出発の日

合格発表日から入学式までそれほど時間の余裕はない。

にもかかわらず、準備しなければならないことは山の様にある。


まず、学園は全寮制だから寮に入る準備をしなければならない。父は元々知っていたが、母はどうやら知らなかったらしい。

「メティと会えなくなっちゃうの!?そんなの寂しくて死んでしまうわ!」と飛びついて離さないので、説得するのが大変だった。

長期休みには帰ってくる、そうでなくとも寂しければ週末に帰ることだって可能だ、と。

それでも寂しそうな顔をするので、父に助けを求めると、「俺も寂しいよ......」と静かに涙を流していた。何とも役に立たない。


可愛い子には旅をさせろと何とか説得しきると、少し落ち着いたようで、嫌々ながらも準備を手伝ってくれた。

とはいえ、持っていくものは精々着替えくらいだろう。普段から特に物を必要とする生活をしていないので、他に思いつくものもない。

教科書は向こうで貰うし、文房具も今まで使ってこなかったので無い。

こんなもんかな?と小さなケースの中身を確認していく。こんなものだ。大体向こうでは制服を着るんだから、普段着は休みの日にしか着ないだろうし。


「メティ!」

はあはあと息切れしながら部屋に飛び込んできた父に、何事かと声を掛けると、後ろ手に隠していたものをバッと私の目の前に突き出した。

「パパ!これって......!」


漆の塗られた上質な木に、美しく大きな魔石が嵌め込まれている。無駄な装飾が一切ないシンプルな形だが、持ちやすく軽い機能美を追及している。

魔法杖だ。それも、かなり上質な魔石が嵌められている。

「ねえこれ、凄く高かったんじゃない?こんなの貰ってもいいの?」

「大丈夫だ、お金は今まで貯金していた分があるからな。メティが学校に受かった時に備えて、いっぱい稼いできたんだから。」

目を丸くして驚く私の反応を見たかったのか、いたずらが成功した子供のような顔で私を撫でた。


「それにしたって、高かっただろうに......寮の費用だってかかるんでしょう?」

「子供がお金の事を心配するもんじゃない、と言ってやりたいとこだがな。結構色々あって運良く手に入ったって感じだ。ほら、メティが合格したって話、近所で持ちきりだろう?それでみんなお祭り騒ぎになってしまってな、思ったよりも話が遠くまで行ってしまったらしい。」

なんてことだ。そんなに言いふらすつもりはなかったのに。

「それで、町で色々話しかけられたんだ。合格祝いに杖はどうか、やはり魔術師になるなら杖は必要になるからってな。」

「押し売りされたの?」

「そういう訳じゃない。寧ろ素材を安く譲ってくれたんだ。その木材も魔石も貴重だが、メティ、お前が使ってくれたら宣伝にもなるだろうって。職人も知り合いのツテだ、腕のいい木工師が今度俺の息子も魔術師にしたいから話をしてくれ、代わりに安く杖を掘ってやるからって言ってきてな。それで、魔石に魔法陣を掘るのは自分でやった。正直あまりやったことはないが、俺も勉強したんだ。何度も練習して、杖を作ってる先輩にお願いして見てもらって、それで完成した。だから、市販で売っている杖よりはかなり安く手に入った。俺の手間を考えないなら、特にな。」

余りの力技にぽかんと開いた口がふさがらない。私が準備で忙しくしている中、そんなことがあったなんて。


まさか、杖を作ってくれるなんて思いもよらなかった。杖は高いものだと諦めていたから。父はやはり凄い人だ。

「嬉しい、本当に嬉しい!ありがとうパパ、大切にするね!」

ぴょんぴょんと跳ねて父の頬にキスをする。そして大事に杖を抱え、そっと床に立ててみた。手に良く馴染む。私の事を考えて作ってくれたのだろう。

大きさも今の私にとっては大きめだ。私の身長が伸びることを想定しているのだろう。


「それになメティ、お金は思ったよりもかからなさそうだ。お前、次席だったそうじゃないか。」

「え?」

「知らなかったのか?なんか入学手続き中にそんなことを言われたんだ。よく分からないが、点数が2番目に良かったんだろう?全く凄いもんだなw。それで、成績が特に優秀な平民には、毎月補助が出るらしい。」

「待って待って、そんな話初めて聞いた。私次席だったのね?」

「そうだ、あんな沢山いる中2番目なんて、本当に誇らしいよ。それで、お前の寮での生活費がかなり軽減されるから家計も大分楽なんだ。学費だってタダだから、せめてこれ位は親に負担させてくれ。」

父は杖と私を見比べて、気恥ずかしそうに笑った。

それならば私が心配する事でもないだろう。本当にいい杖だ、大切に使おう。


「メティ、パパもママもお前のことを愛してるよ。だから、自分のやりたいことをやっておいで。」

「ええ、私もパパとママを愛してる。行ってくるね。」


とうとう明日は入学式。私は早めに家を出ることにした。初日で遅刻なんてしたらたまったものじゃない。

どうせまた学校の前は無数の馬車で埋め尽くされるから、相当な混雑が予想される。それならば空いているうちに荷物を学校の寮まで運んでいきたい。またあんな長距離を歩いていくなんて無理だ。

「メティ、忘れ物はない?本当にそんな小さな鞄1つ分だけでいいの?着替えと杖しか持っていないでしょ。本とかおもちゃとか要らないかしら。」

「おもちゃって、私を一体何歳だと思っているの?12歳よ。もうそんな年じゃないわ。それに、本だって向こうで教科書を貰うんだから大丈夫。」

「ああそうよね、私ったら焦っちゃって。でも本当に大丈夫かしら?もし忘れ物なんてしちゃったら取りに来れないのに。」

母は朝からずっと慌てている。普段楽観的で穏やかな母しか見たことがなかったから新鮮だ。母にもああやって焦ることってあるんだな。


「ママ、ちょっとは落ち着かないとメティが呆れてしまうよ。昨日も荷物の確認をしていたからきっと大丈夫さ。」

「そうよね、大丈夫よね。メティちゃんがこの家から出ていくって考えたらもう落ち着かなくて。いつの間にこんなに大人びたのかしら。」

「さあね、でもメティはずっと昔から大人だった気がするよ。」

父は私の身体をひょいと持ち上げると、所謂高い高いをした。くるくると回されるそれは風が当たって気持ちいいが、少し目が回る。

それでも父は楽しそうだ。考えてみれば、私は子供らしい行動を一切しなかった。両親は不気味がることはしなかったが、寂しがることはあったのだろうか。

本来両親に甘えたい盛りの頃から1人で魔法に没頭し、自分のやりたいことをずっと優先してきた。両親はそれを受け入れていたが、内心はどう思っていたのだろう。


「パパ、ママ、今までありがとうね。私、2人のおかげでここまで来れたんだよ。」

思わず2人の目を見てそう言った。彼らには感謝してもしきれない。

「メティ、パパもママもメティが幸せだったらそれでいいんだよ。......正直なところ、俺はメティとどうやって付き合っていけばいいか分からないことが多かった。メティは明らかに俺より頭がいいし、大人びていた。それに、やりたいことがあるってはっきり言っていたね。驚いたんだ、自分が子供の頃は自分の将来について考えたことなんて一度も無かったから。」

「ママもよ。メティちゃんが初めての子供だから、どうやって育てたらいいのかもわからなくて。でもメティは手のかからない子だったわね。それに随分と甘えていた気もするわ。」

「甘えていたのは俺もだな。だからな、メティ。本当はもう少し、お前を甘やかしたいんだよ。」

はは、と笑う声には若干の寂しさが滲んでいる。

私の中身は大人だ。精神年齢で言えば彼らよりもずっと年上だ。だから、彼らに甘えようとは思いもしなかった。

でも、同時に彼ら親の気持ちも分かる。自分の子供が、もしこうやって大人びていたら。やはり私は同じことを子供に思っただろうか。


私の子供はこの世界にいる。でも、一体今何歳で、どれ程の時間を生きているのかは分からない。時間軸が生前とは違った世界に居るからだ。もしかしたら私の身体とほぼ同い年になっているかもしれないし、私よりも年上になっているのかもしれない。詳しいことをあの天使は教えてくれなかったから。

それでもやはり自分の子なら、甘やかしたいと思うだろう。


「じゃあママ、パパ。家を出る前に我儘言ってもいい?二人で一緒に抱きしめてほしいの。」

それを聞いた瞬間、2人とも私の身体を抱き上げた。ぎゅっとする感触とは裏腹に苦しくはない。私のことを思いやってくれている。

「メティ、大好きよ。」

「俺もメティが大好きだ。」

「うん、私も2人が大好きだよ。」

長い抱擁が終わり、荷馬車がそろそろ出発しようと合図を出してきた。これ以上は待たせられない。


急いで鞄を掴み、荷馬車の後ろに飛び乗る。御者はそれを確認次第馬を走らせ始めた。

「それじゃあママ、パパ、行ってくるね!また休みには帰ってくるからね。」

「待ってるわね!行ってらっしゃい!」

「気を付けろよ!」


大通りの角を曲がり、二人の姿が見えなくなる時まで懸命に腕を振り続けた。

次帰る時は沢山土産話を作ろう。

そして、必ず天啓を果たしてやる。


馬の蹄が石畳を鳴らし、王都の景色が流れていく。

詰まれた荷物と私は、ただそのリズムに合わせて揺られていった。

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