70 臨場・聖府軍中将フレア①
「そして、こちらがアイリス少将。真面目で優秀な副官だ。ちょっとキツい時もあるが」
「お言葉ですが、それはフレア中将がゆるいからです。私はいたって普通ですので、みなさんどうぞよろしくお願いいたします」
アイリスの敬礼は淀みなく、指の先まで美しかった。シニヨンにまとめた黒髪は艶やかで、彼女の気品をいっそう引き立てる。
歳はセシルよりやや上か。誠実そうな
「なんだか癖の強そうな三人なのだ」
「それアッシュさんが言います?」
「どういう意味なのだ、ノア」
えへへ、と誤魔化す隊長をにらんでいると、フレアが進み出てきた。
中将と聞くと、計算高い笑みは上品に、余裕の歩みは優雅に映るから不思議だ。瑞々しい金髪と、ほのかに香るガーデニアの香水のせいもあるかもしれない。
どことなく、住む世界が違うような異彩を放つ男だ。
「私たちはヴァーチャー基地より救難信号を受け、緊急出動してきた。改めて、君たちが信号の発信者で間違いないね?」
「は、はい。そうであります! 誘拐された子どもたちの保護と、犯人ふたりの護送をお願いしたく……!」
フレアの質問に、ノアは緊張した面持ちで答える。
後ろにひかえる部下と、フレアは視線だけでやり取りした。セシルは無言でうなずく。アイリスなんてなにも言われていないのに、「応援は要請済みです」と返した。
意味わからないが、かっこいい。今度やってみたい。
フレアはうなずいて、向き直る。
「犯人は部下が確認済みのようだね。平民街及び貧民街の児童集団
軽く会釈して、フレアは
「増援は呼んであるが……早くても二十分はかかるだろう。すまないが、もう少し耐えて欲しい。子どもたちの様子はどうだ? 怪我人は?」
少し離れたところで、子どもたちは寝袋にくるまっていた。みんないい子に、すこやかな寝息を立てている。
アッシュは起こさないように声をひそめた。
「子どもたちは落ち着いてるのだ。ここで見つけた非常食もよく食べた。怪我人は犯人ひとり。ジャラードのガトリング砲にやられて、重傷なのだ。一応手当てはしたけど」
「その件でしたら、私が支援魔法をかけましたので、大事には至らないと思います」
会話に加わってきたのはアイリスだ。彼女の手にはまるで、弦楽器のような弓が握られている。ノアが「ハルモニアだ」とささやいた。
「〈アニマート・テンポ〉は治癒魔法ではなく、あくまで対象の活力を増強させるものですが。自己回復力も高まります。死んで楽になることはありません」
「アイリス少将、そういうところッスよ」
セシルがぼそりと言う。アイリスは怪訝な顔で首をかしげた。やはりこの三人癖が強い、とアッシュは確信する。
すると突然、フレアが笑い出した。子どもたちに配慮してすぐ口を押さえたが、肩をひくつかせて、笑みを噛み殺しきれていない。
「中将?」
「いや、すまん。アイリス少将じゃなくて、ふふっ。あの凶悪なジャラードを屋上のオブジェにして、基地を乗っ取ったのかと思うと、あまりにも信じがたくてね。セシルも見てただろう? 本部の混乱っぷりを!」
「あー。みんなコントかって言うほど、コーヒー噴き出してましたね。『死んだ基地から信号なんて! 亡霊か!? ガーディアンの罠か!?』って」
「あ。もしかしてそれで、わざわざ中将殿が来てくれたんですか?」
おずおずとノアが尋ねると、フレアは目尻の涙を拭いてうなずいた。
「そうだ。君たちには悪いが、ちょっと得体の知れない信号だったんでね。ガーディアンを刺激するわけにもいかず、少数精鋭で来たんだ。ここのガーディアンたちを吹き飛ばしたのは、魔法だろ。君がやったのか?」
フレアはアッシュ――の肩でぐりぐり額をすりつけているハイジを見る。興味がないのか眠いのか、ハイジは顔も起こさない。
「さっきフリューゲルと言っていたからな。魔導士なんだろ。
フレアの声になにか含みを感じたとたん、ハイジがぴくりと止まる。アッシュを羽交い締めにする腕が、ぎゅうと締まった。
「ゲン"カなら"、買う"」
「意地悪く聞こえたか? すまない。
ただ、とフレアは今思い出したという顔でつづけた。
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