中等部最終試験 - 3

 例年通り、寮のロビーにはご馳走が並んでいる。疲れ切った上級生も、慣れないパーティーにワクワクしている下級生も、皆目線は中央の大きいターキーに吸われている。

「試験お疲れ様!結果のことは一旦忘れて楽しみましょ!」

 そういいながらイザベルが皆に手渡してきたのは、なにやら飲み物が入ったワイングラス。

「なにこれ、まさかお酒じゃないわよね。」

「そんな訳ないでしょ、ジンジャーエールよ。これ、昔は辛くて苦手だったのに、今じゃ大好物なの。それとも普通のソーダの方が良かった?」

「いいえ、私もジンジャーエールは好きよ。」


「乾杯!」と掛け声に合わせてグラスを掲げ、乾ききった喉に飲み物を流し込んだ。

「メグとメーティアは特にお疲れ様、気合入ってたもんねえ。」

「取り敢えず終わって肩の荷が下りました。結果はどうにでもな~れ、って気分です。メーティアは?」

「……え?ごめん、何の話してた?」

「はあ?話聞いてなかったの?まあ疲れてるだろうし仕方ないけれどさ。」


 メグは呆れ顔でやれやれ、と大げさに首を振った。

 その後もデリケやイザベル、マデリンとメグの会話は続いたが、今日は全然話に集中できない。

 意識が空中に数m程飛んでいってしまったような気分だ。


「……やっぱりメーティア、疲れているんじゃない?今日は早めに寝たら?」

「そうそう、上の空って感じよね。しんどいなら無理しないで、部屋に早く戻りなよ。後でご馳走の中から適当に好きそうなものを弁当箱に詰めて、部屋に持って行ってあげるわよ。」

 余程疲れて見えたらしく、近くにいたイザベルとメグがやたらと心配そうな顔で顔を覗き込んできた。イザベルはそっと手を私のおでこに当てた後、首を振った。どうやら熱があるわけではなさそうだ。


「そうですね。体調を崩す前に休むことが重要だと聞きますし、お先に失礼します。」

「また明日お話ししましょうね~。」

 グラスの飲み物は部屋に持って行こう、グラス自体は後で返却すればいい。


 そっと盛り上がるパーティー会場を後にし、自分の部屋まで戻ってきた。

 すると、何やら郵便受けに何か挟まっているようだ。

「中等部3年、メーティア宛の手紙?送り主は……」


 ---


「よく来てくれたね。」

「何の御用ですか?」

 ロシュフォール教授はニコリと微笑んだ。

 彼の私室は相変わらずかび臭い本で埋め尽くされているが、よく見ればその一つ一つが貴重な歴史書であることが伺える。


「大体何のことかわかるだろう?」

「すみません、ちょっと体調が優れないので早めにお願いします。歴史学の試験問題の事ですか?」

 体調が優れないのは本当の事だが、それ以上に早くここを離れたいという気持ちが強い。

 シュルト殿下と話した内容が頭をぐるぐると駆け巡り、目の前の教授に対する警戒心を強める。


「そうだ。いや、そんなに怯えないでくれ。別に取って食おうという訳じゃない、私は君を褒めたくてここに呼んだんだ。」

「褒める?」

 褒められるようなことをした覚えはない。寧ろ、どちらかというとネガティブな方をした自覚がある。


「君ほどの知識と論理的思考力があれば、推察することも可能だったのに敢えて書かなかった。だから、途中点もやれない。奨学金狙いの平民がそんなミスをするとは思えないから、わざとやったのだろう。」

 何のことかは言われなくてもよくわかる。

「本当に思い浮かばなかっただけですよ。分からない問題に時間をかけるほどの余裕も無かったので。」

「いいや、ある程度以上知識のある生徒は、何かしら適当なことを書いて埋めようとしていた。だが、君は書かなかった。書けなかったんだ、他に思いつく理由が無かったから。」

 何とも遠回しな言い方で嫌になる。上流貴族は抽象的な話し方を美徳とすると聞いたことがあるが、私は正直時間の無駄でしかないと思う。


「問題不備ではないのですか。模範解答は教えて頂けるのでしょうか。」

「模範解答は存在しない。食糧、装備、天候、士気、作戦。戦争における要因なんて無限にあるのだから、適当なものを予想して答えれば否定はできない。それに、推察することを前提に出した問題なので問題不備でもない。」

「そうですか。今後はこのようなことが無いように精進致します。」

「いや、お陰でいいことが分かった。賢さとは、知識の量を言うのではない。知識を元に、どう立ち回るかが重要なのだ。」


 教授は目で近くの椅子に座るよう促したが、私は気づかないふりをして立ったままでいることにした。

 体調が悪くて座りたいのは山々だが、早く帰りたいという意思表示をせねばならない。


「君は豊富な知識を振りかざす訳でもなく、立場を理解し敢えて情報を出さないという思慮深さも持っている。利益のみを享受しようとする普通の平民には見られない行動であり、どちらかというと全てを与えられて生まれ育った貴族の考え方だ。平民にしておくには実に惜しい。」

「……それは、お褒め頂き光栄です。それでは、私はそろそろお暇させて頂きます。」

「まあ待て。私はお前を助けてやろうと思ったのだ。私にはわかるぞ。……お前は、この学園で何かを探している。」


 少し心拍が上がったのを、彼に気づかれていないだろうか。少し落とした目線も、体調不良だと誤魔化せるだろうか。

 落ち着け。彼の言っていることは、恐らくハッタリ。血眼になって歴史を漁る生徒の真の目的なんて、彼は分かってない。

 或いは、勘違いをしているのかもしれない。私が貴族関連で暴きたいことがあるのだと。

 ……いや、それなら、寧ろ勘違いをさせたままでもいいかもしれない。


「そうだとしたら、どうなるのです?」

「情報をやろう。本来は情報は取引の材料にするところだが、これは試験のご褒美にタダでやろう。……魔族は寿命と言う概念がほとんど無く、ケガや病気を負わなければ生き続けることができる。昔の記憶を持ったまま、時代を生き抜ける。」

「それは、どういうことです?」

「人は変わるが、魔族は変わらない。片方が変わらず過去を引きずり続ければ、もう片方も飲まれるものだ。」


 教授はニコリと笑った。

 この人の笑顔は胡散臭いが、情報自体は嘘じゃない。

 相変わらず抽象的で気に入らないが、後は自分で考えろということだ。


「わかりました、覚えておきます。」

「さて、これを聞いたからにははいさよなら、という訳にはいかない。お前は今後、私の計画に強制的に乗ってもらうことになる。覚悟したまえ。」

「計画?何のことでしょうか。」

「直に分かる。今はしばしの休憩を楽しむが良い。」


 そういうと、彼は手元の書類に目を落とした。

 出ていけ、ということだろう。勝手に話したいことを話して用が済んだら出ていけとは、何とも自分勝手だ。


 失礼します、と扉を閉めて、ようやく何となく今の状況を理解した。

「結局いいように利用されている気がする……」

 シュルト殿下の言った通りだ。今の私を鏡で見たら、きっと苦虫を嚙みつぶしたような顔になっているに違いない。


 いや、まだ大丈夫なはず。シュルト殿下も言ってたじゃないか。

「やりたいのならやればいい。ただ、自分の意志に反すること、流されるようなことはするな。」と。

 まだ私のやりたいことの範疇だ。意思に反することはやっていない。

 それに、利用しているのは向こう側だけじゃない。見方を変えれば、私も彼を利用している。

 それなら寧ろ好都合。上手く共生していこうじゃないか。


 ---


 試験の結果。

 それは例年通り、翌週には算出された。教授たちの血と涙と汗の結晶である。


「やった、2位だ!ついにメーティアを追い抜いたわ!」

 隣でメグがキャッキャとはしゃいでいる。彼女がここまではしゃいでいるのは珍しい、普段は大人びているのに今は年相応に見える。

「おめでとう、メグ。私は3位だったわ。まあ、これで勝ったと思わないことね。まだ学園は後3年も残っているんだもの。」

「あら、負け惜しみ?いいわよ、後3年2位をキープするだけだもの。」

 軽口を言い合った後、互いにじっと見つめ、一瞬黙り込む。が、すぐに吹き出してしまった。

 やっぱりメグはいいライバルだ。負けていられない。


「そういえば聞いた?ダニエルは全教科満点だったらしいよ。」

「え?何それ、そんなの理論上どう頑張っても引き分けが限界じゃないの。というか、よく満点なんて叩き出せるわね。私だってうっかりミスとか記述で落としたりするのに。」

「私もそう思うわ。」


 全教科満点ということは、あの歴史の問題も解けたのだろう。あの先生の言う通り、あれはきちんと推測して論理的に書けていればそれでいいという問題だったらしい。

 しかもあの問題、やたら配点が高かった。今回メグに負けたのも、あれがかなり響いているせいだ。

 が、それも結局は言い訳に過ぎない。素直に反省して、次に活かそう。


「取り敢えず奨学金確保!お金があれば大体全て良し!長いようで短かった中等部はこれで終わりね、お疲れ様!」

 友情のハイタッチは、短く乾いた良い音だった。

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