ゴーストテイマー ~幽霊少女とゆく、異世界成り上がり冒険譚~
亜傘 棚夫
第1話 心霊スポットからの転生
なぜ、真夜中の学校はこうも奇妙な雰囲気に満ちているのか。
それが廃校になった木造校舎ともなれば、その度合いは一層と増す。
「今日こそは……」
十数年前に廃校となった木造校舎を眺めながら、俺は一人決意を固めた。
スマホで時刻を確認してみる。午前一時を少しすぎたところだった。肝試しには、ちょうどいい時間といえる。
「行くか」
この学校には、とある噂があった。条件を満たせば、女の幽霊が現れるというものだ。
ネットの掲示板で調べたところ、その条件は『花束を供え、午前二時ちょうどに四階の女子トイレの鏡に向かってお辞儀をする』というものだった。
当然、花束は準備してきた。真夜中に花束を持って歩く男など、周囲から見たら変質者にも見えるかもしれない。しかし幽霊に会うためなのだから、これも仕方がないことだ。
荒れたグラウンドを横切り、校舎の玄関へと向かう。玄関の扉には鍵がかかっていたが、扉のガラスが割れていたので忍び込むのに何も問題はなかった。
校舎の中も、グラウンドと同じように荒れていた。
廊下にはあちこちに落書きがあり、壊れた机やいすが無造作に散らばっている。教室をのぞき込んでみたが、そちらも同様に荒れていた。
俺は暗闇の中を、懐中電灯の光を追いかけるようにして進んだ。階段を見つけたので四階へと昇り、しばらく歩いて女子トイレに行きついた。
スマホを見ると、液晶には『01:31』と表示されている。午後二時までは少し時間があるようだ。
俺は廊下の窓から、遠くに見える街の光をぼんやりと眺め始めた。
「今日こそは幽霊に会えるだろうか」
俺の目的は、シンプルに幽霊に会うことだ。さらにいえば、化学では証明できない事象に遭遇することである。そのために、今までいくつもの心霊スポットを巡ってきた。成果はまあ、まったくないわけだが。
「ああ……受験勉強、やりたくないなあ」
来年、俺は高校三年生になる。受験勉強が忙しくなれば、こうして夜中に家を抜け出して心霊スポットに行くことは難しくなるだろう。
「ここの幽霊ってどんな幽霊だろう。平和的な幽霊だといいけど」
幽霊に会ったら友だちになってみたいとクラスの友だちに話したところ、「こいつの中二病が重役出勤してきたぞ」と笑われてしまった。いいだろ、別に。幽霊と友だちになってみたいと思ったって。
物思いにふけっていると、スマホの電子音が鳴った。セットしておいたアラームだ。二時までは、あと五分。
「よし、準備を始めるか」
深呼吸をして、女子トイレに足を踏み入れる。かすかなカビの臭いが漂ってきた。
洗面台の前に立つと、鏡の中に冴えない高校生の姿が映っている。やや表情が強張っているか? 心霊スポットに来たのだから、そりゃあそうか。
俺は洗面台に花束を供え、午前二時ちょうどに鏡に向かって深々と一礼した。
……これといった変化は起こらない。
俺はその後も何度かお辞儀を繰り返してみる。しかし、やはり何も起こらない。予想通りといえば予想通りなのだが、やはりがっくりとくるものがある。
「やっぱり、デマか」
鏡に映る冴えない男の顔は、ますます冴えないものになっていた。
もう帰ろう。そう思ったとき、靴紐がほどけているのに気づく。面倒だな、と思いながらかがんで紐を固く結んだ。
結び終えて立ち上がると――全身が凍りつくような寒気を感じた。
鏡に、俺の後ろに立つ女の姿が映っていたからだ。
長い黒髪に、真っ白なワンピースという風貌。表情は長い前髪に隠れて見えない。
こいつが人間じゃないことはすぐにわかった。うっすらと光っていたからだ。
「うわあああああ!」
考えるよりも先に声が出た。頭が真っ白になり、俺はその場から逃げ出した。
友だちになりたいなんて考えは一瞬で吹き飛んだ。本物の幽霊がまとうオーラに飲まれてしまったからだ。
やばい、想像していたのと全然違う。クラスの女子のSNSの写真と素顔くらい違うぞ!
廊下を走りながら振り返れば、幽霊がこちらを追いかけてきているのが見えた。
やや猫背ながら、とんでもない速度で追ってきている。
昼間、陸上部の友だちが『幽霊から逃げるとき用の短距離を速く走るフォーム』を教えてくれたが、それを実行することを忘れるほどパニックになっていた。
俺は廊下を走る勢いのまま、階段へと飛び込んだ。二段、三段と飛ばしながら、落下するかのように駆け下りる。心臓が破裂しそうなほど脈打っていた。
「はあ……はあ……」
三階へと降り、二階の踊り場に差しかかったときだった。
「あっ!」
勢いよく踊り場に着地したとき、みしみしという不吉な音。それと同時に、床が抜けた。
悲鳴を上げる間もなく、俺の体は暗闇の中に落ちていった。
「ぐっ……!」
冷たい床に背中から叩きつけられ、激痛が全身を襲う。運が悪いことに、床に落ちていたがれきに頭を強く打ち付けてしまったようだ。意識が、ぼんやりとしてくる。
どうにかして目を開けていようとするが、まぶたが異常に重い。
ふと、視界の端に先ほどの幽霊が立っているのが見えた。いつの間にか追いついてきていたのだ。
その幽霊が、俺に向かってゆっくりと手を伸ばす。
「く、来るな……」
かすれた声で懇願したが、そろそろと伸びてくるそれが止まる気配はない。
長い黒髪の隙間から、幽霊の顔がわずかに見えた。意外にも、美しい顔立ちをしていた。しかし雰囲気があまりに不気味であるため、「顔がいい? だからどうした」という気持ちが先に立つ。
強い眠気が襲ってきて、もうだめだ、と思った。俺は半ば現実逃避するかのように目を閉じる。
だがそのとき、真っ暗になった視界の中で強烈な光が瞬いた。体が軽くなり、どこかに引っ張られるような感覚もする。
そして気がつくと、足が硬い地面を踏みしめていた。俺はおそるおそる、目を開けてみる。
石造りの壁に囲まれた、見知らぬ広間が目に入った。
「どこだよここ……」
周囲を見回してみると、周りには困惑した表情を浮かべる人々が立っていた。きっと俺も、彼らと同じ表情を浮かべていることだろう。
「さあて、今回の転生者どもは使い物になりそうかな?」
低く、威厳を感じさせる声が耳に届く。声がしたほうを見ると、赤い髪の男が尊大な笑みを浮かべながら立っていた。
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