第15話 主従解除
2b.3
アスカたちは夕刻、カレンの工房へ退避していた。
聯合の広報誌がすでに更新されており、交易都市タリスマンへ侵攻したレイド級変異種ライトニングサラマンダーとスタンピードの群れを、始末屋アスカの
それとは別に――第二世代のソロプレイヤー狩りについて、それを擁護する論調に加えて新しい事件が勃発、今度は死人こそ出なかったものの、狩場にいたひとりを墓地フィールドへ取り逃したとあった。
「また嫌な事件だな」
「アスカ、もう目、大丈夫なの?」
「長く読んでると頭痛くなるから、このぐらいにしとくよ」「気をつけてくださいね」「あぁ」
カレンとネーネリアが口々に云う。アスカも頷いた。
(起きてしまったソロプレイヤー狩りは、その場にいけなかった時点でどうしようもないとして――俺たちにできるとしたら、彼らを受容する基盤作りだ)
NOAHの毛並みを手入れしているキノとも目線があう。
彼は頷いた、ならば後のことは任せようか。
「ミユキ、話がある。
表へ出ろ」
アスカはぶっきらぼうにそう言って、彼女を工房の外へ連れ出す。
「決闘でも、するんですか」
「主従でか?
まぁ言い方が悪かったかもしれないが」
「!」
アスカの機嫌はそんなによろしくない。
「お前はいつだってそうだった、聞いて欲しいとき人の言うことなんてまったく聞かない。
大人しくするつもりもないのに、自分は社会の被害者って面してる」
「怒られてます?」
「どうだっていい、俺の感情は。
これは最後通告だ」
「――」
「キノくんたちを連れて、半端に教えて、それでこのままが本当にいいとは考えていないだろう」
「それってどういう」
「きみはもう俺に従うものじゃなく、彼らを導いていくんだ」
彼の右手の契約紋、そして自身の首元から虚脱感があり、ミユキは驚いてマフラーを解く。
彼から授かった、従者の契約紋が消える、これで『二度目』だ。
「そんな、待ってください!?
私はアスカさんの……!」
「第二世代のためのギルドを造る、キノくんたちの教育に本腰を入れよう。
ギルドの開設権限をキノくんへ渡した、名前はマリエさんに貰ってある。
彼らには生き残る技術が必要だ、きみが手にしたノウハウを彼らに叩き込んでやれ、それができないなら、彼らを捨てろ。
まぁ捨てるなら、俺とお前とは今度こそこれっきりだが」
「勝手すぎます!?
私はアスカさんに約束したじゃないですか、キューリさんの代わりに、私が戦うって!」
「勝手、か。それこそお前がぜんぶ『勝手に言ってた』ことだよな。
兄さんを探すだもなんだかも。
俺は『アスカ』じゃなかった、はなから名前すら俺のものじゃない!
そんなやつがご主人だとか、つくづくお前もどうかしてる。
『アスカ』なんて、そんなやつははなからどこにもいないんだよ!!!
俺が一度でも、お前の約束のそれに頷いたことがあったか。
ただ黙っていただけだ、本当にそんなことすら、わからないできたの?」
「それは……!」
いいや、ミユキは知っていた。アスカが自分との主従にいつだって気乗りしていなかったことを、それを苦痛だとわかっておきながら、彼との形骸化した関係に甘んじてきたのはほかならない私なのだと。
見せかけの主従、契約紋の齎した形骸的な関係は、はなから破綻していたのだ。
「でも」「きみはもう弱者じゃない、ミユキ、その意味を気づけよ」
「!」
アスカは言い終わると、その場に倒れ込んでしまった。
「アスカさん――!?」
工房の奥、ひとまずカレンの寝室へ運び込まれた彼はこんこんと眠り続けている。
「最初は一日、前は三日、今回は……わからないけど、たぶんそれよりまた長くなる」
「――」
カレンは静かに息を吐き、ミユキを部屋から連れ出す。
「彼を追い込んだのは、結局私たちなんだろうね」
その背後に、キノたちもやってくる。
「お二方はアスカさんと、長い付き合いみたいですけど。
そろそろ、聞かせてくれませんか。
あの人がどうして今みたいになったのか、俺はいい加減、わからなきゃいけないんだと想います。
このままじゃ新しいギルドだって、ただあの人の器を受け売りしただけのものになってしまうから。
それに」
キノは自身の右手の甲を見下ろす。
「アスカさんに託されたものの意味、ちゃんと知っておきたくて」
「キノくん、しっかりしてるんだね。
なるほど、見込みアリなわけか」
カレンは素直に感心している。アスカが彼を選んだわけも、なんとなくわかっているようだ。
「まずは種明かしをしないとね」
それから彼女は、自身の契約紋を顕にする。
紋様の光り方から、それが拌契約紋のスロットを開放していることに、ミユキとキノはすぐ気づく。
「
「調律師のスキルには、回復系統のツリーもあるから比較的開放は容易だったよ。
というか、契約紋の裏側にあるというだけで、支援系モンスターの纒さえ使えばアタッカーでも再現は可能でしょ。まぁミユキがそれをやらない気持ちも分かるけど」
「あのときヤドリギの放った奔流の渦中へ踏み込めたのは、拌契約紋を開放していたから、そういうことでしたか……でも、アスカさんはレシピをほかに公表していないって」
「それはカレンも、アスカさんがあれを初めて開放したあのとき、その場に立ち会っていたから。
絶対支配の開放条件を、思い出してみて」
「“無生物ユニットに対する計13回の代償系回復スキルの行使付与”って、まさか。
――アスカさんは、そのとき誰を助けようとしたんです?」
キノはすぐに察した。洞窟でのやりとり、キノに彼は諦めるなと言って――それはきっと、自分が手に入れたものが無駄でなかったと、自身へ言い聞かせるような意味だって、無意識には含まれていたんじゃないのか。同じ筋道を辿ったのは、同じ経験があったから。
「キューリさんこと、
こんな世界だから死亡あるいは脱落したプレイヤーを繋ぎ止めようとした仲間たち、なんてそう珍しいことじゃない。
ただしそれをやろうとしてきたアスカさんたちは、絶望的な結果を何度も見せられてきた」
ミユキが語り始める。
「プレイヤーのサイドジョブの話はどれくらいしたかな。
契約紋を持つプレイヤーのメインジョブは最初に
私が『
……で、問題は『
曰く、この前潜った迷宮。
「あの迷宮の二十階層には、迷宮内で行き倒れたプレイヤーやモンスターが、アンデッド化して現れる。
初期にあそこへ挑んだ、とある五人組のパーティーがいた。
彼らはエンジニアを含めたゲーマー集団で、キューリさんの知り合いだったから、情報共有を兼ねて私たちは一時的に彼らと行動を共にしていたの。だけど迷宮へ先に入ったパーティーと彼らはトラブルを起こし、結果として、彼らの仲間のひとりが失踪、翌日捜索に私たちが加わった。
お察しの通り、彼は迷宮の傀儡として私たちの前に現れたの。
アスカさんが上位調教を見つけたのは、彼らと合流する前だったから、彼らも既に、私とアスカさんの主従関係と上位調教を知っていた」
「まさか、“アンデッドを相手に上位調教を使う”がそのサイドジョブの開放条件だったんです?」
ㅤミユキは頷いた。
「その場にいたプレイヤーと、今話してる私たちしか知らない。
ㅤ結論から言うと、パーティーリーダーがアスカさんの案に乗って上位調教をしたけど失敗、契約待機状態のまま階層から連れ出そうとしたとき、アンデッドの身体が灰化して砕けた。
ㅤ代わりにそのひと、ゆーのすけさんは『
「ネクロマンサー事件って巷で云われてるの、つまり」
「アンデッドの生成には贄となるモンスターたちが必要で、やがて『
ㅤ終いにはかつての自分たちの仲間すら、アンデッドへ変えて。
ㅤあの人にはもう、生き物と死者の区別なんて、つかなくなってしまったのよ。
ㅤアスカさんは責任を感じて、彼を介錯するほかになくなった。
ㅤ災鴉でもないと、もうほかのプレイヤーでは彼を止められないほどに強大となって――けどそんなものを、一人で渡り合ってしまえたなら、聯合のプレイヤーたちは、そんなアスカさんを今度はバケモノ扱いするようになっている」
「災鴉のヤドリギ、“ステータス略取”とは聞きました。
ㅤ具体的にはそれを使うと、アスカさんや災鴉にはどういう効果のあるんです?」
「文字通り、対象としたユニットから、様々な技能やステータスをまるでハゲタカのように掠めとっていく。纒の際に繋がっているアスカさん自身にも、一部のステータスは還元されて、プレイヤーとして単体でも異常なほど硬いし、速く動けてる。普段は隠しているけどね」
ㅤカリンが続ける。
「それがレイド級なんかを喰らったら、もうわかるでしょう。
ㅤあの大きさやアバターの器としたら、異常としか言いようがない密度のパラメーター構成が起こるのは――それ自体、防御無視貫通攻撃の副次的産物に過ぎないというのが、あれのさらに恐ろしいところ。
ㅤ並のプレイヤーでは、アスカを殺すことなんて絶対にできない。
ㅤたしかレイド級からは、以前に【ステータスゲージ隠匿】のアビリティを吸収してたはずだから、実際のHPゲージは彼のみぞ知るだね。
ㅤただ、アバター大だとステータスには拡張の上限があるはずだから、いくらレイド級を喰らっても、けして無敵ってわけじゃない」
「それでも充分、ゲームバランスを崩壊させる類の厄介な技ってことはわかりますよ。
ㅤその代償が、あの
(あのひとは気力だけで、あの技を繰り返し行使してきたってのか?)
「正気の沙汰じゃない。あのひとは、自分の身がかわいくないんですか?」
「……本当に、その通りだと思うよ」
ㅤ彼に頷くカレンは、疲れきった顔をする。
「あれの威力が証明されるそのたび、聯合の中では彼を除名しようって動く輩がいる。
ㅤ目をつけられて、そんなの、いいことないじゃない――ステータスなんか、どうだっていい」
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