第16話 墓所フィールド

2b.4

ㅤ五日目にようやく目を覚ましたアスカは、早速キノを連れて墓所フィールドへ向かっている。

「何日かぶりようやく目が覚めたと思えば、今度はいったいなんなんですか!?」

「この前聯合の広報誌見たろう、ソロプレイヤー狩りされたやつの行方が気になっている。

ㅤ合流できるようなら、そうしたいところだが……寝るにしても一日で充分だっつのに、四日も遅れをとったのは手痛いな」

「アスカさんはなんで、第二世代の、赤の他人の保護になんて積極的なんです!?

ㅤ正直分かりませんよ、聯合とやらに睨まれてやるメリットってなんです」

「キノくん、オープンワールドゲームにおける『ゲームクリア』ってなんだと想う?」

「その質問、関係あるんです?

ㅤ……いや、そうか。それならプレイヤーの自主性や自由度、拡張性をうたって集客を見込みますよね。

ㅤインペリアル・フロンティアにはプレイヤー共通のチュートリアルはありますけど、メインストーリーと呼べるものはない。アスカさんの寝てる間、僕たちのノヴァとの相違点を探そうと過去の資料も色々漁らせてもらいましたけど。

ㅤそっからはどういうモンスターを使役しようがレイドに遭遇しようが戦闘せずにモンスターやプラントの育成に励もうが時間の使い方は自由、じゃあなにをもって、俺たちはゲームをクリアしたことに……」

「第一世代はその辺り五里霧中でね、ただそれに照応するものとして、いくつかの候補が上がった。

ㅤひとつは太陽、それこそがイカロス作戦が荒唐無稽とされなかった頃の話だ。あそこに行けばなにか手に入るんじゃないかって。

ㅤひとつは『星辰の契約紋』だ」

「星辰?」

「ゲーム開始時から、その存在だけは匂わされている。

ㅤ契約紋を持つ存在は、原初この天体に施された、星辰の契約紋を探して研鑽を積んでいるという設定でね――なら星辰を探すのがプレイヤーにとってのあがり、ゲーム世界から現実への帰還を意味するのではと、みんな信じたがっているんだ、今日まで。

ㅤ実際のところ、星辰がどういう機能を持つのかははっきりしていないんだが、それでも顕現させる儀式と条件があるらしいことはわかっている。

ㅤステータスパネルの解説欄、きみのとこはどうかな」

「『十二ないし○○の○○○が揃うとき、星辰の契約紋は顕現する』

ㅤ……普通に考えれば、伏字で削れてるところが埋まれば、星辰に近づくってことですよね。

ㅤというか、それしかないじゃないですか」

「伏字の数そのものは大した問題じゃないんだがな。

ㅤ十二ないしの直後につづくのは、数字だと想う。ないし、というのが露骨にそう誘導しているからな、もっともそうでない場合はどうしたものか」

「その続きは?」

「いくつか説がある、第一世代でもっとも主要なものは『十三』と『黄道級』だ。

ㅤだから黄道級モンスターらを手懐けたプレイヤーは、ホルダーと呼ばれ重要視されている。

ㅤ世界におのおの一体づつしか存在しない、うちの星座の力を有したモンスター。

ㅤこの内向循環性の天体でも、夜には星雲を模した宙空が見えるんだ。まったく、摩訶不思議な天体だよ」

「でもアスカさんの説は、違うと」

「少しね。

ㅤ俺も色々考えてるけど『十三』までは同じ、次が『亜人族』じゃないかと考えている」

「亜人、いるんですかそんなものが」

「十二支族と呼ばれるものがな、干支だよ、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の」

「じゃあ、十三って」

「猫だよ。ネズミに追い出されたって逸話があるだろう。

ㅤこの世界の伝承じゃ、猫人は古代に滅びたって言われてるが」

「そうか、いたんですよね、現物が。

ㅤかつてあなたの元には」

「――、あぁ、その通りだ。

ㅤおかげで今の手掛かりは、すっかり喪われた状態にあるな」

ㅤイカロスの際に喪われたオルタナ、ピシカ。

ㅤ彼女はミユキの次にアスカが上位調教を交わした相手だった。

ㅤ彼女と結んでいた契約紋3番目のスロットは、今なお使用不能となっている。

「オルタナってのはそもなんですか、NPCとも異なるようですけど」

「あれには通常NPCと異なり自我がある、加えて彼らは契約紋を持っている、限定的に一部の機能が解放されていることが殆どだ。

ㅤ自生するNPCのなかからあるとき突然、属性契約紋を持つプレイアブルへと覚醒する。

ㅤネーネリアなんかがまさしくそれでね、けして数そのものは多くないけど、だからこそプレイヤーに疎まれるか珍しがられるかの二択になる。アーキヴァス・タネガシマでの彼女の話は聞いただろう、冒険者となるために、パーティーで斥候役をやらされていた……実際には、言いくるめられて交わした上位調教で、囮を仰せつかってたことに、あれは気づいてんだか気づいてないんだか」

「だからネーネリアとは契約しなかったんですか」

「上位調教ってのもね、けしてメリットばかりじゃないんだよ」

「世間体ですか、システムで女の子侍らせてるとか、外聞悪いですもんね」

「そうだけど今そっちじゃないから。

ㅤたとえば上位調教の場合、一度スロットに入れてしまうとほかのスロットや待機ユニットとの交換ができなくなる」

「それしか出せなくなるってことですか?

ㅤ楽に動かしたいときは、残りのスロット使えばいいと思いますけど、確かに操作が煩雑化するのは嬉しくないですね」

「ただ、そのデメリットもけしてデメリットと一概には言いきれない、上位調教で繋げた場合も、ミユキやネーネリア自身の契約紋が有効ってことはだ」

「上位調教の従者が使役するユニットも、あなたのものとして使える?」

「機能自体は制限されるけどな、孫紐付けだと。

ㅤミユキと契約していた時点で試していたけれど、俺が契約したミユキ、からミユキが契約したネーネリアには支配権が及んでない、いっぽうで通常のモンスターであるユニスライムの制御の一部が俺のものとして扱えたりした。後者については、ミユキが俺の半径200メートル圏内にいれば、俺の方で纒として呼び出して換装することも可能だ」

「通常の纒は一応、距離制限が300メートル圏なんですっけ。

ㅤ短距離の偵察に出して呼び戻すくらいには、たしかに悪くないですね。

ㅤでもやっぱり、いたずらにシステムが煩雑ですね。ユーザビリティに対して意識が薄いというか、誠実じゃないというか」

「誠実ならそもそもこんな世界にプレイヤーを閉じ込めたりしないだろう」

「いやそれはごもっともなんですが!」

「悪いがそろそろ静かにしてくれ、霧も濃くなってきたし、あんまり話していると、途中でエネミーにエンカウントするだけだ、レベル上げにはちょうどいいかも知らんが、注意したまえよ」

「さっきから……この場所、なんなんです?

ㅤなんか……右手から力が抜ける?」

「キノくん、言いそびれていたがこれは特訓だ」「え」

「墓所フィールド内は、契約紋を介して発動するあらゆるスキルの効果が半減してしまう。

ㅤ使役しているモンスターにかけるバフはいつも通りとはいかないから、気をつけたまえ」

「酷いじゃないですか!

ㅤそんなところに連れてこないでください!?」

「言ってるだろ、特訓だって。

ㅤプレイヤーはモンスターを使役することに慣れきっているけどね、そうなるともっとも怖い戦場は、契約紋の制御を失った味方モンスターに叛逆されることだよ、これまでもそれで多くのプレイヤーが犠牲となっている、きみもそうなりたくなければ、自分の力でこれを乗り越えてみせろ。

ㅤまぁ本当に危なくなったら、俺も手を貸すから――あてにしたらその場に捨ててやるけど」

「優しいのかスパルタかまたどっちかにしてくださいよ!!?」

ㅤアスカの主張はけして理不尽なものではない、それがわかってしまうからキノには歯がゆい。

ㅤ……このひといつか豆腐の角に頭ぶつけて死なないかな?

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