合格発表日

埃1つない白い床に、自然の雄大さを感じさせる大理石の壁。枠1つ1つに細部まで模様が彫られた窓に、鮮やかな金糸で刺繍されたベルベットのカーテン。

まさに富と権力を象徴した空間。しかしそれは貴族にとって日常風景であり、ここは学園の食堂に過ぎない。


学園は現在入試休暇に入っており、学生は皆家へ帰っている。この食堂を利用しているのは、先日の試験の採点を行っている教授たちだけ。

その中でも、魔法実技教授のレオナルド・グリーベルと薬草学教授のアドリアン・フェリスティは採点に追われ、昼食をとる時間が遅くなってしまっていた。


「レオナルド、採点の調子はどうだ?もう大分入力は終わったか?」

アドリアンは軽い調子でレオナルドに話しかける。しかしその目には隈が出来ており、連日採点に追われているであろう事が簡単に見て取れる。

「お前ほど忙しくはないな、なんせ点数自体は試験時にある程度付けてある。後は報告書に綺麗に纏めるだけだ。......まあ、それなりに時間はかかるがな。長ったらしい回答を一々点数付けなきゃならんお前ほどの負担じゃない。」

レオナルドは話すのも面倒だというように、早口で話し終えると口に肉を運ぶ。柔らかい肉は噛む暇もなく口内に融けて消える。やはり高級肉は違う。こっちは頑張ってんだ、ちょっと位経費で贅沢しても文句言われないだろう。

一方、アドリアンは大好物のラザニアをフォークで分解している。こいつはいつもラザニアは食べにくいからと言って、こうやってカジュアルな場ではぐちゃぐちゃにしてから食べる癖がある。マナーとしては最悪だ。いつも1回は嗜めるとこだが、生憎今日の自分にそんな余裕はない。好きにしたらいい。


「今年の受験者は比較的優秀だな、まあ毎年過去問で準備してくる奴らが要るんだから当然か。知識問題は皆ほぼ満点だから、差がつかなくて困る。まあ、そのために記述問題を置いているんだがな。」

「魔法実技もそれなりに優秀な奴が多かった印象だ。だが、違和感もある。魔法実技は平民用の試験として設置されてから内容は毎年変わらなくてな。まるで、『魔法を的に当てるための練習だけ』をしてきているように感じる。」

「あーやっぱりそうだよな。優秀な人を拾うための試験が、試験に適応した人を拾うための試験になっている気がする。まあ、仕方ない事だけどな。来年は思い切り問題傾向変えるよう提言してみようか。」

はあ、と二人揃ってため息をつくと、ぐいっと水を胃に流し込んだ。冷えた水が心地いい。


「記述問題は皆苦戦していたなあ、やっぱり知識だけ入れて来た層は推論が苦手らしい。例えば新種の植物を発見した際、どのように扱えば良いかって問題。あれ、植物発見の歴史まで学んでた人とか自分で採取したことある人の回答は見てすぐ分かるよね。そうでなくても、ちゃんと論理的思考力がある奴はそれなりの回答を書ける。そうじゃない奴はもうほぼ空白か、頓珍漢な事ばかり書いてる。分かりやすくていいね。まあ、来年には記述対策した奴らが来るんだろうが。......そっちの実技はどうだ?というか、あんな単純な試験で何か分かるものなのか?程度に多少差はあれど、皆同じになりそうなもんだが。」


「あの試験な、結構色々分かるんだ。魔法は意志力が必要だからな。優秀な魔術師になれるかどうかは、そいつらの『目』を見れば分かる。」

「目?目つきのことか?」

「そうだ。魔術師として長く生きていると、目を見ればそいつがどれ程意思を宿しているかが一瞬で見て取れる。......あの場にいた受験者の殆どはな、親の期待に応えるためにここに来た子供ばかりだ。まあある意味当然ではあるな。親が喜ぶことをしたいと思うのは、子供として当然だ。」


物心つく前の子供達は親から教育を受ける。大抵の場合、勉強というのは子供にとって楽しいものではない。特に受験勉強なんて苦痛に感じる人がほぼ全員だ。

では、彼らは何故親に従い、この学校を受けているのか?それは、そうすると親が喜ぶからだ。

それは決して悪い事ではない。結局、そういった子たちは物心ついた後に得するからだ。


「だが魔法ってのはそんな単純なものではなくてな。自分がどうしたいか。そういう意思を持って努力できなければやがて限界が来る。あの場に居た連中は精神的には大人びているが、自分の意思で来たものは少数派だ。」

「そういう子たちを見出すための試験って事かい?」

「そうだ。お前も男爵家出身なら分かるだろう?貴族ってのは幼い頃から家を継ぐことや民を統治する重要性を理解させられる。人の上に立つ覚悟を教え込まれる。ノブレスオブリージュの精神を叩き込まれる。だから意志力が勝手に鍛えられる。だが、平民はそうじゃない。中流階級以上であれば家を継ぐという概念は存在するが、それは大抵お金の為だ。それは意志というよりも、本能に近い。」

「魔法ってのは難しいな。俺、男爵家だけど三男だからさ。あんまり覚悟とか持ってなかったんだよね。だからかな、魔法苦手なの。」

「そうだな、貴族の子弟だってそういう連中が殆どだ。つまり、平民はそれ以上にってことだ。」

フォークをナイフと揃えて置くのを見たウェイターがこちらに寄って来る。軽く目配せすると、彼は一礼しながら音1つ立てずに皿を下げた。優秀なウェイターだ。後でチップを弾んでやろうか。


「で?自分の意思で魔法を使った子以外は落としたんだ?まあそれはいいや。それより、逆は?いい人材はいなかった訳?」

「勿論いたな、的を3回破壊した生きのいい奴とか、野生動物と見紛う位目つきが鋭い奴とか。あと、創作魔法使ってきたやつもいたな。」

「創作魔法?あれだろ、型に当てはめず、形を1から想像しないと発動しないっていう。うちの生徒でもやれる奴中々いないだろうに。」

皿の上のラザニアはもう原型を留めていない。もう率直にパスタと言った方がいいんじゃないか。


「ああ、魔法ってのは基本見て覚えるものだ。百聞は一見にしかず。火を見たことない奴が火を出せるわけがない。だから、誰も見たことがない現象を起こす創作魔法ってのはハードルが高い。そいつが使った創作魔法は、まあ簡単なものでな、うちの生徒でも優秀な奴ならできるだろう。それでも、大事な試験でわざわざ使う奴はいないだろう。」

「確かにミスって不発になったら困るもんな。そいつ、何でそんなことをしたんだ?魔力の効率も悪いだろうに。」

「職人の娘らしい。杖も持てないような家庭だ。いや、中々面白かったぞ。ああいう奴はうちの学校に居てもいい。お高くとまった貴族ばかりじゃつまらないからな。......それに、『目』も良かった。あれは、大分覚悟が決まった目だ。」

冷静沈着で無感情な、しかし優しい目だった。あの年の娘がやっていい目つきじゃない。あれはもっと、人生酸いも甘いも噛み分けた苦労ものの目だ。

あの娘の目を見た時、強い意思が彼女の奥に眠っているのを感じた。将来の目標とか夢だとかそんな単純なものではなく、もっと複雑で恐ろしい感情。

あの感情を、何と呼ぶのだったか。


「ふうん、まあ気に入った子が居てよかったね。そういや僕も変な子見たよ。試験会場にちらっと見に行ったんだけどさ。なんかずっと自己強化と魔力探知入れてる人いたんだよね。あれなんでなんだろうな、多分癖になってるんだと思うけど。いや、でも流石に試験の時は頭を使うからさ、外した方が良くない?って思ったよね。」

「それ、同じ奴かもな。俺の時もそいつは魔法撃ちながらずっと自己強化と魔力探知を入れていた。一切ブレのない魔力だったから、おそらく癖になっているんだろう。」

「そうなんだね?その子の回答が気になって後で見てみたんだけどさ、とても魔力に脳のリソース割かれてるとは思えなかったね。文章を論理的に書くのに慣れている。試験範囲を逸脱した知識も持ってたよ。」

「文武両道、まさにうちが求める生徒像じゃないか。」

レオナルドはハッと笑った。


試験慣れしている受験生が多くなってきたのは懸念点だが、そこを考慮しても今年は豊作だ。

あの娘でなくても、基礎魔法では物足りなさそうにする人が多かった。

来年はもっとレベルを上げてやろう。


僅かな休憩時間を終え、二人は業務へと戻って行った。


---

「あ、受かったらしいわ。」

「え!?本当に?」


合格発表日、私たちは再び学校に来ていた。今日は両親が一緒だ。

会場は人でごった返しており、また馬車が通路を塞いでいる。それでも、試験日よりはかなり少ない。貴族がいないからだろう。

2人とも連れて行っておきながら落ちていたら恥ずかしいのでは?と思ったが、母だけまた置いていくのはちょっと忍びなかった。試験日も一緒に行けなかった事を心底悔やんでいたし。


だが、そんな心配も杞憂に終わった。掲示板を見た時、すぐに自分の番号があるのが分かった。なぜなら、書いてある番号があまりに少なかったからだ。

全部で10人程度だろうか。あの試験会場には数百人いたのに?何十倍もの倍率があったことを、合格して初めて知った。予め知っていたらもっと緊張していただろうから、逆に良かったかも。

不合格の悲しみのあまり慟哭するもの、虚無感のあまり動けないもの、来年の再受験を見据えて冷静に家族と話し合うもの。そんな彼らの声がその場を支配していたが、私の家族には微塵も届いていないようだ。


「おめでとうメティ!貴方凄いわ!」

母が喜びのあまりその場で踊りだしてしまいそうだったので、慌ててハグをして落ち着かせる。周りの目線が痛い。後単純に人が多くて危険だ。

一方父は、静かに涙を流していた。感極まって言葉すら出てこないらしい。そんな父の肩をぽんぽん叩くと、更に涙が加速してしまった。

私以上に喜ぶものだから、逆に私が気恥ずかしくなってくる。早く移動したい。


ようやく少し落ち着いた彼らを引き連れて、学校の内部へ入学手続きをしに入る。

ここは合格者しか入れないため、外にいるよりは居心地がいい。両親は初めて見る豪華な建物をきょろきょろと見まわしていた。


父が入学手続きをしている姿を後ろから眺めていると、

「ちょっと、貴方合格したの?」

突然聞き覚えのある声に、バッと勢いよく後ろを振り向く。見れば、実技試験の時にお世話になった子だ。

「あ、あの時の!えーと......」

「メグよ!メグ・スワロウ!あなたの名前は憶えているわ、メーティアでしょ!」

母が知り合い?と首を傾げているので、頷いて返す。


「あの時はありがとう、おかげで合格できたよ。ここにいるってことは、メグも?」

「そうよ、当然だけどね。貴方、そんなに優秀だったなんて知らなかったわ。杖持ってないどころか、試験内容すら知らなかった癖に。」

「それはそうね、我ながら真面目に受けてるとは思えない発言だったわ。でも、私もあなたがここまで凄い子だなんて思ってなかったからお互い様ね。」

思わず二人で声を出して笑う。彼女は口調は強いが、堂々としているので嫌味はない。


「改めて、私はメグ・スワロウ。同級生になるもの、これからよろしく。」

「メーティア、ただのメーティアよ。こちらこそよろしく。」

入学式前にお友達ができた。よかった、1人ぼっちの学園生活にはならなさそうだ。


どうやら入学手続きが終わったらしい。父がこちらに戻ってきた。父はメグと私を交互に見て、何があったのかと困惑している。

一方メグの両親もまだよくわかっていないようで、首を傾げながらもこちらを黙って見ている。

その姿が何だか面白くて、再び二人で顔を見合わせてクスリと笑った。


「それじゃあまた入学式で会いましょう。」

「ええ、またね。」

私たちは束の間の別れを告げ、各々の帰路につく。

両親と手を繋ぎながら今後の予定について考えを巡らせていた。

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