最終話 球技大会を終えて……
「ここは……?」
学校からの帰り道。俺が絵麻を連れてきたのは、なんてことのないお店だった。
もともと予約していたこともあり、すんなりと個室に通される。
「わぁ……すごいです」
ただ感嘆の声を上げる絵麻に対して、エスコートするように座席に座らせた。
「どうしたんですか…?こんなところに」
「結果はどうであれ、俺たちでお疲れ様会しようと思ってさ。たまにはこういうのもいいだろ?」
そう言って、スッとメニュー表を渡す。
「こ、ここの店、結構高くないですか??」
「まぁ、たまにの贅沢だし、これくらい大丈夫でしょ」
高いと言っても高級店ほどではない。ファミレスやファストフード店と比較するとって話だ。
目を輝かせながらメニュー表を眺める絵麻を横目に俺はお義母さんに「今日は二人で外食してくるので夜ごはんいりません」とメッセージを送る。
午後5時ということでもうちょっと早く連絡すればよかったなと思っていたが、返信が来て「りょうかい!楽しんできて!!」とのことだった。
ひとまず、第一関門は突破ということになる。
「せんぱいっ!わたし決まりましたけど、せんぱいはどれにします?」
「う〜ん、俺は、スパゲッティにしようかな」
「お~、それもおいしそうですねぇ……」
「それなら、シェアする?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ、そうします」
お互い注文を終え、料理が到着するのを待っていた。
その時間に俺は今日の出来事をちゃんと話そうとした。絵麻からしてみたら、突然校長室に連れて行かれて謝罪の言葉を受けたんだ。最後は平然としていたが、きっと心の中は混乱していたに違いない。
「あのさ、今日のことだけど……」
「あぁ…そうです!わたしも気になってたことがあって、なんで鏑木先輩だったんですか……?」
「なんで……とは?」
「鏑木先輩の家がこの学校の出資元のグループ企業だったのは知ってます。理不尽を押し付けてくる那須先輩に対抗するならわたしも鏑木先輩を使うしかないと思ってましたから」
「待て……その前に鏑木先輩がグループ企業の令嬢ってこと知ってる人はごく僅かなはずだけど……どこで知ったんだ??」
「それは、企業秘密です。それよりもわたしが気になってたのは、ああいう権力を傘に使うことを嫌う鏑木先輩が今回応じてくれた理由です。ぜったい、相手してくれないと思ってました」
「ああ見えて正義感は強い人だし、なんもなしに協力してくれたわけじゃない」
「なにか約束事が?」
「来年の風紀委員長を頼まれた」
「風紀委員長ですか……??」
「先輩曰く、信頼できるものをポストに置きたいそうだ。この学校における風紀委員会ってのは、想像以上に大きいからな」
鏑木先輩としても以前から那須先輩の行動には思うところがあったらしいが決定的な証拠はなく、鏑木先輩の前では好青年のように振る舞うので、裁くに裁かなかったとか。それで、今回の一件で俺が協力を持ちかけたところ、乗ってくれたということだ。
絵麻には協力を持ちかけたなど大袈裟に言ったが実際には、そんな重苦しい感じで頼まれたわけではない。
これは、自分の意思と覚悟からくるものだ。
「でも、せんぱい……そういうのもうやらないって…」
律儀に中学時代の言った事を覚えていてくれたらしい。確かに俺は、卒業式の日そう言った。一言で言えば、俺は入れ込みすぎたのだ。自分を疎かにし過ぎた。そして、少し道を踏み外した。だから、もうやらないと言った。最近までその意思は変わらなかった。
だけど、
「気が変わったんだよ。誰かの隣に立つためには自分を律しないといけないからな」
風紀委員長になるためには、厳しい競争を勝ち抜かないと行けない。生徒の信任、そして教師陣の信任も得なければならない。
並大抵の努力じゃ達成なんて夢のまた夢なことも重々承知している。だけど、それ以上に。
「一緒に歩く人が誇れる俺でいたいから」
いつからか隣にいることが当たり前になっていた。
学校では、俺よりも何倍もの知名度と人気を誇っているおまえの隣にいるにはどうすればいいか。
簡単なことだ。文句がでないくらい、お似合いと言われるくらい俺も努力すればいいんだ。
絵麻が「それって……」と言いかけた瞬間に料理が届いた。
絵麻は一旦言いかけた言葉を止めて、大人しく料理が目の前にくるのを待っていた。
運ばれてくる料理たち。俺は、スパゲッティ。絵麻が頼んだのはホワイトシチュー。
ホワイトシチューが目の前に置かれて目を輝かせている絵麻を見て、食べる事を優先し一旦この話は後回しにすることにした。
「じゃあ、食べようか」
「はい……!あ、でも…」
「話なら食後でもできるし。その時にして今は冷めないうちに食べよう。お腹空いてるんだろ?」
「す、空いてます」
「じゃあ、先に食べよう。いただきます」
「い、いただきます」
フォークでパスタをクルクル巻きつける。ふぅふぅと冷まし口に入れるとお馴染みの味が口に広がってきた。やっぱり、ここのスパゲッティは美味しい。
正面を見ると、絵麻がスプーンで具材を掬い、ふーふーと念入りに息を吹きかけていた。出来立てということもあり湯気が上がっているが、猫舌の絵麻にはすぐに口に運ぶ勇気はなかったらしい。
しばらく、冷まして湯気が出なくなってからようやく口に入れた。はふはふとしながらそれでも美味しかったのか、満面の笑みで噛み締めている。
どうやら、気に入ってくれたようだ。
「おいしい?」
「はい、とってもおいしいです!せんぱいはどうですか?」
「俺のも美味しいよ」
「もうちょっと食べたらお互いシェアしよう」と言って食べ進める。球技大会を頑張ってお腹が空いていたのか絵麻の食べ進めるスピードは早かった。
「ふはぁ……おいしかったぁ……」
「食べるの早いな」
「まぁ…これでも結構お腹空いてたので!さて、シェアしましょうか」
「わるいが、絵麻の皿は空に見えるけど?」
「え~、幻覚じゃないですか…?」
「無理あるだろ……」
「む~、だって、仕方ないじゃないですか。美味しかったし、お腹空いてたんですもん!」
「それでも食べるの早いし……もしかして弁当足りなかったのか?」
「お弁当は足りました!そう言えば、作ってくれてありがとうございます。美味しかったです」
「そっか。それならよかったよ」
「食べてる時、せんぱいが作ってるところ想像しちゃって、ニヤケが止まりませんでした」
「近くにいた友達はさぞかし不気味に思っただろうな…」
「ずっとにこにこしてたから、多分大丈夫です!」
「それは、大丈夫なんだろうか…」
グループリーグを突破してハイになっていたと友達が勘違いしてくれることを願うばかりだ。
「さぁさぁ、せっかくですし、せんぱいのやつも欲しいです。シェアしましょ?」
「まだ、シェアする気でいたのか。てか、食べれるのか?」
「まだまだ行けます。おそらく、ぜんぶ」
「まぁ…俺はそんなお腹空いてなかったし、食べてもいいけどさ。そんなに食べて食後のデザートとか食べれるの?」
「デザートは別腹なので♪」
「なるほどな」
正直、まったく理解できていない。だけど、不思議なことに食べれてしまうのも事実なのだ。原理がどうなっているのか理解できないが取り敢えず同調しなければならない場面でこの「なるほど」以上に適当でかつ汎用性の高い言葉は存在しない。
「いちお、シェアなんで、せんぱい…わたしのお皿舐めますか…?」という提案を丁重にお断りして、目の前で嬉しそうにスパゲッティを食べる絵麻を眺めていた。
その姿は本当に幸せそうで、見てるこっちもなんだか幸せになってきて。気が付いたら、俺は口を開いていた。
「あのさ…」
「なんですか……?」
「俺とずっと一緒にいてほしい」
今まで、腹に抱えてた言葉がこんなに簡単にポロリと溢れるなんて自分でも思っても見なかった。
◯ 絵麻 side
球技大会を頑張って、待っていたのはささやかなサプライズだった。
まさか、先輩がこんなものを用意していたなんて思ってもなくて、個室に通されるまで状況が飲み込めなくてわたしはただ連れられて歩いているだけだった。
後から、球技大会を頑張ったご褒美と言われてわたしは歓喜した。だって、こんないいお店に二人きり。
女の子なら一度は憧れるそんなシチュエーション。
こんなことなら、もっとちゃんとした服で来たかったと自分の制服を眺めて思う。せんぱいは、何度か来たことがあるようで店員さんとも顔見知りのようだった。
座席につくなり、今日のことについての話題を振られた。球技大会中とはいかなくともわたしなりに、動こうと思っていたがせんぱいに先を越されてしまった。わたしも鏑木先輩に協力してもらうつもりだった。せんぱいはやらなくていいと言ってたけど、わたしからしてみたら到底許せるものではなかったから。
校長室で起こった一連の流れ。最初から最後まで、全て台本通りに進んでいるのかと思うほどスムーズで、わたしのやったことと言ったら謝罪を受けるだけ。
自分としては満足してないが、せんぱいがいいと言うならそれまでと飲み込んだ。
だけど、せんぱいが次の風紀委員長を目指すと言った時は素直に驚いた。中学の風紀委員を引退する時に「こういうのはやりたくない」と言っていたのをそばで聞いていたから。
高校で再開から今まで本当に地位への野心は感じなかったからどういう心境の変化か正直言ってわからなかった。
だけど、せんぱいはこう言った。
「一緒にいる人が誇れる俺でいたいから」
◯
「俺とずっと一緒にいてほしい」
せんぱいからその言葉が飛び出した時、確かにわたしの時間は止まっていた。
スパゲッティを口に運ぼうとしていた手を止め、文字通り固まっていた。
最初は、家族として…?と思った。
だけど、せんぱいがこの時、この場面でわざわざこんなことを言ってくるだろうか。
本能ではもうわかってる。わたしは鈍感少女なんかじゃない。空気読みは中学生の頃から得意になったし、相手のことを思って行動することも上手になった。
なにより、わたしはせんぱいと過ごした時間で彼がどういう人なのかを知っている。
でも、確信めいた言葉が欲しくて、わたしは液体で滲む瞼を擦り、こうおねだりするんだ。
「ど、どういうことですか……?も、もっと、ちゃんと言ってください」
情け無いほどに声が震えている。あざとく言ってやろうと思ったのに全然できてない。
これでは、「わたしの勝ちですね♪」とお茶目に言うことすらできないじゃないか。
「だから、その……兄妹としてじゃなくて。恋人として。一緒にいて欲しい。ようやく、わかったんだ。絵麻のこと――好きなんだって」
待ち望んでいたその言葉を聞いた時、わたしの瞳は言うことを聞いてくれなかった。せんぱいに可愛く思ってもらうためにせっかくお化粧したのに。それすらも台無しになってしまう。
だけど、少し照れながらもまっすぐ伝えてくれた先輩の言葉が響かないはずがなかった。
「わだじもだいずぎでしだぁ……!」
我ながらなんと情け無いんだろうか。
あれほど、「しょうがないですねぇ……付き合ってあげます」と言うために練習してきたのに。
でも、そんなわたしの様子を見てびっくりした後、彼はゆっくりと微笑んだ。そして、わたしが泣き止むまで隣でずっと背中をさすってくれたのだ。
「ひくっひくっ……」
「もう、大丈夫か?」
「はい……すみません。もう大丈夫です」
「そうか。スパゲッティ、まだ残ってるけど食べれそうか」
「……せんぱいが食べさせてくれるなら、食べます」
「しかたないなぁ…」
めんどくさそうにしながらもせんぱいはフォークにクルクルと巻きつけて食べさせてくれた。
「美味しいか……?」
「おいひいですけど、ちょっとしょっぱいです」
「それは、涙のせいだな」
せんぱいはまだ渇かない涙をティッシュで拭き取ってくれる。まるで、泣いた子供を世話する父親みたいだった。
なんだ、この親子みたいな構図は。私たちは既に恋人。対等な立場のはずなのに。
わたしは親みたいに世話をやくせんぱいの手を止めてこう言った。
「せんぱい、わたしの優勝した時のなんでも言うことを聞くってやつ。まだ有効ですよね?」
「あぁ…有効だけど。どうした?」
「じゃあ、いま使ってもいいですか……?」
「いいけど……なにする――」
せんぱいがそう言い終わる前にそっと唇を塞いだ。
わたしの唇で。
こんなことは当然初めてだったけど、自分でもびっくりするくらい自然にできた。
数秒の時を数え、ようやく離すとせんぱいは状況が飲み込めなくてポカンとしていた。
やった…せんぱいに一泡吹かせることができた。
「な、なにするんだ……」
「だって、せんぱいがわたしを子供みたいに扱うからです。恋人なんだから、それ相応の対応を求めます」
「べ、別に子供扱いはしてないし…それに、いきなりすぎる」
「てことは、今度からゆっくりやればいいってことですね?わかりました」
「おい…」
もう我慢しない。彼の恋人という大義名分は頂いたのだから。
あぁ、それと、もうひとつ大事なことがあった。
恋人になった暁に確かめたいことがあったんだ。
「せんぱい、今度こそコレ…くれますよね?」
そう言ってわたしはポケットから一つのボタンを取り出した。
「………なんで、それを絵麻が持ってるんだ?」
「ふふん。なんでって、わたしの宝物ですから。一時期、不本意に人の手に渡りましたけど、諭吉で回収できました」
「はぁ……やっぱり、全然変わってない」
自慢げに説明する私にせんぱいは頭を抱えて深いため息を吐いていたが、関係ないこと。
「せんぱい、約束してください。今度はちゃんとくれるって」
「わかったよ。恋人だもんな。あげるよ。俺の第二ボタン」
せんぱいは、やれやれと言った表情だったが、わたしにしてみたら大満足だ。
だって、これが未来の妻としての第一歩だから。
――――――――――――――
これにて、物語は一旦閉幕となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
慣れないキャラに挑戦ということで始めた物語でしたが個人的にはいい経験になりました。
去年から参加したいと言っていたカクヨムコンテストですが、今年は来月辺りまで比較的時間が取れそうなので参加することにしました。
さきほど一話目が投稿され、この後すぐに二話目を投稿する予定です。
是非、そちらも確認していただけると嬉しいです。
義妹になったヤンデレストーカーがすべてを大義名分化してくる~気づいたら正妻の座を確立していた~ 鮎瀬 @ayuse7777
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