2.融合の後で

各ワールドには、「バランスの秤」と呼ばれる、現在のワールドの状態を知る、虹色の球体があり、それらは超越界で管理されている。バランスのよい状態だと、はっきりとした虹の七色に輝いているが、良くない状態だと色が薄い、または濃くなったり、一色が強調されたり、最悪は色が消えて白や黒になったら死滅する。


バランスを調整するのは計画者の仕事だが、直接介入が必要な時は、俺達守護者の出番となる。


さて融合後、連絡者がワールドに降りて、俺、すなわちホプラスと直接会話したのは、一度きりだった。


「端から見ると、空中に向かって話し掛ける、危ない人だからね。」


羽虫のようにブンブンと、ちびすけは文句を垂れていた。


俺はまず、彼らが「黙っていたこと」について、文句をいった。今までどんなに機会を作り、出来る限り誘導しても、ホプラスはディニィを口説こうとしなかった。この二人さえ何とかなれば、若い男にありがちの対抗意識で、ルーミとラールも何とかなるかもしれない。そう思って努力した、俺の苦労はなんだったのか。


しかし連絡者は、しれっと、


「言ったら、あんたは諦めるでしょ。ただでさえ、ディニィがルーミの方を気に入ってるようだって、及び腰だったじゃないの。」


と言い放った。


「こうなったら仕方ないわ。ラールの方は、キーリとかいう地味顔に任せて、ディニィはルーミに任せる。あんた、くれぐれも余計な事はしないでね。生殖細胞の遺伝情報が空になっただけで、能力がなくなった訳じゃないんだから。」


「余計な事って…」


「レイザン王のようになったら困るって事よ。あんたが前についてた。」


彼は別ワールドで前に担当してた勇者だ。能力は申し分なく、王者としてもそこそこ立派なもんだったが、女好きの少年愛好者で、パーティー全員に手を出しては、トラブルを起こしていた。彼が王になって、相思相愛の王女と結婚したあたりで、守護は終わりで引き上げたが、風の便りに、その愛する妻に暗殺されたと聞いた。


あの時は融合せず、通常通りに、背後から道を提供するだけだったが、今と違って、守護中は、休暇も取らずに、毎日べったりついてなくてはならない、という、滅茶苦茶な勤務体系だった。そのかわり、守護期間は短かったが、あれは余計な知識ばかり増えた、ストレスの溜まるプロジェクトだった。


「はあ、でも、ホプラスは惜しかったわね。顔もよし、性格よしの神聖騎士、公にできないけど、血筋もいい。姫の相手にはぴったりだったのに。ルーミも顔がいいから、インパクトはあるけど、彼は傷がありすぎるし。まあこの際、種の質は妥協するとして。」


「…何だよ、それ。だいたい、傷って、ルーミの責任じゃないだろ。」


思わず言い返した。連絡者や計画者が、ワールドの人物達を道具扱いするのはいつもの事で、普段は聞き流していた。だが、この時は、本当に腹立たしかった。


「ルーミ、ね。」


連絡者はため息と共に、わざわざ繰り返した。いつもは報告の時はルミナトゥスと呼んでいるからだ。


「まあ、とにかく、計画者はホプラスが今、抜けるのは困るって事だし、融合してしまったものは仕方ないし、取り敢えず、モンスター始末して、ワールドに平和をもたらすのはしっかりね。」


「言われなくてもやるよ。あと少しだ。」


俺のやる気を確認したのか、連絡者は、飛んで消えた。


入れ違いに、背後で音がした。町外れの茂み、間を縫って音がする。当然、剣を構えたが、現れたのはルーミだった。


「こんな所にいたのか。探したよ。」


「探したって、僕を?」


「そうだが…変なこと、聞くなあ。」


何だか楽しくなってきた。彼が、俺を、ホプラスを探しに来てくれた、それだけの事が嬉しい。


「お前一人か?話し声が聞こえたみたいだが。」


「え、まあ、なんというか、羽虫を追い払ってたんだ。」


これを聞いた連絡者が、地団駄踏んでるだろうなと、思うと小気味よかった。


ルーミは特に気に止めず、自分の用件を切りだした。エスカーに相談されたことで、俺の意見も聞きたいという事だ。


その時、当のエスカーが、茂みの間から、顔を出した。


「やっと見つけた。こんな所で何やってるんですか、二人きりで。」


「…その手の冗談は、よせと言っただろ。兄の俺で遊ぶんじゃない。」


何時もの会話も、この耳で直接聞いたせいか、どきりとした。ルーミはそんな俺の心境なんて考えもせず、エスカーを促して用件をしゃべらせた。


「火竜の眼が、暴発した時の事なんですけど、あれ、最初、あの兵士の人、姫に渡そうとしてたでしょう。」


炎のエレメントの複合体、あれの宿主はファイアドラゴンだった。素で強いドラゴンに、さらに得意属性のエレメントが加わったのだから、倒すには工夫がいった。幸い、場所が平地だったので、水や風の時と違い、人数が投入できた。


最終的に倒したのは俺達だったが、レアアイテムとなる牙や鱗を、魔法官達が持ち帰りたがった。特に反対する理由はなかった。


街に戻ってから、協力してくれた領主のオルタラ伯の屋敷に行く途中、


一人の兵士が、宝石のように綺麗な眼を持って、ディニィの所にやってきた。


あの時点では水魔法でコーティングした容器に入れていたので、安全だった。ディニィの傍らにはエスカーがいたので、宮廷魔術師の彼に、レアアイテムとしての価値を聞きたがるのは理解できる心理だ。


重いだろうからと、ルーミが受け取った。その時、サヤンが、魔法部隊の隊長が、ディニィに回復を頼みたいと言ってる、と呼びに来たので、ディニィとエスカーは、少し離れた。ルーミが、それにしても、重いな、と、その場に一度降ろした途端、ドラゴンの眼から、炎が暴発した。


ホプラスがルーミをかばい、俺が助けるためにホプラスの中に入った。守護者の力を使えば、頭が降っとんでないかぎり、致命傷からでも助ける事ができる。直した後、直ぐに出たら問題はないが、当然の事ながら、致命傷なんか食らえば、意識がなくなる。つまり彼が気絶したので、安全なうちに出られなくなり、融合に至った、というわけだ。


「あの兵士なんだけど、いなくなってるんです。ホプラスさんが倒れてすぐくらいに。除隊した訳じゃなく、消えたんですよ。」


エスカーは、あの暴発が姫をねらって仕組まれたものでは、と半ば確信していた。ただ、黒幕までは確信していないようだ。


俺はわかっていた。カオスト公だ。


彼は今の国王の従兄弟だが、自分の血筋が王位に付くことを夢見ていた。皇太子と自分の娘を婚約させたがったが、国王は王族の近親結婚には反対していた。皇太子は結局、ラマルテス辺境伯の令嬢と婚約した。カオスト公は今度は、ディニィの二つ下の妹のバーガンディナ姫と、長男の婚約を画策した。王は難色をしめしたが、バーガンディナ姫と長男は、愛しあっていたので、婚約後、まもなく結婚した。


しかし、長男は、皇太子の一行と狩をしている最中、人間と狼と風のエレメントの複合体に襲われ、皇太子共々、死亡。バーガンディナ姫は


17歳だが、既に未亡人になってしまった。野心家のカオスト公は、今度は次男と、長男の未亡人の結婚を計画している。


もしバーガンディナ姫が次男との間に王子を産んだら、夢は叶うかも知れないが、国王の叔父にあたる老ザンドナイス公は、ディニィが神官を辞めて、王位に就くことを提案している。コーデラでは神官長は女性、国王は原則男性のため、ディニィが王位に就けば、必ず結婚し、夫が王になる。次男はまだ14歳なので、19歳のディニィのほうの相手として薦めるのは無理があった。結婚が可能になるのは16歳、首尾よくバーガンディナ姫と結婚させて彼女が王子を産んだとしても、ディニィに先を越されては困る。そう思って、思い切った手段に出た。


これらは、守護者だから知り得た情報だ。カオスト公は取り繕うのは上手く、長くディニィのそばにいるエスカーでさえ、野心家でも、そこまでやる男とは思っていない。仮に今、真相をばらしたところで、物証もなく、納得させる事はできないだろう。


「姫の守りを固めるべきって点に関しては、俺とエスカーの考えは一致してるんだけど。」


ルーミとエスカーの意見の差は、それをディニィに教えるかどうか、だった。エスカーは、不安にさせたくないから、教えない、ルーミは、ディニィ自身の事だから、教えるべきだと言う意見。


「僕は教えた方がよいと思う。」


俺の意思でもホプラスの意識でも同じ結論だが、理由は異なる。ホプラスは、身内に狙われている、という自覚がないと、かえって危ない、と言う考え。黒幕が身内、というのは、俺の記憶から得た知識だから、ディニィに教える訳にはいかない。しかし、俺は、ディニィは、カオスト公の野心を、とっくに把握していると思っていた。さらに、ディニィは第一王女という立場上、行く末は神官長だ。コーデラの神官長は、組織的には、神官(聖魔法使い。女性のみ。)、上級聖職者(中央の神殿に勤務。規程はないが、現職は男性のみ。)、下級聖職者(民間聖職者とも。上級と違い、婚姻が許可されている。地方の教会勤務。)の頂点であり、宗教関係とはいえ、政治的な影響力は多大なものがある。その役割にふさわしい考え方は、身につけているはずである。


「狙われている自覚がないと、守りにくい面が出てくる。これからの事を考えると。」


この話をした時に、ディニィの口から、カオスト公の名前が出てくれればな、と思った。


エスカーは、「それはそうですね…」と答えた。ルーミは、少し考えてから、


「じゃ、仲間全員に話そう。」


と言った。


俺は、護衛のラールには話さなくてはいけないと思っていたが、キーリ、ユッシ、サヤンには、言わなくても、と思っていた。しかし、ルーミの、


「いつもディニィの一番近くで行動しているんだから、当然だろ。」


に、守護者としての俺に、まだあの三人を付録扱いする気持ちがあったか、と反省した。ホプラスの意識も、少し抗議している。


「リーダー」の方針が決定したところで、ディニィの所に向かった。朝食の席にはオルタラ伯が同席するはずなので、その前に集まって話したかった。


エスカーがユッシとキーリを、俺がラールとサヤンを、ルーミは直接、ディニィの部屋へ。しかしラールとサヤンはとっくに、ディニィの所に向かっていた。


結局、俺が一番遅くなった。


ディニィは、極めて落ち着いた様子で話を聞いていた。全部聞いた後、しばらく考え、


「それじゃ、ホプラスが身代わりになったのね。」


といった。俺は姫の責任ではないと言おうとしたが、いち早くルーミが、


「ああいうのは、昔から、こいつの趣味みたいなもんだから、ディニィが気にすることじゃないよ。」


と言った。


「それに、騎士はお姫様を守るもんだろ。腐っても鯛というし。」


エスカーがそれを聞いて、「兄さん、それ、たとえが変。」と言ったら、全員が笑った。俺も笑ったが、内心は少し真剣だった。


俺が、ホプラスが守ったのは、お前だよ、ルーミ。確かに腐った騎士だ。国家と王家と全能の神、その最後の代弁者・聖女コーデリア。騎士はそれらに忠誠を誓い、所属する。そう誓ったくせに、俺が属しているのは、お前なんだから。


「ねえ、で、犯人なんだけどさ、あたし、あの、カオストっておっさんが怪しいと思う。」


いきなりサヤンが核心をついた。


「王都に寄せてもらって初めて会った時、挨拶したんだけど、ふんって言われただけだった。感じ悪いし、悪党面だし。」


ああ、そっちか。ぎょっとしたような、ほっとしたような。


「あの人は、王族以外はそういう態度だから。僕なんて、ヴェンロイドの林檎屋の小僧か、と言われた。」


エスカーの父方は、男爵家だが家柄は古く、地方だが広大な農地と果樹園を背景にした、富裕な名門貴族である。それでこの態度をとられ、それでも悪意に直結させないエスカーの冷静さは立派だが、今回はサヤンの勘が勝った。


「証拠はないにしても、念のため、お前、師匠に一筆書いてくれないか?」


とルーミがエスカーに頼んだ。ラールが、


「誰が黒幕でも、私達に出来ることは、姫の周りを固めるだけだからね


。」


と言った。キーリが相づちのように、


「離れた都の事を、頼める人がいれば、安心ですね。」


と頷く。ユッシが、


「一応、旅館組合に連絡して、怪しい兵士風の男が泊まってないか、確認して貰おう。」


と言った


そこに朝食の支度が出来た、とメイドが呼びにきた。


朝食はオルタラ伯夫妻と、彼の幼い息子と取った。息子がデザートの氷菓子を(この地方では、朝が一番豪華だった。)もっと、と欲しがったので、ディニィが彼に自分の分を与えていた。伯爵が息子をたしなめたが、彼女は冷たいものは少し苦手なので、と、軽く答えて話題を変えた。


俺は、美味しそうに食べる子供を見て、自分の分をルーミにやった。彼の好きな菓子だったからだ。


「なんだよ、子供あつかいするなよ。」


「いらないのか?」


「貰うけどさ。」


こういう所は、昔から変わってない。やっぱり、ルーミは可愛い。一心不乱に食べる姿を、微笑みながら見る。菓子の上にはオリーブの葉がのっていたが、果実はその上にある。それにかかる金色の髪に、いつの間にか、手を伸ばしていた。


ルーミが顔をあげる。俺は、「前髪が目に入りそうだったから。」と言い訳した。ルーミは、子供扱いするな、と先程の返事を繰り返した後、


「気になってたけどな。食べ終わったら、少し切るか。」


と言った。キーリが、そう言えば、自分も、と言った。ラールがそれを聞いて、じゃ、後で二人とも、切ってあげる、と言った。


エスカーが小声で、伯爵夫妻に、幼なじみで、いつもあの調子でして、と言い訳しているのが聞こえたが、幸い、ルーミの耳には入らなかった。


ホプラスが、微妙に自己嫌悪を感じているのがわかる。


仕方ないだろう。一人の時は、とっくに克服済みだったとしても、新しい俺達にとっては、新鮮なものになるのだから。

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