入れ替わりの時期に

「本日をもって、高等部3年生は戦術部を退部する。後輩諸君、今後もこの部を盛り上げていってくれ。」

 いつもの広い校庭で、パチパチと拍手の音が鳴り響いている。若干涙目になっている高等部の先輩もいるが、正直私達にとってはそこまで感慨深い訳じゃ無い。一緒に部に居たのは精々1年程度だし、その大半は直接指導を受ける機会もなく、大会練習に熱心な様子を見ていた記憶しかない。

 それでも、頑張ってきた先輩たちが晴々とした、或いは名残惜しそうな表情で去っていくことを考えると少し寂しくなってしまう。


 部長は高等部2年の先輩が継ぐことになり、意外とあっさりと引き継ぎは終了した。

 まあ、3年が退部すると言っても、この学校から卒業するまではまだまだ時間がある。すぐに居なくなる訳じゃない。


「ガルス殿下、どうしますか?部長として一言何か皆さんに仰っては?」

「ん、いや、皆1人1人に一言ずつ言って回るさ。ちょっと遅くなるだろうから、皆自由に話していてくれ。部活以外の場で今後話せる人も多くないだろうし、皆の顔を良く見ておきたい。」

「そうですか。それでは皆、ガルス元部長の言った通り各々好きにしていろ。3年に聞いておきたいことがあったら今のうちだからな。」


 新部長がそういうと、一気に皆引退する先輩の元へ駆け寄って今後について熱く語っている。我々中等部生は思い出の希薄さ故か、若干出遅れてしまった。

 既に取り囲まれている先輩の元へ今更駆け寄ることもできず、互いに少し目配せしあってどうしようかと戸惑っていた。

「この後直ぐだっけ、新入生が来るのは。」

「数週間後って言ってた気がする。私達にも遂に後輩ができるのね。」

「できれば自分の情けない姿は見られたくないなあ……」


 同級生の男子の1人が若干表情を引きつらせている。無理もない、彼は良くも悪くも普通の生徒で、ダニエルやエミリアのように飛び抜けて優秀な訳じゃ無い。

 だから、毎日しごきを受けては倒れてを繰り返し続けている。

「大丈夫ですよ、だって最近は魔力量も増加してきたじゃないですか。」

「いや、そうだけれどさ。君達みたいな天才と比べられたら堪ったもんじゃないよ。同級生だから嫌でも比べられるだろうし。……ああいや、皆が悪いとかじゃなくてさ。己の凡才がちょっと悔しくて。」


 彼は少ししょんぼりとしながら自虐的に笑った。こういう場合、どうすればいいのだろう。

 正直自分の事は天才だと思っていない。私の能力は前世の記憶あってこその力であり、そこに特別な才能は一切存在しない。

 それでも事情を知らない他人の目から見れば、私の事は天才として映る。それを変に謙遜しても嫌味っぽく感じるだけだろう。


「たまたま上手くできているだけです。私は運よく魔法の才能に恵まれましたが、貴方が必死に努力できるのもまた才能だと思いますよ。」

「そうよ。才能を持って生まれる人間は数多くいるけれど、努力し続けられる人間程貴重ではないの。神は人の努力を常に見てくれているわ、必ず報いは返ってくるでしょう。」

 エミリアが両手を顔の前で合わせながらにこりと微笑んでいる。同級生の子は少し頬を赤らめ、照れくさそうに目線を地面に移した。

 そういえば、エミリアは普通の生徒に対して優しいんだった。何かといちゃもん付けられることが多かったから忘れていた。


 暫くしてから私たちの順番が来たらしく、ガルス殿下がこちらにずんずんと歩いてきた。

「よう、若き者共よ。待たせたな。お前達にも一言ずつ言っていくから順番に待ってろ。そこのダニエルからこっちにこい。」

「名前覚えていてくれたんですね。余りお話しする機会が無かったので、正直覚えられていないと思っていました。」

「何を言っている、俺はお前達を合格させた時点で名前は全員分覚えているぞ。辞めていった奴等まで覚えてしまうのが玉に瑕だな!」

 ひとしきり豪快な声で笑った後、彼はダニエルに何やら話しかけている。耳元で話しているのか聞こえにくいし、聞かない方がいいだろう。


「3年の方々って部活を引退した後何をするんですかね?」

「色々らしいよ。一番多いのは領地に帰る前に皆で遊ぶことかな。学校から出た後は家名に縛られるから、誰とでも仲良く好きに振る舞えるのは学校にいる間だけ。それを惜しんで今のうちに一生分遊べって言われるんだってさ。」

「貴族って大変なんですね。」

「まあね、僕も貴族の端くれだけれど、学校内だとライバルの家の子とも、君みたいな平民の子とも仲良くできるから楽しいよ。多分卒業後はそうもいかないんだろうね。あと学者希望の子は大学行く為に勉強したりもするらしいけれど……あ、殿下が呼んでる。行ってくるね。」

「いってらっしゃい。」


 彼は軽く手を上げると素早くガルス殿下の元へと駆けていった。以前と比べて動きにキレがあるような気がする。

 交代で帰ってきたダニエルは不思議そうな表情を浮かべている。

「何か言われたの?」

「まあな。」

 教える気はないらしい。ふーん、と適当に相槌を打ち、自分の番を待つことにした。


「次!」

 結局私は最後だった。呼ばれたまま彼の元へ向かい、何を言われるのかと期待していると、彼は顔を私の耳元に近づけてただ一言言った。

「またな。」


 それだけ言うと、彼は私に戻るように促した。

 それだけ?と驚いたが、冷静に考えればどうせまた彼とは校内で会うことになる。

 最近はようやく毎日の呼び出しからは解放されたが、まだ3日に1回程度一緒にご飯を食べる仲だ。最近はクラスメイト達も慣れたようで、殿下を見る度に、ああまたか、みたいな目線で見られている。


「随分早かったな。どうせこの後も会うからか。」

 戻ったところでダニエルが話しかけてきた。彼もまたか、とでも言いたげな顔をしている。

「そうね、部活外でも仲良くさせてもらっているから。」

「どうやって殿下と仲良くなったのか興味はあるな。」

「そんなの私が知りたいわ。」


 ---


 あれから僅か1か月程度。今度は新入生が部に入ってきた。

「ようこそ戦術部へ、歓迎する。」

 いつの間にか選別が行われたようで、目の前には緊張気味の1年生たちが気を付けの姿勢で固まっている。

 1年しか違わないはずなのに、その姿は自分達よりも幼く見える。背丈は小柄な私よりも大きいはずなんだけれども。


「これからよろしくお願いします!」

 威勢のいい声が校庭に響き渡り、私たちはそれを拍手で出迎えた。

 新部長が1年生達にこれから何をするかについて説明している。新部長はガルス元部長よりもお堅い雰囲気で、低い声が良く通っている。

 私達は相変わらず模擬戦を行うようにと指示されたので、そのままいつも通りの配置についた。



「後輩たち、可愛いわね。私達を見るときの先輩もこんな気持ちだったのかしら。」

「そうね、1年なんて大して変わらないと思っていたけれど、先輩って呼ばれると何だか頑張らなきゃって思えるわね。」

 のんびりとした会話とは裏腹に、目の前でガリガリと音を立てながら私の氷針が雷に削られていく。周囲をビリビリと走り回った電気が静電気の様に私の髪を浮き上げ、耳元でパチパチと嫌な音を立てた。

 前世より髪が細いせいで、一度静電気で絡まると戻ってくれない。後で櫛を入れるのが大変だ。


「随分余裕そうね、よそ見するなんて。ちゃんと見ていないと雷は避けられないんじゃなくて?」

 エミリアは困ったように笑いながら幾つもの雷を操っている。1年の時とは違い、彼女もまた大分腕を上げている。

 彼女の言う通り、魔力探知だけでなく、発動時の動きも見ておかないとうっかり食らってしまいそうだ。


 私達は無事に模擬戦での応用魔法の使用を解禁された。基礎魔法だけだと余りに物足りなさそうにしていたからだろう。

 3年生の先輩もいなくなったので、校庭の空きに余裕ができたのも理由の1つだ。

 今は基礎魔法と応用魔法を混ぜながらエミリアと模擬戦をしている。ちょっと離れた先では、真剣な表情で新入生の子等がこちらを観戦している。正直こっちもちょっと緊張する。


 エミリアが雷魔法ばかり使うのは相変わらずだ。単純に威力も高く速度も速いので、常に気を張っていないと食らってしまう。

 その上彼女自身の魔力量も多く、身体能力も意外と高い。適当な攻撃だとあっさり躱されて反撃されるのがオチだ。


 彼女の戦い方はいたって単純だ。いくつもの雷弾を私の周囲に振りまき、逃げ道を塞ぐ。

 ついでに雷属性は周辺に電気が走るので、近くに当たると感電して体がたまに麻痺してしまう。麻痺で反応が逃げ遅れた一瞬を突いて天雷弾が頭上から降ってくるので、麻痺しないように立ち回らなきゃならない。

 今も目の前に4つ、後方に2つの雷弾が飛んできている。それぞれ別のタイミングで発射されて勝手なカーブを描いて飛んでくるものだから、避けるのも一苦労だ。

 左右に頭を振って2つ、胴体に飛んできたものを横にずれて避け、それでも避けられないものを3つ防御で弾く。避けた後の着弾地点もしっかり意識して、関電しないように気を配らねば。


「やっぱり普通に避けられるわね。じゃあ、これはどう?」

 エミリアが縦に持っていた杖を横に向け、そのまま追加で雷弾を撃ち放った。今度はさっきまでとは違う。本格的に私の足元を狙っている。私が上に避けようとすると、私の頭上に天雷弾が掠めた。

「上には逃がさないわよ。」

 上に避けたら彼女が構えた天雷弾が飛んでくるだろう。横に避けようとしても、私の周囲を囲む渦巻の様にカーブを描いている雷弾にぶつかってしまう。しかし、このままだと足元に飛んできた雷弾が弾けて感電してしまう。

 私が移動して避けることは難しい。防御で跳ね返すしかない。防御自体は防御魔法を張ればいいから、難しい事じゃない。


 だが、普通に防御膜で防ぐだけだとちょっと物足りない。折角だから反撃してやろう。

 私は足元の地面に集中し、魔力を高めていく。杖をカツン、と音を立てて地に立て、魔力を流し込んでやる。

 すると、まるで大地が生きているかのようにゴゴゴと音を立てて盛り上がった。いわゆる土魔法だ。

 私の魔力に呼応した瞬間、地割れの様に地面が盛り上がり、私の身長より少し高いくらいの土壁が出来上がった。暑さは20㎝程度、魔力で補強されていることを考えれば十分分厚い防御になりえる。

 私の周囲を囲んだ土の壁は目論見通り、防御魔法の代わりに雷弾を吸ってくれた。土魔法は電気を通さない性質があるので、弾けた電気の残留が私を麻痺させることもない。


 勿論、これで終わりじゃない。

 攻撃を受け止めた瞬間、土の壁は砕け散り、瞬時に岩の塊となってエミリアの方へと飛んで行った。タイミングを計って予め魔法を起動しておいたのだ。

 エミリアからは見えない位置で発動していたので、反応が遅れたのだろう。魔力探知だとどうしても視認するよりも遅れが出る。

 彼女は頭上に降り注ぐ岩を避けることは難しいと判断したのか、そのまま防御魔法で受け止めている。


 ところで、土魔法のいい点は雷魔法への耐性だけじゃない。こうやって岩の塊と一緒に土埃も一緒に噴き上げておくと、相手の視界を阻めることも1つの利点だ。

 空中で弾けた土の塊が細かい粉上になり、日差しを遮るほどに降り注いだ。土埃を見たら反射的に目を瞑ってしまうのが人間の性であることは分かり切っている。

 私は一瞬にして魔力探知に引っかからないように魔力を引っ込め、地面を蹴ってエミリアの背後に回った。

 音で気づいたのだろう、彼女は急いで振り返ろうとするが、その時には既に遅かった。


 既に、私の杖は彼女の後頭部に突きつけられているから。

 エミリアも横目で直ぐに気づいた。一瞬酷く悔しそうな表情を浮かべた後、すぐに笑顔を取り繕って両手を挙げた。

「降参、かなわないわ。」


 私はふう、とため息をついて杖を下した。エミリアとの戦いはダニエルとは違った緊張感があるから、どうしても疲れる。

 しかも、土魔法を使ったせいで辺りがボコボコになってしまった。後で片付け担当に怒られるかもしれない。


 ふと1年生の方を見てみると、彼らの半数は口をぽっかりと開け、残り半数はブルブルと怯えたようにこちらを見ていた。


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