滅ぼされる寸前の魔王の兄に転生した俺、勇者パーティを接待接待!

羽黒楓@借金ダンジョン12月発売

第1話 勇者パーティ、襲来。

 暗雲がたちこめ、稲妻が轟音とともにそこかしこに落ちている。

 毒の沼地に囲まれるようにして、高い山がひとつ、そびえ立っていた。

 そしてその天辺にはおどろおどろしく、不吉さをたたえた、真っ黒な城があった。


 魔王城。

 人間たちを恐怖のどん底に叩き込んだ大戦争を引き起こした、魔王の居城である。


 そこの王の間に、俺達はいた。


「お兄ちゃん、私、首チョンパなの?」


 不安そうな顔で俺に聞く妹のエリモート。

 まだ十歳の、青みのかかった白髪で赤い目をした美少女。

 だけど、その頭からは二本の角が生えている。

 彼女は魔族なのである。

 そして、その兄たる俺も、もちろん魔族である。

 俺自身も同じように青みのかかった白髪で赤い目をしており、角が生えている。

 そして、自分で言うのもなんだが人間どもの価値観からいうと超絶イケメンである。


 ここは魔王城の王の間、どでかい広間の玉座に座っているのがエリモートなのだ。

 つまり、今はエリモートが魔王なのである。


「首チョンパやだーっ! こわいーっ!」


「いやエリモート、心配するな! お兄ちゃんがなんとかしてやるからな!」


「やだーーっ! 死ぬなら、死ぬならせめて猫ちゃんをモフモフしてから死にたかったー!」


 まあ確かに魔族の村には猫なんていなかった。

 この世界では、猫というのは人間の国にしかいないものなのだ。

 人間の絵本を読み聞かせてやったときからエリモートは猫に憧れをもっちゃったみたいなんだよな。

 じっさい、猫をモフモフするのはとてもいいけどさ。


 ここには俺と妹しかいない。

 他の魔族はみんな逃げてしまった。

 長らく続いた人間と魔王軍との戦争。

 それも終結のときを迎えようとしていた。

 魔王軍の完全なる敗北として。


 ギイィィ、と音を立てて王の間の扉が開く。


 そこに現れたのは、四人の勇者パーティだった。


「うえええぇぇぇん! 来たぁぁ! 私、首チョンパされるぅぅ!」


 泣き出す妹、俺は妹をかばうように前にでる。


「勇者ども、よくぞ来た! 我こそが悪魔大将軍、アニックだ!」


 一応、俺は名乗りをあげる。

 大将軍と言ったって、俺は戦闘の経験なんてなーんもない。


 あーあ。


 せっかく異世界に転生してきたと思ったのに、しかも、超絶イケメンに転生できたのに。

 こんなことになるとは。


 前世、俺は日本のブラック飲食店で働く雇われ店長だった。

 あまりにも薄給だったので、休日には別の仕事を入れてダブルワークしていた。

 そして過労死した。 

 その結果、俺はこの異世界に転生してきたのだった。

 魔族として。

 今回の人生、いや魔生? は最高に楽しいものだった。

 ところが。

 百年以上も続いていた人間との戦争。

 ずっと一進一退だったんだけど、人間たちの間に勇者と呼ばれる少女が生まれたことで戦況は一変したのだ。


 魔王軍が誇る魔将軍はほとんど討伐され、魔王とその側近は逃げ出してしまったのだった。

 広い世界だ、どこに逃げ出したのか、俺も知らない。


 そしてその魔王の後継者に、俺の妹が無理やり選ばれたのだった。

 なぜ俺じゃなくて妹かと言うと、俺と妹は父親が違うのだ。

 俺の実の父は俺が生まれた直後くらいに事故死して、それから数年後、母さんは別の男と結婚した。

 そして妹のエリモートが生まれたってわけだ。

 いい両親だったなあ。

 

 で、俺から見ると義理の父親、つまりエリモートの実の父親が魔王の血につらなる魔族だったみたいで――。


「ひぃーこわいー! こわいー! 勇者たちが来ちゃったよー! ひーん! 猫ちゃん……せめて猫ちゃんを……」


 泣いてるエリモート、かわいそうにな。


 敗戦処理の魔王の後継者だなんて、処刑される係でしかない。

 そんなのは誰もやりたがらず、後継者の権利を持つ魔族はみんなどっかに逃げた。


 そんなわけでまわりにまわって俺の妹がほとんど無理やり魔王にさせられたのだった。

 魔王と言っても主力は壊滅、必敗の情勢だ。

 んでもって本拠地たるここ魔王城まで勇者パーティがやってくるなんて状況になっていたのだった。


 もう終わりだ。

 エリモートの言う通り、俺達はここで殺されるか、捕らえられて処刑される運命にある。


 なにしろ俺もエリモートも魔力なんて微々たるもんで、大した魔法も使えなければなんの戦闘力もない。

 戦闘訓練も受けたことがない。

 いままで動物を罠で捕らえて生活していただけの一般人……いや、一般魔族だったんだからな。


 まずは勇者パーティのうちの一人が俺達に声をかけた。

 魔導士の服を着た小柄な少女だ。


「魔王にしては弱そうな男ね! あんたなんかあたしたちが踏み潰して靴を舐めさせてあげるわよ! 魔王のくせにほんとに弱そう! このざぁこざぁこ!」 

 

 こいつは俺のことを魔王だと思ったらしい。いや俺悪魔大将軍って名乗ったのに聞いてなかったのかよ。

 小柄な少女は隣にいる、光り輝く魔法の鎧を身に着けた少女に話しかける。


「ほら、モジェリアもなにか言ってやって!」


「え、メガキスちゃん、そんなの私できないよ……。なんか恥ずかしいし……」


 もじもじしながら答える少女、腰にぶら下げているのは立派な剣。

 俺みたいな一般魔族でも感じられるほどのとんでもない聖なるオーラをはなっている。

 これがうわさに聞く勇者の剣ブレイドオブブレイブってやつか?

 ってことはこの子が勇者なのだろうか?


 そこに、修道服を身に着けた金髪の修道女が声をあげた。


「駄目っしょ! 伝説の剣を引き抜いた伝説の勇者はメガキスでもあーしでもなくね? モジェリア、あんたっしょ?」

「そんな……。キャルルちゃん、意地悪言わないで!」


 さらに、甲冑の上から派手なマントを羽織った女騎士もモジェリアと呼ばれた少女に言う。


「デュフフ……モジェリアさん、あなたが勇者なのですよ? 拙者も他のメンバーに賛成です……」

「もー! タッキーまでそんなこと言って! 知ってるでしょ、私は初対面の人とはうまく話せないの!」


 それを聞いて小柄な少女、メガキスは呆れた顔になった。


「なーに言っちゃってんの、初対面じゃなくてもあんた、あたしら以外とは何も話せないじゃん。でもほら、ここがあたしらの旅の終着点でしょ? 最後はあんたが締めなさいよ!」


 四人の勇者パーティはしばらく押し問答していたが、やっとのことで結論が出たようで、結局、一人の少女が他のメンバーに押し出されるようにして前に出てきた。

 勇者の剣を下げた少女だ。

 うわさには聞いていたが、勇者ってほんとに女の子なんだな。

 その女勇者モジェリアは、観念したのかそこで初めて顔をあげると、俺の顔を見て――すぐに真っ赤になってうつむいた。

 恥ずかしがり屋なのか、なんだかモジモジしている。

 俯いたまま、思いっきり叫ぶように言った。

 


「えっと、あのあの! すいません。勇者のモジェリアっていいます。魔王さんですか? あの、ええとなんだっけ、あ、そうだ! ここで戦って死ぬか、えっとあのあの公開処刑か、好きな方を選んでもらっていいです! ……か!?」


 緊張しすぎているのか、声の大きさを調整できなかったようですごい大声だ。

 耳がキーンとした。


「あの! 私に斬り殺されるのと、公開処刑で斬首されるのと! どっちがいいでつかぁ!?」


 噛んでんじゃん。


 するとそのセリフを聞いた妹のエリモートの目から大粒の涙がボロボロと落ちてきた。

 そんでもってこっちもとんでもない大声で泣き始めた。


「いーーやーーだーー! うええええーーーん! ごめんなさーーーーい! 死にたくないよおおおーーーー!!! せめて、せめて、猫を……ん?」


 エリモートの視線が勇者一行の一人に止まった。

 勇者パーティの中で一番背が小さい茶髪の少女。

 さっき俺にざぁこざぁこ叫んでいたやつだな。

 勇者モジェリアからはメガキスと呼ばれていた。

 その衣服は賢者と呼ばれる人間にしか許されない紋様で彩られた、水色の魔導服だ。

 こいつ、こんなちびっこなのに賢者なのかよ。


 目を引くのは、その頭から生えている猫耳だ。

 よく見ると、おしりから長いしっぽも生えている。

 顔や身体は人間だけど、耳と尻尾は茶トラの猫だな、これ。


 ふーん、なるほど、獣人族か。

 珍しいけど勇者パーティにもいるんだな。

 賢者となるとさらに珍しい。

 猫の獣人賢者かー。

 とか思ってると。

 エリモートが突然、とんでもない行動に出た。


「いいもん! どうせ死ぬならモフモフしてから死ぬー!」


 そして玉座から立ち上がると一直線にその獣人に向かってダッシュを始めたのだった。



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