讃華
鳳梨
第1話
車にはブルーハーツが流れていた。父の好みだった。母は助手席の背もたれを中途半端に倒し、足元のスピーカーから繰り返し聞こえてくる曲にうんざりした様子で、窓の外を眺めていた。俺は後部座席を占領して、運転席方向に頭、助手席方向に脚を伸ばして寝ころんでいた。独特な黴の臭いを含んだクーラーの風が顔を直撃している。ほどなくして、車体が砂利の上を行く振動が全身に伝わった。
「着いたぞ」
父が俺を振り返る。俺は黙って体を起こし、適当に脱ぎ捨ててあったサンダルをつっかけて、両手に荷物を持って外に出た。たちまち地面から立ち上る熱気に包まれ、太陽が俺を焼いた。
目の前には幼い頃から見慣れた家があった。俺はこの夏休みを、この家で過ごすことになった。父が玄関の戸を開け、俺に入るよう促す。足を踏み入れると、懐かしい匂いが鼻をついた。
「こんちはー」
玄関からは真っ直ぐ廊下が伸びている。右側のドアが開いて、祖父が顔を覗かせた。
「はい、こんちは。上がりな」
後ろを振り返ると、そこでようやく両親も中に入ってきた。
「こんにちは。
さっきまでとは打って変わった笑顔を作って母が言った。
「ああ、
「いや、親父、すぐ帰んないとだから。もう今日の夜フライトなんだ」
「ああそう」
「あら、お茶でも飲んでいかないの」
とそこで、祖母も祖父の後ろから顔を出した。
「もう今日フライトなんだと」
「あらー、じゃあ気を付けてね。亜希子さんも、わざわざありがとうございました」
母がぺこぺこ応対している間、父はしきりに腕時計を確認していた。そして一連の挨拶を終えると、「じゃあ、よろしく」とだけ言ってその場を後にした。母も最後にまた一礼をして、小走りで車に乗り込んだ。車が出て行くと祖父は、「まったく不愛想だな」とこぼした。
「ほら爽太、上がりな」
俺は祖母の柔らかい手招きに緊張を解いて、サンダルを揃えて居間に上がった。
「そういや、ひよりちゃんも夏休みだわ」
思い出したように祖母が言った。
しかし彼女を目にする日は、思いのほかすぐにやってきた。
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