第20話 膠着した主従
3a.4
ㅤキューリのネットゲーム仲間のパーティー、ゆーのすけたちと早速合流した夜、気の弱いミユキを、パーティーメンバーのカトルという痩せっぽちの青年が口説いていた。
ㅤその時点では彼らに上位調教についてを明かしていないが、ミユキの不在に気づいたアスカが追いかけて、さっさと彼を追い払った。
「男所帯だと肩身が狭いか?」
「あの人、普通に喋り方が気持ち悪いです。
ㅤボソボソ話すくせ、急に声を張り上げたり不安定で、なんか怖い」「……それは同感、初めて考えがあったな」
「初めて、ですか」「なに?」
「上位調教の解説欄見ましたか」
「あぁそういうこと、『高位契約の主従として結ばれるため、具体的な交渉による同意や信頼がなければ成立しない』」
「はい。あのとき私は、あなたとの契約に同意したんですから」
「でもそれって俺の意思じゃないからな」「え?」
「この契約には責任を持つ、キューリともそういう約束だったからな。
ㅤけど先に言っておく、お前がまたキューリに危害を加えるようなことが起きれば、俺はお前をこいつでとっとと使い捨てて殺してやる。
ㅤ一度調教契約で結んだ眷属は、いやでも主人の命令に従わなきゃならない。
ㅤお前はそんな、見ず知らずの赤の他人に自由を委ねて本当によかったのか?」
「それは……」
「俺はそんなの、絶対に許さない。
ㅤだからそんな甘えを、お前も絶対に認めてやるな」
ㅤゆーのすけたちとのその後のセッションの中で、キューリから『上位調教』とアスカたちの置かれた現状についてが語られ、それと同時に運営からニュース映像の切り抜きが『認識等級D』以上に覚醒した全プレイヤーへと送信されていることがわかってきた。
「このニュース映像らを仮に信じるとなれば、我々の肉体はすでに現実には存在していない、あるいは別の場所へ持ち去られた」
ㅤゆーのすけがそう言うと、カトルがおそるおそる口を開いた。
「『別の場所』って、いったいそれはどこなんです!?」
「――、帰るべき肉体がないなら、社会復帰の目処がいよいよ立たなくなってくるな」
「そんな……!」
ㅤ帰ったら彼女とデートだとか、志望校の判定待ちに受験シーズンだとか、自分が抜けると現場の仕事が回らないでデスマーチだの、彼らパーティーメンバーにだって様々な事情があるには違いなかったが、個々人の事情などこの世界の運営が顧みることはなかった。
「ゲームをクリアしようにも、オープンワールドゲームで、おまけに確たるメインシナリオのあるわけでないこのゲームのあがりは、各々で探していくしかない。
ㅤ手がかりといえば『星辰の契約紋』くらいだろうか、契約紋を持つテイマーの根源。
ㅤみなこぞってそれを追うことになるだろう、このままでは」
「もしかすれば、プレイヤーの中にいるエンジニアたちが、システムを解析して抜け道を作るかもしれない!」
「それを待つのはいいが、我々の手元にはプレイヤーとしてのコンソールだけだ。
ㅤまずはシステムサーバーの管理権限へ割り込める、そのようなスポットを探すことから始めねばなるまい、本当にそんなものがあるかも怪しいが」
ㅤ結局、その日のうちにろくな落とし所の見つかるはずもなく、それからほどなくして迷宮攻略の悲劇へと至る。
ㅤやがてゆーのすけたちと別れたアスカらは、新たにできたプレイヤーギルド『ヘリオポリス』が、攻略へ加入したいプレイヤーを集めていると聞いて、交易都市タリスマンへとやってきた。
「付き合う?
ㅤお前とミユキが?」
「あぁ、だってあの子かわいいじゃん」「本人は」
「聞いてみればいいだろ、そんなに気になるなら」
ㅤ仕方なく彼女に訊いた。
「はい。キノさん、私を大切にしてくれるって言ってくれたんです」
「そう、あいつらしいと言えばそうだが、案外あっさりしているな」
「褒めてるんですか?」
「おおいに褒めてるよ、いやまぁ、最近色々あったし。
ㅤ花のある話があったほうが、肩の力も抜けていいじゃないか」
「止めようとか、想わないんですね」「え?」
「ほらまたアスカさんのことだから、私がキノさんに危害加えたら殺すとか」
「それは変わんないよ?
ㅤ当たり前じゃん、俺はあいつを生きて現実に返してやりたいんだし」
「……あなた自身は、帰りたくないんですか、現実へ」
「他人のことなんて気にせず、自分たちの喜びを噛み締めていたらいいじゃないか。
ㅤ賛辞くらい素直に受け取ってくれ」
「ほんとキューリさん至上主義なんですね、アスカさんは」
ㅤあのときのミユキは、苦笑していたと想う。
ㅤ実際のところ、それがキューリからミユキへ持ちかけられた偽装恋愛だったのはわかっていた。
ㅤキューリは連れている以上、ミユキを俺に守らせたかったのだろう、不信感をすぐに拭えないのなら、アスカの庇護対象である自分を通して、アスカがミユキを保護せざるをえない、そういう構図を作りたかったことぐらい、とっくに知っている。
(けどキューリは、勘違いしているよな。
ㅤ俺はミユキのことを信頼していないんじゃなく、生理的に受け付けない、嫌いなんだってことが)
ㅤそれは現在に至るまでも同様で、アスカは一度たりとてミユキを女として見ようと想ったことも、見たこともない。
ㅤなにがアスカから彼女への嫌悪感の決定的にしたかといえば、最初に上位調教へ彼女が同意してしまったこと。現実では身売りするしかなかった自身と違い、他人に縋って自由を明け渡してまで、愚かしくも居場所と安寧を得ようとしたことだ。あの時から、アスカは絶対にミユキを『人』として認めがたかった。
ㅤそしてアスカ自身――自分のことが嫌いである。
ㅤ身売りされたなら臓器の切り売りされてもおかしくなかったのに、たまたま金持ちに拾われたというだけで、いいものを望まずに着せられ、他人のもののはずな役割を、演じさせられ、拒否権などない。
ㅤ金があるなら、それは幸せな環境じゃないかと、アスカの……いや『アマト』だった頃の、貧乏仲間たちは口々に言うかもしれないし、それが贅沢な悩みであることをアスカ自身も理解している。
ㅤそれでも、自分とカレンの持つ『欺瞞』の全てが許し難い、互いにそうするしかなかったにしても、そんなことのあってはならないと、心のどこかで強迫じみた観念があった。
「俺たちはギルドのほうを見てくるよ。沢山プレイヤーが集まってるから、加入するのは難しいだろうけど、俺は戦えるってことをアピールして、アタッカーの参考になるものくらい掴めるといいな」
「……そう、じゃミユキは任せた」
「ご主人様は、従者も連れずどこへ行こうって?」
「買い物と散策で、情報収集」
「まだほかにモンスターも持ってないだろ、まぁ非戦闘エリアだが……気をつけてな」
「きゅー」
ㅤ先日ミユキが平原でテイムしたばかりのユニスライムが、彼女の頭の上からリアクションする。
ㅤこいつも見送ってくれるらしい。
ㅤそうして街へ繰り出したアスカだったが、情報収集に聞き込みを続けるうち『ヘリオポリス』のギルドネストが見える路地裏へ来ていた。
「今頃ふたりとも、ネストで面接受けてんのかね」
ㅤステータスパネルのタブ上にて、口コミの内容を細分して整理している。
(ゆーのすけさんたちのパーティー、誰かが先にこの街へ来てることは間違いないようだな。
ㅤすでに『上位調教』の内容が拡散しているし、それでなんで俺がミユキを肉便器にしてることになるんだよ!?)
ㅤ勝手に垂れ流される下衆で安直な妄想だが、アスカはミユキに性欲を感じた試しがない。
ㅤだが一方で、傍からみたら契約紋でプレイヤーを服従させるやつなんぞ、変態以外の何者にも見えないだろうというのはわからないではなかった。
ㅤそもアスカ自身は、ゆーのすけらと合流した時点でキューリへ相談して、上位調教を解除することにしていたのだが、彼からダメ出しを食らっている。
「アスカはミユキのご主人様だろ」
「ふざけんないい加減にしろ、ほかのプレイヤーの目がある時点で、こんなこと続ける価値ないんだよ!
ㅤ大体この上位調教ってやつ、契約紋のスロットが一度埋まると保管してるユニットとは交換できないみたいだし、どう考えてもスロットが減って不便以外のなにものでもないんだが?」
ㅤ上位調教に関するこの持論について、実はアスカは今日までデメリットとしてはその主張の一貫している。強力な高位霊長モンスターならとかく、一介のプレイヤーをスロットへ縛っておく必然がアスカにはまったくなかった。なのにキューリは、また止める。
「せめてミユキちゃんの育成が終わるまでダメだろ、カトルさんがあの子に付きまとってんの見たろ、保護者がいないと、あの人が暴走したときどうすんの?」
「キューリはあのひとのこと信じないのか?
ㅤせっかく集まってもらったパーティーメンバーさんがたじゃないか」
「ゆーのすけさん以外の顔やプロフィールなんて、会うまで全然知らなかったよ!
ㅤあんな社不だと想わないじゃん……」
「言い方」
ㅤなんてこともあり、主従契約は継続されていた。
ㅤ上位調教を知ってからのカトルは、ミユキがアスカの庇護下にあることが本当に気に食わなかったのだろう。
「お前がミユキさんを不幸にするんだ!」
ㅤと、もっともらしいことを宣って、ゆーのすけらの前でアスカを糾弾したのは記憶に新しかったが、その時点では周りに諌められてこちらが事なきを得た。
(このままだと、キノたちにも迷惑がかかってしまう。
ㅤいや、もういっそこの際に契約切っていいんじゃないか?
ㅤキノがミユキと形だけでも付き合ってるなら、ミユキを庇護するなんて名目は形骸化してる――)
「そうだよそうじゃないか、あんな女、とっととキューリにまかせて。
ㅤ新しいモンスターを探そう、あれと孫紐付けのユニスライムから迂遠に経験値を配分されても、埒が明かない、俺が強くなれないと、それこそキューリを守れないんだから」
ㅤアスカはその目論見に確信が持てたなら、静かにほくそ笑んだ。
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