1.世界の成り立ち

「これがあんたが守護する勇者。ホプラス・ネレディウス。20歳。コーデラの神聖騎士。」


連絡者の生意気なちびすけは、鏡玉を一つ出した。真っ直ぐな事が分かる程度の長さの黒髪、穏やかな顔の青年が浮かぶ。勇者候補だが、どっちかというと、神学者に向いていそうな清涼感のある人相だ。ラッシル系に東方系の血が少しまじっているらしく、やや童顔で、砂のような肌色と、黒に近い蒼い目をしている。


「神官?コーデラの神官は女性しかなれないんじゃ。」


「どこに耳がついてるのよ。神聖騎士、正式に訓練を受けた、魔法剣のエキスパート。」


だったら、単に魔法剣士と言えよ、と思ったが、口には出さなかった。


「戦災孤児だけど、水魔法の能力を買われて、騎士養成所に入る。文武両道に秀で、常に全科目主席。卒業後は騎士団に入って、本来ならエリートコースまっしぐら。」


「今は冒険者ってか?結構いい男だし、原因は女か?」


「…その甲斐性があれば、まだましだったかも」


「は?」


「こっちの話よ。そら、その横にいる金髪を見て。原因。」


ああ、やっぱり女か。と思ったが、よく見たら男だった。顔だけ見てれば間違うが、場所が風呂場らしく、ホプラスよりは低いが、すらりとした高い身長と、細めだが、鍛えて引き締まった剣士の全身が見える。色白の肌、ガラス玉のようなオリーブグリーンの目。純金色の金髪は、男性に使うのは何だが、古典的コーデラ美人の特徴だ。


「ルミナトゥス・セレニス。18歳。剣士で火魔法が得意だけど、魔法剣は使えないわ。彼はホプラスの幼馴染みで、故郷の町が最初の複合体に襲われた事件で、八つの時に生き別れ。13の時に再会。最初は冒険者ギルドの団体部にいたけど、14の時に独立。ホプラスは一緒に行くために、騎士を辞めようとしたけど、騎士団長の計らいで、身分は騎士のまま、ギルドに貸し出し。」


「同性愛者の勇者コンビか?一昔前の流行りじゃないか。最近はオーソドックスが主流だと思ってたが。」


「…ルミナトゥスはラーリナ・ライサンドラの相手よ。ホプラスはディアディーヌ王女の方。」


鏡玉の中では、ホプラスが、「もう出るのかい、ルーミ。ちゃんとあったまったかい。」と、友人の背中に声をかけていた。ルーミは「火魔法使いはのぼせやすいんだよ。しってるだろ。」と答えて鏡玉の視点と共に脱衣所に。


そこに、女性がいた。長い黒髪に、ラベンダーブルーの切長の目。色白のラッシル系だが、どことなく国籍不明の神秘的な雰囲気があった。美術品のような、完璧な容姿をしている。


「なんだ、覗きかよ、ラール。」


ああ、この女性がラーリナ・ライサンドラか。ラッシルの皇女の側近だが、始祖の烈女王エカテリンの血を引く、宿命の女性。実は今の皇帝の兄の孫娘にあたる。今回の計画の要の一人。


「服を持って来たのよ。入ってるうちに置いとけばいいかと。」


「エスカーに頼めばよかったじゃないか。」


「エスカーはディニィ姫達と、お茶よ。邪魔するほどの用事じゃないし。たかだか、あんたの服くらいで。」


鏡玉がもう一つ。プラチナブロンドの巻き毛に、ぱっちりした青い瞳の、可愛らしい女性が、優しく微笑みながら、傍らの緋色の髪の少年のカップに、お茶を注いでいた。少年の瞳は、お茶の色を写したアンバーだった。普通、赤毛は色白が多いが、彼は特徴的な赤銅色の肌をしていた。


「ラーリナとディアディーヌ姫は分かるわよね。先に説明しておいたし。ラーリナは風魔法と飛び道具で戦うわ。旋風のラールと呼ぶ人もいる。皇帝の命令でディアディーヌ王女の護衛をしているわ。ホプラス達とは数年前からの知り合い。王女は、聖魔法の最高位の術まで取得している、現在、たった一人の神官。回復役ね。」


ブロンドの女性が姫のようである。コーデラの第一王女。兄の死により、本来なら第一王位継承者だが、コーデラ王家では長女は独身原則の神官になる慣習があり、既に結婚している次の妹の義父が野心家なため、立場が微妙な物となっている。だが彼女は、姉妹の中で唯一、始祖の聖女王コーデリアの血を持っている。計画のもう一つの要。


「横の子はアプフェロルド・オ・ル・ヴェンロイド。15歳。年のわりに子供子供した外見だけど、これでも宮廷魔術師の一人よ。なんと全属性の最高技まで使えるわ。暗魔法も基礎だけならいける。予想外のギフトよ。南コーデラの名門貴族の子だけど、ルミナトゥスの種違いの弟になるわ。エスカーって呼ばれているのは、庶民時代の名前がエスカラルドだからよ。あの髪と目、肌の色はヴェンロイド家の特徴。」


種違いを差し引いても、ルミナトゥスとはにていなかった。強いて言えば、口元から顎のラインくらいか。


その口元に菓子がついているのを、姫が優しく指摘する。澄まし顔の少年は、照れてすぐ拭った。


この優雅な可愛らしい女性がホプラスの相手か。姫と騎士、王道だな。だが、しかし。


もう一つの鏡玉では、ルミナトゥスが、ラーリナに、「静かに」というしぐさをし、浴場のホプラスを「すぐ来てくれ」と深刻な声で呼んだ。ホプラスは、急いで脱衣所に出てきた。ラーリナを見た彼は直ぐには事態が掴めないようだったが、「え、ラール…何で?!」と短く叫び、慌てて浴場に戻る。ルミナトゥスが笑いだした。


「ルーミ、あんた、いったい何がしたいのよ」


「だって、俺だけ見られるなんて不公平じゃないか」


「だってさ、ホプラス、悪かったわね。」


「あ、いや、君は悪くないだろ…て、ルーミ、いつまで笑ってんだ。いい加減にしろ」


「怒るなよ。負債を共有して共に償ってこそ友、と聖典にあるだろ」


「こんな応用はするな!それに正しくは、共に作った負債であれば、共に背負うのが…だ。負債を先につくるんじゃない!」


一見微笑ましいが、これでは、ルミナトゥスとラーリナは無理じゃないか?この状況で、二人の間から、色気がほとんど感じられない。まだラーリナとホプラスのほうが可能性がありそうだ。


「あ。言っとくけど、ホプラスとラーリナってのは無しで。本人達は知らないけど、腹違いの姉弟にあたるから。」


改めて二人の顔を見くらべる。先の種違いの二人より、共通点が少ない。真っ直ぐな黒髪の外には。


「ラーリナは色々民族の混じった母親に似た。ホプラスは多少、祖父の悲劇の皇太子に似ているけど、母親がコーデラと東方のハーフだったから、ほとんど他人の顔をしているわ。いっそこの二人で、血を濃くしては、という意見もあったらしいけど。」


「…さすがにそれはまずいだろう。もっと原始社会ならともかくだが。」


「しらなきゃいいでしょ…と言いたいとこだけど、二人とも、右太股の内側に、三つ並んだ特徴的なホクロがあるのよ。そういう事態になったら、なんぼなんでも、ばれる位置だからね。」


鏡玉では、ホプラスと入れ違いに、小麦色の肌の、かなりな長身の男性が「どうしたんですか。大声出したら、隣の女性用の方にまで響きますよ。」とのこのこと出てきた。先の二人に比べて、背はかなり高いが、ほっそりと無駄な筋肉はない。腕はがっしりしている。


「彼はキーリ。30にはなってないはずだけど…忘れたわ。狩人族っていう、地味な少数民族よ。弓が使えるから、使い勝手はいいわ。土魔法も使えるはずだけど、どうだったかしら。」


黒褐色の髪に、その髪より黒っぽい、濃い褐色の瞳。風呂場なのにも関わらず、小降りだが特徴のある耳飾りをつけている。彼は、ラーリナの姿を見付けると、驚き、先程のホプラスより、素早く引っ込んだ。


「やだ、ごめんなさい!あなたがいたなんて思わなくて、キーリ。」


ラールは慌てて、「エスカーに頼んで、あなたの服も持ってきてもらうわ。」と、足早に出ていった。キーリと呼ばれた小麦色の青年は、「僕は持ってきてますから…」と小声で付け加えた。


「何だ、あの反応。俺たちの時は平然としてた癖に。」


とルーミが面白くなさそうに言った。ホプラスは脱衣所に出てきて、体を拭き始めた。


「ラールにとっては、僕たちのは、幼児の裸くらいの感覚なんだろ。」


とホプラスは弱った笑顔を友人に向けた。


「4つ違いで、幼児扱いかよ。」


「やってる事が幼児な以上、文句は言えないよ。」


「お前、男のプライドないのかよ。一歩譲って、お前の場合は、見慣れてるから感動が薄いとしてもだよ…」


するとキーリが「えっ」と叫んで、二人を交互に見た。ホプラスが慌てて弁解に入る。


「え、あ、違うよ。変な意味じゃなく、以前に、一緒の仕事で、僕が麻痺ガスで意識無かった事があって、ラールが看病してくれたから。」


ほっとするキーリ。その時、


「その話ならわしも聞いた。」


と、奥から、キーリよりさらに日焼けした、壮年男性が出てきた。髪と目は、逆にキーリの物より少し明るいが、体格は長身の三人にまじるとズングリと見える。固い筋肉の盛り上がった、戦士の肉体をしている。


「ルーミが泣きわめいて使えないから、全部私がやった、とか。」


戦士はそれだけ言うと、鼻唄を謡ながら、適当にタオルを巻いて出た。


「あ、ちょっと、ユッシさん。そんな格好で外に出たら、またサヤンに怒られますよ。」


とキーリが声をかけたが、戦士、ユッシと呼ばれた男性は、「平気、平気」と外に進んだ。残された三人は暫し気まずく顔を見合わせる。


「ラールの奴、昔の事だと思って好きに言いやがって…」


ルーミは中途に着替ながら、外に出ていく。


「こら、ルーミ、もっとちゃんと拭かないと。」とホプラスが声をかけたが、聞こえなかったようだ。


鏡玉の視点はホプラスに移ったのか、微妙な表情で微笑む彼を捕えている。


これでなし崩しに、また飲みくらべで白黒つけよう、って展開になるんだろうな。…酒でラールに勝てるのは、酒神でも怪しいのに、学習しないんだから」


「それじゃ僕たちも行きましょう。後始末とか色々…」


会話の途中で、連絡者はもう一つの鏡玉をさし示した。お茶にもう一人、小柄な少女が加わっている。髪はライトブラウン、目はやや明るい茶色で、くりくりとした表情が可愛らしかった。


「その子はサヤン。魔法は使えないけど、素手の格闘術をマスターしてるわ。さっきの親父は兄のユッシ。盾がわりにはなるかな。兄貴ってなってるけど実は娘で、彼が傭兵時代に…」


「もういい、種とか腹とか、ごちゃごちゃしてきた。要するに重要なのは四人と、ギフトだろ。時間も予算もないなら、脇役をからませる余裕はなかろう。」


「さすがね。まあとにかく、あんたはドライで手早く固い仕事ぶり故の抜擢だから、そのへんはよろしくね」


俺は適当に返事をした。この時は楽観していたからだ。


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