6
穴から覗いていた異形は、今までに会った二体とは違う、三体目の異形だった。
異形が穴から離れたかと思うと、無数の触手が入ってきた。どうやらここに来るまでに遭遇したあの異形もいるようだ。
「ロイ、この子を抱えてついて来い!」
ジンはロイにアンディを任せ、コリンとレックスを両腕でそれぞれ担いだ。
部屋の奥に走り、子どもたちの背丈と同じくらいの高さのある階段を跳びながら駆け上がっていく。念の為確認するとロイもしっかりついて来ている。
踊り場を回り、さらに上ると一階の部屋に出たがジンは足を止めた。
全ての入り口と窓を塞ぐように異形がいたのだ。
コリンとレックスが声も出ないまま、力一杯服にしがみついてくる。
「ジン、どうしよう」
後ろからロイの怯えた声が聞こえる。
「言ったろ? オレがやる。ロイは子どもたちを頼む。合図したら建物を出て町を出ろ。後で合流する」
「分かった」
ジンはコリンとレックスを下ろすと前に出た。
窓や入り口から異形たちがじっとこっちを見ている。その目はただ見ているだけで、感情など読み取れるものは無かった。建物の中に入って来る様子もない。観察でもしているかのようで、檻の中の動物にでもなったような気分だ。
ジンは異形の出方を窺っていた。
異形は必ず異能を持っている。どんな異能か分からない以上、下手に行動することは良くない。
じっと異形を見つめていると、目の前が眩しく光った。これはと思った時には、ジンは外にいた。
町の中にはいて、周りはさっきと同じような風景だが、明らかに違う場所だ。
目の前には三体の異形がいた。
一体は、一度見た触手のやつ。
もう一体は、くすんだ黄色の体に手がたくさん生えた人形みたいな姿をしていて、さらにもう一体は、銀色の筋骨隆々な人間の体に窪んだ大きな円盤型の頭がついていた。
異形たちは黙ってこちらを見ている。
どうやら飛ばされたのはジンだけのようだ。ロイと子どもたちはさっきの場所にいるのだろうか。異形が何を考えこんなことをしたのか分からないが、早く戻らなければ。
ジリ、と靴と砂が擦れる音がしたその瞬間、触手の異形が体の両側に生える触手を伸ばしてきた。無数に枝分かれしたそれが取り囲むようにジンに迫る。
横に跳んで触手を避けようとしたが、何本か体に絡みついた。しかしジンは焦らない。触手を何本か掴んだ。タコやイカのようなぬめぬめとした感触を想像したが、実際は人間の皮膚と変わらない。
ジンはそのまま走り出した。速度が出てくると跳んで建物の壁や屋根の上に乗り、大きく円を描きながら走った。
途中まで触手だけが伸びていたが、やがて限界がきたのか伸びるのが止まって異形の体が浮き上がった。
「うらあっ!」
ジンは走りながら触手の異形をぶん投げた。
異形は近くの建物にぶつかった。
土煙を巻き上げながら建物が崩れて異形が瓦礫の下敷きになり、体に絡みついていた触手も離れて本体の元へ戻っていく。ただ異形はあれくらいでは死なない。またすぐに起き上がって出てくるだろう。
ジンは突っ立ったままの二体の異形に近づいた。
異形たちは仲間が瓦礫の下敷きになってもこれといった反応を示していない。内心は分からないが。
「アンタらが人間の言葉を解しているか知らないが、オレは別にアンタらと戦いたいわけじゃない。このまま見逃してくれればさっきの子たちと一緒に大人しく町を出る」
異形はジンの言葉に耳を傾けていたように見えたが、ジンの言葉が終わると円盤頭の異形がその頭をこちらに向けた。
そこから間髪入れずに放たれたのは、重低音。それも音楽ライブで聞くものの比じゃない強さだ。
ジンは耳を塞いだが、振動が体を震わせ、内臓が損傷したのか血を吐いた。赤い液体が地面を塗らす。
重低音から逃れようとしたが、足に何かが絡みついた。あの触手だ。見ると瓦礫の隙間から触手が伸びていた。
ぐいと引っ張られ、ジンは空高く飛ばされた。
町が遠く下に見え、太陽の沈みかけた空が迫る。
下にいる異形を
ジンは体を後ろに反らせてくるりと回ったが、異形の手から放たれた雷が右足に当たった。
「ぐっ……」
何とか左足で着地したものの、右足のブーツは焼け焦げ、火傷をしたような痛みがあった。
円盤頭の異形の攻撃で頭と耳が痛いし、口の中は血の味で満たされている。
血の混じった唾をブッと吐いた。
ジンの体だからこそ生きているようなもので、普通の人間ならとっくに死んでいる。
ジンはふうと息を吐いた。
だがこれで相手の異能は把握できた。触手と重低音と雷。複雑な異能ではない。後は、やるだけだ。
再び円盤頭の異形が再び頭をこちらに向ける。先程と同じことをするつもりなのだろうが、同じ手には引っかからない。
あの重低音は見たところ円盤の前側からしか出ない。避けるのは簡単だ。
走り出し、円盤の正面から逸れると先程までいた場所を重低音の攻撃が襲って、建物がガラガラと崩れ落ちた。
逃げたジンを捕まえようと触手の異形が触手を伸ばす。それらを避けながら異形たちから距離を取った。触手が伸びる距離には限度があるし、円盤の重低音の攻撃も音だから距離が開けば威力は弱くなるはずだ。
残すは雷の異形。
ジンは円盤と触手の異形の攻撃を避けながら、円盤の異形が崩した建物へ戻り手頃な瓦礫をいくつか拾った。
そしてその瓦礫を雷の異形に投げつけた。怪力の異能を使っているのでかなりの速度が出ている。これが当たるだけでもダメージが与えられるかもしれないが、当たらなくても問題はない。
異形が雷を打って瓦礫を壊す。その隙に近づいた。
跳んで異形の目の前に迫る。
異形の作り物のような目の中にこちらの姿が映る。
異能を使い、渾身の力を込めた拳を異形の顔に叩き込んだ。異形は建物をいくつも巻き込んで壊しながら遠くまで吹き飛んでいく。
「いった」
右手にも軽く雷が当たったようで、赤くなっていた。
手を軽く振ると、大きな丸い影がジンに覆いかぶさった。見なくても分かる。円盤頭の異形だ。
攻撃が放たれる瞬間、ジンは大きく跳んで異形の真上に来た。そしてそのまま空中で前に回りながら異形の頭に踵を落とした。円盤の天辺が凹み、異形はうつ伏せに倒れると動かなくなった。
後は触手の異形だけ。振り返ると触手の異形がいたのだが、異形は伸ばしていた触手をしゅるしゅると引っ込めるとその場に棒立ちになった。攻撃を仕掛けてくるような気配は無い。仲間がやられて戦意消失したのだろうか。
それならそれで構わない。
ジンは異形が攻撃してこないか見ながら少しずつ距離を空け、触手が伸びる範囲外に来たところでロイたちの元へ駆け出した。
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