第10話 想いは
◯ 絵麻side
夢を見ていた。
どこか懐かしさを覚える夢だ。
優しく包み込むようなほんわかとした暖かさ。
これまで見たどの夢よりも心地よかった。
だけど、どんなものだったかは鮮明には思い出せない。
それはあまりにも一瞬の出来事だったから。
夢である癖にどこまでも自分の思うようにいかない。
そんなもどかしさを揶揄うようにそれは、すっと消えていった。
でも、間違いなく。
その刹那に大好きだった大きな手で頭を撫でられた。
そんな気がした。
◯
「う……」
なんだが、いつもと違う感触だ。
閉じられた瞼をゆっくり開けると目の前には自室とは異なる天井が広がっている。
あ、そうか……わたし、ソファで横になってテレビを見てたらそのまま……寝てたんだ。
自分の置かれている状況を判断した後、まだ半分くらいしか開かない瞼を擦りながら首だけを器用に動かし、テレビの横に置かれているデジタル時計を確認した。
午前3時。
この数字を信じるならば、私はかなりの時間ここで眠っていたということになる。
まさか、お風呂も入らずに5時間以上熟睡してしまうとは思っていなかった。
特段、疲れていたわけではなかったというのに。
既に家族は寝静まり、部屋も暗闇に包まれている時間なはずなのに、ほんのり明るい照明の光だけが壁を反射して私の視界に映りこんでいた。
誰かまだ起きてるのかな……
むくりと起きて確認すると、身体にはタオルケットが掛けられていることに気が付いた。
いったい誰が……と考えていると、
「あら、起きた?」
と背後からママの声が聞こえてきた。
振り返ると、見慣れた光景が広がっている。
「ママってば、またお酒飲んでるの??」
あんな量、いったい家のどこに隠しておいたのだろうか。家族にも覚えのない酎ハイが空になって机の上に並べられている。
「またって、今日はお仕事お休みだから飲んでるだけよ〜」
珍しく完全に出来上がっており、人が変わったように数倍陽気に答えるママに思わずため息が溢れそうになった。
酔っ払いの言い訳のように聞こえてならないが、ママの言っていることは本当のことで翌日が仕事の場合決してお酒を飲んだりしない。
しかし、一度に接種する量が明らかに多いのでわたしは少し心配していた。
「もう……そんなに飲んだら身体に悪いでしょ?」
「そんなにって……これってもしかして多い〜?」
「もしかしなくても多いよ。もうお義父さんだっているし一人の身体じゃないんだから、大切にしないと」
私がビシッと注意すると、ママは何かに驚いたように目を丸くした。
「な、なに?」
ママは手で持っていた缶の先を口に運ぶのをやめ、きょとんとした様子でこちらを眺めていた。
失言があったのかと、一瞬自分を疑ったのだが思い返してみても至極当然のことしか言った覚えがない。
何も喋らずこちらを見る母にわたしはどうすればいいかわからなくただ動揺するだけだった。
「ご、ごめん。いや、お義父さんだっているって………言うから」
「だって、実際そうでしょ?お義父さんいるし。ママが病気になったら悲しむでしょ」
ママが驚いていたのはそこだったようだ。普段から身体の心配はしていたが、お義父さんの名前を出したのは初めてだったようで、まさか娘がそんなことを言ってくるとは思っていなかったらしい。
「いままでお義父さんと話すときどこかぎこちなかったから嫌がってるのかと思ってた」
「……別に嫌じゃないし」
「ほんと?」
「うん……」
「そっか……絵麻も嫌じゃなかったんだ」
「嫌もなにもわたしは最初から反対なんかしてないじゃん」
「そうだったの……?ママに気を使って我慢してくれてると思ってた」
お義父さんとはもう出会ってから三年以上経つ。
その間にあの人がどんな人であるかはわたしなりに理解してきたつもりだ。
だから、ママが申し訳なさそうに泣きそうな顔をしてこの人と一緒になりたいと言ったときも異を唱えることはせずにただ首肯した。
過去の一件でトラウマを抱えていたことを知っていたママはわたしが特に反対しなかったことで気を使わせてしまったと思っていたようだった。
「とにかく、わたしはもう大丈夫だから。ママだって幸せになってよ」
あの一件で心を痛めていたのはわたしだけではない。
むしろ、直接的な被害を受けていたママの方がきっと深刻だったに違いない。
だが、娘に辛そうな顔を見せまいとこれまでわたしの前では強い母を演じ続けてくれていたんだ。
あんなことがあり、誰かと婚約するということに恐怖心を持っていないわけがない。
だけど、こうして結ばれたのは他ならぬお義父さんだったから。
それこそ10年以上の付き合いがあったからこそだと思う。
愛する旦那を事故で失い、再婚したかお思えば、地獄の日々が待っており。
ママはきっとどこかで幸せを諦めているんじゃないかと思っていた。
せんぱいも言っていた。両親には幸せになってほしいと。
わたしも全く同じ思いだ。
「……ありがとう、絵麻」
「ママ?」
「……ん?」
気付くとママは静かに涙を流していた。
零れる涙を必死に服で拭おうとするが止めどなく溢れてくる。
「あ、あれ?どうしてかな?ご、ごめんね、絵麻。ティッシュ貰っていい?」
「う、うん」
わたしの近くに置かれていた、ティッシュ箱を手に取りママに渡した。
「ありがとう」と言ってそれを受け取るとママは涙を止めようとして、瞼にティッシュを押し当てていた。
「別に恥ずかしがることなんてないのに……ここにはお義父さんもせんぱいもいないよ?」
そう、二人はもう夢の世界にいるのだ。
お義父さんは仕事で、せんぱいも明日は学校。
つまり、先程のわたし同様熟睡しており、ちょっとやそっとのことでは起きてこないだろう。
「そうね……でも、娘に見られるのもそれはそれで恥ずかしかったりするの!だって、ママ…絵麻の前では強くいるって決めたから」
「もう……頑固者」
それは、パパを事故で失ってからママが言い続けている誓いという名の呪いでもあった。
せんぱいもこの前、お義父さんは頑固者だって言っていたけど、多分それはママだって負けてない。
だから、わたしが何と言おうと曲げてはくれないのだろう。
ならば、誰がママの弱みを受け止めてくれるのか……
いや、もう既にそれは決まっていた。
その役割はお義父さんに頑張ってもらおう。
だって、せんぱいのお父さんなんだからそのくらいそつなくこなしてくれるに決まっている。
「あと、二人がその気なら別に結婚してもいいよ……?」
「え……?」
「だって、私を気にしてるからわざわざ事実婚にしてるんでしょ?」
お互い名字に拘るような性格でないことぐらいわかっている。きっと、頑なに事実婚と言い張っていたのも私の為だったんだと今となっては理解できる。
だから、私のことなど気に留めないでママの好きなようにして欲しかった。
「わたしは、この家族なら大丈夫だって確信してる。だって、あのせんぱいのお父さんなんだからきっとママのことも大切にしてくれるよ」
「そうかな?」
「うん。ぜったいそう!だって、せんぱいのお父さんだもん!」
「ふふっ……せんぱいせんぱいって本当に絵麻は琴也くんのことが好きなのね」
「うん……ずっと大好き」
「そう……大好きなのね」
静かにコクリと頷いた。
気付けばあの日から。
私の想いは、何も変わっていない。
でも流石に露骨すぎたのか、これでママにはバレてしまったようだけど。
「そっかぁ……いい義兄になるなぁ…って思ってたけど、ひょっとしたらママってば余計なこと言っちゃったかも……」
「余計なこと……??」
「ううん、なんでもない。やるからには、頑張りなさい?ママは絵麻のこと応援してるから」
「うん、頑張る」
――こうして、彼の知らないところで外堀は着実に埋められていくのであった。
―――――――――
これにて一章終了となります。
お付き合い頂きありがとうございました。
次から二章に入っていきますが、インプットやカクヨムコンの準備などあるためもう少しお待ちください。
フォローや星など頂けたら幸いです。これからもよろしくお願いいたします。
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