閉話 逆転劇
『固定』、それが涼介の天恵である。触れたものを『固定』する能力だと聞いていたが、さっき俺の方を守ったときのように、遠隔でも使用できていた。詳しくは分からないが、なにか特別な代物でも使っているのだろう。
そんなことはさておき、今の俺が置かれている状況は最悪だ。完璧にミスった。
作戦通り、涼介は『手』を抑えようと注意を引いてくれたが、奴らは鳴らすタイミングをずらし、回避をしづらくしてきた。シンプルな策ではあるが、さっきまでの同時攻撃に慣れていた涼介は反応が少し遅れ、守りを追加で行えなかった。
頭上から来ていた『手』に弾かれた涼介は、地面に大きく叩きつけられる。それに反応してしまい、一瞬だけ視線をそちら側に向けた俺は神楽鈴の音に遅れて気づいた。
そのときにはすでに遅かった。
地面から伸びた腕が俺の全身を捉え、俺をうつ伏せに倒すと掴んだまま地面に沈み込んでいく。『手』は地面に透過するように沈み込んでいくが、俺はそうすることができない。
少しずつ体が地面にめり込んでいく。逃げようにも何百という『手』が俺を掴み、逃げることを許さない。骨に、全身に、少しずつ負荷がかかっていく。
涼介も神楽鈴によって現れた『手』に捕まってしまっているのが見えた。
(痛い。だが、まだ、まだ、だ。俺は諦めない)
痛みが体を支配していく中、俺はまだ立ち上がろうとする。
(思い出せ。あのときの、感覚)
自身の身体に凄まじいほどの力と全能感を味あわせたあのときの状態、それがあればこの状況を打破するきっかけになる。
(きっかけは、意思)
誰かを救いたいという願い、この状況を打破しようと望んだ俺の願い。あのときの俺と同じように、俺は祈る。
(俺のために、力を貸してくれ)
その願いは誰かに届いた。
(今回はちょいとまずそうだから俺が矢面に立とう)
前回はこんなことにはならなかった。こんな、俺の内側に声が聞こえてくるなんて。俺の意識はそれを最後に沈んでいったが、俺の肉体は俺の意思なしで動き出した。そんな気がした。
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表に出てくるのは初めて、いや、二度目だが世界はここまで変わるのかと俺は感心する。俺が住んでいた時代には、ここまでの光景を想像することなどできない暮らしだった。
ああ、そんなに時間もなさそうだ。さっきから見ていたがあまり状況は良くない。
目覚めて間もない俺は、まだ以前のような霊力の操作はできず、押さえているこの腕すらまだ祓えそうにない。
ならば、
「
俺は知っている者の名前を呼ぶ。この肉体の持ち主を通して見たのではなく、俺のことを実際に知っている数少ないうちの一体だ。
「生きておられたのですね」
俺の首から下がっている御守りから出た光は、膝をつきかしこまった姿勢を取った形を作った。
(俺のことを死んでいたと思っているのか?俺が死ぬわけ無いだろう)
「かしこまらなくていい。それよりも、早くこいつらを祓え」
金色の毛に身を包んでいる妖狐、雅はどこからともなく取り出した扇をさっと開き、霊術を放つ。
「少々熱くなるかもしれませんが、お許しくださいませ。『狐火』」
開いた扇を紅の方に向けたかと思うと、扇の前から炎が現れる。それは紅へと進み、背中に当たり、全身へと炎が広がる。
だが俺はその炎は一切感じない。雅の得意技、『狐火』は雅が指定したものだけを燃やす霊術、俺に効くはずもない。体を押さえていた腕がすべて祓われ、俺は自由の身になる。
「やっと俺の意思で動けるか。そうだ雅、あいつを倒した後、いつものをくれ」
俺は雅に後で俺が望むものを出すように命令する。あいつを倒した後はやはりあれだろう。
「御心のままに」
雅は紅の意図を察し、会釈をしたあと光となり、御守りへと戻っていった。
ふとあることを思い出した俺は視線を向ける。その方向は|紅(こう)の仲間である涼介とやらのほうだ。まだ『手』に捕まっているかと思ったが、すでに涼介はそこから抜け出していた。
「お前、紅なのか?」
以前とは明らかに雰囲気が異なっている紅に、疑問を持った涼介は問いかける。
「涼介、お前はあれからどうやって抜けた。俺が知る限り、お前にそんな|術(すべ)はないはずだ」
俺も涼介に気になったことを聞いてみる。あいつの能力はわかっている限り『固定』のはずだ。思い返して
みれば、触れずに『固定』することを短期間で、いや、異常なほどの速さで成長を遂げている。
「ちょっとした裏技で色々と...」
言葉を濁した涼介だったが、その左手の小指には指輪をはめていた。
涼介がしたのはとある方法。名前に神を司る最強とも言える|神祝(かんほぎ)の内の一つ、それを使用して涼介は能力を『覚醒』させていた。
はめる指によって効果は変わるが、今使ったのは右手の小指で能力の拡張。その後一旦指輪を外し、左手の小指に付け替えて能力を反転させることで『分解』へと変化させていた。効果は一時的なものだったが、あの『手』から逃れるには十分であった。
「俺は紅ではない。だが、紅の味方だ」
俺は涼介に言葉を放つ。これに一切の嘘はない。
「どうやって信じろと?」
知らない誰かが味方だと言っていることに疑いの目を向ける涼介。
「信じる信じないではない。信じろ、でなければ...」
俺が言葉を止めたかと思うと、音が聞こえてきた。幾重にも重なった錫杖の音、それを聞いて涼介はすぐさま辺りを警戒したが、すでに遅い。
『手』は涼介の背後、あとわずかというところまで迫ってきていた。涼介は振り返り、それに気づいて『分解』で対処しようとするが、間に合わない速度。
「『
紅がつぶやいた。
一閃。迫っていた『手』は一瞬にして距離を詰めた紅によって斬り刻まれる。さっきまで何も持っていなかったはずの紅の右手には|剣(つるぎ)が握られており、それは涼介の間近まで迫っていた『手』だけでなく、他からも迫ってきていた四本の『手』全てを斬り祓う。
「お前は味方なのか?」
自分を助けてくれたことを理解はしているが、まだ信用できない涼介は紅の肉体を乗っ取っている誰かに聞いた。だが、返答は。
「二度も言わせるな。俺は紅の味方だ」
何も変わらず、自身は紅の味方だと返した誰か。
その言い合い?の最中、錫杖の『手』だけでは対処できないと思った『怪異』は、神楽鈴と錫杖のコンボで仕掛けようとしてくる。合計五つの神楽鈴をまばらに鳴らし、波状攻撃を仕掛る『きさらぎ駅』。
「涼介、時間を稼げ」
「あ?いや、分かった」
紅の発言について問いただそうかとも思った涼介だったが、今そんな事を言ってられる状況じゃないことは見て取れた。涼介は今できる方法で『手』を食い止めようとする。
「『|神祝(かんほぎ)』五番 九番」
涼介の言葉に従い、右手の小指、左手の薬指にも指輪がはまり、左手の小指のと合わせると合計三つ指輪をつけていることになる。指輪を手に入れてからまだ間もない涼介にとって、一個つけるのですら精一杯だったが、限界以上の何かがなければこの状況を打破することはできないと悟っているため、無茶をした。
「『分解』」
涼介は自身と紅を含む空間を外界と分断した。これにより一定時間その内部は外界から一切の干渉を受けなくなる絶対空間と化す。
「長くは持たねえぞ」
涼介は紅に言った。自身の妖力では空間に干渉するといった離れ業をするための妖力は持ち合わせていない。だからこその指輪なのだが、もって五秒といったところ。
すでにこの空間の外はあらゆる方向から『手』がいまかいまかと待ち構えている。妖力が切れ次第、この空間は外界に引き戻され、俺たちは『手』に襲われてしまう。
だが、紅を、紅の中にいる誰かを信用した涼介はそれを気にせず、後を託したのだった。
(この妖力、どこかで...今は考えている場合ではないな。礼は後で言おう)
涼介の妖力にどこか興味を持った紅だったが、今はこの『怪異』を祓うことを優先する。
「纏うは|剣(つるぎ)に宿りし神の力 『|神装(しんそう)』 |時量師神(ときはからしのかみ)」
神の力をその身に纏う『神装』、それを発動した紅は神に等しい力を持った。紅の|時量師神(ときはからしのかみ)は生まれ持った『加護』ではなく、神器である草薙剣(くさなぎのつるぎ)が持つ神の力を使うもの。時間の神、それを身に纏った紅には過去、未来に行くことを除く、ありとあらゆる時間への干渉が可能である。
『皇帝』、唯一の王。
『操針』、時間の針を操作。
『不刻』、時の刻みを否定。
『神装』を使用したことで使える、必殺の奥義『
「時の皇帝 『
その効果、自分以外の時の流れを止める時間停止である。紅の言葉に従い、この世界の時の流れが停止する。『神技』が発動する直前、『分解』されていた空間が元に戻り、『手』が襲いかかろうとしていたが、それらはすべて止まる。
紅、いや『
「あいつらはどこに行っちまったのか」
神威は独り言をつぶやきながら、一歩ずつ進んでいく。
彼は平安時代、最強の陰陽師と謳われていた存在だった。今よりも『怪異』が力を持ち、伝承、噂、脅威が人々に語り継がれることで力を増していったその全てを打ち祓ったとされる、現代まで名が残る最強の陰陽師が紅の肉体を借りてこの世に存在している。
今の神威にとってこの『怪異』はもう脅威でもなんでもない。すでに霊力は取り戻しており、今は自己分析や過去のことについてあれこれ考えている。神威の過去、その人生に終止符を打ったのは『カミ』との聖戦。
その記憶が蘇り、次の戦いの覚悟を口にする神威。
「『カミ』、今度こそ決着をつけよう」
その言葉と同時に、神威は
「流石に限界か」
表面上に浮いてこれた俺の魂も、この肉体の主人格である紅の魂が浮上し始めているため、もうそろそろまたこの肉体に沈むだろう。
(ああ、雅に頼んでいたあれをもらい忘れたな。まあいい、次はもらうとしよう)
俺の意識、そして魂はまた深く、深く沈んでいった。次に浮上するのはまた、紅の『願い』があったときだろう。
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