放課後ふたりぼっち

冬目

第1話 自分らしさとキミらしさ

「なんで帰らないの?」


自販機で買ってきたであろうホットレモンのラベルがパキッと音をたてる。

午前中ならかき消されてしまうようなそんな音ですら、今の静寂を破るには充分だった。


「別に。帰ってもやることないし」


彼女の方には目もくれず、読む気なんてない目の前の本だけを見つめて答える。


「暇なんだ。本なんて読んでるし。朝読書以外でキミが本開いてるの初めて見たよ」


寒そうな両手をホットレモンに避難させ、見透かしたような声色で話しながら、彼女は俺に近づいて来た。


「心外だな。趣味は読書って自己紹介の時に話したはずだけど」

「ふーん・・・何読んでるの?内容は?主人公はどんな人?」

「買って読みなよ―」

「やっぱ読んでないんじゃん」


彼女の声が俺の言い訳に被さる。ホットレモンを俺の机に置き、クスクス笑いはじめた。


「なんかさ、放課後のキミの方がキミらしいよ」


グラウンドで金属バットにボールが当たる音が響いた。


「なに。俺らしさって」

「うーんわかんないけど。放課後のキミが本当のキミって感じするよ」

「わけわかんないこと言ってんなよ」

「うわ。こわーい。別に悪口じゃないんだけどな」


また暫く沈黙が教室に帰ってくる。時計の長針が10回左にずれた頃、彼女が再び沈黙を追い出した。


「マック行こうよ。お腹すいたし」

「俺はすいてない」

「奢るよ。ポテト。Sサイズだけど」

「けちくせ。絶対いかない」


不服そうな表情を浮かべると、向こう側が見える程減り切ったホットレモンを、自分のバッグに向けて投げる。投げ出されたペットボトルはぐちゃぐちゃの荷物が入った闇の中に吸い込まれていった。


「ゴール。よっしゃかーえろ」


そそくさと自分の荷物に戻る彼女に一つの質問を投げかけた。


「君はなんで帰らずに、教室戻って来たの?」

「君じゃなくて、咲ね。なんでかは―」


彼女はニコッと笑った。


「明日また来た時に教えてあげる」


投げ出された俺の質問は彼女の魂胆に吸い込まれてしまった。

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