撫子の魔女と黒の剣

すけ

撫子の魔女と黒の剣

第一章

第一話 撫子の少女と炎上RPG

「突然の訪問、ご無礼をお詫び申し上げる。『撫子の魔女』殿はおられるだろうか」


 初対面のはずの少年に、ネルケは強い既視感を覚えた。

 墨を流したような黒髪と、黒曜石の瞳がこぼれ落ちそうな大きな目。

 胴鎧はこれも黒の堅革で、上に青い上着を羽織っている。

 有名イラストレーターのデザイン画を3Dにおこした姿、その面影がはっきりとある。


「私はウィニア侯カールの子、ウィニア城代セイブル・ゲルノートと申す。高名な『撫子の魔女』殿にお頼み申しあげたき儀があり推参した次第」


 そして口から流れ出るのは担当したイケボ声優そっくりの声。


(この人、『オクシデント・ストーリーズ』終盤の激強ボスだ……)



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ネルケは子供の頃から記憶の混乱に悩まされることがあった。知らないはずの事を知っていたり、伝え聞く地名国名や地理などに強い既視感を覚えたり。

 普通ならば気味の悪い子供だったのであろうが、魔女の一族に生まれついた身。その血筋の霊感が働いたのであろうと気にする者はいなかった。

 ネルケからすると自分の中に自身の経験とは異なる記憶というかおぼろげな情報の集積があり、折に触れてそれが認知できる意識上まで浮かび上がってくるという感覚だ。


 目の前の少年の印象は強くその情報を刺激し――まるで脳が組み替えられたかのように関連する情報が既知の記憶として整理されてゆく。

 それはこことは違う世界、違う文明、文化を持った社会の、『TVゲーム』の記憶であった。


 『オクシデント・ストーリーズ』

 キャラクターデザインに人気イラストレーター、サウンドに有名ゲームミュージックコンポーザー、そしてシナリオには、コミカライズにアニメ化にとヒットを飛ばしたばかりのライトノベル作家を起用し、鳴り物入りで発売されたコテコテのJRPGだ。


 題名からしてシリーズ化する気まんまんで、ひょっとしたら世界観を広げてオリエントシリーズなどというものまで考えていたのかもしれない。


 しかし結果的にこのゲームは音楽とキャラクターデザイン、グラフィック面での手ばなしの高評価、簡易アクション形式の戦闘などゲーム性に対する好意的な感想に対し、シナリオ面で厳しい評価を受けることになる。


 一番の問題は主人公、『カミル・アルノルト』のキャラクター造形にあった。


・礼儀やデリカシーをどこかへ置き去りにし、フレンドリーを飛び越していっそ清々しいほどに馴れ馴れしい対人距離感。

・人の話を聞かず常に自分の衝動を優先する。

・学習せず同じ事を繰り返す。


 スリーアウト。


「主人公がクソガキ過ぎて共感どころか後ろから見守る気にもなれない」

「こいつを主人公として操作するのがだんだん苦痛になってきた」

「えっ、こいつ最後までこのノリで成長しないってマジ?」


 必ずしも全プレイヤーの総意というわけではなかったが、ネットでは批判的な声が多く飛び交った。


 そこに現れたのがくだんのシナリオライター氏、はじめこそ彼はSNSで真摯に「何が悪かったのか」をユーザーに尋ねるかに見えた。

 彼曰く「単純馬鹿だけど憎めない王道熱血主人公を書いたつもりだ」と。


 批判的なユーザー達は主人公の不満点をまとめて説明し、彼も最初はそれに対して弁明していた。しかしその結論はこうだった。


「つまり、今はもう熱血主人公の時代じゃなかったってことですね」


 当然、そういう問題ではない、それ以前の話だと批判者達はヒートアップする。

 しかし彼は頑として「王道熱血主人公が受けなかっただけ」と結論付け、かみ合わない論争が続き、両者とも言葉の端々に鋭いナイフが見え隠れするようになり――。

 そしてついに我慢の限界にきたのかシナリオライター氏は決定的な暴言を吐くことになる。


「なんなのよネチネチネチネチさぁ……結局のところ今時のきっしょい陰キャゲーマーは陽の者の熱血主人公にはアレルギー反応が出るってだけっしょ。リアルじゃカミルみたいに言いたいこともハッキリ言えない陰の者なんだからそうやってせいぜいネット上だけで威勢良くさえずってろよw」


 炎上した。


 さすがに販売会社から何か言われたのかSNSのログは全消去されすぐにアカウント自体も消えた。

 しかし全発言を保存している者たちは少なくなく、まとめサイトに転載されることになる。


 実際のところ、主人公を受け入れられるかはあれど、シナリオ自体の出来は傑作とは言えないまでも、商業作品としては及第点だろうという冷静な感想も少なくはなかった。

 ご都合主義が酷いという感想もあったが、それにしても主人公に批判的であるから粗が目立つだけで、創作のドラマである以上そういった部分は避けられないはずである。


 しかしこの炎上騒動の煽りを受けてシナリオ自体が過剰に低評価された結果、『神BGMつきアニメ調3Dキャラクターポートレート集』などと揶揄され、最終的に『炎上RPG』の名を冠するようになったのであった。


 間違いない、目の前の少年はその『オクシデント・ストーリーズ』の登場人物だ。


(まさか……この世界は 『オクシデント・ストーリーズ』の世界と同一ってこと?)


 そのぶっ飛んだ結論は不思議とネルケの心の中にするりと入り込んできた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「失礼、お弟子殿とお見受けするが?」


 玄関先で来客を迎えた姿勢のまま、驚愕に固まっているネルケの意識を目の前の少年――セイブル・ゲルノートの声が呼び戻した。


「あっ、ごめんなさい」


 慌てて羽織ったローブの襟元を直し、若干だらしなく乱れていたピンク色の髪をなでつける。


「あた……私が当代の『撫子の魔女』となる、ネルケと申します。――先代であった祖母は他界しました」

「なんと――いや、すまない」


 セイブルは驚きの表情でネルケの頭のてっぺんからつま先まで視線を泳がせ――我に返って一つ咳払いをすると謝罪した。


「かまいません、私だって自分が他人にどう見えるかくらい自覚はあるもの」

「なおさらだ、年齢については私も人のことは言えない」


 多少くだけた様子で頭を下げるセイブルを制し、ネルケは屋内へ促す。


「ご依頼でしたら中へどうぞ――かようなあばら家ですのでお連れの方々には申し訳ありませんが、外でお待ち頂くことになりますけど」


 おそらくは護衛だろう、セイブルの肩越しに三人ばかりの男達が見えていた。


「承知した――休んでいてよし」


 セイブルは男達に声をかけると一礼して玄関をくぐった。


 ネルケの小屋は入ってすぐ仕事部屋になっており、壁や作業机には薬品の並ぶ棚や蒸留器などの道具類がしつらえてある。

 雑然とした室内だが、小さなテーブルと二脚の椅子が置かれた一隅は来客用スペースとしてそこだけぽっかり空いていた。

 師でもあった亡き祖母が、平らな場所があるととりあえずで手に持っていた物を置きっぱなしにする気質たちであったため、これでも往事よりは整頓されているのである。


 セイブルに座るよう促すと、ネルケは茶の支度を始めた。お茶請けはちょうど昼食代わりにつまもうと思っていた百合根団子のシロップがけ。

 緑褐色をした煉瓦れんが状の茶を削り、少量のスパイスとともに薬研で砕いて小ぶりな薬鑵ケトルとアルコールストーブで煎じる。

 調剤などにも使う作業机の上でお茶をいれていると視線を感じ、振り向くとなんとも言えない表情のセイブルがこちらの様子をうかがっていた。


 ネルケにとってはこの部屋が生活の場も兼ねているので気にならないが、確かに門外漢にとっては落ち着かない光景かもしれない。

 一応茶の道具類は調剤兼用ではなく飲食物専用のものであるのだが。


 お茶と百合根団子をお盆で卓へ運び、薬鑵からカップにお茶を注ぐと、無害であることを証明するように率先して飲む。

 それを見たセイブルも意を決したようにカップを口元に運び、一口含むと確認するように味わう。


「これは〈東方オリエント〉風か」

「ええ、少々我流ですけど」


 〈西方オクシデント〉文化圏と〈東方〉文化圏における、西方の玄関口、有事には東方からの侵攻を阻む防壁の一翼を担う城郭都市であるアチェム。ネルケ――撫子の魔女の居宅はその外れにある。ために、茶も南部のものより〈東方〉流れの物の方が手に入りやすかった。


「では、ご依頼の件ですが――」


 話しを進めつつ、ネルケには大方の見当はついていた。


「魔女殿に診てもらいたい者がいる。十歳とおになる私の妹だが……おそらくは『呪詛』に冒されている」


(やっぱり……)


 『オクシデント・ストーリーズ』ではセイブルには腹違いの妹がいた。彼は家族を失い、ただ一人残った妹を救う手段を求め、敵役に与するのだ――終盤にプレイヤー達を悩ませる強敵として。

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