第28話 見え透いた敗北戦

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 強くならなければ生きている意味がない、というか生かされている価値がなくなる。

 三条家とは天兎にとって、そのような場所だった。

「お前を私の息子にする。三条のために奉仕することが貴様に課せられた役割だ。

 全てを与えてそれができないなら、死ね」

 ……帰る場所などどうせないのだからと、それなり必死で勉学には喰らいついてきたが、案外できてしまうらしい。そのまま勉学だけをやっていられると、その方が性に合ってるぐらいだった。

 早くに亡くした母は、俺を産んだことをこちらの物心ついたときには後悔していた姿しか憶えていない。

「あんたさえ生まれなければ、あのひとが私を捨てることはなかった」

 母は愛されることを望んでいたのだと想う、それを与えられるのが幼い俺でないなら、俺は父親の代わりを探すという稚拙な手立てに走った。

 余計なことをするなと散々に怒られ、それでも諦めきらなかった。

 俺にはあなたしかいないのに、なにを諦められたというのか。

 母が死んだのが俺が十二のとき。昔に借金をこさえて蒸発したバカ親父の取り立て屋が港近いプレハブ小屋へ執拗にやってきては、追い返してを繰り返した。母の死んだとき、俺は攫われた。結果としてろくに埋葬もできなかったが、あの辺りはその後再開発で更地になったとも聞く。

 そうして海を渡って知らない土地――日本へとやってきたなら、オークションにかけられた。

 何日かは買い手もつかなかったが、大陸にいた頃は男は臓器を抜くぐらいしか使い道がないと、そういうことを云う輩ばかりだったのはいまだに憶えてる。

「日本……クソ親父の国かぁ……」

 侍とかNINJAとか、アニメコミックだのおもちゃだの、煌びやかなものの集合体という、触れない自分にはどうでもよい、夢の塊みたいなお国柄。そんなところでも人を買うどうしようもない市場がいまだに存在している。なによりクソ親父の母国ってところが、本当にクソがよ。

 女の子はかわいいそうだけど、俺みたいな薄汚いガキに関心はないだろう。

 いやそもまともな恋愛以前に、俺には生きる権利からして既に幸先怪しいのだ。

「臓物抜かれるなら麻酔?だっけ、ちゃんとしてて欲しいとこだけど」

 死ねるなら眠るように死ねること、痛いのは嫌、それぐらいしか当時の望みはなかった。

 元々クソ親父の血で日本人寄りの顔になったなら、向こうでは近所付き合いも悪かったし、あそこに住んでた連中は、俺なんぞいなくなってさっぱりしているんだろう。

 それは許せる許せないの問題ではなく、未成熟なコミュニティのなかに血の違う異物は混ざるべきでないという話だ。きっとそれこそ、教育とか品性とか、そういうものが関わってくる話で。

 混血にせよ、あるいは扱う言語の違うとか同性愛とか宗教習俗なんでも、異端と言うのは在るからストレスを生む――郷に入りては郷に従えというのも、ある程度は真理に違いない。

(けどまぁ……)

 某国人でもなければ日本人でもないというなら、俺は結局どこにも帰属していない。

 母も認めなければ、ろくに親子とも言えないんだろう。

 仮に生き残ったところでこの先何がある、そう思っていた矢先ーー事故で息子を喪ったばかりの三条の父が、アマトを買い取った。

「ミツキ、アマト。とうに死んだけど、うちのクソ親父が」

「ならばその名は今日限りで捨てろ」

「でもできるってのか。あんたの息子さん、別人と入れ替われって、そんなこと本当に」

「できるだろう、お前はどうせ死人なのだ。

 ただ別の新たな人生、レールをくれてやる、お前はそれを踏み外さなければいい」

 簡単に言ってくれるものだ。

 簡単なはずがなかった、貧民の生まれが礼儀作法から使用人に拷問同然に鞭打って叩き込まれ、せいぜい医者くらいにはなってみせろと――より厳密にはインテリジェンスな階級としての品性とか知性を求められた。

 できなければ折檻を受け、館を逃げたこともある。

 云うて敷地より外には外壁の高さと巡らされた柵から諦めなければならなかった。

 外に助けを求めてみればどうか?

 知らない土地で、異国の地が混ざった自分なんかを本当に助けてなどくれるとはどうしても信じられなかった。俺の知る日本人とは、即ち『借金をこさえたクソ親父』と『三条の父』にほかならない。

 子どもにできないこと、あるいは無謀を押し付けて、自分たちは高みでふんぞり返っていやがる。

 そんな奴らの血を、あるいは家柄を継がなければならないとしたらそのことにぞっとしたものだけれど、それを投げ出して俺にいったいなにが残ると言うのか。


 一年が過ぎる頃、佐藤鳩里さとうきゅうりというクラスメイトに付きまとわれるようになった。

「きみって三条のところの御曹司なんだろう?」

「知ってるのか」

「有数の名門じゃないか、旅行代理店の会社だってやってる」

「それはうちのまた遠縁だな」

 三条父に一族の忘年会へ連れられ、挨拶回りをさせられたことのある。

 そう、本物から二年ぶりとなるからと、執事に人間関係立ち居振る舞いテーブルマナーをその日の親睦までにと延々やさられて、あそこで失敗したらきっと命がなかった。

 とはいえ実質やってることは影武者であり、生前を知らない俺は似ても似つかず怪訝に想われたろうけれど。件の旅行代理店は戦後の『曾祖父』が一代で立ち上げ大きくしたという、その日本人は不調で出てこなかったが、直系のとは挨拶した。

 血筋という意味で、うちの『父』はその点三条の家全体からは軽んじられている節のあり、わりに資産家という宙ぶらりんなのだから、なおのことアマトの身を闇市場で買った理由がわからない。

「アスカってなんか、時々訛るよな」

「そうか? 気になるなら治す」

「いや、普通は気づかないぐらいだと想う。

 けどこう喋りの抑揚の付け方が、帰国子女のコでたまに聞くような圧があるっていうか」

「なら気のせいだよ」

 三条亜寿佳に渡航歴はない、もし出自を疑われたらそう示し合わせる決まりだった。

「じゃアスカは面白い喋り方なんだな!」

 ……アマトは正直、彼のウザ絡みが嫌いだったまである。

 彼には貧民街でよく見たクソガキ同様、人を舐め腐った性根が見え透いたからだ。

 名家の通う附属校だからというのはあるが、すると皆々、将来のコネクションを作ろうと色々やっている。ならば俺自身も交友を広げることから求められていたが、事故からの休学を挟んだ影響で難航していた。

「なんかアスカ、以前とは別人みたいだな」「え」

「言うほどお前と話してたわけじゃないが」

「事故に遭ってから、色々考える時間があったんだよ。

 取り返そうと必死なんだ、あんまりとやかく云わないでくれ」

「すまんすまん」

 確信があったかは知らないが、カマをかけられたのだと想う。

ㅤ本物の亜寿佳の性格など、天兎が知るよしはない。

*

 ギルド聯合のギルドマスターらは、連携して始末屋の行動を阻害し続ける。

 始末屋こと三条アスカを排除するために対応すべき事項は、通常のプレイヤーキラーなどよりひとつひとつがはるかに難易度の跳ね上がるのだ。

 1.居場所の特定

 これは特定個人を追う際に果たさねばならない第一条件にほかならない。

 もっとも三条アスカの位置を特定するならまずは呼び出せばいい、彼はまだ闇ギルドやそこらのアウトローとは異なり聯合へ在籍しているのだから、少なくとも自身を拘束ないし排除するために設けられた罠とは考えまい。仮にあり得ると仮定しようと、必ず公の場に姿を現す。弁明とは自ら動くでしか誠意を表明できない、それをあの青年はよく知っている。

 2.非戦闘エリア内での包囲網の構築と捕縛、のち戦闘エリアへ戦闘要員と飛ばす

 聯合本部で拘束したアスカを拘束術式ごと、大型の飛行モンスターのアタックスキルでバトルフィールド上に追い立てる。(するとダメージ判定が解禁される)

 3.捕縛したアスカは『回復術師』である

 つまり並の攻撃では耐性やゲージ回復のペースが追いついてしまう。

 ただし彼に苦痛を長引かせる点では生かさず殺さずは寧ろ有効ともいえる。

 4.使徒級はレイド級変異種同様、非戦闘エリアに対して攻撃行動をとれる

 イカロスの際にはすでにその特性の判明していたが、それを唯一使役しているアスカが使わない手はない。使徒級の動きを止めるか、制御を奪うか。なお後者の場合、彼の育成した使徒級が暴走するリスクは避けられない。

 5.使徒級に限らず、ミユキやその他のユニットに動かれるのもよくない

 となれば、彼の動きを知覚できる契約紋の契約そのものを阻害する結界やスキルに頼る羽目になる。

 そんなものでゲームを熟知するプレイヤーが思いつくものは当然収束して限られ、アスカなら対抗策まである程度読んでいよう。それでも奴の動きを抑えるには必ず必要であり、何人かを囮に結界ごと仕込んだのはそういうことだ。ほかにもブーピートラップは仕込んでいたが、今はあらかたかいくぐられている。

 もっともミユキとの契約を破棄するほうへ彼の転ぶのは我々の想定を超えていた。……いや、拍子抜けというのが実際か。便利な盗賊シーフの隠密系スキルを事前に仕込んでいなかったのなど、彼は衰えたのだろうか?

 6.契約紋を封じてなお残る彼のサイドジョブとパッシブスキル

 プレイヤーのサイドジョブがひとつに限られない以上、伏せカードによるちゃぶ台返しはこちらとしたら興醒め、案の定のネクロマンサーで結構な被害の出た。自分が殺した相手のスキルを引き継ぐ酔狂ぷり、だがあのスキルはゴゥレムマスター同様、自軍の増強に有益な技術に違いない。特に死者の技術をそのまま運用できるのだからいいというのに、どうしてあの男は肝心なところで非道を行えないのだろう。

 それさえあれにできていれば、カレイド以上、私といい酒が酌み交わせそうなものなのに。

 三条アスカという最高の資本は最後まで我々に振り向かなかった、それだけのこと。



「契約紋が使えない、またか」

 アキトのいた墓所フィールド内と同じだ。

 結界により災鴉の制御を奪ったのは、当然といったら当然なのだろうけど、あれは制御を喪うと敵味方問わず持てるスキルのあまり攻撃してくる厄介エネミーであることをまたしてもお忘れか?

「使徒級は複数の飛竜で囲って動きを封じ叩き落とせ!」

(俺に纒や切り札を使わせないために、色々頭を捻ってるんだよな。

 ご苦労なことで、クルーガーのやつはマジ許さねぇ……)

 こうしてろくに身動きも取れず、地表を駆けずるかぎりは隠密も逃げきることも許されない、と。

「モンスターを使わせず、プレイヤーをリンチして嬲り殺そうってわけ。

 なりふり構わないべき相手は、俺じゃなくモンスターでしょうに!」

「お前はモンスター以上のバケモノだろうが!」「ひどい傷ついた」

 流石にそこまでいわれると、アマトだって気が滅入る。

(でもこいつらを殺すわけにいかないんだよな。

 殺したら今度こそ、俺はただのプレイヤーキラーとしていよいよ奴らに刺されなきゃならない。

 いや手遅れでは?)

 やるべきことをまだ見失ってはいない。ただ最早こちらが忍耐をしているべきフェーズは向こうの容赦ない執拗な悪意からして、飛び越しているだろうという気分にはなる。

「こんなところで誰も死なせるわけにはいかないが、俺ばっかりが労力とリソースを搾られるのは癪だな」

「なんだ!?」

 経戦の必要もある、試しに気絶したプレイヤー、近場にいた連中からいくつかの武装を拾いあげて振り回す。

「レジェンダリー等級の大剣と手裏剣を同時に片手で扱うのか!?」

「それぐらいの筋力値はあるよ」

 圧搾寄生弾体ヤドリギの【ステータス略取】は、アマトにプレイヤーの範疇を超えたステータス強化を齎したのは間違いない。

(おかげでバケモノと呼ばれちまうわけだが――それに筋力値はクリアしても、これらの取り回しがよくなるわけじゃない)

 大剣を薙ぎ払ううち、手裏剣は同方向へ拡散した。スキルによる投擲誘導があるので、クソエイムだろうと機動力で向こうの逃げおおせるでないなら大抵は当たる。

 だからって毎度必ずしも現地調達で武器が手に入るわけでもないし、多少派手に演出する程度の意味合いしかないが……さすがに自分の手持ちの暗器で死にかける間抜けはこの場にいないし、災鴉の攻撃力では強過ぎる。連中そのものに大したパラメーターのばらつきもないようなので、基本的には襲ってきた敵の刀剣や暗器でカウンター、これでもう暫くはやり過ごそう。よもや連中、味方を巻き添えに俺へ戦略級の攻撃スキルやアビリティなんて扱えないのだし――懸念はある、デバフにより機動性を始めとしたパラメーターを減じられること、スキル効果の減少や強化無効の類もある程度は警戒している。強化無効もパラメーターが上の存在にはかかりにくくなるが、優先的に扱われるなら回避に専念しなくてはならない。

 ただ、向こうはそろそろマンネリの色が見えてくる。

 戦略は悪くないのだが、彼らでは俺を殺しきれない、やはり問題は――

「あー違う違う、詰めが甘いんだよきみら」

 見かねたカレイドは早速アマトの両腕を斬り飛ばしてのけた。

「契約紋を封じ、スキルを行使するのにコンソールを引き出す腕を使わせない。

 プレイヤーキラーってのは徹底しないと、本当に逃げおおせられてすぐ徒労なんだから」

「――、大した手際だ。

 較べて攻略の最前線を張ってきたギルマスたちがこの体たらく、ふざけてんの?

 真面目に死んでいくしかなかった連中に恥ずかしくないんだよな、だから聯合なんかの席に恥ずかしげもなく着いていられる」

 そうしてまた一人、懐へ飛び込んできたプレイヤーの背を肘で打つ。

 神経に響いたらしく、おかしな方向へ背を曲げたまま気絶してしまった。

 ……いや本当に殺す気はないんだ、殺す気は。

ㅤけれどいい加減、アマトも苛立っている。

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