第11話 さすが異世界の学校よね、ってそれは違うぞ

 二日が経った。

 今日こそは学校に行くぞ。

 本当はもっと早く行くはずだったんだけど、遭難しかけたからね。

 みんなグロッキーだったんだ。

 都会っ子は軟弱だなあ。ぼくもか。

 ぼくとあずさは中学生。

 異世界の新世界島だろうと日本国法が適用されるから、やっぱりここでも中学生なんだ。

 つまり、義務教育を受けなきゃいけない。

 そんな暇ないんだけどなあ。

 どうすんだよあの土地。

 サバイバル、いやハイキングから帰った後、あずさがどうしても風呂に入りたいというので――ぼくは眠たくて仕方がなかったが――ドラム缶に、バケツを持って何往復もして風呂を用意してやったというわけだ。

 ぼくだって兄貴らしいところを見せてやらないとな。

 ドラム缶風呂だぜ!

 ちょっとぼくも憧れてたんだよね。

 おかげで多少回復が早まった気もしないでもない。

 叔父さんと君枝さんはまだグロッキーだけどね。ぼくらはほら、若いから。


「――、兄さん!」

 

「うおっ?」


「洗面台、一人で占領しないでよ」

 

「えっ? ああ、ごめん」

 

 そうそう、ぼくは歯磨きをしていたんだっけ。

 意識が飛んでたよ。危ない危ない。

 

「立ったまま寝るなんて器用ねえ。早く行かないと遅刻よ」

 

 バス停なんて必要ない。

 道ばたに立っていればバスが止まってくれる仕組みだ。

 バスは一日一往復しかないから、これを逃すと学校まで歩いて行かなきゃならない。

 少しでも学校に近づくよう、歩く。

 でも距離で料金が変わる訳でなし、結局バスに乗るんなら同じだと気付いた時、すでに街が目に入っていた。

 後ろから蹄の音が近づいてきて、ぼくたちは道を譲った。

 

「やあ、おはよう」

 

「ああっ! あなたは!」

 

 あずさのやけに嬉しそうな声に窓の外を見ると、見覚えのある少年が馬上で手を振っていた。

 船であずさに酔い止めとゼリーをくれた恩人、池本ユウだ。

 乗っている馬は美しい白馬。

 白馬だってえ? 王子様かよ。

 トム・ソーヤーみたいな服装しているくせに。

 ちなみに後であずさに聞いたんだけど、ユウのデニムサロペットは本土では五万円もするハイブランドらしい。

 何が違うんだよ。

 

「なかなか学校に来ないから心配したよ。どう? 少しは慣れたかな」

 

「ぼくらの土地を見ていたら思ったより広くてね。やっぱり自転車か馬がないときついな」

 

「うーん、自転車はどうかな? 坂も多いし、この通り道も悪い。この島は馬が安いよ。牧草は無尽蔵だし、馬糞はいい肥料になる。いい牧場を紹介するよ。僕の知り合いだから、安くしてくれるはずだ」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 こいつ、いいやつだなあ。

 ぼくとユウが話している間、あずさは耳まで真っ赤にして、もじもじと身体をくねらせていた。

 

「そういえば君たち、今日は制服なんだね」

 

「とりあえず初日だからね」

 

 前の学校のを着てきたけど、島の学校には制服が無いんだ。

 ユウはぼくたちの服装をまじまじと見て、爽やかな笑みを浮かべた。

 

「なんか新鮮だね。あずさも似合ってるよ、とってもかわいい」

 

「へぇあっ!」

 

 あずさは宇宙から来た巨人ヒーローみたいな声を上げると、だらしない顔をして変な笑いを続けた。

 う~ん、ちょっと気持ち悪いな。

 

「ところで、そろそろ行かないと遅刻だよ。どうだい、乗っていかないか」

 

 白馬――マーキュリー号というらしい――はスラリとしたサラブレッドで、とても三人は乗れそうにない。

 ぼくとあずさ、どちらかだけなら乗れなくもないだろうけど。

 

「そ、そんな! 悪いわ! そ、それにその、あたし、お……重いし」

 

「大丈夫だよ。そんなことないから」

 

 ユウは馬上から手を伸ばし、あずさも右手を伸ばしかけた。

 でもそこでピタリと動きを止め、ぼくを見た。

 

「……ううん。兄を一人にするわけにはいかないわ。今日は初日だから、職員室に寄らなきゃいけないの。それに、時間なら大丈夫よ。始業時間を少し過ぎてから来るように言われてるから」

 

「そっか。じゃあ、後でね」

 

 蹄の音も高らかに、ユウは颯爽と走り去った。

 

「乗せてもらえばよかったのに」

 

「……そうもいかないでしょ。行くわよ」


 *

 

 本町の街外れにある学校は、安さを極限まで追求した――いやいや、合理的な設計をしていた。

 無尽蔵に手に入る木材と、最低限の金属、プラスチックで作られた掘っ立て小屋……いや、板組の伝統的な校舎だ。

 屋根は瓦じゃなくてトタン波板。

 明治時代なら、これが普通どころか最先端だからね。

 この国にはとにかくお金が無い。

 とくに、次世代を担う子供の教育にかけるお金が無い。

 それでもまあ、ここが学校である事はわかる。

 大きな校庭と花壇があるし、玄関から覗くと廊下が延びていて、入ってすぐのところに職員室、その奥に教室があるようだ。

 変わったところといえば馬房があるくらい。

 マーキュリー号を含め、三頭の馬がつながれていた。

 入り口近くには自転車置き場もある。

 

「何これ。どこかの業者が入ってるの?」

 

 自転車が何台か並んでいるけど、どれも籠には白いヘルメットが入っていた。

 

「自転車用だろ」

 

「嘘おっしゃい。どう見ても工事用だわ」

 

「田舎の学校じゃ、この手のヘルメットが校則で指定されてたりするものなんだよ。ぼくも持ってた」

 

「本当~? 騙そうったって、そうはいかないんだからね。まんまと騙して、後でこそこそ笑いものにするつもりなんだわ」

 

「そんな意地悪しないよ」

 

「どーだか」

 

 あずさはまるっきり信じていないような顔をしていた。

 くそう、都会っ子め。バカにしおって。

 ぼくはその中の一つを取って、内側をあずさに見せた。

 

「ほらあずさ、見ろよ。自転車用って書いてあるだろ。それに、子供の字で名前が書いてある」

 

 あずさは口に手のひらを当て、目を丸くして固まった。

 

「本当……さすが異世界ね。まだまだ知らないことがたくさんあるわ」

 

「だから関係ないって」

 

 ぼくとあずさは職員室へ向かうと、先生たちに挨拶をした。

 

「……はあ? なんだってェ?」

 

担任の老田おいた先生は、本当に教師なのかと疑いたくなるようなおじいちゃんだった。

 

「だから、今日転校してきた笹原信也と笹原あずさです!」

 

「わしが聞いていたのは笹原じゃが。砂原すなはらなんて聞いておらんぞい」

 

「だからそうだと言ってるでしょうが」

 

 他には校長先生と用務員さんが一人。

 それが、ぼくたちが通う新世界本町小中学校の全職員だった。

 老田先生に連れられて教室へ向かう。

 廊下はあんがい普通なんだな。

 と、あずさがぼくに耳打ちしてくる。

 

「大丈夫なの? この学校」

 

 なんと答えたらいいやら。ぼくは苦笑いするしかできなかった。

 

「うぃーす。さあ、今日はみんなに新しい仲間を紹介するぞい。さ、まずは黒板に名前を書くんじゃ。ふりがなもつけて、大きくな」

 

 ぼくとあずさはチョークで黒板に大きく名前を書いた。

 老眼のご老人にも見やすいようにしなきゃね。

 もちろんぼくは砂原じゃない。

 

「みんな仲良くするんじゃぞ~い」

 

 はーい、と元気な声が響く。

 この教室に収まっている、小学一年生から中学三年生までの十二人が全校生徒だった。

 意外に少ないけど、人口密度を考えるとこんなもんか。ちなみに隣の学校までは二〇キロ以上。

 教室の後ろでは、ユウがニコニコと爽やかな笑顔でこちらに手を振っている。

 ぼくは小学生と中学生が同じ教室で勉強している光景が不思議で仕方がなかった。

 あずさより田舎に慣れているとはいえ、ぼくは地方都市にしか住んだことがなかったから。

 

「ふぉふぉふぉ。複式学級は初めてか?」

 

「ええ、まあ」

 

「田舎の学校ではよくある事じゃよ。まあ基本は自習じゃ。わからんところはわしが教えてやるわい。さ、あそこの空いている席に掛けるんじゃ」

 

 ぼくたちは一番後ろの二つ並んだ席だ。

 机と椅子は本土で長年使われていたものだろうか、ずいぶんと年季が入っていた。

 あずさはぼくを窓際に押しのけ、ユウの隣を自分の席にしてしまった。

 

「よろしくね、ユウ」

 

「よろしく、あずさ。君が一緒だと、僕も毎日学校が楽しくなりそうだよ」

 

 歯の浮くような台詞を違和感なく言いやがる。

 あっ、なんてこった。あずさの手をナチュラルに手を握りおった。

 なんてやつだ。ぼくは一言ガツンと言ってやろうと思って立ち上がった。

 でもその時、廊下がらカランカランとベルの音が響いた。

 校長先生が手にベルを持って鳴らしていたんだ。

 もしかしてこれがチャイムなのか?

 

「さあさあ、一時間目は算数・数学じゃ。みんな頑張るんじゃぞい」

 

 職員室で受け取った教科書は、本土と同じものだ。

 ノートももちろん続きから使える。

 新年度だけど、もったいないから続きからだ。

 

「ねー、しんちゃん」

 

 前の席に座っていた小学生の子が、いきなりぼくを愛称で呼んできた。

 

「ええと……みゆきちゃんだっけ?」

 

「うん、そうだよー。よろしくね、しんちゃん」

 

「うん、よろしくね」

 

 小さな手と握手をする。

 クラスメイトかあ。まだ少し違和感があるけど、慣れていくしかないな。

 

「これ、おしえてー」

 

 台形の面積を求める問題だ。ぼくはこれでも中学生だから、簡単な問題ではあるけど。


「ああ、これは(ab+cd)h/2だよ」

 

「ええー? わかんないよー」

 

 ぼくが教えちゃっていいのかな。

 周りを見ると、同じように上級生が下級生に教えていた。

 なるほど、人に教えるのが一番身につくっていうからな。

 ぼくでもわからないところは先生に聞けばいい。

 これなら確かに違う学年でも先生一人で間に合う。

 先生は前の椅子に座って、コックリコックリと舟をこいでいた。

 なんだよおい、楽な商売だなあ。

 ぼくにしてみれば復習にもなるから、まあいいけど。

 

「ええと、これをこうして――」


 *

  

 その日の授業が終わると、ユウがニコニコと話しかけてきた。

 

「君たちの家って、どんな感じ?」

 

「それは――」

 

 答えようとするぼくを押しのけて、あずさが割り込んできた。

 

「とても素敵な所よ。家は小さいけど、畑はとっても広くって。うちのママ、お菓子作りが得意なの! それでねユウ……こ、こんど遊びに来ない?」

 

「いいのかい?」

 

「もちろん! いつかのお礼もさせてちょうだい!」

 

「ははは、気にしなくていいのに」

 

「ううん! それじゃあたしの気が済まないもの! いつでもいいわ、ユウ! 待ってるから!」

 

 そう言うと、あずさは真っ赤な顔をして教室を飛び出してしまった。

 

「変わった子だね、あずさって。ところで信也、この後暇かい? 暇なら牧場に寄っていかないか? 君らの家に行く途中だよ」

 

「行こうじゃないの。あずさは――」

 

 どこかに行ってしまった。仕方がない、ぼくだけで行こう。

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