第2話 Nランク、Rランク、SRランク、SSRランク……

 何が起こったのか、頭の中で状況を整理しようとした。しかしそんな俺の思考は、赤髪の男の大声で中断される。


「さあ、転生者たちの能力を調べるぞ!」


 その男は派手な衣装を身に着けていた。深い深紅の上着に金や紫の刺繍がごてごてとぶちまけられている。まるでアニメに出てくる貴族のようだ、と思った。


 年齢は五十前後ほどだろうか。がっしりとした体格に鋭い眼光。よくも悪くも、異様に存在感がある男だった。


「はっ! ブレグニス様、ただちに調べます」


 返事とともに、白衣を着た痩せた男が進み出てくる。赤髪の男の外見が貴族なら、この男は科学者といったところか。


 よく見ると、部屋の隅には優に十人を超える男たちがいて、部屋の中央に立つ俺たちに好機の目を向けていた。


 なんなんだ、こいつらは……?


 俺や俺の周囲に立つ人たちは科学者男に促され、わけもわからぬまま一列に整列させられた。


 彼は懐からモノクルのような物を取り出し、列の左端にいる若い男にかざした。


「SSRランク! 適性は魔術士です!」


 科学者男が大声で告げると、男たちから歓声が上がった。


「おお、幸先がいいな」


 赤髪の男――ブレグニスと呼ばれていた男が満足げに表情を緩める。


 その反応を見る限り、SSRというのはいい評価らしかった。……まるでソーシャルゲームのガチャみたいだな。


「この男はRランク、適性は武士です!」


 科学者男が、SSR男の隣の男を見ていった。直後、ブレグニスが舌打ちを鳴らす。不満と苛立ちを隠そうともしていなかった。


 その様子に気を取られていると、いつの間にか科学者男が俺の前に立っていた。モノクル越しに、不健康そうな痩せた男と目が合う。


 一瞬の沈黙のあと、男が大声で叫ぶ。


「Nランク! 適性はゴーストテイマーです」


 ブレグニスの表情から、苛立ちが消えた。今その顔に浮かんでいるのは、『無』であった。


「とんでもないはずれだ。ランクが最低で、適性がテイマーだと? ゴミの寄せ集めではないか」


 どうやら怒りを通り越しての無表情だったらしい。その散々な評価に続くように、周囲からも話し声が聞こえてくる。


「Nランクとは、いやはや使い物になりませんな」


「しかもテイマー……」


「低ランク者が出るのは確率的に仕方がないこと。とはいえ、やはり税金を無駄にしたという感情はぬぐい切れませんな」


 Nランクがゴミだって? ずいぶんと既視感があるセリフだな。ソシャゲのガチャを回してるときの俺かよ。


 そう考えると、ブレグニスの「無」にも納得がいった。俺もNランクキャラを引いたときはあんな顔してるぜ。


 納得がいったところで、科学者男の姿を目で追ってみる。すると列の後方に、見覚えのある顔があった。


「あいつは……佐藤漣?」


 思わず声に出してしまった。元クラスメイトである佐藤がこの場にいたからだ。


 俺は自分で見たものが信じられなかった。なぜなら――佐藤は一週間前に、スクーターで事故を起こして死亡していたからだ。


「次!」


 科学者男の声で我に返る。次の能力検査は佐藤の番だった。


「……URランク! 適性は炎の寵愛を受けた戦士です!」


 その声に、部屋全体がざわめいた。


「おお!」


 ブレグニスが歓声を上げる。先ほどまでの苦々しい表情が嘘のようだった。


「これはすばらしい!」


 周囲の反応をうかがってみる。十数人いる男たちも、ブレグニスと同様に好意的な笑みを浮かべていた。


「寵愛持ち……! しかもURですぞ!」


「これは期待が持てますなあ」


「なかなかの収穫ではありませんか」


 注目が集まるこの状況に置いても、佐藤の態度は実に堂々としたものだ。いつもの佐藤らしい態度だな、と感じた。


 それからしばらくして、能力検査が終了した。召喚された人間は、どうやら全部で十人らしい。性別は男が六人で女が四人。年齢は比較的若いものが多いように見える。


 やはりというか、話題の中心は佐藤だった。「URランクを呼べたのは、ブレグニス様の日頃の行いのたまものですな」とか、見え見えのおべっかがそこら中から聞こえてくる。


 ブレグニスはいくつもの腰ぎんちゃくをぶら下げて歩く男のようだ。


 佐藤の話題が落ち着くと、今度はその他の高ランク召喚者へと話題が移る。やれ、誰々のランクが高いだの、適性が優秀だの、そんな話で持ち切りだ。


 しかし、腰ぎんちゃくたちの満ち足りた歓談とは裏腹に、ブレグニスは眉間にしわを寄せ転生者全員をぼんやりと眺めていた。


「LRランクはいないのか……」


 呟いたあと、ブレグニスは表情をにこやかなものに変える。そして佐藤のほうに向かって歩き出した。


「君、名前は?」


「佐藤です。佐藤漣です」


「佐藤君か。君には期待しているぞ。しっかり力を磨いてくれ」


 ブレグニスが佐藤に対して握手を求める。その表情はまるで、選挙演説中に支持者と握手を交わす政治家のようであった。


 佐藤のほうも即座に目上の者に対する表情を作り、求められた握手に応じた。


 周囲では、似たような光景があちこちで繰り広げられていた。貴族のような恰好をした男や、商人のような恰好をした男が、転生者たちに話しかけている。


 話しかけられている転生者には共通点があった。ランクがSR以上と判定されたということだ。具体的には、SR、SSR、URランクの者のことだ。


 逆にそれ未満のランク……NやRのランクの転生者には、誰一人として話しかけてこない。いない者として扱われ、それがなんとも居心地が悪かった。



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