お手合わせ

「……それで、さっそく新入生の子達には一線引かれているような気がするんですよね。」

「へー、お前も大変だな。」

 宣言通り、ガルス殿下とはすぐに再会した。それも、翌日のお昼過ぎに。情緒も何もあったもんじゃない。

 いつも通り昼食時を狙って中等部の教室前に来た彼だが、いつもの様に連れていかれることはなく、代わりに「明日の昼過ぎ、校庭集合な。」と一方的な約束だけ取り付けてどこかへ消えていってしまった。

 結局その日はイザベル達と楽しくお昼ご飯を食べたのだが、明日が休日であることに気づいたのはその時だった。


 そして約束通り、休日の昼過ぎに校庭へ向かうと、殿下とその友人達が端の芝生上で話しながら私を待っていたという訳だ。

 ヴァンサンとアーロンはのんびり食後のお菓子を食べながら私の話を聞いてくれているのに対し、ガルス殿下は何やら剣をブンブンと振っている。食後の運動だと言っていたが、それにしてはハード過ぎないだろうか。

 幸いアーロンとヴァンサンは、私の話にも楽し気に耳を傾けてくれている。彼ら自身も自分の部を退部したところらしく、今の3年が退部した後の様子が気になっていたらしい。


「応用魔法なんてまず見ないもんな。学校入学前だって殆どの子は基礎魔法しか見る機会がないだろうし、入学後も学校で学ぶことは大体基礎レベルだ。応用魔法なんて、それこそ魔獣と戦線張ってる北部連中か優秀な魔術師の家系の奴等位しか使わない。」

「割と大会では高頻度で使われていたじゃないですか。」

「大会出場者はそれこそ上澄みだろう。高等部になれば授業でも応用魔法について学ぶことになるが、まだ中等部で1年しか違わないお前達が応用魔法を交えて戦っていたらそりゃ驚くのも無理ないよ。」

「それは確かにそうですが。……その、折角仲良くしようと思っていたのに、距離を置かれて悲しかったんですよね。」

 あの後、一応1年生達にさっきの試合についての意見や疑問点について聞いてみたが、これと言った返事が返ってこなかった。

 皆怯えたような目で、自分達も来年にはここまで上達しなければならないのか?応用魔法の練習をしなければならないのか?と聞いてくるばかりだった。


「他の同級生はどうなのさ?同年代7人位いるんじゃなかった?」

「2人はもう辞めてしまったので5人です。他の方々は……その、私とエミリアもそれなりに魔力量は多い方なんですが、もう1人のダニエルという人が一番魔力量が多いんですけれど。」

「うん?」

「私達が1対1で戦っている間、その隣で彼は残りの2人と1対2で戦っていたんですよね。」

「ええ……」


 ヴァンサンが呆れたような顔で見ている。私だって最初は驚いた。

 応用魔法を使っても一向に魔力が減らないダニエルを見た新部長が、

「お前は2人同時に相手していろ。その方が互いの為になるだろう。」

 と言ったせいで、同級生同士で1対2の戦いに発展してしまった。


 普通数が多い方が優勢なのは当たり前だ。単純に魔法を2倍使えるし、1人の方は常に複数の方向に気を配らねばならない。

 ダニエルは割といい戦いをしていた。あちこちから飛んでくる魔法を無理矢理防御でいなし、人の居る方向に次々と応用魔法を放っていた。

 それでも、2人だって魔力量以外では十分戦闘力が高い。それに彼らは2人とも魔術師ではなく剣士だ。

 剣士は素早さと力が強みであり、接近戦に持ち込まれると魔術師は圧倒的に不利だ。

 最後は2人の息の合った猛攻に耐え切れず降参していた。


「それにしても新部長は無茶を言うんだねえ。ガルス、そいつにどんな教育してきたの。」

「何って、普通だ。多分俺もダニエルに同じ事言うと思うぞ。戦術部は何もお上品な1対1の決闘の為の部じゃない。数に差がある場合や、人相手以外の戦いも考慮しなくてはならない。」

「人相手以外って何を相手するつもりだよ。魔獣か?」

「それ以外何がある?」

 ガルス殿下は私と会話しながら、大きく剣を頭上から振り下ろし、その勢いのまま横に薙ぎ払った。

 ついさっき昼食を食べたところなのに、あんなに動いていいんだろうか。


「そういえば戦術部って魔獣相手に戦うこともあるって聞いたんですが、いつ戦うんですか?まさか学校に魔獣を用意できるわけじゃないと思うんですが。」

「それは高等部に入ってからのお愉しみ。いずれ話も聞くだろうさ。」

「うーん、では今のうちは我慢しておきましょう。」

 ちょっと不満だが、高等部に入ってから教えてもらえるのならそれまで待てばいいか。どうせ中等部のうちは危険なことをさせてもらえない。


 ところで、今日なぜ私は呼び出されたのだろう。そう聞こうとした時、丁度殿下が手招きをしてきた。

「おう、ちょっと手合わせしないか?」

「手合わせ?」

「そうだ。俺がお前をここに呼び出した理由だ。」

 ようやく剣が手になじんできたのか、ふう、と息を吐いて剣を肩に乗せている。既に大分鋭い氷を纏っており、漏れ出た冷気が足元を冷やしているが、本人は寒そうなそぶりを一切見せない。


「そんなことしたって結果は目に見えているじゃないですか。私が敵うとでも?」

「いいじゃないか、結果なんて気にせず全力でやりあおうぜ。俺、知っているぞ。お前、この学校に来てから本気で戦ったことほぼないだろ。」

 殿下の言葉に思わず過去を振り返ってみると、確かに私が本気を出したことは滅多になかった。精々魔獣と魔族に襲われたとき位だし、それ以外であれば寧ろ魔力を使い切る前に決着がつくか、決着がつかずに引き分けになることが多かった。学校の授業では未だ基礎魔法を1つずつやっているから、正直退屈していた。


「俺相手なら何も案ずることはない。一回お前の本気を見せろよ、俺は手加減してやるから。」

 挑発的な発言と併せて手でかかってこいのジェスチャーをしてくる彼に、乗せられたのかもしれない。或いは、私の中に流れる闘争心が目覚めたのかもしれない。

 気づけば、背負っていた杖を手に握っていた。アーロンとヴァンサンが呆れたようにこちらを見ている。

「あーあ、やっぱりお前等似た者同士じゃないか。戦闘狂共め。」


「勝手に校庭で戦ってもいいんですか?校則違反していませんか?確か授業外での戦闘行為は基本禁止されていましたよね?」

「心配するな、許可はさっき取ってきた。知ってるか?元々この校庭は生徒が自由に決闘できる場所だったんだぜ。今はもう安全の為に申請が必要になっているし、決闘自体やる人が居なくなってうちの部くらいしか使わないけれどな。」

「それなら安心です。私、精一杯頑張りますね。」

 いつの間にか口角が上がっている。自分でも気づかなかった。

 あの二人の言う通り、私はある意味戦闘狂なのかもしれない。


「そう来なくては。やり方は部内で覚えたな。距離を取って構えろ。ルールは相手が降伏するか、戦闘不能になるまでだ。アーロン、審判してくれ。」

「ええー、面倒くさいな。一応遠くから見てますけど、できれば自分で決着つけてくださいね。」

 ずんずんと歩き進め、観戦2人から十分な距離を取る。万一流れ弾が来ても、あの二人なら適切に迎え撃ってくれるだろう、心配はない。


 興奮する息を整え、ガルス殿下と静かに対峙する。杖を両手で構え、頭の中をスッキリさせておく。

 殿下は足元の石ころを拾い上げた。

「よし、じゃあ俺がこの石を高く投げるから、こいつが地面に着いた瞬間を試合開始としよう。」

「わかりました。」


 遠くで頑張れー、殿下をぶっ倒せ―と気の抜けた応援が聞こえて、思わずクスっと笑ってしまった。

 殿下も苦笑いしている。


 小石が何メートルも高く放り上げられ、重力によって減速していく。私と殿下の視線は外れない。

 最高度に達した小石は一瞬空中で静止し、そのまま下方へ加速していく。本当なら数秒の時間が、永遠に思えるほどに遅く感じる。

 私と殿下の視線の間を小石は通り過ぎ、地面へと吸い込まれて行く。


 地面に落ちた、小さな衝突音が聞こえた瞬間。ほぼ同時だった。

 距離を取っていたはずの殿下がいつの間にか目と鼻の先に現れ、氷漬けにされた鋭い切っ先が私の首に振るわれていた。

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