第13話 ぼくが間違っていたよ

 学校の合間に少しずつ家のことを片付ける。

 畑はとりあえずトマトとかキュウリとか、簡単なものからスタートする気らしい。

 トウモロコシやジャガイモも良さそう。

 麦や稲は大変そうだけど、上手くいくだろうか。

 叔父さんは牧野さんの牧場で巨大馬ジュピター号を買い、農作業と街への往復に使い始めた。

 物置には前の住人が残していったプラウ、つまり馬に着ける鋤があるから、手作業よりも圧倒的に効率よく耕作できる。

 もちろんトラクターにはかなわないけれど、何だかんだいってぼくたちは三年間の生活が保障されているし、本職の農家が優先的に使うのは仕方がない。

 トラクターは高いから何件かの農家で共同なんだ。

 何日かに一度は君枝さんも一緒に乗って、仲良く食料の買い出しに行く。

 温度の変化が少ない半地下の食料庫があるから、冷蔵庫が無くてもあんがい何とかなっていた。

 でも、これは君枝さんだからできることであって、ぼくがやったら危ないかもしれない。

 主婦ってのはすごいや。

 そしてあずさの通学用には、新たにサラブレッドのビーナス号を買い与えられた。

 やれやれ、これでようやっとぼくもラバ通学ができる。

 今にして思えば、牧野さんが破格の安さでプルトを売ってくれたのもこうなることを見越していたのかもしれない。

 損して得取れってのはこういうのを言うんだな。

 商売人の鑑だ。

 トラクターにもちょとだけ乗らせてもらったよ。

 うん、やっぱり作業効率が桁違いだ。

 でも燃料の軽油が一リットルあたり八〇〇円もする。

 必要なときだけ借りて、結局メインは畜力になるのかなあ。

 いずれ儲かったら自前のを買いたいよね。

 あと、米を作るならコンバインも欲しい。

 他にも肥料、農薬、もちろん種苗もたくさんいる。

 けっこう元手が掛かるから、やっぱり借金をしなきゃいけないみたいだ。

 心配だけど、みんなやってる事だもんね。

 ワールド・ゲート社の金融部門が低金利でお金を貸してくれるらしいんだ。

 あとは車も夢だなあ。

 来年になればバイクの免許も取れるし……。

 う~ん、宝くじでも当たらないかな。

 でも、当たったら働く必要ないか。

 とにかく、生活保障のある三年間でどれだけ稼げるかが、その後のぼくたちの人生をを決めると言っても過言じゃない。

 一日も早く慣れないとな。


 *

 

 ゴールデンウィークも終わり、ようやくそれなりに格好が付いた日曜日。

 叔父さんは今日も農業研修という名のアルバイトに行っている。

 あずさは朝から君枝さんに付きっきりで、台所で小麦粉と格闘していた。

 クッキーを焼いているみたいで、とっても良い匂いが漂ってくる。

 ぼくが手伝おうとすると、自分でやらなきゃ意味が無いから、と追い出されてしまった。

 それでもまあ、昼頃には完成したみたい。

 ガスもIHも無しでよくやるよ。

 せっかくできた妹が他の男に夢中になるのは、正直あまり面白くない。

 でも、確かにユウはいいやつだった。

 顔だけじゃなくて、色々な意味でね。

 正直を言えば、ぼくも友達ができて嬉しい。

 島での暮らしに不慣れなぼくたちに色々と常識を教えてくれるし、スポーツ万能、成績だって学年トップ。

 中学三年生はぼくたち三人だけなんだけど、通信教育の模試では偏差値が七〇もある。

 こんな数字、見たこと無いぞ。

 後輩の子たちの世話もごく自然にやってのけるし、当然のごとく学級委員長で生徒会長だ。

 まあ、他にやれそうな人はいないんだけど。

 ずっと同年代の友達が欲しかった、って事あるごとに優しくしてくれる。

 あずさが好きになるのも無理はないかなあ。

 ぼくもなんだかんだでユウのこと、わりと好きなんだ。

 変な意味じゃなく。

 昼食を終えると、あずさはソワソワと落ち着かない様子で、何度も何度も鏡を覗き込んでいた。

 

「ねえ兄さん、髪型変じゃないかしら」

 

「大丈夫、大丈夫。みんなツインテールが好きなんだよ」

 

「でも、子供っぽくない?」

 

「そういうのでいいんだよ」

 

 あずさはファッション雑誌から飛び出てきたような清楚系の服装で、いつも以上にバッチリキメていた。

 テレビもネットも無い生活をしているから忘れがちになるけど、やっぱり美少女だよなあ。

 ちょっとあざとい。白ワンピースなんて深夜アニメでしか見たことないぞ。

 もっとも、どんなにお洒落に気を遣っていても周りは一面の農地と無人の荒野だけどね。

 

「そうだあずさ、クッキーを出すときはだな――」

 

 ぼくのアドバイスをあずさは熱心に聞いていた。

 何事も基本が大事だからね。

 約束通り十三時ちょうどに、ドアを叩く音がした。

 

「こんにちは。笹原さんのお宅はこちらですか?」

 

 ユウの声だ。

 

「はーい、今行きます!」

 

 一瞬で鏡を再確認し、あずさがドアを開けた。

 

「いらっしゃい、ユウ!」

 

 ユウはぱっと見いつものトム・ソーヤースタイルだけど、ズボンはぴっしりとプレスされ、新しいシャツに青い蝶ネクタイなんて締めちゃってる。

 帽子とジャケットも同じ生地で、ヨーロッパのお坊ちゃんみたいだ。

 

「お邪魔します。僕はあずささんと信也君のクラスメイトで、池本ユウと申します。このたびはお招きいただき、ありがとうございます」

 

 帽子を取って、折り目正しく叔父さんと君枝さんに頭を下げるユウは、どこからどう見ても立派な少年紳士だ。

 うーん、こういうのが当たり前にできないとだめなのか。勉強になるなあ。

 カラフルな包装紙の手土産も上品だ。

 

「堅苦しいのはいいから、上がって! 上がって! あたしの部屋、上なの!」

 

 二人に続いて、ぼくもちゃっかり一緒に上がる。

 二人っきりにしたくないからじゃないぞ。本当だぞ。

 ユウはぼくにとっても友達なんだからな。

 来客をもてなすのは当然のことだ。

 

「いい部屋だね。昔好きだったアニメにそっくりだ」

 

「でしょお~? 干し草のベッド、憧れてたの!」

 

 女の子の部屋としては地味な方だと思うけど、ベッドの横の丸窓からの絶景は確かに素晴らしいとぼくも思う。

 遠くの山の残雪が光って、きれいだなあ。

 

「ねえ、信也の部屋はどんな感じ?」

 

「えっ、ぼく?」

 

「見せてよ。あ、それとも見られちゃまずいものが置いてある?」

 

「いいや」

 

 散らかるほど物を持っていない、というのが正しいんだけどね。

「ぼくの部屋なんて見ても、つまらんだろうに」

 

「そんなことはないよ。興味ある」

 

 とりあえず一階のぼくの部屋に通す。

 少し不機嫌な顔をしたあずさも、もちろん付いてきた。

 

「へえ。へええ~! ここが信也の部屋かあ! すごく素敵だよ!」

 

 ぼくの部屋といえば、着替えを適当に詰めた机代わりの箱と、畳んだ布団が置かれているだけ。

 そんなに珍しいものはないだろうに。

 

「ははは、信也の匂いだ」

 

「えっ、臭いかな」

 

 部屋の匂いって、自分じゃわからないんだよね。

 ユウはたたんだ布団に腰を下ろした。

 

「ううん、そんなことはないさ。いいね、この雰囲気。落ち着くよ」

 

 まあ確かに、同い年の女の子の部屋は落ち着かないだろう。

 ぼくだってそうだ。

 

「そんなことより! はい、クッキー焼いたの。食べて」

 

 少し不機嫌そうな顔をしたあずさが――あくまでも顔だけだ――皿に山盛りのクッキーとお茶を持ってきた。

 

「か、勘違いしないでよね! 別にユウのために焼いたわけじゃないんだから。ちょっと作り過ぎちゃっただけなんだからね!」

 

 ぼくが教えた台詞を突っかからずに言えたな。

 よしよし。これは絶対に効くんだ。

 

「えっ、そうなの。ごめんよ」

 

 それなのにユウは少し悲しそうな顔をした。

 あれえ? おかしいなあ。

 

「ちょっと兄さん! 逆効果じゃないの!」

 

「そんなはずないんだけど……」

 

「きっとオタクにしか効かないんだわ! ああもう、兄さんのバカ! バカ!」

 

 気がつけば、ユウは腹を押さえながら笑いを堪えているようだった。

 くそう、やっぱりユウのほうが一枚上手だ。


 *

 

 相変わらずあずさは少し機嫌が悪そうだったけど、結局ぼくの部屋で遊ぶことになった。

 ゲーム機どころか電気すら無いけど、普通にお喋りをするだけでも楽しいものだよね。

 

「不思議な遺跡?」

 

 ユウは興味深そうに身を乗り出してきた。

 もちろん、ぼくたちが見つけた変な建物の話だ。

 

「実際に遺跡かどうかはわからないけどね。川の向こうにあるんだけど、流れが急で近寄れないんだよな」

 

 少ししゃくだけど、ユウなら何か上手い手を思いつくかもしれない。


「なるほど、六番川か。あの向こうは未踏査領域で、何があるか誰も知らないんだ。正確な地図も無いしね」

 

「まだそんなところがあるの?」

 

「今の日本に足りないものは、人、物、金、時間、理念さ。まあ、それはともかく。ここが異世界だということ、忘れてないかい? 考古学の常識は役に立たないんだ。もしも非人類文明の遺物を見つけたら、大ニュースだよ。そうなれば信也、君は発見者として歴史の教科書に載るだろうね」

 

「ぼくが……教科書に?」

 

 もしもそうなれば、テレビなんかにも出られるかもしれない。

 そうなればアイドルと対談なんかして、もしかすると仲良くなれるかもしれないぞ。

 この本気で何も無い田舎がニューヨークみたいに発展するかも。

 

「それはともかく、僕も興味がある。見に行ってもいいかい?」

 

「ああ、もちろん」

 

「よし、行こう」

 

 話に入ろうとしてタイミングを掴み損ねていたあずさが声を上げた。

 

「あ、あたしも行くわ!」

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