第29話 芸者《アクター》
4b.1
ㅤマギアホルダーとやらに会敵したとき、キノは周囲の気配一切を感じなくなった。
(これが、それだと――)
ㅤゲーム内では意識そのものに揺さぶりをかける攻撃手段があり、基本的にこれを回避することは不可能だ。ものによっては状態異常判定があるそうだが、
(圧搾寄生弾体の作った波に呑まれたことを、今になって感謝するなんてな……!)
ㅤ“【状態異常:アストラル体拘束】霊性を持つユニットがアストラル体へ干渉することで起きる呪術拘束です”
「祭殿そのものに仕掛けられた固有ギミック!?
ㅤアキトさん、これなんですか!」
「なにそれ知らん怖、俺も初めて見たよ。
ㅤあるいは『絶対支配』を解放しているからじゃないか」
「いい加減なことを――いや、マジか?」
ㅤアキトが無責任なのは相変わらずだが、彼の推測があたっているとすれば、あるいは。
『きみはこの祭殿にて、私の神に何を望む』
(本当に、現れた?)
ㅤこの神官がマギアホルダーだと。
「……あんたがなにかをくれるわけじゃないのか」
『私は神の僕、私のものはすべて我が神に帰属する』
「さいですか、なんだっていいけど」
ㅤアキトから軽く話は聞いていた。
(マギアホルダー、祭殿を立てて祀った神から魔導における全智の異能を授かった、だったか)
『君の考えている通りだ、そしてきみはこの祭壇でなにを望む?』
「そんなのは――俺が弱者でいる言い訳を、しないだけの力が。
ㅤ俺や大切な人を守るために、今戦ってくれている人がいるんだ、だから!
ㅤ今、あんたが欲しい」
ㅤアキトは離れたところから、それを見ている。
(幻霊種には拌契約紋が有効という、俺の見立ては正しかった。
ㅤけれど、彼ほどの純粋さがなければあれと契約できないだろうな。
ㅤあの問答は神へ帰依した神官の『利他性』に、キノくんが共感して初めて成立する上位調教だろう)
ㅤかたや理不尽な世界観でもある。あの神官が死してなおの自意識を有した設定であるかたや、プレイヤーは死ねばたとえアンデッドとして蘇生しようと、自我が戻ることはない。
(プレイヤーは死の陰に怯え、神官のオルタナは神に生涯を捧げた結果として、死後なおアストラル体による自我を有している。どちらが幸せかは知らんが――……)
「ついてきてくれましたよ」「うん。きみならできると信じていた」
ㅤキノは自分がなぜこれと契約できたか、よくわかっていない。そのためのお膳立てをしてきたとはいえ、アキトは拍子抜けしていた。
『初めまして、アキト殿』「挨拶はいい、きみならできるんじゃないか、俺たちには向かうべき場所がある」
『プレイヤーギルド聯合の本部ですか』「そうだ」
『そこにあなた方の長がいる、そういうことですね』
(物分り良すぎない?
ㅤ普通のプレイヤーが立ち入ったときは、トラウマ植え付けて再起不能にして追い出してたと聞いたんだけど)
「おそらくは今頃、素直に捕らえられている可能性が高い。
ㅤというのが今朝の当人の見立てだがーー俺の考えはすこし違う。
ㅤ連中は追放を既に実行へ移し、彼との殺し合いを始めているはずだ」
「そこまでするんですか、奴ら!?
ㅤいくらなんでも、そんな」
「インサニスのカレイドやクルーガーが扇動すれば、それぐらいわけないだろう。
ㅤ三月アマトはそれを知っている」
『プレイヤー間の秩序はご存じ上げませんが、事態は切迫している様子ですな』
「あなたにも手伝ってほしい」『いいでしょう、我が主。初仕事と参りましょう!』
ㅤどうやら張り切っている。
*
ㅤ策といえるほどのものではなく、マギアホルダーとの契約に賭けて彼らを送り出したのは、自分がいなくなってのその後を見越していたからだ。
(アキトさんはシステムに対する確証が欲しかった。
ㅤ絶対支配を用いれば、非実体タイプのユニットとも契約できるとーーどうやらあの人はピシカを伝って、絶対支配のレシピを聞き出していたようだし……俺も元来は隠すようなものでなかったとはいえ)
ㅤ聯合に報告せず、身内周りやオルタナにのみそれを明かしていた。
ㅤシステムに通じたアキトなら、あるいはプロトポロスの新たな戦力の一角を担えるかもしれない。
ㅤ連中から見ればそれは『占有・私物化』にほかならないと見受けたのだろう。
「とはいえ今更なんだけどさ。上位調教や拌契約紋に至っては、俺に頼らずともシステムを見つける意地を見せて欲しかったよ、皆様方には。
ㅤ目先のスキルやジョブは占有してしゃぶり尽くしていくくせをして、まるで俺がそれを持っていること自体が気に食わん口ぶり」
ㅤ口の立つやつはそれでも叫ぶ。
「テイマーシステム基幹に関わる発見を占有するのは、個人で済む問題ではない!」
ㅤその理屈に一理あることは、アマトもよくわかっている。
「あなたがたは上位調教を発見し、周知した時点で俺の貢献になんらか便宜を立ててくれたかな?
ㅤカトルの言いなりになって、俺の悪評をばら撒くのに躍起だったゴミ屑どもが今更……あぁ、ここに何人残ってるんだっけ。今目を逸らしたお前らだよ、誰がそんなヤツらに俺の得たものを素直に明け渡したいと思えたものかね?」
ㅤ結構な数残っていた。責任感のあるいいやつから死んでいってしまったようだ。
ㅤ結局のところ、聯合と彼の決裂は来たるべくして来たのだろう。
両腕を削られてからは回復スキル以外の迂闊な使用と暗器やら徒手空拳どころでなくなったならば、これは殆どアマトの敗走にほかならない。
(スキルの使用がまったくできないじゃないが、腕を生やすか繋ぐかできない間の時間のロスは厄介極まりない)
片腕だけでもとそれを蹴りあげて、カレイドに蹴り飛ばされるのを見越して体当たりーー腕ごと彼の間合いから飛ばされる間に接合してのける。
「もう片腕は、諦めるか」
ほかのプレイヤーが槍で地面に貫いていた。
同じ轍を踏まないためなら、正しい判断だ。それでも次のプレイヤーへ飛びかかっては手頃な武装を奪って放たれるモンスターらを掻い潜り、また次のプレイヤーの急所を突いて落とすなんてことを繰り返している。
「その粘り強さは感嘆に値するけど、俺だってお前ほどの男に舐めプなんてしたかないよ。
まぁ早いところ楽にしてやりたいんだけどさぁ、愉しいから!
もっと俺と踊ってくれ、始末屋!」
「一対多数だけど、正々堂々でなくてよかったの?」
「俺はどこでだって泥臭く、輝いているきみが見たいんだ」
「さい、あく」
単なる決闘では得られぬスリリング、プレイヤーみなが俺を死の淵に追いやろうとしている、ただ狭量なばかりに。
「……そも俺は、始末屋なんかじゃない」
そして三条アスカでもなければ、
他人に名と個を捨てさせられ、それでも今の俺に遺ったもの。
ミユキなどというイカれた主従をもっと早くに捨てれば、こんな回り道をせずに済んだのか?
……いや、そうでもないのか。あいつがキューリの双剣を抱き上げて、俺の従者としてあいつの代わりに戦い続けると愚かにも誓ったあの日に、俺は何者であることを辞めた、三条アスカのふりをすることを。
あの女が、三条アスカという器になおも俺を縛りつけた。
それは俺を否定することにほかならなかったのに、俺は何者でもいたくなかったから。
立ち返るべきところはわかっていたのに、ろくでもないやつらがこぞって俺に冷や水かけてクソったれな現実へと引き戻す。
ミユキも、キノも、カドクラも、ギルド聯合の愚昧な馬鹿どもも、カレイド、あんたすら。
「どいつもこいつも、碌でもねぇ」「?」
「なぁ、聞かせてくれよ。
あんたとクルーガーさんらは、どう出会った?」
「時間稼ぎか、乗ってやろう。
きみのパートナーはどうだったよ」
「あいつが物盗りだった、俺が取り押さえ、死んだバカ友がペナルティに要求したのがアレだよ」
「上位調教、なるほどねぇ、きみの気質で奴隷を連れるほうが不自然だもの。
今ので合点がいったよ」
「そりゃどうも」
そうこう語りながら、繰り出される剣戟とモンスターの連撃の雨を、アマトはのたうち回る。
「うちの参謀、かわいいやつなんだよ。
人の心はないが」
「?」
「あいつが見据えているのは個人としてではなく、
そいつの感情など知らんけど、どこまでできるか可能性には夢を見てしまうんだ。
他者のカリスマとかね――でも俺はなるだけそれに応えてやりたい!」
「狂ってる」
アマトもそれを聞いて、彼が先程のような評価をアマトヘ投げた理由のすこしだけ腑に落ちる。
「だけど、俺はもう少し暴れさせてもらわないとな」
アマトがカレイドの目の前から一瞬消えると、加速して彼の背後のギルドマスターや幹部クラスの面々計二百人近くを襲い始める。興奮する災鴉の放つ光弾や火球に焼かれて壊滅しかかっているが、まだぎりぎり誰も死んでいない、死なせてもいけない。
「なにを――」
「【エリア
どうせ殆ど災鴉の付与するデバフで動けないままなので、これぐらいはしなくてならない。
「戦闘中にわざわざ自分を殺しにくる輩の面倒見たるとか」
「だってあいつら、俺より弱いし」
「それもそうか、使徒級を侍らすやつが云うなら、誰も文句は言えねぇ。
でもな、それやられるとうちは困るんだよ」
「参謀の事情だろう?
あんたの知ったことかい」
「おかげで踊ってられなくなるんだ……決着させる、大人しく喰らいたまえ」
黄道級三体の必殺モーションに入ったらしい。
雄牛、水瓶、獅子――並んでの圧倒的な強者感に、アマトも即死は避けたいところだが、身震いする。
「ギルマスどものしたあとなんだが、今からでも俺を撃たないって選択は?」
「哀しいよ、最高の好敵手が一人消えるのは。
聯合でもビーストテイマーへ至ったのは、真面目にやってきたきみと俺たち、あとヘリオポリスのゴゥレムマスターどのくらいだろう。
きみには敬意を払いたい、命乞いなんてつまらない濁しはやめたまえ」
「――」
(黄道級のスキルやアビリティはわからないが、どうせ回復スキルでできる効能にはメタ張りされる。
この距離では防御スキルを使うべきだが、俺個人の持ち物はたかが知れて)
「っと、お前までか!」
ギルマスどもの妨害が引いたなら、眷属から命を狙われていた。
いくら制御がきかなくたって、それが起こるクソゲーだって、最近は忘れかかっていたな?
(契約紋の使役は回復していない、するとどういなす)
倒れているギルドマスターの一人の肩と武装を掴みあげ、攻撃の来る正面へ構えた。
「近くにいるなら骨までしゃぶらせもらおう」「待っ――!」
カレイドは人質に構わず技を発動する。
アマトは男のスキルを探った。
(一か八か、あった。使い切りの“避雷札”)
男のアイテムホルダーから引き出したなら、前方へ投げる。
「貴様俺の身体になにをして……アイテムホルダーとスキルを勝手に!?」
サイドジョブ『
「まだ隠していたサイドジョブが?
ほんと、飽きさせないよね!」
「っ――」
ジョブ効果で奪った隔絶障壁スキルは、災鴉の撒く広範スキル相手にはなかなか有用なものだ、分厚い金属壁が現れて、黄道級のものとの間に差し挟む。
「それで視界を遮って立て直そうというなら、目論見が甘いな」「!?」
クルーガーの黄道級、蟹が現れるや側面から鋏で胴を掴まれる。
アマトは手を翳し、奪った別のスキルで表皮を爆散させてかいくぐった。
(今のは、本当にやばかった)
向こうは多、こっちは個、それは常に頭に入っていたし、戦略面でクルーガーのいる以上アマトが戦術だけで突出して切り抜けられるなんていうのは、はなから夢物語だ。
「ここに来るまでのオレは、ゲームなんてズブの素人で、ほかのゲームなら課金してるようなガチのトッププレイヤー相手に食い下がるなんてまず無理だとそう想ってたよ。今でも諦めたいし、仲間のことでもなけりゃ投げ出したくて仕方ないんだけど」
「じゃあこれは楽しくないと?」
「いいや、楽しいよ。俺を殺すための理由より、先んじて動ける異常者どもがこんなに集まっちまったんだ、遊びの中で規範を説いちゃダメだな、もったいない。
殺すか殺されるかなんてさして気にしてなかったけれど、ただ憎悪を殺意とかいううっすいやり口でしか形容できない輩が、正義ヅラしてるのは滑稽極まるよ、最低で最高の舞台だ」
ようやく馬鹿どもが相応の醜態を晒しているのが痛快でならない。
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