03 金融会社シンセロ

「おほん。申し遅れました。わたくしの名前はキックス。蜴人族リザードの彼はパンチーノと申します。金融会社〈シンセロ〉の者です」

「私はアッシュ。猿人族ヒューマン猫人族マオのハーフなのだ。よろしく」

「よろしくお願いいたします。猫人族マオのおハーフですか。その猫耳カバーつきフード、よくお似合いでございますよ」

「えへへ。なんだ、キックスさん良い人なのだ。じゃあ私の天泣てんきゅう返して」

「ダメです」

「なんでなのだ!?」


 思わず身を乗り出すと、隣のパンチーノに肩を押されて戻される。彼は寡黙なのか、自己紹介も同僚に任せていたが、赤いウロコと緑の目からの威圧がすさまじい。

 対してキックスは猿人族ヒューマンらしい黒髪黒目で、色白な体はほっそりしていた。

 ぴっちり七三分けに整えた前髪をなで、キックスはアッシュの刀・天泣を抱え直す。


「先ほどお差押さえさせて頂きましたので、こちらのお処分については我々がお権利を有しています。他のお家財についても同様です」

「それってつまり……ドロボーなのだ!」

「違います」


 バッサリ切り捨てながら、キックスは懐から封筒を取り出す。


「ジル様が貧民街の孤児院〈ブルーオーシャン〉の共同お経営者であることはご存知ですよね。実はこの孤児院、数年前からお経営お不振でして。お借り入れをくり返されていましたが、返済のお滞納がつづき、数度に渡る督促とくそくを経て本日お差押さえとなっております。なお、アッシュ様におかれましては、ジル様の連帯保証人としてお登録されております。このように」


 キックスが封筒から出した書類を広げて見る。そこにはパパの名前とともにアッシュの名前が書かれ、拇印ぼいんが捺されていた。

 そういえばいつだったか。ジルに一筆書いてくれたらあんみつ買ってやる、と言われ、なにかの書類にサインしたことがある。


「へえー。もう一回説明してくれる?」


 そう言ったとたん、両隣の男たちはそろってガクンと項垂れた。

 アッシュは前髪を直しつつ、唇を尖らせる。


「だって難しい単語ばっかりでわからないのだ」

「つ、つまりですね。アッシュ様にはジル様がお完済できなかった場合、ジル様に代わって返済するお義務が発生するのです」


 引きつった笑みで、キックスが説明を試みる。


「んー。そのオカンサイってやつを、パパがすれば私は関係ないのだ?」

「ええ。ですがそのジル様と今朝からお連絡がつかないのです!」

「なぬ!? 私が家出るまでパパいたのだ! どこ行ったのだ!?」

「俺らが知りたいくらいだ」


 パンチーノがぼそりとこぼす。

 いやいや、知りたいのはアッシュのほうだ。出かける予定も、引っ越し業者風ドロボーが来ることも、聞かされていない。

 腕時計型端末エレコムを操作して、キックスが電卓を呼び出す。目にも留まらぬ速さでアッシュには難解な計算をしながら、口を開いた。


「ジル様の口座はお差押さえ済みです。そして先ほどお差押さえた、お家財の価値を差し引きまして……。多めに見積りましても、お借金は一億コインほど残るかと」

「一億コ、ぐがっ!?」


 思わず立ち上がった拍子に耳を天井にぶつけ、アッシュは頭を押さえて沈む。指で触れて、猫耳フードとその中身の無事を確かめた。


「ぜ、絶対おかしいのだ。一億なんてキックスさんの計算間違いに決まってる! サギ! ぼったくり!」

「いえ。おぼったくられたのは、ジル様の共同お経営者でして。孤児院を立て直そうと事業にお手を出されてお失敗。それをお挽回なさるため、投資をはじめようとされたのですが、紹介者に運用金をお持ち逃げされてしまったのです」

「なんてツイてない人なのだ……。ちなみにその人は今」

「お心労がたたったせいか、先週お亡くなりに」


 故人をあまり責めたくないが、ちょっとあの世から顔出してもらって張り倒したい気分だ。

 怒りは行方をくらませたパパにも沸々と湧いてくる。


「私は関係ない! そのなんとかって孤児院も行ったことも見たこともないのだ! パパに払わせればいいんでしょ! パパ捜してくる!」


 キックスを押しのけてドアノブに手を伸ばす。だがパンチーノに容赦なく頭を押さえつけられ、出ることは叶わなかった。

 落ち着き払ったキックスを見て、アッシュは悟る。

 エアライドに乗った時点で逃げ道はなかった、と。

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