第4話

 ベッドに飛び込もうとしたその瞬間しゅんかん、女将さんがドアをノックした。


「失礼するわよ……あら、もしかして邪魔しちゃったかしら?」


 驚きで当然フリーズする俺、理性も光速で自分のもとへと帰ってくる。飛び込む寸前だったので、今の俺の姿勢ははるかに人智じんちを超えている。マイケルジャクソンもびっくり、である。


「やあ、女将さん。いえいえ、大丈夫っすよ。ええ、ベストタイミングといっても過言じゃないっすよ」


 手をひらひらと振りながら、姿勢を戻していく。


「あら、そう? あなたたち、まだ夜ご飯食べてないんじゃないの? 食べなさいねえ。簡単なものしかないけど、食べないよりはましだと思うわよ」

「女将さん、ありがとうございます。おいしく食べます」


 女将さんは意味深いみしんなウインクを残して部屋を去り、ベッドを挟んで反対側にいたルルもテーブルに寄ってくる。


 それどころではなくよく見ていなかったが、部屋は硬くて黄ばんだベッドを中心にテーブルと椅子が二つあるだけの質素な部屋だったが十分に広く、しかしそれは同部屋の異性の香りで満ちるほどの大きさであった。


 つまり何が言いたいかというと今、俺はルルのいい香りに鼻腔びくうをくすぐられているということである。理性は再び宙に浮きだしているということである。


「アキカゼくん? 食べましょう!」


 意識を現実へと引き戻す鈴を転がすような天使ルルの声。


「へいへい」

「そういえばアキカゼくんがどこから来たのか聞き忘れてました。どうぞ話してください」


 自分が死んだこと、おそらく別の世界に来てしまったということを時折質問に答えながら丁寧に説明する。


「なるほど大変でした……ね、お話がお話なので何と言えばいいかわからないんですけど」

「大丈夫大丈夫。自分でもよくわからないから。それより覆面ズのこと教えて?」


 話を要約すると、彼らは『強者の集い』で、カミメア真理教しんりきょうという宗教団体の中の一つの組織らしい。カミメア真理教はカミメア教から派生したもので、カミメア教の教えとしては、その力故に竜は神であり王であるので、修行によって体を鍛え竜に近づかんとするものだが、真理教はもっと過激な要素が加わり、力至上主義のような感じになっているそうだ。だが真理教自体には目立った動きはなく強者の集いのような組織が問題を起こしているということらしい。


「なるほどなるほど、大体理解した……そういえば何か魔法を使って、覆面ズを 蹴散らしてくれたの?」

「ああ、それはこれ……魔札を使用したんです。ここに【爆発】、【破裂】、【衝撃しょうげき】とか書かれてるでしょ? このカードに書かれている文字の通りの魔法がカードを媒介して発動するという代物なんです。代々我が家は魔札使いなんです。あとは『特性』を使いました。これは竜神様が授けてくれる能力です。私は『飛翔』、空を飛べます。…………あっちの世界にはこういうのはありましたか?」

「残念ながらなかったんだ。だから魔法は使えないし、特性もあるかわからない」

「あー、それなら私が魔法についてと特性を見るので、その…………上半身脱いでください」


 顔を赤くしている。


「大丈夫? 顔赤いけど」

「大丈夫です! 見慣れてますから!!」


 男の上裸を? 焦って変なこと言っちゃってない? この子。からかうように見た後、服を脱いだ俺の背中にルルが手をぴったりとつける。


「では見ます……言い忘れてましたけど痛いですよ」

「え!? ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 ルルの手の感触を楽しむ間もなく、電気が流れているかのような感覚が背中に流れる。


********


「…………終わりました!」

「いきなりなんてひどい。それになんでちょっと嬉しそうなのよ。すごく痛かったのに…………」


 心の準備があるんだよ……


「結果ですが、魔法というか精霊術師の素質があります。なんかこっち見てから精霊とか見ました?」

「あー今肩に乗ってるのがメジロっていう精霊だと思う」


 静かで重さもないのですっかり忘れていた。ルルが俺の肩を凝視する。


「私にはそのようなモノ見えないのでそうだと思います。そして特性は『精霊の器』でした。精霊が体内にある仮想空間? を棲み処とすることができる、というだそうです。すごいですよ! これなら精霊石がなくても精霊と契約できます!」

「…………それってすごいの?」

「すごいです。精霊術師の唯一の敵はお金というくらい精霊石は高いんです。ちなみにアキカゼくんは契約型でした。これは契約しないと精霊の力が使えない代わりに契約すれば強力な技が使えるというグループです」

「あれ? そしたらこのメジロは? 体内に入れてやった覚えも、契約した覚えもないんだが」

「たしかに、そうですね。すごいのかすごくないのかのどちらかなんでしょうけど」

「まあほしいって言ったら、入れてやればいいか」

「そうですね」


 ぐぅぅぅ。


 突如として響き渡る、おなかの音。


「ルル……だよね?」

「……はい」

「食べる?」

「食べましょう」


 一拍開けて……


「「いただきます!」」


 メニューはやけに凶暴きょうぼうな顔立ちの魚の塩焼きと、土香る雑(多なる)草(たち)を油でギトギトにしたものと、木の実をすりつぶしたものに妙に甘ったるいにおいの粉を振りかけたドングリクッキーのようなもの、最後にやけに毒々しい飲料。こう言葉にするとまずそうだが


「うまああああああああああああああああああああああああい。疲れた体にみりゅうう。女将さん、天才」

「アキカゼくんの言う通り、すごくおいしいです! これはもはや天災レベルですね」


 とてもおいしかった。特に魚の塩焼きがおいしかった。そしてその手はドングリクッキーと、謎水に伸びていく。


**********


「暇れすねえ」

「じゃあさ、ゲームしよーじぇ」

「ええれすよー。でも何すんれすかー?」


 あの謎水にアルコールが入っていたのか、2人とも呂律が回らなくなり、まともに頭も働いていないような状態になっていた。


「ん--、指スマにしよう! よいちょー」


 それから酔っ払いが酔っ払いに頑張ってルールを教え、ようやくまともにできるようになったのは、朝日が見えてからだった。


 そして、そこから負けたら秘密を話していくという罰ゲームも加えてやり、それがまた盛り上がったので、眠りについたのはもう鶏が啼くころだった。

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