銀色の足取り
キップ
プロローグ
平和な日常。
小さな子供はヒーローに憧れ、遊び、学生は勉強に追われながら学校生活を謳歌する。
仕事をするものは上と下の圧に押され、老人は少ない年金で生活をする。
普通に属する者もそうでない者も。
誰も彼も日常に飽き飽きしていた。
どうやっても日常のループからは逃れることはできない。
この世界の定め。
変化といった変化は今いる土台から転げ落ちるくらいだ。
最近はどうも世界がおかしいらしい。
やれ温暖化だのLGBTだの、自分の周りに変化わないのに世界が慌てている。
ニュースでは別世界の話をしている。
毎日。
毎日。
毎日。
辛くても、楽しくても、どう足掻いても。
気づいたら周りには誰もいなくなっていた。
自分の上だけ明かりが灯って、周りのデスク達は闇に飲まれている。
目の前の仕事は綺麗に片付けられている。
帰り支度をしてスイッチを押す。
唯一の明かりが非常口のみになった。
見慣れた光景。
どうも好きになれない。
嫌いにも。
どうも。
スマートフォンを見ると二三時を指している。
博はネオンの光が煌々と光る夜の街にふらついた足取りで進んでいく。
「どうだい?奴の足は?」
清高は紙コップに注がれた珈琲を手渡してパソコンの液晶を覗き込む。
緑色の地形図に、赤い一つの点がある。渓谷に鎮座するように輝くその点は「未知」だ。
「何も変化ないっすねー」
その点は三日前に現れてから一度も行動を見せない。
調査隊が確認をしに向かったことがある。
鬱蒼と茂るブナの木に囲まれた森本を隊長とする調査隊の五人。昼間なのに薄暗い。一番後ろを歩く本田が思う。
二十式5.56mm小銃を構えながら安全に草を踏み分けていく。一歩進むごとに小鳥が飛び立ち、小動物が茂みを揺らす。
森の奥。突如現れた謎の熱源を目指して歩を進める。
スマートフォンを確認すると十メートル先に目的がいることが分かる。
森本は隊を停止させて、伏せるように指示をする。
「もう少しだ。横に広がれ」
熱源を囲うように広がる。
ジリジリと熱源との距離が縮まる。
「うわっ!」
三番目の隊員、椿が驚いて左横に向かって銃を発射した。
「止めろっ!」
椿と銃を離そうと森本が割って入る。
足元には薬莢が散乱し、銃口の先には赤黒い血を流した鹿が倒れている。
「何やってんだ!」
隊員の一人が殺生を行った。
それは人以外でも同じだ。
「いや、あの……隊長」
オドオドした様子で日の光の通っていない森を指差す。
「化物が、さっき」
隊員の誰かが吹き出した。
「何言ってんだよ」
橋川が鹿の死体の側へ近寄る。
「あーあ。やってくれたな」
赤黒い血が流れ出る傷に指を入れる。
グチャグチャと不快な音の後に銃弾を取り出した。鹿には六発当たっていた。
「何やってんだよ」
呆れ気味に言う。
「弾の無駄遣い。ただでさえ支給が少ないんだから」
「す、すみません」
死体を木のそばまで運び、黙祷を捧げた。
「あいつ、あんなのでやっていけるんですかね」
少し離れたところで愚痴をこぼす。
「先に進むぞ」
森本は早田の残弾数を確認しながら隊に言う。
再び隊列を組み直し森の奥へ進んで行く。
あと三メートルと言う距離にありながらその熱源の気配さえ感じない。
「銃弾用意!」
森本が命じる。
部隊が持つ銃は特別仕様になっており、常に携帯する場合はマガジンを抜く必要がある。しかし、引き金を引くと内部に貯蓄された九ミリ弾が発射される。威力は高いが隊員の防弾チョッキを貫通し、隊員を死に至らしめることはない。
マガジンを装着することで三十-〇六弾の発射が可能になる。このことで弾丸の使い分けを行っている。
マガジンを各々ベルトから取り出し、装着する。
強張った空気が辺りに漂いだす。
この草むらを超えると熱源の正体がわかる。
そう意気込んだ森本が草むらから出た。
何も無い。
確かに熱源は目の前にあるはずだ。
手元のスマートフォンと目の前を交互に確認する。
隊を止めた。
沈黙が流れる。
ドスっと言う鈍い音と共に何かが倒れる音が背後でする。
隊の全員がそちらを向く。
首から血を流した早田が首元を抑えて絶命していた。
「警戒態勢!」
自分達を囲う森の中に何かがいる。
狙撃手か?いや、こんな障害物しかないところでの狙撃なんて困難だ。
「うわぁ!」
橋川がやられた!
橋川がいたであろう方向を向く。いない。どこだ!
「!」
東条が発砲する。
目の前の森の中で『何か』が暴れる。
木々がなぎ倒される。
「なんて力だ」
黒い物体が飛んできた。
「よけろ!」
それは地面に激突し、グシャッという音を立ててあたりに液体をまき散らした。
「ひっ!」
椿がうろたえる。
橋川の上半身だった。
「怯むな!撃て!」
十分ほど銃撃音があたりに響き渡った。
しかし、虚しくもその音は止んだ。
最後の一発が発砲されると同時に『何か』の悲痛な咆哮が聞こえた。
銀色の足取り キップ @kipp
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