第1章 今日からクズ屋デビュー

02 マスターキー(物理)

 ガチャガチャ。


「あれ。開きませんね」


 廃墟の廊下。次の部屋を探索しようとしたところで、出会ったばかりの少年が首をかしげる。アッシュは自信満々に少年ノアと交代し、サビついた扉の前に立った。


「任せて。マスターキーを持ってるのだ」

「え。アッシュさん、いつの間にそんなの拾ってたんですか。でもよかった。それがあれば、このマンションの全室調べられ――」


 胸元までしなやかにひざを上げ、鋭い呼吸とともに蹴りを放つ。扉は中央が深く陥没し、周りの壁ごとひしゃげ、かしましい音を立てて道をゆずった。


「開いたのだ」

「いや物理!? 開いたっていうか壊しましたけど!?」

「開けばなんでもいいじゃん」

「建物の耐久力がやばいんですってば! 四十年前に打ち捨てられた都市ですよ。ちょっとの衝撃が大崩壊を引き起こしてもおかしくありません!」

「ノアは細かい。うちには借金が一億もあるのだ。ぐずぐずしてたら、一生働き詰めで終わっちゃうのだ!」


 まだ言い足りなさそうなノアを置いて、アッシュは部屋に入った。鍵がかかっていたからまともな室内を想像していたが、ここも他の部屋と変わりない。

 窓という窓はすべて割れ、床にガラスが散乱している。ずたずたに破れたカーテンが、侘しい風に揺れていた。

 カビと埃のにおい。黒く変色した壁。どうやって飛んできたのか、亀裂きれつや家具の隙間からは名も知らぬ草が生えている。


「ここは……リビングダイニングっぽいですね。あ! アッシュさん、食器棚があります。銀食器があれば価値高いですよ!」

「こっちは寝室なのだ。ノア、クローゼットがある! 漁られた形跡なし!」


 歓声を上げたノアとハイタッチを交わし、今日一番の笑顔を突き合わせる。


「五部屋目のクズ拾い、開始なのだ!」

「はい! ここは期待できますよ。なんといっても鍵つきの部屋ですから!」


 臭く汚く、腐敗に侵食されたゴミの山。しかしクズ屋のアッシュとノアにとって、ここは金塊眠る鉱山に等しい。

 四十年前に捨てられた地上の廃都市から、危険をかえりみず価値あるクズを拾う者。それがクズ屋だ。


「というか、アッシュさんさっき借金一億って言ってましたけど、なにがあったんですか」

「話せば長いのだ……」




 数時間前。


「やっとクズ屋の免許ライセンスが取れたのだー! これで下界ニースに行って稼ぎまくって、毎日遊んで暮らすのだ!」


 できたての免許証を掲げ、アッシュはホクホク顔で家路を歩いていた。夢の怠惰たいだ生活を思い描き、平民街の自宅沿いの通りに入る。

 すると大型の電気駆動車エアライドが目に入った。大人数でなにやらせっせと家具を運び出し、荷台に詰め込んでいる。


「引っ越しかあ。ご苦労さまなのだ」


 帰ったら一番にパパに免許証を見せてやろう。引っ越し業者たちのかけ声を聞きながら、アッシュの足は自然と速まる。


「ん? なんか近くないのだ? お隣さん?」


 近づいてみると、エアライドが停まっている位置は自宅のすぐそばだった。業者が抱えている家具も、どれもなんだか見覚えがある気がする。


「ん? ん? ん!?」


 その時、ひとりの業者が持ち出してきたものに目が留まる。細長く、青い布に包まれて、白いひもで口を結んだものだ。

 それがなにか理解したとたん、アッシュは絶叫した。


「私の刀あああっ!! なにすんのだあああ!!」


 猛然と駆け寄り、振り返った猿人族ヒューマン男性の胸ぐらをわし掴みにする。そのまま、成人男性の体を持ち上げ揺さぶった。


「それはパパがくれた私の刀なのだ! どこ持っていくのだ! というかなんで勝手にうちに入ってるのだ!? ドロボー!」

「おち、落ち着いてくださっ。ご説明しますから、まず、放して……」

「話すのはそっちのほうなのだ!」

「お客様」


 そこへ後ろから声をかけられた。すると襟足を掴まれて、足が地面から浮き上がる。

 見ると、身長二メートルはある蜴人族リザード男性が、屈強な体を無理やりスーツに収めて、アッシュを見下ろしていた。


「あちらでゆっくりお話させて頂きますので」


 路肩に停めた中型エアライドを目で示す。スーツの蜴人族リザードはアッシュを捕らえたまま、アッシュは猿人族ヒューマン男性をひねり上げたまま、車両まで連行された。

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