第2話 プリケツチート

……約百年前。とある山奥の民家に一人の男が住んでいた。

木こりだった男は筋トレが趣味でいつも身体を鍛えていた。おかげで強靭な肉体を手に入れたが、肛門括約筋が強すぎるあまり常に痔に悩まされていた。

男は己のカチカチの尻に触れながら考えた。もっと柔らかい尻だったらこんな苦労もなかったのに――と。


そしてある時、男は怪我を負った一羽の鳥を助けた。甲斐甲斐しい世話の末に元気を取り戻した鳥は、実は天から来た神なのだとその正体を明かした。

神はお礼に一つ願いを叶えてやると言った。


そして男は己の切なる願いを伝えた――……


「……こうして俺の先祖は触れるだけで人を昇天させる柔らかな手触りのケツを手に入れたんだ。これは代々俺の家系の男にだけ伝わる能力だ」

「いらんなその能力」

「俺はこれをプリケツチートと呼んでいる」

「プリケツチート……」


魔王はドン引きした。


(クソみたいな話を真剣に聞いてしまった……)


「ちなみに俺の尻の柔らかさにインスピレーションを受けて生まれたのがヨ〇ボーだ」

「何!?」


魔王は某柔らかいクッションを思い浮かべた。


「ヨギ〇ーって……そうだったのか!? 俺、毎晩人間界から密輸したヨギボ〇抱いて寝てるぞ! つまり俺様は貴様のケツを抱いて寝てたってことか?!」

「そういうことになるな」


勇者はキリッとした顔で頷く。

そのキメ顔には腹が立ったが、魔王は〇ギボー信者なのだ。俄然勇者のケツに興味が湧いてきた。


「そこまで言うなら、ケツをちょっと触らしてもらっても……ううん。さすがにヤバい奴すぎるか? いやでも……。どうしよう……」


いつの間にか勇者パーティの女子メンバー達は適当な椅子に座って魔王と勇者のやり取りを眺めている。心なしかその視線が冷たい。

そこでようやく魔王は平静を取り戻した。


「いや、やっぱやめる。所詮は男のケツだし。俺様にそんな趣味ないし」

「強がっちゃって。正直になりなよ、魔王」


気付けば勇者が玉座の隣に立っている。勇者は馴れ馴れしく肩を組むと、いい声で囁く。


「本当は興味出てきてるんだろ? 俺のケツに……」

「べっ、別に」

「正直になりなよ。触りたいんだろぉ? このプリケツに……」

「そ、そんなワケ……」


勇者は玉座の手摺りに腰掛けた。丸みを帯びた美しい尻がすぐそばに現れ、魔王は少なからず動揺した。


(確かにフォルムは綺麗だな。それだけは認めざるを得ない……)


正直に言うと、魔王は胸より尻派だった。この尻が女の子のものだったならばすこぶる興奮したことだろう。

だがこれは野郎のケツだ。そこを忘れてはいけない。


(男のケツに屈するなどあってはならないことだ。魔王としての矜恃を忘れるな! だが、ちょっと触るくらい……。いや、しかし……!)


いつまでも揺らいでいると、近くにいた強面の側近が声をかけてきた。


「魔王様。ここは一旦勇者の言う通りにするのも手かと」

「な、なぜだ」

「物は試しって言うでしょう。勇者を今ここで殺してしまえば魔王軍にとっても大きな損失だと思うんです。プリケツチートを魔王軍で独占することこそ人間どもへの復讐になるのでは?」

「一理あるな」


魔王は一瞬納得しかけたが、すぐに鋭い視線を向けた。


「……待て。なぜお前は勇者の肩を持つんだ。前まで『人間は皆殺しだ!』が口癖だったくせに」

「それは若気の至りというかぁ……」

「……怪しいな。さてはお前もケツのサブスクユーザーか!?」

「あっ、バレました? ちなみにさっき言ってたレビュー書いたの僕です」

「貴様ァ!!」


魔王は玉座から降りて側近の胸ぐらを掴んだ。側近はヘラヘラと笑っている。


「あの尻に触れたら殺すとか物騒なこと考えられなくなるんですよ〜。エヘへ〜」

「お前そんなキャラじゃなかっただろ!? 己を見失うな!!」


魔王と側近のアホみたいないやり取りに女性陣の視線はますます冷たくなっていく。


(ああ、そんな目で見ないでくれ……)


「――――さて、どうする?」


どこからか声が降ってきて、魔王は天を仰ぐ。

いつの間にか勇者が我が物顔で玉座に座っていた。

勇者はフ……と意味ありげな笑みを浮かべる。


「世界を滅亡させ、至尊の宝であるこのケツに触れる機会を永遠に失うか――或いは」


勇者は己のヒップラインを指先でなぞる。やけに緩慢で艶かしい動作だ。


「世界を滅ぼさず、このケツと共生するか。二つに一つだ」

「ぐぬぬ……」


勇者に挑発的な視線を向けられ、魔王は唸る。

側近は魔王の腕に縋った。


「世界の滅亡とかやめときましょうよ! 魔王もあの尻と向き合えばそんな邪念はたちまち消えていきますから!」

「何を言って……」

「俺も側近様と同意見です!」

「僕も!」

「俺もです!!」


いつの間にかわらわらと魔王の部下達が集まって魔王を取り囲んでいた。

部下達は口々に告げる。


「我々にはケツと共生していく道もあると思うんです!」

「世界の滅亡とかぶっちゃけもうどうでもいいです」

「一回だけ触ってみてください! トぶぞ!」

「なんだこいつら。まさか全員プリケツサブスクユーザーか!?」


魔王は部下達にもみくちゃにされ、身動きが取れなくなってしまう。

そのとき、玉座から笑い声が降ってきた。


「フッハハハハハハ!! 見たか、魔王よ!」


勇者は邪悪な笑い声を上げると、高みから愉悦の表情でその光景を見下ろした。


「魔王といえど支持者がいてこそ王として君臨できるんだ。既に魔王軍の七割は我が尻の虜。俺がこの城を支配するのも時間の問題だな」

「これが……プリケツチート……!」

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