2度目の正直 - 3

 薄暗い空気に潰されそうで、息が重い。呼吸が浅くなり、足が怠い。

 ここの酸素が薄いのか、それとも私が気圧されているのかはわからない。


 この学校は元々とある大貴族の豪邸だったらしく、校舎もその頃から修復されつつそのまま使われている。この広い地下は当時、刑務所が無かった頃の牢屋や拷問部屋として使われていたらしい。

 今では殆ど物置だが、開校時に処分しきれなかった歴史的に重要な文化財がゴロゴロ転がっており、そう簡単に片付けができないらしい。

 そんな訳でここには人が滅多に来ないし、当然のように掃除だってされない。床に分厚く埃が被っており、湿った臭気が鼻を刺す。明かりも灯らないせいで、昼も夜もおどろおどろしい。

 魔力探知が無ければ前が見えず躓いていたに違いない。


 閉じた空間のせいで音が良く響く。ずっと前を歩いているはずの生徒の足音がコツコツとよく聞こえる。隠密魔法が上手く行って良かった、そうでなければ気づかれていたかもしれない。

 最も、彼は周りの様子なんて気にしていないようだ。そういえばあった時目が虚ろだったし、ぶつかってもぼうっとしていた。

 彼はずっと歩みを止めず、随分と長く廊下を歩き続けた。

 しかしある地点で止まると、突然横に会った扉を開き、重苦しい音を立てて中へと入った。


「おい、急ぐぞ。」

 殿下は私にだけ声を届けると、急いで走り出した。早く走ったせいで音が少し漏れているが、気に留めていないようだ。

 訳が分からないまま殿下の後を必死に追いかけ、男子生徒の入った扉までたどり着いた。急に走ったせいで少し息が荒くなってしまう。

 扉は開いたままで、覗くと隙間から中が容易に見えた。


 部屋は案外広い。地下部屋でありながら天井は高く、ボール遊びが出来そうな程だ。壁際に埃の被った魔道具、もしくはガラクタが幾つか見える。それでも、他の部屋と比べたらかなり少なく乱雑においてあるようだ。しかし、この部屋の中でも一際目を引くのは、中央部にあるだ。青黒く光る光輪に形取られた、人型サイズに空中にぽっかりと空いた穴のような何かだ。

 男子生徒はただその何かの前でボウッと立ちすくみ、眺めているようだった。しかしよく見ると口元が動いている。何かを唱えているようにも見えるが……

 何をしているんだろう、殿下なら知っているだろうか。そう思って殿下の方を見たが、殿下はもうそこにはいなかった。


「おっと、それ以上はやめておきな。」

 既に殿下は男子生徒の首元に剣を突きつけ、姿を完全に表していた。突然現れた殿下に彼は驚いたのだろう、何かを唱えるのをやめ、ただ口をわなわなと震わせていた。

「ここで何をしている?なぜお前はこんな場所でポータルを開いている?」

「何を、お前の方こそどうしてここに……」

「ほう、一国の王子をお前呼ばわりするとはな。貴族の出じゃないか、記憶を失っているか。」


 ギリギリと力が込められた剣は彼の首を今にも叩き切ってしまいそうだ。彼は何とか殿下の腕から逃れようと暴れるが、明らかに年下の生徒をみすみす逃がす程殿下の力は弱くない。

「離せ!俺はここでこのポータルを開かなくては……」

「ポータル?やはりこれはこの学校と他の場所を繋ぐ転移陣ポータルなんだな?どこに繋がっているんだ、どうしてそんなものを作り出したんだ?」

「お前には関係ないだろ!これは俺の役目なんだ!」

 彼はで殿下に捕らえられながらも腕を伸ばし、ポータルの方へと伸ばした。伸ばした腕の先に魔力が集っている。何かをする気だ。


 その瞬間、殿下が彼の首に思い切り力を込め、同時に腹に衝撃を加えた。ぐえ、と言う声と共に魔力は霧散し、暫く藻掻いた後にカクッと力なく倒れ込んだ。

 無理矢理気を失わせたらしい。殿下はそのまま彼をズリズリとポータルから離して壁際まで引きずると、壁にもたれ掛けて寝かせた。

 私は隠密を解いて近づくと、殿下は彼の頭をコンコンと叩いた。


「こいつ、脳が盗られているな。」

「盗られている?」

「寄生型の魔物もいるんだ。いつどこで飲み込んだかは知らないが、この強力な精神魔法のかかり方は恐らく寄生魔獣だ。恐らく1年生だろう、哀れな。」

 寄生型魔獣だなんて、授業ですら一言二言触れた程度にしか聞いたことがない。恐る恐る顔を見てみるが、大して違和感はない。見た目上に現れる症状でもないらしい。


 確か精神魔法は脳に集中すれば靄が見えるんだっけか。そう言われたことを思い出し、試しに彼の脳に意識を集中させてみた。

 光でもない、魔力でもない何かを通じて見ろだなんて、一体何を通じて見るというのかとさっきまでは疑問に思っていた。が、それは自身が精神魔法を使った経験から察するに、『歪み』を探知するのだ。

 つまり、目でも音でも魔力でもいいから、脳周りの不自然さをちょっとでも感じればいい。

 試しに気を失っている彼に近づき、観察してみる。彼の脳、即ち頭付近の魔力は、確かにムラがあった。本来人の魔力は、例え魔法を使っていない時でも微弱な魔力を発している。魔力の源は意思、即ち脳であるため、魔力は脳から放射状に発されているはず。

 しかし、彼の場合は前頭部からの魔力が不自然に歪んでいる。まっすぐ進むべきものが、波打っているとでも言うのだろうか。


「魔力が歪んでいますね。」

「そうだ。これは他の魔法のように魔法を使った時の魔力発散ではなく、精神魔法にかけられた人間が生み出す歪みだ。……お前、よくあの俺の雑な説明で理解できたな。」

「全く理解できなかったので、我流で理解しました。」

「流石、才能ある若者だな。……にしても、これ、どうしようか。」


 部屋の中心部に浮いている光の穴は、相も変わらずぐにゃぐにゃと畝っている。彼を気絶させた後も、特に変化はないようだ。

 さっきあの生徒はこれをポータルと呼んでいた。ポータルというのは、物や人を一瞬で移動させる魔道具を使った技術だ。瞬間移動とは違って座標が固定されており、予め設定した場所にしか飛べないそうだが、それにしたって超高度技術だ。

「これ、ポータルって仰ってましたが、所謂転移陣ってやつですよね。私初めて見たんですが、これは一体どこに繋がっているのでしょうか。」

「それはわからん。俺だって見たのは初めてだ。そもそもポータルなんてこの国に数える程しかないと言われているが、その技術の高度さ故に正確な数も設置された場所も秘匿されている。この国の王子である私すら知らない程にな。それにしたってこんな場所にポータルがあるなんてこの国の上層部も知らないんじゃないか?」


 殿下はぐるりの周囲を見渡し、遠くで転がっている魔道具を見つめた。埃を被ったガラクタ達の中、唯一掃除されて鈍く光っている。そんな魔道具はポータルと少し離れた位置から、スクリーンを映し出す様に光を向けていた。

「おそらく此奴だな、ポータルを出している魔道具は。一度このポータルを閉じた後、これを教授のところに持って行って報告するか。」


 そう言って殿下が魔道具の方へ歩みだした時、不意に殿下が突然後ろへ下がった。と同時に、ポータルからが飛び出し、殿下の目の前を焼き焦がした。

 それを攻撃魔法だと認識できたのは魔力の痕跡を見てからだった。今まで学校でも本でも見たことが無い魔法だったからだ。


「メーティア、今すぐ隠密しろ。」

 なぜ、と聞く隙も無い。ただ彼は見たこともない鬼のような表情で、ポータルの暗闇を睨みつけていた。私は言われた通りすぐに隠密魔法を張り、部屋の闇と同化した。

 一方で、殿下は隠れる気は無いようだ。剣を再び構え、腰を落として戦闘態勢に入っている。あんな真剣な様子は部活内でも見たことがない。そもそも急に隠密しろだなんて、一体どういうことだろうか。


 しかし、私はすぐに彼の判断を正しかったと認めることになる。なぜなら、攻撃魔法が飛んできてすぐに、何者かがポータルから這い出てきたからだ。


「ああ、あと少しで完全に扉が開けたというのに。」

 それは明らかに人でない。血色を感じさせない青黒い肌に、頭部には魔獣のような鋭い角が生えている。一般的な人間よりも一回り大きい体格に、真っ黒な結膜が目全体を覆っている。

 纏う魔力は只者ではない。この世の恐怖を集めて人型にしたような。そんな悍ましさを感じさせる造形。

 あともう少しで恐怖の声が漏れる所だった。だって、その恐ろしさは去年出会った魔獣の比ではなかったから。


「魔族か。」

 その声に反応したのだろう、ポータルから完全に姿を現した奴は、殿下の方へと首を曲げて、不気味ににやりと笑った。


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