中等部最終試験 - 2
テスト期間が始まった。
貴族と言えど、流石に中等部最終試験となると皆焦るようだ。どことなく落ち着かない雰囲気で勉強に勤しんでいる。
「やっぱり貴族もこの試験の結果が悪いと色々言われるんですか?」
「勉強ができない云々というよりは、遊び惚けてるって思われるのよ。社交界で仲が悪い家から『あら、お宅の娘さんは学園で成績が最下位だったとお聞きしましたわ。大層楽しんでいらっしゃるのですね。』なんて嫌味を言われたら悔しいから、無難な成績を取っておきなさいって言われる子が多いのよ。」
デリケは困ったように眉を下げ、うふふと笑った。デリケは子爵家長女ということもあり、他2人よりも社交界に出る頻度が高いらしい。
「後、長男以外の男子は大抵大人になったら仕事を探すことになるから、その時の為に勉強を頑張っている印象があるわ。私たちはそこまで言われることもないのだけれど、それでも勉強ができる方が得ではあるもの。」
「貴族ってのも一枚岩ではないものね。家柄、続柄、性別によってやれることが変わってきますもの。平民の方が実力主義な分自由でもあるんでしょう。」
マデリンの言葉にメグはうんうんと深く共感したように頷き、頷きすぎて落ちた髪をかき上げた。
「最初の試験は何だったかしら……ああ、数学だったわね。因みに最後は……歴史ね。」
「暗記科目を最後に持ってこないで欲しいわ。」
「でも、最近歴史学の試験って記述問題増えたらしいですね。昔と比べて単純な暗記力だけでなく、その時代の背景から考えさせる力を伸ばそうと自棄になっていると聞きました。それでも結局歴史的背景を暗記しなければならないことに変わりはないので、やることが増えただけな気はしますが。」
どことなく重くなる空気に、メグはしまったと口を噤んだ。
「ま、まあ頑張りましょう。毎年のことですから。」
私のフォローも虚しく、その日の勉強会はどんよりとしたムードで終わった。
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最終試験だというのでかなり身構えたものの、内容としてはいつもとさほど変わらない。
ただ与えられた問題に回答していくだけで、特別なことは何もない。
が、全体的に少し難易度が高い気がする。
例えば数学の問題。後半では一見今まで授業で取り扱ってこなかった問題が出題されている。授業で得た知識を自分なりに組み合わせて初めて解ける問題は、今までの期末試験で無かった傾向だ。
私は平民用の入学試験や前世の受験で慣れているから問題ないが、普通の子は不慣れで点数が取りにくいだろう。
まあ、それでもダニエルやメグは問題なく解いてしまうんだろうけど。
そんなこんなで予想外の傾向があったものの特段大きな問題も無く、無事最終日を迎えることができた。
流石に皆疲弊しきっている。こんな中、最後の試験に向けて勉強出来る程体力と精神力の余っている生徒はそうそういない。だが、そうも言ってられないのが我々平民だ。
最後の試験は歴史学だ。
歴史のテストは長い、ひたすらに長い。
長い理由は何となくわかる。この学校の生徒たちが一番必要としている学問だからだ。
ここの生徒の大半は貴族と神職の子等である。彼らは実用的な職に就くわけでなく、その存在1つで人々を取り纏める立場だ。
では、そういった存在に求められる能力とは何か?
そう、幅広い知見と弁が立つことである。
事務作業も細かい技術も、代わりのものにやらせればいい。貴族に必要なことは、彼らを鼓舞し、最終的な決断を下すこと。
その上で、話しているうちにこの人になら付いていきたいと思わせる程度の幅広い教養と話術が必要である。
この場合に必要な教養とは何か?そう、この社会での前例を纏めた学問である、歴史学の知識だ。
皆と話した通り、歴史の試験ではただ教科書をそのまま暗記したものを書き写せばいいというものではなかった。
文章を読んでその文章が示す内容を知識を元に書き写したり、歴史上の出来事について背景や原因から説明したり。文章の書き過ぎで手が痛くなるほどだ。
試験時間がやたら長いのも頷ける。最早集中力との戦いと言ってもいい。
そんな長ったらしい試験だからこそ、多少習っていないことも出題される。そういう問題は適当に知識を組みあわせて推測して回答することを想定されているのだろうから、特におかしいと思う事もない。
そんな問題に隠された意図があっても、普通の生徒では気づけないだろう。
『魔族との戦争(第2次モンテクリスト侵攻)において、人間側は一度は技術の向上で押し返したものの、その後も苦戦を強いられたのはなぜか。当時の情勢を元に説明せよ。』
シンプルな記述問題だ。
戦争そのものは授業内で習った。何なら1年生の時に軽く触れた位の基礎知識と言ってもいい。
それでも、その戦況や当時の情勢についてなんて習ったことがない。普通の生徒はそもそも技術力で一度押し上げた後に苦戦したことすら知らないのだから、推測でものを語っていくのが正攻法だろう。
しかし、私の脳裏には1つの考えがよぎった。
私は、ロシュフォール教授に試されているのではないか?
第2時モンテクリスト侵攻といえば、この間シュルト殿下と話した事を思い出す。
ハワード家の裏切り疑惑。ロシュフォール家子息の告発と死亡。
私はこの戦いにおいて人間側がかなり苦戦したことを知っている。そして、その原因はハワード家が魔族に情報漏洩していたせいだと当時噂されていたことも。
実際にハワード家が裏切ったという証拠はなく、あくまで仮説に過ぎない。だが、当時の技術力や軍事力、食糧確保や士気の面から見ても、他に考えられる理由などなかったのだ。
この情報は相当調べなければ出ないし、私が知っているのもロシュフォール教授が資料を教えてくれたおかげ。
だから、この時の情勢について、そしてハワード家の嫌疑について正しく答えられるのは私とシュルト殿下だけ。
だが、それを書いていいものか?ハワード家が校長を務めるこの学校で、ハワード家の威信を貶めるようなことを書いていいものか?
試験といえど、これは書類として残る。
それは後に私自身の首を絞めることにならないか?
ロシュフォール教授はこの問題をなぜ入れたのか?だって、この情報を殿下と私が知っていることは把握できているはずだ。わざわざ問題として残す必要なんてない。
この問題で、一体何を炙り出そうとしているのか?
私は暫く考えた後、その問題を空白にして次のページを捲った。
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