第19話 帰りに

あれから先生方が乱闘を治めたおかげもあり、目に見える被害は最小限に留めたと言っていいだろう。


主犯の四人は、騒ぎや暴行を起こしたとして学校から一週間自宅待機が言い渡され、事態は終息を迎えたかに思えた。




だが、ここにひとりものすごく不満そうな顔をしてる人がいる。

放課後の帰り道、誰もいない道路で並んで歩く俺と絵麻。

今日は放課後に集まりも当番もなくいつもよりは早く下校することもできたのだが、昼の一件で先生の事情聴取に付き合っていたら結局いつもと変わらぬ時間となってしまった。


「むぅ…………」


「なんだが……不機嫌そうだけど………」


「誰のせいだと思います?」


「まさか……俺か?」


「あたりまえです。誰かさんが約束を守らないであんなことしてくれたんですから」


不満を隠そうともせず口を膨らませ俺に抗議する絵麻。


「俺だって、手荒な真似はするつもりなかったし、言ってみればあれは不可抗力だ。それに大きな怪我はなかったんだからよかっただろ」


突き飛ばされた後、椅子や机に当たりかなり痛みを感じだが出血などの目立った外傷はなく、状態は至って健康そのものだった。


「ケガをしなかったのは、ただ運が良かったからです。机の角に頭をぶつけてたら最悪の事態だってあったんですよ!?」


「それはそうかもしれないが……」


「周りの人の話を聞くに今回は仕方ないと思います。だけど、これからはもうちょっと自分を大切にしてください。何かあってからでは遅いですし……それに……せんぱいが傷ついてるところ……わたしは見たくないです」


話すにつれ、絵麻の声音はだんだんと震えていった。

きっと、本気で俺を心配していてくれたんだろう。


「わるかったって………以後、気をつけるから」


「ふん……それは当然のことです。でも、わたしとの約束を破ったバツが足りてません」


「バツって言ってもな………どうすればいいんだ??」


「そうですね……では「心配させてごめんにゃん」って言ってください」


「却下だ」


「な、なら「絵麻、愛するお前のことをもう一度たりとも心配させないことを誓うよ。ごめんね、俺のプリンセスマイハニー」でどうですか?」


「ダメに決まってんだろ」


「うっ……せんぱいも中々のわがままさんですね。せっかく私がここまで譲歩してあげてるというのに」


「今聞いた感じ譲歩なんて微塵も感じなかったけどな」


どちらも俺からすれば黒歴史確定者だ。

身体を張って、事件を解決したはずなのにどうして俺はこんな目にあわなきゃいかんのか。

全くもって謎だ。


「じゃ、じゃあ。この前の続きは?」


「この前の続き?」


「ほら、あーんが中途半端に終わったことがあったじゃないですか。それを今日やってください」


確かに数日前、そんなことあったな。

そっか。それをやってください……か。うん??


「やってくださいって……この前は絵麻がやってくれてただろ??」


「そうですね。だから今度はせんぱいがやってください」


「俺が絵麻にあーんするのか??」


「わたしのことあんなに心配させたんですから。思い出してくださいよ、食堂でのわたしの狼狽ぶりを」


「まぁ……」


確かに人の目そっちのけで俺の元に駆けよってくれたが……


「健気な義妹(未来の恋人)にこのくらいしてもバチなんて当たりませんよ?」


ちょっと補足が余計な気がするが気苦労を掛けたのは事実だし。

うーん。まぁ、これくらいは仕方ないか。


「それで今回の件は矛を収めてくれるんだな?」


「もちろんです。せんぱいも元を正せばですし」


絵麻は何故かのところだけ強調して言ったような気がしたのは俺の聞き間違いだろうか。


「絵麻……?」


「はい?」


「……なにもしないよね??」


「なにも……ってなにをですか??わたしがなにかするとでも??」


「い、いや、俺の気のせいならいいんだ。気のせいなら……」


「なんのことだかわかりませんけど、気のせいですよ~」


「そっか、気のせいか」


「そんなことより、早く帰りましょ?今日はお義父さんとママ、帰りに二人で外食してくるらしいのでこっちもなにか出前取りません?」


「出前か、いいなそれ」


なんだか、露骨に話題が逸らされた気もしなくもないが話題が話題なので丁寧に乗っておく。まぁ、あとはなるようになるだろ。


「この前できたばかりの美味しいお店も確か載ってたはずです」


「なんだそれ、めっちゃ楽しみだ」


「そうでしょ?そうでしょ?善は急げです。家までどっちが速いか勝負ですよ?よぉ~い!どん!」


「おい、絵麻!?」


「にひひ、早くしないと置いていっちゃいますからね~!」


「ま、待てって」


「わたしが先に家に着いたら鍵だけじゃなくてチェーンも閉めちゃうかもです」


「本当に鬼畜だなそれ!?」


そう言って絵麻は走り出す。それに釣られるように俺も走り出した。

帰り道に誰かとこうやって競ったのは、いつぶりくらいだろうか。

おそらく、十年以上前だ。


前を走る絵麻を無意識のうちに懐かしいその人と重ねてしまう。

どうしてだろうか。

あの人だったらわかる。

だけど、絵麻なんて外見も性格すら似つかわしくないというのに。


あぁ……慣れ過ぎだ。俺。



薄暗い通学路、春の終わりを知らせるような暖かな風を感じながら俺はそんな風に思っていた。



――――――――――

あと10話くらいで一旦完結の予定です(おそらく一話ごとの文字数が増えます)

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