7.されど勇者は進まず


ラールの家で、留守を預かっている女性によれば、パーティ後、ほどなく帰宅したラールは、明け方までは確実に家にいた。「覆面をしていない」騎士が、「皇妃からの」命令書を持って、呼び出しにくるまでは。


時間帯からして、俺達が覆面を撃退した後になる。


皇女に話すと、すぐに両親の、つまり皇帝夫妻の所に、俺たちを連れて、訴えてくれた。当然、皇妃には、覚えがない。


皇太子は、今朝早く、「離宮」に行くと言って出た。皇太子が自由に使える離宮・別荘はたくさんある。理由はわからないが、どれかにラールを連れていったらしい。出発する時に、何人かに姿を見られていた。他に、いつも皇太子の近くにいる騎士が数人ほどいたらしい。


ラールほどの腕で、ただ黙って連れ去られたのは意外だが、一応、現在は別命令とはいえ、自分に仕えているガードを、別荘地のお供にするのだから、筋は通っている。


しかし、それなら、なぜわざわざ、偽の命令書(皇妃は当然、覚えがない。)がいるのかだが、


「自分の命令は断られると思ったのではないかしら。あの子はは、妙に、気が弱い所があるので。」


と、皇妃の説明があった。


皇帝は、


「勝手に『皇太子親衛隊』を名乗る、下級騎士がいるのはわかっていたが、『子供』の遊びと思って、放っておいたのが、祟った。」


と言っていた。だが、皇太子相手に、このような問題で、騎士や魔法官の追っ手を差し向ける訳には行くまい。行き先は不明だが、表向きには何の問題も起こしていないからだ。皇妃の命令書偽造があるが、ラッシルでは、皇太子の地位は皇妃より上なため、皇太子が要請して母親に出させた、と主張されれば、追求できない。


いっそ、皇帝の命令書を偽造してくれれば、反逆罪になったろうに。気が弱いのか、姑息なのか。


ルーミが、


「取り合えず、皇帝の元をさっさと辞して、近場から当たろうか。」


と、俺にささやいた時だった。


そこに、続報が入った。上級聖職者のムソルグ師が、「皇太子と親しくしている、若手の私的祭礼官(ラッシルの聖職者の役職の一つで、公的な祭礼ではなく、個人の冠婚葬祭を執り行う)が、明け方に出掛けたきり、帰ってこない」と、出向いて訴えてきた。


「外出届け自体は、本日の夜までになっていますが、気になることがありまして。以前、『秘密結婚』の有効性について、いなくなった弟子のラフノフから聞かれた事があります。『皇太子殿下が法律の研究に興味をお持ちで、面白い判例をお調べです。』という返事だったのですが。…ラール殿のお屋敷でも騒ぎがあったようですし、もしかして、と思いました。」


これで、皇太子の狙いが分かった。


さらに、時間的なものを考えると、行き先は、「カテリンの地下離宮」と呼ばれる、砦を改造した、狩猟用の離宮に絞れた。


キーリとディニィが、


「すぐに離宮に行きましょう!」


と、同時に叫んだ。俺は、ラールは、多少脅されたくらいで、簡単に「嫌いな」男性と結婚するとは思えないし、脅迫による婚姻は無効であることと、皇太子に正式な婚約者がいることを考えたら、仮に皇太子が雲を突き抜けるような阿呆でも、滅多な事にはならないのでは、と一瞬思った。しかし、今までの例から見て、皇太子は、雲を突き抜けても、お釣りがくるほどの阿呆だ。


皇帝は、


「直ぐ動ける君たちに、任せるしかないようだ。…ラールには、以前、とても可哀想な事をしている。この上、何かあっては、亡き兄に申し訳が立たん。」


と、離宮の「裏見取り図」をくれた。さらに、ラールの仕事仲間で、皇妃のガードに着いている、ナスタという女性を案内人につけてくれた。攻撃は風、回復は水、という、替わった魔法能力の持ち主で、武器はラールと同じ飛び道具だ。


地下離宮はせいぜい数時間の距離で、転送装置は直結していなかった。もともと隠し砦だったのを、「待ち伏せ狩り」のために改造したもので、籠られたら厄介な場所だった。


道々、ナスタは、こんな話をしてくれた。


「ラールは、16の時に、私の兄イザックと付き合っていました。兄は、騎士だったけど、皇帝陛下が皇太子殿下の初陣として当てた、山賊狩りの時、命を落としました。兄が探知魔法の使える仲間を連れず、一人で敵を探りに行ったためでした。兄は慎重なタイプなので、最初は信じられませんでしたが。当時は、ラッシル系以外の騎士が増加しだした頃で、今と違い、その手の対立を明確に禁止する規定がありませんでした。おそらく、そういった事で手違いがあったのでは、と思いました。…未だにすっきりしないものは有りますが、とらえた山賊から、『たった一人で勇敢に戦った男だった。とらえて仲間にしたかったが、手加減できず、殺してしまったのが悔やまれる』と言われたのが、せめてもの救いです。」


これは初耳だった。


そもそも、ラールとディニィは、計画からはずせない要だ。その死んだ男・イザックは、現在のキーリやルーミの立場になるかもしれなかった。どういう人物かはわからないが、そいつを計画に組み入れなかったのはなぜだ。早死にが、わかっていたからか?いや、それは予想つかないはずだ。容姿や性格が、上の好みでなかったからか。それはありうる。それより、ありそうなのは、子供ができにくい要因があったか。


考えている間に、離宮に到着した。夕方にはなっていなかったが、ラフノフという聖職者の、帰宅は間に合うのか微妙だった。何だか、あっという間に感じたが、キーリは、


「やっとついた」


と言った。


裏道はラール救出隊として、ルーミ、俺、ディニィ、キーリが行くことになった。エスカー、ナスタ、ユッシ、サヤンは、


「ディアディーヌ王女が急にコーデラに戻ることになったため、ラールを迎えにきた。」


という設定で、表から行く。他のメンバーは、今にも出発しようとするディニィについて、皇都にいる、という事にして。


エスカーは、表ルートで素直に返して貰えなかったら、裏から突入、と考えたが、ディニィとキーリが、表で、またされている間が勿体無いから、同時に行こう、と言った。


ルーミは、ディニィ達の案を応用し、


「表の面々は、なるべく注意を引き付ける。ナスタさんがいるから、『皇妃様はご存じよ。でも、今なら取り返しが効くわよ』みたいな雰囲気でな。で、俺たちは、裏から救出。戦闘覚悟でね。…不安にさせる気は毛頭ないが、皇太子は、ここまでやった以上、すんなり返すとは思えないし。」


作戦に、ナスタが、抗議しないのが不思議だったが、彼女は「皇女派」なのかもしれない。


裏道はモンスターも出ず(ネズミかコウモリ程度はでた。モンスターかも知れなかったが、弱かった。)、順調に進んだ。ただ、地下道になるので、道を確認しながら進まなくてはならなかった。ナスタが、こっちにいれば、と思いかけたが、道を知らないのは、彼女も同様だ。


キーリは、僅かだが、イラついていた。何時もは穏やかな男だったが、そのため、かえって動揺がわかる。


大人しいディニィも、かなり憤慨しているのがわかった。彼女の場合、王族と女性の立場から、というものだろう。


「王族の立場からしたら、こういう問題が、自由にならないのはわかります。そして、それが、苦痛になることも。」


ルーミとキーリが、地図をみている時、彼らに聞こえない範囲で、ディニィと会話する機会があった。


「少なくとも、ラールと皇太子の間に、例えば『王国のために』のような、共通の思いがあれば、愛は後から育つかもしれません。『恋愛感情がなくても、この人とならやっていける』という気持ちでも、お互いにあれば同じことです。でも、皇太子様は、そういう気持ちを、ラールと共有しないまま、事態を自分の都合だけで進めすぎています。」


それは言えている。皇太子は、ラールに、きちんと自分の気持ちを伝えてすらいない。その当たりを、感情が色々とこじれる前になんとかしていれば、あるいは?


…それもどうか。皇太子はラールより二つ下、俺と同じ年だ。ラールは知らないわけだが、「弟」の年になる。


それに、彼女の好みがキーリだとすると、地味だが、落ち着いた、年上の男性、という事になる。


「よし、ここだな。」


ルーミは、古いレンガとおぼしき壁を、軽く叩いた。キーリが、何か叫びそうになったが、ルーミがそれを制し、壁に耳を当てて確認する。俺達もそれにならった。


“殿下、どうか、これ以上は”


“君は、彼女の署名の後、承認すればいいだけだ。”


“ですから、その署名が、いつまでもない状態でこのような。”


皇太子と、相手は聖職者だろう。彼らより、少し近いところで、男性の声がする。


“ちっ。女一人のために、なんだよ、何時間も。”


“まあ、まだましだろ。昨日の、あの金髪のガキに当たった奴らなんてさ。…医者に連れてった時の、あの白い目と言ったら。”


ラールの声が聞こえないのが気ががりだったが、それをいう前に、バタバタとした足音、大声が、奥の方から響いた。


“おい、表のほう、もう、引き伸ばせないぞ。ナスタが、皇帝に連絡しやがった。”


ざわつき。口々に、


“おしまいだ。”


“なんてこった。”


と騒ぐ。


“こうなったら…”


“止めろ、それは俺の…”


“…物にはならない女、そうだろ。”


“皇太子の命令が聞けないか。”


“ああ。聞けないね。あんたに着いてきたせいで、俺たちはおしまいだ。あんたは、前みたいに蜥蜴の尻尾切りでいいだろうがな。せめて、俺達は、最後に、楽しませてもらうよ。”


“いや、やめて、お願い。”


「ラール!」


四つの声、四つの魔法が炸裂し、壁が崩れた。


「…なんて、言うと思ってるの?!」


そこには、華麗なたちまわりで、瞬時に複数をなぎ倒した、ラールの姿が、あった。


崩れた壁には、さすがにラールも驚き、少しバランスを崩した。キーリが、素早く支えた。ラールは、キーリにより掛かりつつも、しげしげと俺たちを見渡した。


「一応、助けに来たんだが…俺達、要らなかったか?」


とルーミが言った。ディニィは、ラールの足首と腕の、恐らく拘束具の跡を治し、その後、彼女の全身に浄化魔法をかけた。少し動きにくそうだった、ラールの様子が、際立って改善された。


「ううん、助かったわ。…表は、エスカー達ね。ありがとう。」


俺は、とりあえず、倒された騎士達に、軽く回復をかけ、


「でも、ラール、君、なんで、ここまで、黙って着いてきたのさ?」


と尋ねた。


「確かめたいことがあって。」


ラールは、真っ直ぐ皇太子に向き直った。


「殿下。」


呼ばれて、なすすべもなく横たわっていた皇太子は、ラールに向き直った。


「私は、イザックについて、真実が知りたいのです。ナスタと、彼と私は、幼馴染みでした。彼は、私のために、手柄を焦ったんだろう、ということになっていました。当時、騎士の人数は今よりすくなく、魔法の不得意な騎士は、見込みがないと言われていて、彼も先を見つめ直していたのは事実です。ですが、彼は、慎重な人でした。敵地の調査に行くのに、任務の成功を度外視して、一人で行くとは思えません。同行するはずだった土魔法使いが、内部対立からすっぽかした、と言われ、あの部隊にいた土魔法使い達は、不名誉な噂に耐えきれず、去って行きました。ですが、彼らも、貴方の命令や指示を無視するとは思えません。残る可能性は…。」


ラールは、少し、言葉を切った。


「殿下、貴方が、一人で行くように、命令したのではありませんか?」


沈黙が重い。


「周囲に人がいるところで、聴く気はありませんでした。でも、この場が最後ですから、真実をお願いします。」


「敵は、いないはずだった…。」


皇太子は、下を向いていた。


「一番可能性の薄い岩場で、足場が悪く、見透しもよくない。ちょっと見て、判らなくて、帰ってくると思っていた。」


消え入りそうな声だった。ラールは、しばらく皇太子を見つめていたが、姿勢を正し、


「答えて頂いた事に、感謝いたします。」


と答え、キーリの手を離れ、皇太子に背を向けて、歩き出した。


「ラール、お前は、私から、去ってしまうのか。いなくなってしまうのか。私を置いて、遠くに行ってしまうのか。」


悲痛な声が、部屋にこだまする。ドアの影に、エスカー達が見える。


ラールは、小声で、「さようなら」と言った。「お元気で。」だったかもしれない。振り返らずに、ドアに向かった。ルーミが、すぐ後を追おうとするが、一足早く、キーリが追って行った。


俺達は、ドアから、順番に出た。逆らっていた騎士と、皇太子を、一緒に置いて行くのは、多少気が引けたがラフノフがいるなら、大丈夫だろう。


最後に、ちらりと、皇太子を顧みたのは、俺と、ディニィだけだった。




   ※※※※※※※




皇太子は、「療養」のため、暫く、西ラッシルの別荘に行く事になった。「親衛隊」は解散した。ただ、跡継ぎ問題は、保留のようだった。


ラールは、ディニィがコーデラに帰りつく迄は護衛、その後は、キーリと、旅をする、と言った。


ルーミは、少し元気がなかった。今更ながら、恋愛感情があったのか、と思ったが、話を聞いてみると、姉を取られた弟の心境に近いようだ。


「最所に会った時さ、まず、路を聞かれたんだ。『安全のため、子供か、女の子に聞こう』と思ってた、と言ってた。失礼しちゃうよなあ。顔はともかく、声で解るだろ。」


「どうだろうね。僕と再会した時、すぐには分からない程度には変わってたが、お前の声、本格的に変わったのって、もっと後だったろ。」


「で、顔は、好みだったんだよ。中身があれって、思わなかったし。」


「何言ってるんだい、中身も好きだろ。」


「まあね。」




ディニィとは、少しだけ、皇太子の話をした。


「決して共感はしないけど、少し、切なくなりました。私たち神官の、神や聖女コーデリアに対する気持ちも、似たものがあるのです。歩んでも、決して縮まらない距離のような。」


だが、彼女が考えていたのは、ルーミのことだ。同じ相手を見ているから、わかる。


「思い続けていれば、向こうから、振り向く、何てこともある、かな。」


「まあ、神がですか?」


「神はともかく、聖女なら。ほら、『見返りの聖女』っていう、絵が、王立美術館に。」


俺達は笑った。


善良なディニィは、いずれ、手にいれる。宿命のままに。御心のままに。計画のままに。




サヤンとユッシは、ラールが、皇太子に、別れを告げた所しか聞かなかったらしく、深刻な部分よりも、キーリの恋が実った事を祝福していた。エスカーは、ナスタとともに、全て聞いていたようだが、多くは語らなかった。もちろんラール達のことは喜んでいた。




そして、キーリは、一番、深い話をした。


「ホプラス、僕は、最近まで、君が、ラールを好きなのかな、と思ってた。僕はラールに一目惚れだった。でも、最初は、ルーミとラールが恋人同士かと思ってしまった。違うことはわかったが、時間の問題だと考えていた。二人とも、お似合いだから。で、君はディニィかな、と考えた。だけど、あの、土の鍵の時。」


俺とキーリは、同時に、ラールとルーミを止めようとしていた。たった二人だけ、全体の事を考えられなかった。


「それで、少し、注意して、君の事を見てた。そして、わかった。君がいつも見ていたのは、ラールでもディニィでもない、あの人だね。君の、一番大切な人。」


その時、俺は、融合した最初の日に感じた、絶望的な切なさを再び感じていた。気付かれてまずい、と思うべきだったが、この時は、切なさが勝った。


「その、気まずい思いをさせたら、悪かった。」


俺が黙っていたので、キーリは謝った。


「あ、いや、それで、黙ってたわけじゃないよ。意外に、僕は演技派じゃないなって。」


俺は笑った。キーリも笑った。


「本人にばれてないところが、唯一の演技派の砦かな。」


「あの人にとっての、一番も、君だと思うけど。」


「うん。今のところはね。やがては違う。でも、それでいいんだ。僕の望んだことだから。」


思いの叶った人物は、他人の思いを叶えようとする。だが、これはそうはいかない。


キーリは、それ以上は言わなかった。




そして、俺達は、コーデラに戻った。この時は、待ち受ける者への警戒を忘れて。

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