラビネは物憂げな顔をした。
「無駄かもしれないけど。・・・試すだけ試してみるさ。」
奇妙な装いを課されるチェリンとラビネだが、気の毒さでは負けないトゥランとフラリスが到着した。
そろそろ、校門が開く時間らしい。
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