Scene 04

 月の砂漠を繋ぐ人口道路。


「クルス少尉、急に呼び出してごめんなさいね」

 六輪駆動の月面車を駆る白衣姿の美女は、後部座席へと笑みを向け、

「あ、呼び方はクルスでいい? どうも堅苦しいのは苦手で」

「はい……あの……」

草薙香奈枝くさなぎかなえ。軍事会社ルナテクニカルで主任技術者をやってるわ。マークス司令から聞いたと思うけど、今日から二人は技術研所属となるのでよろしくね!」

「よ、よろしくお願いします」

 二十代前半の香奈枝に応じたクルスは、左隣に座るキャシーへと視線を送る。


「……なに見てんだよ」

「い、いえ……」

 が、鋭い眼光を返され、そそくさと顔を逸らし、

「あらキャシー、クルスとお友達だったの?」

「ただの顔見知りだよ。……つーか、ちゃんと前を見て運転しろよ」

「軍専用の道路だし、自動操縦オートに切り替えたから大丈夫。それより、これからチームを組む間柄ですもの。お互いを理解しあう時間を作ることは大切だと思うのよ。――ね、クルス?」

「え? えっ!?」

 人見知りなクルスをからかう民間技術者の姿にキャシーは嘆息し、

「はぁ……あんた草薙財閥の一人娘だろ?」

「あら、よくご存知ね。ナサーティアの艦長であるお父さまから聞いたのかしら?」

「親父の話はよせ。月の実権を握る大財閥の令嬢が、軍の人間を引き抜いて何をしようってんだよ。いまさらラグナス社のグリフォンに奪われた多用途戦闘機マルチロールファイターの座を取り戻そうってかい?」

「それも面白そうだけど……今回お願いしたいのは別の任務よ」


 微笑んだ香奈枝は、ウェーブのかかった亜栗色の長髪を指先に絡め、


「知ってのとおり、先の戦闘において地球連合軍は大敗し、しばらく反攻を望めなくなったわ。その間に、地球に根をおろしたヴリトラは更に成長し、半思念体であるファントムもより強力な進化を遂げるでしょうね」

「……」

「月面都市に置かれたマギアの計算によれば、一年後には月へと飛来する個体が現れる可能性が高いとのこと。――火星移住計画も失敗した今、このままでは月の水が枯渇する残り二年を待たずに人類は滅びてしまう」

「マギアシステム……月の利権を得るため地球に核の雨を降らせた、あんたら月面人ルナリアンが崇拝するスーパーコンピューターさまのことか」

 嫌悪も露わにキャシーは補足を行い、

「ええ。今回の地球還作戦に関してもマギアの警告を元に中止を求めたわ。だけど宇宙移民と称し、私たちを月へと追いやった地球人アースノイドのお偉いさんたちには理解されなかったわね」

 皮肉が込められた返答に、蒼いまなこを細める。


 そんな月と地球の確執がぶつかりあうさなか、


「打開策は……あるんですか?」

 澪の姿を思い浮かべたクルスは、意を決したかのように問い、

「クルスくん、実にいい質問です!」

 待ちわびた言葉に、香奈枝は切り札の一言を口にする。

「という訳で、めでたくマギアに選ばれたふたりには新型機――というか、月の裏側で発見された“エイリアン・マシーン”のテストパイロットをやってもらいます!」

「え?」

「なんだって……?」

 不意を衝かれたのは、キャシーも同じだった。

「すでにヒルデリカには協力してもらっているわ。人類の存亡を賭けた決戦兵器……少しは興味が湧いたかしら?」

 得意げに片目をつむった香奈枝の言に二人が言葉を失う中、

「……」

 助手席に座るヒルデリカは、ルームミラーに映るクルスを静かに見つめていた。

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