2度目の正直 - 1
大会当日。青空には大きく花火が打ち上げられ、バチバチと火花を散らしている。
そんな音をかき消す程に生徒達ははしゃぎ回り、各々の予想について楽しそうに語っている。そんな生徒たちの隙間を縫うようにして料理部が商品を手早く売り捌き、カジノ部がオッズの書かれた看板を手に大声を張り上げている様を見ると、前世での学祭を思い出してしまう。
「そこのお方、観戦のお供にレモネードはいかがです?......ってあら、メーティアじゃないの。」
感傷に浸っている最中に後ろから声を掛けられて振り向けば、そこにはレモネードを両手に抱えたイザベルがいた。
「イザベルさん!そういえば料理部でしたね、売れ行きはいかがです?」
「最高よ!暑いから皆喉が渇いているらしくて、声を掛けたら大体買ってくれるわ。売り子なんて初めてやったのだけれど、中々楽しいわね。メーティアは戦術部だから大変そうね。」
「そうですね、今から選手の方々を案内するところです。イザベルさんも販売頑張ってくださいね。」
「ええ、メーティアもね!」
そういうと彼女は再び近くの人に声を掛けに行ってしまった。遠目から見ていると、確かに彼女はほぼ百発百中でレモネードを売ることに成功している。恐らく本当に喉が渇いている人もいるのだろうが、どちらかというとイザベルの屈託のない笑顔のおかげではないだろうか。あの笑顔で声を掛けられたら断るに断れないだろう。
さて、それはそれとして私自身の仕事をやらねば。
今日の私の仕事は主に『出場選手の案内』だ。
選手待機室の前に置いていた巨大な看板を持ち上げ、闘技場前の人だかりに向かって大きく掲げた。
そして喉元に指先を当て、魔力を調節する。やり方は前に先輩に教えてもらった。自分の声を風魔法を使って遠くまで投げる様子を想像し、魔力を発現させる。後は、声を出すだけだ。
「テストテスト。えー、本日の大会に出場する選手の皆さんは、こちらの選手控室にお越しください。繰り返します、選手の方々はこちらの選手控室にお越しください。尚、観客席への御入場はもう少々お待ちくださいませ。」
特別叫んだつもりもないのに、一斉に生徒たちの目線がこちらに向いた。今使ったのは、音声をスピーカーに乗せたように拡大して周囲に伝える生活魔法、『音声拡張魔法』だ。
雑音が多かったりより遠くに音声を伝えたいときは大声を張り上げるだけではダメだ、これを使えと先輩に指導されたのはつい昨日の事。彼に感謝だ。
一瞬静かになった生徒達もすぐ再び雑談を始めている。その中でちらほらとこちらに歩いてくる人影を確認できたので、再び看板を振りながら選手控室の扉を開けた。
そろそろ集合時間なのに、まだ人数が足りない。遅れているのだろうか。
若干の不安も15分程すれば解消されることになった。何でも人混みに呑まれて迷子になっていたらしい。
控室は闘技場内部に設置された大部屋だ。出場する際はここから出て闘技場選手入り口まで歩かねばならない。
決闘大会中に私がやるべきことは、この控室内で選手に飲み物を提供したり、タオルを回収したりとほぼ雑用係だ。
試合中も観客席には行けず、撮影用魔道具を通したモニターからでしか会場を見れない。ちょっと悲しい。
しかし、他の生徒にはない特権もある。選手を間近で観察できるのだ。
選手は男性が大半だが、数名女性も見かける。いずれにしても屈強な肉体と精練された魔力を放っており、明らかな強者であることが窺える。
「飲み物お持ちしました。」
「助かる、ありがとう。」
先程から緊張で深呼吸を繰り返している男性にコップを手渡すと、男性は短く礼を言いがぶがぶと飲み干した。
彼のことはよく知っている。今回のオッズの頂点、高等部1年のフィオレンティーノ公爵家長男、ルーカス・フィオレンティーノ。うちの部員でもある。
まだ1年生にも拘らず彼の肉体は大柄で完成されており、魔力も良く練られている。
かのフィオレンティーノは東部に大きな領土を持つ中央貴族の筆頭で、私と同クラス内にも彼の妹がいる。
確か、カロリーネだったか。入学してすぐの自己紹介で彼女の挨拶を聞いた気がする。貴族令嬢の中でも特別お嬢様な彼女は普段から地位の高い人間としか関わらず、私みたいな平民とは話す機会がない。
彼女レベルになると日常的な会話、仕草1つ1つが周囲の令嬢たちに影響を与えかねないのだ。文字通り住む世界が違う。
そんな彼女の兄であるルーカスもまた、普通の人間には近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
それでも彼に人気があるのは、やはりその顔とスタイルだろう。
綺麗な赤髪が頭を振る度さらりと流れ落ち、赤い瞳が情熱的に燃えている。この赤い瞳こそがフィオレンティーノ公爵家の証であり、母譲りの黒髪を持つカロリーネも同じ色の目を持っている。
地位が高く近寄り難い雰囲気が逆に彼のミステリアスさを演出しており、裏ではファンクラブがあるらしい。
だが、こうして彼を間近で見ていると、彼に夢中になる令嬢がいるのも頷ける。
彼から受け取った空のコップを受け取りぺこりとお辞儀をすると、速やかにその場を去った。こういった人間と必要以上に関わらない方がいいというのは、以前シュルト殿下と図書館で出会ったときに学んだ。
それよりも別の人にも注意を払わねばならない。他に何かを必要としている人は――
「ちょっと、そこの
小声でこっそりと、しかしはっきりと聞こえた声の方を向くと、黒髪の男がこちらに手招きをしていた。
急いで彼の元へ急行し、何用かと尋ねようとすると、それよりも先に彼は口を開いた。
「君がガルス殿下の最近のお気に入りかい?」
「はい?」
「俺の名はアーロン・モンテクリストだ。モンテクリスト伯爵家次男で、ガルス殿下の側近である。最近殿下の様子がどうもおかしくてな、考え事をする時間が増えた。聞いてみれば、部の後輩、それも中等部に
モンテクリスト伯と言えば、名の知れた辺境伯である。北部の過酷な環境下で強力な魔獣と戦い続ける使命を背負っており、そこの子は幼い頃から訓練を受けなければならないらしい。因みに戦術部員ではない。
というか、よくよく見れば前回の決闘大会の1回戦目で見た顔だ。後で聞いた話だが、1回戦目を乗り切った黒髪の彼は決勝戦まで生き残ったが、そこでガルス殿下に敗北して準優勝だったらしい。
恐らく今目の前にいる彼の事だ。
「……それでは何が気になっているのでしょうか?」
「不安定さに対する心配か、より単純な興味か。お前と会って、その双方であると確信した。ガルス殿下はな、優秀な者が大好きなんだ。」
「それは、光栄です。」
「杖に頼らない戦い方ができると聞いた。杖は強力な魔道具だが、万能ではない。一瞬の判断が求められるときは素手の使用も必要だ。このまま順当に成長すれば、北部に居る様な魔獣とも問題なく戦えるようになるだろう。」
どことなく要領の得ない話し方で、ぶっちゃけ何が言いたいのかさっぱり分からない。
アーロンは水をくれ、と指図をした。すぐに準備してあったコップを浮遊魔法で取り、アーロンに手渡した。
彼はゆっくり水を飲むと、安心したようにため息をついた。
「名は?」
「メーティアです。」
「そうか、苗字が無いのか。メーティア、お前はこういう正式な場での戦いよりも、泥水啜って戦うような実戦に向いていそうだな。」
「それは、誉め言葉として受け取れば良いのでしょうか?」
「俺から見た事実に過ぎない。好きに受け取れ。……殿下が、お前に精神魔法を教えたいと言っていた。機会があれば奴の話を聞いてやってくれ。」
「それは是非、こちらとしても有難い限りです。」
「そうか、よかった。」
いまいち話が掴めないが、恐らくアーロンと殿下は相当仲がいいのだろう。
殿下がどんな人と仲良くしているのか気になって声を掛けた。それだけな気がする。
それにしても案外私は殿下に気に入られているらしい。彼はどちらかというと後輩全員に優しい気がするが、側近であるアーロンがそういうならまあそうなのだろう。
精神魔法を教えてくれるなら私にとっても有難い限り。何も悪い話ではない。
「あ、そろそろ第1回戦目が始まるようです。失礼いたします。」
「すまなかったな、仕事中引き止めて。」
彼が軽く手を振るのに一礼で返し、コップを持って下がった。
第1回戦目の出場者は……ルーカスだ。彼と対戦相手を闘技場へご案内しなければ。
急いでコップを片し、自分の仕事を全うすべく再びルーカスの元へ近づいた。
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