第3話 地獄の幕開け

「まもなく〜きさらぎ駅〜きさらぎ駅。お出口は左側です」


 そのアナウンスの後、電車はきさらぎに到着した。


「俺たちが降りて電車が出発したらさっき言った通りに動いてください」


 紅の言葉の後、電車から俺たちは降りた。そして列車は俺たちを駅に残してまた走っていった。


 電車がいなくなったため、計画通り俺たちは駅のホームから線路に飛び降りる。線路の先は月明かりでわずかに照らされており、目を凝らさないと石でつまずいてしまいそうな暗さだ。


「てってれーライトぉ!」


 俺はバッグからライトを取り出した。元々の予想とは違うタイミングで使うことにはなったが、買っておいて正解だった。スイッチをオンにすると、光が地面を照らす。


 その時、わずかにだが耳に太鼓の音色が入ってきた。よく耳を澄ますと後ろの方から、太鼓の音色、それに鈴のような金属音も聞こえてくる。


「菜華、結月はそっちのサポート。涼介は俺とコイツらの足止め」


 振り返りながらそういった紅、その眼には怪しい影が映っている。錫杖という仏教における僧侶が害を遠ざけるために鳴らしていた物の音が響いていた。


 紅と同じように振り返った俺と紗黄。ライトでそちらを照らすと杖を左手に持った男達が見えた。顔を確認しようとしたが、暗さで何も見えない?いや、ライトで照らされているはずの顔は黒で塗りつぶされていて全く分からない。


「……何だ、あれ?」


「……何、あれ?」


 理解できないものを見た俺、そして紗黄は言葉を洩らす。


「あれがさっき言っていた怪異という存在。そして俺たちはそれから人々を守るために戦う陰陽師だ」


「……」


 拓真と紗黄からの返答はない。紅が言った言葉は俺と紗黄の耳には届いていなかった。

 今までなんとか耐えていた眼の前で起こる数々の不可解な現象だったが、二人とも流石に限界であった。落ち着こうとするが、迫ってくる金属音が恐怖を駆り立て、体が震える。


「ウワァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”」


「キャア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”」


 俺も紗黄も軽くパニック症状を起こしてしまった。


「先輩方!?」


 そんな状況を心配して声をかけてくる菜華。そんな中結月はただ一人何が起きたのかを理解している、二人はパニックを起こしかけているのだと。さっきまでの怪奇現象は周りの状況が変化するだけであったが今回は違う、目に見えてしまうのだ。理解できない恐怖が脳を埋め尽くしていく。


「先輩方ぁ!!!!!へ!い!き!ですか〜!」


 結月はどうすればいいかを考え、思いついたアイデアを実践した。とりあえずバカでかい声で呼びかけて恐怖を吹っ飛ばそうというとてもシンプルなもの。


「「!!!???」」


 シンプルな方法故に効果は抜群で、恐怖で染まっていた思考は一度空白で染まる。


「………………落ち着いた。もう動けると思う」


 十秒ほど経ったあと、俺は一旦落ち着きを取り戻した。紗黄の体の震えはまだ完璧には収まっていないが、動けるほどには戻っている。


「紗黄先輩も動けますか?」


「…うん、私も平気。走れるかは分かんないけど、動けはするかな」


「なら早くここから離れよっか、下手すれば戦いが始まるから」


 そう言って菜華は横並びの俺と紗黄の前に立ち、結月は俺たちの背後に位置取って歩き始めた。


「紅たち、後ろの足止めは任せたからね」


「「りょーかい」」


 紅と涼介は後ろから来ている怪異の相手を頼まれる。菜華たちは二人にそこを任せて線路の先にあるはずのトンネルを目指して進み始めた。


 ***


「君たち、線路の上を歩いては行けないよ。今すぐ元の場所に戻りなさい」


 俺たちが線路の上を歩いていると、脇から声をかけられた。手に持っているライトを声の方向に向けるとそこには駅員の格好をした男がいた。帽子を目深に被り、顔は見えないがガタイなどから推測するに、40代後半と言ったところ。いくらおかしな場所と言っても、駅員からすれば俺たちは不審者も良いところ、一旦戻るべきか?


「ごめんなさい!今すぐ帰るんで〜!」


 俺は駅員の格好をした男に届くように大きな声で言った。向こうもなにか言葉を返してくると思ったが、何も返ってこない。むしろ俺の言葉を聞いて、|菜華(さいか)が振り返って話しかけてきた。


「ん?あ、そうだ紗黄先輩、拓真先輩。いい忘れてたけど、ここに生きている人はいないから何か居たら話しかけない方がいいですよ。そいつらも怪異だから、ろくなことにならないし。まあ、私達が来るきっかけになった事件の被害者はよほど運が良ければ生きているかもだけど」


 菜華の発言で気になった『生きている人が居ない』というところ。さっき見た人は菜華のいう事件の被害者だったのだろうか。生きている人間が居ないはずのところで、駅員、いや、駅員の格好をした何かは何だったのか。


「やばい、話しちゃったかも」


 さっきも菜華に言われたがここは現世ではないのだ、生きている人がいる可能性は限りなく低い。過ちに気づいたが、時すでに遅し。


「どこに居た」


 菜華はそう聞き、さっきまで男がいた場所を俺が指差すとそこを凝視する。しかしそこには誰もいない。状況を理解した菜華と結月は警戒態勢を取った。それに合わせて俺たちも周囲を警戒し始める。


 不意に太鼓の音が後ろから聞こえてくる。


「結月”!離れてッ”」


 長年の経験からいち早く事態を把握した菜華は声を振り絞り、危険を知らせる。その言葉に反射的に反応した結月は二人に飛びかかり、自分もろとも横へと倒れ込む。結果は間一髪といったところ。さっきまで俺たちがいた場所には人の形をした影が群がっていた。

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