「ふんふんふふふーん」

 ジンは店内に流れている音楽に合わせて鼻歌を歌いながらハンガーに掛けられた服を見ていた。


 ジンがいるのはダスト・エリアの北西にある行きつけの服屋「ブリリアントカラーズ」

 この店にある服やアクセサリー、靴はもれなく派手な色遣いやデザインをしていて、人によって好みが分かれるが、元々そういう服が好きなジンにはぴったりの店だった。

 今日来店したのはロイの服を買うためだ。ロイが来たばかりの頃は自分の服を着せていたのだが、一緒に暮らすことになったので流石にお下がりばかりもどうかと思い、少しずつ買い足している。

 ロイは特に服に対するこだわりは無さそうだったのでジンの趣味全開にさせてもらった。ただあまり派手すぎると目立つので抑えてはいる。多分。

「これいいな」

 手に取ったのは真っ青な色のパーカーだが、袖や裾に向かって白いグラデーションがかかっている。晴れた日の空のようでロイに似合うのではないだろうか。

「ジンちゃんにしては地味だねー」

 そう話しかけてきたのはこの店の店長。アフロヘアの彼は、南国に生息している派手な色の鳥を思わせる格好をしている。

「オレだってこういう格好をしたい時もあるんだよ」

 それからパーカーに合わせてパンツも買った。ロイの体格は自分とほぼ同じなのでサイズに悩まなくて済む。

「まいどありー」

「どうも」

 袋を持って店を出る。


 通りを歩きながらジンは周りに目をやった。

 新しい家に引っ越してからに二週間が経った。あれから研究所の武装集団がジンやロイを捜しているという話は聞かないが、いつ見つかって襲われるか分からない。なのでロイは基本的に家にいて、ジンが全ての買い出しを行っている。

 後は数日分の食材を買い込むだけだなと思っていると、

「ジン!」

 エイダの声だ。

 振り返ると、やはり彼女がいた。今日は仕事が休みなのかいつもよりラフな格好で、彼女の隣には長い金髪の三十代くらいの女性がいた。ということは仕事の依頼か。

「どうした?」

「お仕事よ。こちらは依頼者のカーラ・ファーノンさん。息子さんが昨日から行方不明で捜して欲しいそうよ」

 やはりそうだった。

 エイダの言葉にカーラは深刻な表情で頷いた。

「分かった。カーラさん、詳しい話はオレの家で聞かせてもらってもいいですか?」

「ええ、構いません」

「じゃあ、あとはオレが」

「はーい」

 エイダはヒラヒラと手を振るとくるりと背を向けてどこかへ歩いて行った。


「こっちです」

 ジンはカーラと家に行くまでの間に自己紹介と軽く話をした。

「ご自宅はどちらですか?」

 カーラはダスト・エリアにほど近い住所を答えた。

「息子さんのお名前と見た目を聞いても?」

「アンディです。十一歳で、髪は金色、目は青色で、背はこれくらいです」

 と、カーラは手で高さを示した。

「昨日、友達と遊ぶと出かけたまま今日になっても帰ってこないんです」

「その友達は?」

「友達も行方不明なんです」

「友達の名前と見た目は分かりますか?」

 カーラは頷いた。

「コリンとレックスです。どちらも黒髪ですが、コリンは短くて、レックスは肩くらい。どちらもアンディと同い年の男の子です」

「二人のご家族も行方不明なのはご存じで?」

「えぇ。それで今日もアンディたちが行きそうなところを捜していると、さっきの……エイダさんでしたっけ。が、声を掛けてくれて、事情を話すと人捜しが得意な人がいると言ってジンさんを紹介してくれたんです」

 ついこの間までは得意と胸を張って言えなかったが、今は違う。まさにそういうのが得意な人が入った。それに初仕事にはぴったりだろう。

「成程。任せてください。必ず息子さんたちを捜してみせます」

 ジンは自信を持って言ったが、カーラは疑いはしないまでも不安そうな表情だった。


 家に着き、中に入る。

 二階へ上がってリビングのドアを開けると、ロイがソファに座ってテレビを見ていた。

 点いているのは彼が最近気に入っているドラマだ。組織のエージェントである主人公が華麗なアクションを魅せながら任務を遂行するというもので、主人公の依頼を受けて仕事をするというのに自分自身が置かれている環境を重ねているらしい。

「おかえり。その人は?」

「依頼人だ。テレビを消してテーブルの上を片付けて」

「分かった」

 続きが気になるようで、ちょっと残念そうにしながらもテレビを消した。テーブルの上に置いているコップやお菓子が入った器を片付ける。ちなみにドラマは録画しているので後で何度でも見返すことができる。

「良かったらこちらに。何か飲まれますか」

「いえ、大丈夫です」

 カーラはゆっくりとソファに座り、ジンも隣のイスに座った。

「ロイもそこに座って聞いていて」

「うん」

 ロイはキッチンカウンターにあるスツールに座った。

「それで話をまとめますと、アンディ君は昨日、コリン君とレックス君と遊ぶと言って出かけたまま帰ってこなくなったということで間違いないですか」

 「はい」とカーラは頷いた。

「アンディ君たちが行きそうな場所は?」

「家の横にある広場によく遊びに行くので、私も行って広場にいた若い子たちに聞いたら、昨日の昼にはいたそうなのですがそれ以外はこれと言って……」

 カーラは力なく首を横に振った。

「ちなみに、出かける時どこかに行くとか言っていませんでした? もしくはいつもと様子が違っていたとか」

 カーラは黙って考えた後、何かを思い出したような顔をした。

「そう言えば、いつもは手ぶらで行くのに昨日はリュックを背負っていました。リュックはパンパンで、『そんな荷物でどこ行くの』と聞いたら、『秘密』と言っていました」

 ジンはうんうんと頷いた。

 まず考えられるのは、ギャングによる誘拐、何かを目撃してしまって口封じに連れていかれた、あたりだろうか。荷物を持っていたというから、遠くに行ってそこで事件に巻き込まれた可能性もある。

「分かりました。お話ありがとうございます。ご自宅まで送りましょう」

「すみません」

「ロイ、一緒に行くよ」

「ぼくも?」

「そうだ」

 ロイは、どうしてぼくも? と言いたそうに首を傾げたが、

「ほら、帽子持ってきて」

「分かった」

 一度自分の部屋に行き、ジンが買った白色のキャップを被って一緒にカーラを家まで送った。

「進展があればここに来ますので待っていてください。あぁそれと、アンディ君が普段着ている服を一着貸してもらえますか?」

「良いですが……何に使うんですか?」

「もちろん、アンディ君を捜すのに」

 カーラはさっきのロイみたいに首を傾げながらも、赤色にコミックのキャラクターがプリントされたTシャツを貸してくれた。

「ありがとうございます」

 ジンとロイは家を後にした。

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