第2話 臭くていい匂い!
「な、なによこの子供は!? ねえ、やめ、やめなさいよ! まとわりつくなー!」
猫の獣人、メガキスに抱きつく妹のエリモート。
メガキスは後衛職らしく、甲冑などは身につけていない。
身にまとっているのはこの世界では賢者にだけ許された水色のローブだ。
身長は低く、気の強そうなツリ目をしている。
年齢はかなり若いように見えるけど、獣人だからよくわからない。
顔だけは人間の少女ベースだけどそこはかとなく猫っぽい顔立ち。
その上、猫そのもののヒゲが生えている。
服の袖や裾からちらりと見える身体を見るに、一応人間の身体ではあるな。
ケモ度は低め、ケモミミ少女ってとこか。
ケモ度でいうなら1くらい。
エリモートはそのローブの上からメガキスの身体をまさぐる。
「わーすごい! これが猫? 猫ちゃん! やわらかーい! うわ、すごい、しっぽのお毛毛がやわらかーい! モフモフだー!」
「やめなさーーい! しっぽは敏感なの! あ、こら! 変なところに手を入れないで!」
メガキスはエリモートを引き離そうとするが、エリモートはしっかりしがみついて離さない。
「モフモフ! モフモフ! すーはーすーはー! わー変だけどいい匂いがするー!」
「嗅ぐなーー! 最近お風呂入ってないんだから!」
「うん、この耳もなんだかケモノ臭い! 臭い臭い! へへへへー!」
「うわーーー! 恥ずかしい! 離れて! 離れて!」
「クンクンクン。えへへーしっぽも臭くていい匂い!」
「やめてーーーー!」
軽く涙目になっているメガキス、なんだこれ。
いまから勇者パーティとの最終決戦(という名の虐殺)が始まるかと思っていたのに。
他の勇者パーティメンバーも唖然とした表情でその光景を見ている。
心ゆくまでメガキスを吸い終わったエリモートは爽やかな笑顔を見せる。
「あーよかった。死ぬ前に猫ちゃんを吸えた! 臭かった、えへへ!」
「その臭いってのをやめなさいよ!」
まあメガキスが怒るのも無理はないよな。
長い旅の果てにたどりついた魔王城、ほんとに風呂入ってないんだろう。
シャワー浴びたてのシャンプーの香りがする、というわけにはいかないだろーなー。
で、エリモートはいったんメガキスから離れると、その場で膝をつき、下を向いてぐいっと首を伸ばした。
「はい、じゃあ心残りもないから大人しく処刑されます。ひと思いに首チョンパしてください。私は死んでもいいから、お兄ちゃんだけは助けてあげて」
「「「「は!?」」」」
勇者パーティ四人が一緒に声をあげた。
「あのさー! あーし、全然意味わかんねえんだけどさー!」
修道服を着た金髪の女が言った。
っていうか、こいつ、よく見たらすっげえ「盛ってる」なあ。
派手なメイク、今どきガングロか。いや今どきもなにも、ここは異世界だから今も昔もなかったわ。
あと長いまつ毛、ネイルは真っピンク。
もともと修道服なんてお堅い印象を与える印象を与えるはずなのに、自分で修繕したのか、なんかこう、アウトラインがエロい。
でっけえ胸がパッツパツだ。
あと修道服なのにミニスカだ。
褐色の太ももが生々しい。
エロアニメかよ。
こんなやつが修道女なんて、絶対こっちの神様、怒ってるぞ。
足に履いているのは装飾のついた黄色いサンダルだ。ペディキュアも派手派手。
まじかこいつ、こんなサンダルで魔王城までやってきたのかよ。どうかしてる。
「っていうか、ええとお前! お前さっき名乗ってたよね、名前なんだっけ?」
俺を指差すギャル系修道女。
お、俺の名乗りをちゃんと聞いてたやつもいたか。
「あ、ああ、大悪魔将軍アニックだ!」
「大悪魔将軍……アニック……」
そして俺の顔をじぃっと見つめる。
「……あんた、めっちゃイケメンじゃね? もしかしたら女を惑わすインキュバスってやつ?」
「違います」
うん、まじで俺はめっちゃ美形男子らしい。
異世界転生したはいいけどハズレスキルすらもらえなかった俺だが、この顔だけはチート級のイケメンでやばいと自分でも思う。
「いーや、あんたはインキュバスだね! あーし、今一瞬惚れそうになったもん!」
前世では顔を褒められるどころか、やな思い出しかねえのにな。
見ただけで惚れられかけるなんて経験生まれて初めて味わったわ。
ま、じきにこの勇者パーティに俺は討伐される運命なんだろうけどさ。
「わかるわ。あんたそのきれいな顔、絶対それで人間の女をたぶらかす魔法とか使ってるんでしょ? きっと戦闘能力は低いわよ、はやく土下座して降伏しなさい、ざぁこざぁこ!」
獣人メガキスがあざけり笑う。
「あのあのあの……すみませんが恥ずかしくて顔を見れないので袋かなんかを頭にかぶってくれませんか?」
とんでもない要求をする勇者モジェリア。
いや俺の顔ってすげえな、勇者を惑わしてるぞ、
「ふん、いくらあーし好みのイケメンでも容赦はしねーってわけ! お前を倒したら最後に魔王がでてくるってわけっしょ!? あーしは修道女キャルル! すべての治癒魔法と防御魔法を極めしもの! あーしら、魔王を殺すために来た!」
あのー。
その魔王様はいま、あなたの目の前で首を差し出してます……。
「ううー……。お兄ちゃんが言ってたネバネバの腐った豆を食べたかった……」
うーん、この世界に豆はあるんだが藁が手に入らんからなー。
とか言ってる場合じゃないな。
とりあえず妹を守らないと。
「おい、エリモートまずいいからこっちに来い!」
俺は身につけていた剣をその場に置いて戦闘の意思がないことを示した上で、ひざまずいているエリモートに駆け寄り、その身体を抱き上げた。
エリモートは逆らわず、手足をだらーんとさげて脱力している。
こいつ、今度11歳になるってのに軽いなー。
もっと食って成長しなきゃ駄目だぞ。
いや、俺達はもう勇者に殺されるのか……。
玉座に戻り、エリモートをそこに座らせる。
「あのあのあの! 状況が全然わからないんですけど……。ええとその子は……? これから戦闘になりますので、お子様は下がらせていただいてよろしいですか?」
勇者モジェリアがモジモジしながらそう言う。
「うー。あたしの名前はエリモート。今はあたしが魔王らしいよ?」
「「「「は!?」」」」
またも声をあげる勇者パーティ。
そりゃそうだ、こんな10歳の子どもが魔王と言われてもな。
「ふひひ、ま、魔王の名前はグラダガースです。十年前、人類に対して宣戦布告し、世界を殺戮と恐怖で支配しようとした、世界の敵……。その強大な魔力は恐ろしく、ただの人間であれば目の前に立つだけで失神してしまうとか……」
くらーい笑みでそう言うのは甲冑を身に着けた女騎士だ。
女騎士ってさー。「クッころせっ」みたいな、気の強い美人、みたいなイメージあるけどさー。
クッころいいよな、クッころ。
でもこいつ、……なんか、こう、そういう感じじゃないな……。
なんとうか暗い『陰』の雰囲気をまとっている。
卑屈な笑み、上目遣いでこちらを見るこの感じ……。
俺にはわかった。
間違いない、こいつ絶対陰キャ女だ。
教室の片隅で女オタク仲間同士集まってBLイラスト書いたり夢小説書いたりしているタイプの。
「ふひひ……拙者の名前はタッキー。王国のれっきとした正騎士ですぞ」
拙者って。ですぞって。
一昔前のオタクじゃねーか。
あ、ここは異世界だったわ、今も昔もなかった。
その笑い方とかまじでオタッキーな感じがする。
よくよく見るととんでもない美人な気もするけど、その卑屈な笑い方のせいでそうは見えないな。
「ふひひ……たしかに美形……。攻め受けでいうなら強気攻め……」
それってBL用語だよな?
まさか異世界にもBLの概念があるとは。
「で、魔王グラダガースはどこにいるのよ!?」
獣人メガキスがびしっと俺を指さして尋ねる。
しょうがない、俺もびしっと答えてやるか。
「譲位して逃げた!」
「「「「はあ!?」」」」
「ここまでひどい戦争を引き起こしといて、敗色濃厚になったらどっか逃げた! どこに行ったかは知らん!」
「あのあのあの……! じゃ、じゃ、じゃあ、譲位ってことは新しい魔王がいるってこと……ですか?」
「その通り! お前ら、
「あのあのあの! えーと? じゃあわたしたちの宿敵、グラダガースはもうここにはいなくて、この子が魔王で……?」
「そうだ。そして俺がその兄だ。言っとくが、こいつはつい先月まで辺境の村で俺が罠で捕らえた鹿の肉食ってただけだからな! 俺達ただの農家だったんだよ! くそグラダガースのやろう! こんな子に魔王を押し付けて逃げやがって! だから、この子も俺も人間なんて一人も殺したこと無いぞ!」
「……なあ、モジェリア。なんかさ、思っていたのと違うじゃん? ……これどうする?」
とギャル修道女キャルルが言い、
「えー、ど、どうするて言ったってわかんないよ……。キャルルちゃん決めてよ」
おどおどしながらモジモジ女勇者モジェリアが答える。
「ぐふふ、勇者はモジェリア殿ですぞ」
暗い笑みを浮かべてそう言うオタク女騎士タッキー、そこにハッとした顔で獣人メスガキ賢者メガキスが言った。
「ちょっと待ちなさいよ、ってことはさっきあたし、魔王におっぱい揉まれたってこと?」
揉まれたのか。
揉むほどあるのか?
「えへへーちっちゃいおっぱいだった! ママと全然違う!」
「うるさいわね! 子どもは黙っていなさい!」
だからこいつが魔王なんだって……。
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