11.最後の希望

ラズーパーリでの戦いを終えたあと、パーティは解散になった。


サヤンとユッシは、シイスンに帰った。


「シイスンに来たら、また寄ってくれ。」


「勇者定食、食べに来てね。」


結局、名前はこれにするらしい。


キーリとラールも、彼らに途中まで同行した。キーリは、族長から勧められている結婚話がいくつかあったので、ラールとの事を報告しなくては、と言っていた。


「ラッシルにも顔を出さないとね。皇帝陛下と、アレクサンドラ殿下には、お話ししないと。」


「それから、二人で、暫く旅に出ます。僕たちの手が必要な所に。」


二人は、寄り添ってコーデラを後にした。


エスカーは、宮廷魔術師としての日常に戻った。とは言っても、前よりもティリンス師の後継者として、未来に備える仕事が多くなった。


「ヴェンロイド家って、大貴族の人からは、人気ないんですよね。祖母がゴウツクだったから。」


とは言え、彼は政治力を発揮するのは好きらしく、生き生きしている。


ディニィは、父王の補佐をすることになり、神官職は辞した。最後の演説は、ルーミとエスカーと三人で、特別席で聞いた。


「私もあなた方も、多くの人や者を失いました。ですが、絶望する前に、あなたの隣を見てください。周囲を見渡して下さい。神が残してくれたものがあります。最後に、たった一人、たった一つでも、きっと見つかります。決して、全てを失ったわけではないのです。」


俺は、隣に座っている、ルーミを見た。彼は演壇のディニィを見ていた。


ナンバスの借家は、引き払う事になった。俺とルーミは、エスカーとディニィから「手伝って」くれと言われていて、国王から「(ディニィの)護衛官」に任命された。ルーミは、決心が付きかねる所はあったようだが、カオスト公がおとなしくなったとはいえ、まだ陰謀の残る政治の世界で、これからのディニィを助けて欲しい、と言われて、決意した。ただ、ルーミ本人の希望で、アルコス隊長と同じ分野の勉強も、平行してする事になった。


また、役職上は、エスカーも護衛官ということになる。


さらに、護衛官には、同期の騎士から、ガディオス、アリョンシャ、クロイテスも同時に選出された。俺は、団長の薦めで、時期を見て、正式に騎士に復帰することになったが、当面は、護衛官の傍ら、仮復帰という形になった。


最初はルーミと一緒に、王都の護衛官として、王宮内の宿舎に部屋を持ったが、ルーミが、外の学校に行くため、エスカーが王都に持っている屋敷に、引っ越す話が出た。その話が出てから、俺は宿舎を出て、王都に一人で家を借りた。


自然に、別れて住むためだ。


今の所は、同じ護衛官でも、もう、いつも一緒というわけにはいかない。騎士に復帰した俺といると、ルーミが俺の格下に見えてしまうかもしれない。それでは計画に支障がでる。


一方、エパミノンダスの件が終わっても、問題が全て片付いた訳ではなく、コーデラ国内では、王室の人気が盛り返したものの、以前より動きの不穏になった地域があった。さらに、エパミノンダスやマイディウスが、エレメントの供給場所にした土地では、エレメント放出が激しくなったり、また、逆に乏しくなりすぎたりで、後始末には魔法院での調査を伴い、当分かかる、と言われている。


ラッシルでは、一部、混乱を利用して、勢力拡大を狙う自治領主もいた。


俺達は、それらの解決に尽力する事になる。


そして、ある日、ルーミは国王に呼び出された。


用件はわかっていた。ルーミとディニィの事だろう。恐らく、ルーミは、俺に相談に来る。その時、俺が祝福すれば、それで、計画は終わる。


そして、後は回収を待つだけ。




それで終わるはずだった。



 ※ ※ ※


決戦後、半年たった、春の始め。今年の冬は寒かったが、温かくなるのは早く、梅は早そうだと言われていた。


俺は、明日から二週間、ヘイヤントに「講師」に行くため、その日は引っ越したての王都の自宅にいた。


風呂上がりで、窓を開け放した部屋にいた時、この気候なら、もう梅も咲くな、ルーミの好きなリョクガクが、と、もう気軽に一緒に行けない事を少し寂しく思っていた。


今夜は、ルーミが訪ねてくる事になっている。昼間、王宮で会った時、明日から暫く、王都に俺がいないため、都合で遅くなるが、夜に会いたいと、言ってきた。込み入った話になるから、泊まりたいと言ったので、承知した。おそらく、例の相談だろう。


そろそろ仕度するか、と思った時、


「よう、ホプラス。」


と、いきなり、ルーミが現れた。しかも、庭先に。


玄関に回れと言ったが、二階のバルコニーを、勝手にするすると登ってきた。実に器用だ。


「お前、だいたい、この時間、風呂上がりで、バルコニーでボケッとしてるだろ。夜景見るの好きだしな。玄関からじゃ、聞こえないと思って。」


「お前がくるとわかってるんだから、気を付けてるよ。…一応、ここ、街中なんだし、誰かに見咎められたらどうするんだ。」


「気にするなって。早くお前に会いたかったんだ。」


会いたかったのは俺も同じだ。が、窓から入る者は泥棒か暗殺者か、人目を忍ぶ恋人と決まっている。


この手の誤解は嫌がるくせに、妙に無頓着というか。


ルーミは、背中に何か背負っていた。


「サヤンが送ってきた。『新作のハーブミントドリンク』だとさ。」


ハート型のハーブの葉が、赤やピンクで毒々しくデザインされた派手なラベル。二本の瓶に、『初恋の想い出』『燃える恋の想い出』と、手書きで名前が書いてあった。ユッシの字だ。


「まだ名前は未定らしい。『想い出』をキーワードに、若い女性をターゲットにしたノンアルコール、と手紙にあったけど、サヤンのセンスが『勇者定食』、ユッシがこれ、じゃ、逆だよなあ。」


「そうだね。でも、名前よりも、このラベルじゃ、女性には好かれそうにないね。」


「だよなあ。笑えるけど。」


瓶は、魔法で冷やしてある。一応、今夜は暖かいとはいえ、冬なのだが、発売は夏になるのだろう。


「エスカーに冷してもらったのか?」


「あいつは、今日は朝から魔法院だ。明日のイベントの準備だと。クロイテスに頼んだ。」


「え?!」


「ディニィのとこに届いた時、丁度、俺とガディオスと、クロイテスがいたんだ。今夜、お前と会うから、その時、飲むからと頼んだら、快く引き受けてくれたよ。」


「ディニィ、何か言ってなかったか?…ガディオスも。」


「笑い転げてたけど。」


そりゃ、そうだろう。俺だって、他人事だったら、大笑いだ。


しかし、ラベルやネーミングに反して、さっぱりした口当たりの爽やかな飲み物だった。ありがちなレモンでなく、オレンジとベルガモットを入れているようだ。


「お前と二人ってのも、久しぶりだなあ、ホプラス。」


「先週はエスカーのとこで、食事したろ。」


酔っぱらって、結局、俺に割り当てられた客間のベッドで、ルーミが眠ってしまい、俺はソファで寝た。酔ってるから、一人で寝かせるのもどうかと思ったのは本当だが、本音を言うと、寝顔を眺めていたかったからだ。


「まあ、ノンアルコールじゃ、今日は酔っぱらわないだろ。」


グラスを合わせて、微笑むルーミ。気のせいか、今日は何時もより、妙に明るい。


「ところで、お前、相談があるんじゃないか。」


「うん。ディニィの事なんだけど。」


わかってはいたが、一瞬、緊張が走る。ルーミは、ゆっくりと話し始めた。内容は、予想通りだった。


「…正直、王様になる、なんてのは、よくわからないけどさ、ディニィと結婚して、彼女が俺の妻になって、子供や孫に囲まれて、ていうのは、とても素敵な事だと思った。彼女なら、俺の母親と違い、子供の事をきちんと考えられる。きっと、いい家族になってくれる。それに…俺はディニィが好きだ。」


とても微笑ましい話だが、俺は心から笑えず、暖かい言葉が冷たく突き刺さるのを感じていた。


だが、これは、俺の最後のクエスト。精一杯の笑顔で、おめでとう、と言わなくては。


だが、俺の精一杯は、続くルーミの言葉に覆された。


「でも、断った。ディニィの事も好きだけど、もっと好きな相手がいるから。」


グラスを取り落としそうになる。


誰だ、ラールか。違うはずだ。第一、すでに人の物だ。サヤンか。それもない。過去に付き合った女性で、忘れられない人が?いや、どの女性にも、そこまでの思い入れはない。


「…そうか。誰だい?僕が知ってる人かな?」


せめてラールであれば、そう思って、気を取り直し、平静を装って聞いた。国王に断ってしまった以上、計画は完遂しない。なんとか修復できる範囲を考える。ラールに組み直すか、忘れられるまで待ち、改めてディニィと、などなど。


だが、ルーミの返答は、想像を飛び越えた。


「ガディオス。」


グラスを、今度こそ、取り落とす。絨毯の上で、割れはしなかった。中身も空だったから、絨毯にとっては、何の問題もない。俺は、立ち上がっていた。


「…お前、でも、相手は男で…そういうの、嫌じゃなかったのか。」


「好きになったものは、しかたないだろ。ディニィの件を考えてたら、自分の気持ちに、気付いた。…ずっと前から好きだった。相手の気持ちにも気づいていたのに、今の関係を崩したくなかったから、自分の気持ちを誤魔化してた。馬鹿だな、と自分でも思う。俺も苦しいし、相手も苦しいだけなのに。」


それはそうだ。理屈ではない。痛いほどわかる。


でも、なんで、ガディオス、男なんだ。たしかに、いい奴、立派な男だ。でも、なぜ。なぜ、俺でなく。


「ガディオスは、付き合ってる女性がいるはずだけど。」


一度別れたが、結局、よりを戻した、と聞いている。エスカーによると、寄りを戻したのは、護衛官に抜擢されたのを聞き付けた、相手の女性からの申し出で、ガディオスは情に流されているだけ、と手厳しいが、もともと三年付き合った仲だ。ガディオスの性格からして、別れることはないだろう。


「別にいいよ。側にいるだけで。今さら、相手と別れられないだろ。」


「…そんな事は、苦しいだけで…今はそう言うけど、必ず…。」


「苦しくても、不幸じゃない。少なくとも、俺は不幸とは思わない。…お前、顔色、悪いぞ。大丈夫か。」


ルーミも立ち上がり、下から、俺の顔を覗きこむ。


透明なオリーブグリーンの目には、いつもと違う光があった。


ルーミを見下ろす。足下に、「燃える恋の想い出」の瓶が転がっていた。


ルーミは、何か言おうとしていたが、俺は、言わせなかった。


ようやっと離した時、いくぶん、恨みがましい声で、


「お前、他に好きな人がいる、と聞いた後で、こういうことをするのか。」


と言うのが聞こえた。俺は、慌てて、彼を突き放そうとした。だが、今度は、彼が俺を離さなかった。


「盗られたく、ないんだろ。俺を。でも、お前、相手が女なら、諦めるつもりだったんだ。」


その通りだ。自分の身勝手さに嫌気が差す。ルーミが、俺を選ばなくても、当たり前だ。


「…俺は嫌だ。相手が誰でも、渡したくない。諦めたくない。お前も、簡単に諦めるなよ。ずっと、俺しか見てない癖に。」


ルーミの腕に力がこもる。違和感を感じ、彼の表情を確かめようとしたが、彼は固く抱きついて、離れなかった。


「ごめん、騙した。あれ、嘘だ。」


「え…どれが…」


「相手の名前だけね。…ガディオスじゃない。お前なんだ、ホプラス。」


俺の頭は、いや、全身全霊が、爆発寸前だった。自分の耳が信じられない。


「こうでもしなきゃ、お前の本心、引き出せそうになかったから。それに、俺、こういう問題じゃ、お前の信用、多分、ないだろう?」


純金の髪が、俺の頬に触れている。ルーミは、全身を俺に預けていた。


ホプラスが、ルーミの幸せを考えて、突き放せ、という。守護者としての俺も、計画のさまたげだから、突き放そうと思っていた。


だが、「俺」は、ルーミを、思い切り、抱き締めていた。


俺は、遠からず回収される、しかも、これを受け入れたら、確実に強制回収だろう。


計画はどうなる?


あの優しく善良なディニィから、恋を取り上げるのか?


俺の幸福のために?


少し力を緩めた俺の腕から、ルーミは真っ直ぐに俺を見上げていた。ガラスのような目に、俺の姿だけが映っていた。


「ディニィの演説、おぼえてるか?お前、あの時、俺を見ていただろ。俺も、お前の事、考えてた。でも、降り向けなかった。」


俺の目にも、ルーミだけが映っている。


この時、俺は、まだ迷っていた。例えば、「確かに好きだったが、今は、兄のような気持ちで…」「お前の顔が可愛かったから、その気になってただけだよ。」と言い訳をしてしまえば、まだなんとかなるかも知れない。「他に好きな相手が…」は嘘丸出しだし、「騎士に復帰するから…」は、ルーミが騎士でない以上、言い訳にはならない。


それに、俺は、厳密にいうと、「全てホプラス」ではない。半分は守護者だ。最終決戦の時、他の者と混ざったルーミを受け入れられなかったのなら、逆の立場で、守護者と融合したホプラスを、ルーミが受け入れるだろうか。


「ルーミ…俺…僕は…」


「『俺』でも、『僕』でも、いいんだよ。今、目の前にいるお前、子供の頃から一緒で、再会してから側にいて、ずっと一緒に泣いて、笑って、一緒に、エパミノンダスを倒し、今、俺と一緒にいる。ここにいる、お前なんだよ、ホプラス。」


真っ直ぐに、迷いのない彼の瞳を見て、それに掛かる髪を避けながら、俺は、次の言葉を探していた。


このルーミに、言うべき言葉は、何だ。


たった一つしかないじゃないか。計画者も、連絡者も、強制回収も、もう、どうでも良かった。これが、俺達の、「あるべき姿」だ。


俺は、ルーミの手を取った。


「ルーミ、僕も同じ気持ちだ。今も、昔も、これから先も。ずっとお前を…。」


聖女コーデリアの色、オリーブグリーンの瞳には、俺の鏡だ。この色は、俺にとっては、ルーミの色だ。俺の目は、その色に魅せられている。今も、昔も、変わることなく。。そして、これから先も――。


「愛している――。」




そして、俺達は、お互いに、「最後の物」を分けあった。



 ※ ※ ※



ルーミは、俺がヘイヤントから戻った時は、すでに、俺の家に引っ越してきていた。俺の家は、俺達の家になった。


エスカーは少し残念そうだったか、


「まあ、兄さんの面倒を見なくて済むのは助かりますよ。いない間、大変だったんですから。さすがに夜泣きはしませんでしたけどね。」


とルーミをからかっていた。


ディニィの態度は変わらなかった。唯一、彼女に対しては、後ろめたかった。どうやら、国王は、彼女には無断で打診したようだった。それが救いだった。


ガディオス達は、「何か」悟ったらしく、特にアリョンシャからは、「おめでとう」といきなり言われた。


俺は強制回収もされず、暫くは


平和な日々が続いた。




そして、終わりは突然訪れた。




ディニィがラズーパーリで演説することになった。この付近は、ラッシルとの国境に近く、王領なのにもかかわらず、帰属意識が薄い。このたび、復興責任者が、カオスト公から、ディニィに変更になったので、訪問はそのためである。


訪問は問題はないが、ただ、すぐ南西のカタゴラ地方で、一年前に、「反乱」が起き、影でラッシル皇太子が糸を引いていると噂があったので、危ぶむ声はあった。


「反乱」自体は、どこにラッシル皇太子が係わるのか、怪しいものだった。領民の娘が「盗賊」に襲われた所を、娘の父と兄が助け、「盗賊の首領」を捕らえた。ところが、捕らえてみれば、カタゴラ領主リンスク伯の次男で、「盗賊の振りをして、女性を襲う。」というゲームを、悪い友達とすすめていた。


つまりは個人レベルの犯罪だが、この次男は、魔法が不得意なため、ラッシルに武術留学していたころがあり、皇太子とも、僅かに交流があった。


父親の領主は「クーデター」扱いにしてしまい、王都に助けを求めた。あわや団長が出るか、という事態になったが、騎士団を辞めて実家の農場を継いでたエイラスが、王都に現状を訴えにきた。


彼はタルコースの友人で、最後に一緒の部隊にいた男だった。タルコースの死亡後、地方勤務を希望して故郷に帰っていたが、丁度、エパミノンダスを倒す直前に、家業を継ぐからと辞めた。後を継ぐ予定だった兄が死んだから、という理由だった。


エイラスとリンスク伯の両方と面識のあるクロイテスが、エーオン大隊長と一緒に行き、丸く納めてきた。


父親はともかく、長男と三男が話のわかる人で助かった、と、クロイテスはしみじみと言った。


その一年前後、今回のラズーパーリ訪問に、エスカーとクロイテスは同行しなかった。エスカーは、魔法院でトラブルがあり(上級魔法官の不正行為)、クロイテスは祖父の死亡により、葬儀後に追い付く、ということだった。


しかし、クロイテスが来る前に、全てが終わってしまった。


旧市街の周囲に広がる新市街の開発、例の島と繋げるような埋め立て地。カオスト公が進めていたが、工事中に、地下洞窟のような空洞が見つかり、ラッシルまで伸びている可能性があるので中断中、今後をどうするか、要検討の区域だった。


この地区をノーマークだったのは、要所のため監視強化区域だったにも関わらず、開発を推進する上で、何か報告の誤魔化しがあったようだが、俺にはわからずじまいだった。


ラズーパーリに滞在中、その地下坑道と空洞の中間の区域で、急にモンスターが出た。坑道にいた見物客が「火の玉みたいな鳥」に追われて逃げてきた。


ガディオスとアリョンシャはディニィを避難させ、俺とルーミは、護衛として連れてきた部隊と、地元の救援隊と共に、坑道に降りた。一部、取り残された者がいたのと、場所からして、自然複合体を警戒したからだ。


救援隊の一人が、「だから、見物客を入れるのは反対したのに。」と文句を言っていた。


ルーミは、


「今さら言っても仕方ないだろう。それより…」


空洞、眼下に広がる、火のエレメント。


「復活ペースの早いこいつをどうにかしないと。」


あまり広くない坑道で、ここまで来たのは、俺、ルーミ、水魔法と風魔法の使える魔法官が一人、風魔法の騎士一人、土魔法の使える、救援隊のレンジャーが一人。しかし、水の魔法官は、たった今、全力で三回、エレメントを縮小させ、力尽きかけていた。騎士は負傷していた。そして、要救助者を三人抱えていた。


モンスターは自然複合体で、弱かったが、わかっていれば神官を連れてきていた。


俺は魔法官のイオヌアに、


「君、七人までなら、転送魔法で運べるよね。俺と…ペリクレスだけ残して、皆を運んでくれ。」


と言った。


「俺が残る。」


と、ルーミが間髪を入れず言った。


「お前は負傷者を守ってくれ。万が一の時に、火の盾と回復がいる。」


「万が一ってのは何だ。」


「頼む。あまり、時間がない。」


脇で、負傷した子供が呻く。母親が声をかけている。もう一人の若い女性が、励ましの言葉をかけていた。


ルーミは、素早く俺に近付いた。


「必ず、戻れよ。」


と誓わせる。間近に、俺を、俺だけを映した、オリーブグリーンの瞳。俺は、光り輝く純金の髪に、最後にそっと触れた。


イオヌアは、転送魔法を唱えた。彼女の疲弊具合では、一度では無理かも知れないが、気丈に、


「神官を連れて、すぐもどります。」


と言い、去った。


俺は、彼らの去った方向、復興しかけた街、人々、そして、たった今、俺から去った、最後の人を想った。


エレメント溜まりに向き直る。場所にあわない火のエレメント、ここまで放置か、いや、むしろ隠蔽かもしれない。だが、水のエレメントが上手く押さえていて発覚しなかっただけかもしれない。いずれにしても、原因は、エスカーが調べてくれるだろう。


俺は、ペリクレスに、


「君も脱出してくれ。風は火に負ける。」


と言った。彼は、二人で脱出すると言ったが、俺は許可しなかった。


「今なら、僕の魔法でも、全力なら、なんとかなる。復活ペースが早いから、時間がないんだ。火のエレメントは爆発する。わかるだろう。」


俺は、まだ少年のような騎士に、ペンダントを外して渡した。


「これを、届けてくれ。俺の最後の希望、最愛の人に。」


ペリクレスは、泣き声で「了解しました。」と答え、転送魔法で去った。


俺は、剣を捨て、魔法の構えを取った。


こうしている間に、復活しだしたエレメントは、周囲を巻き込んで出口を求めて、俺にむかってきた。やはり、神官を待つ余裕はなかった。


ホプラスの魔法だけでは勝ち目はない。だが、彼の魔法に合わせて、守護者の力を全開にしたら行ける。


肉体の中で、無理矢理に使ったら、消滅してしまうだろうな。骨ひとかけら、ルーミに残せないわけか。


以前、先に死にたいか、あとに死にたいか、という話になった事がある。俺は「できれば後」、ルーミは「絶対に先」。


《置いて行かれるなんて、絶対に嫌だ。だから、絶対に先に死ぬなよ。》


《お互い、老衰で死ぬとしても、僕が二つ上なんだから…》


《ああ、もう、理屈じゃないんだよ、こういうのは。》


俺が死んでも、ルーミは後は追わない。きっと、生きてくれる。


なあ、ホプラス。


ん?何?


これが、回収だとしたら、色々、すまなかった。


謝ることじゃないよ。それよりも。


そうだな。俺達の、最後の仕事だ。




エレメントが俺達の総てを焼き付くす中で、俺の瞳には、最後に残った者の姿が浮かんでいた。


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