第9話 返事
生徒会と風紀委員会の争いは思いのほかあっけなく幕を閉じだ。
誰もが生徒会有利と予想していたが、結果は風紀委員の大勝利。
おそらく、明日はこの話題で持ちきりだろう。
鏑木先輩にも珍しく褒められた。
明日は雪かもしれない。
今は、風紀委員の仕事を終えて報告書を提出するため職員室に立ち寄っていた。
「先生、今日の分を持ってきました」
「おお、宇積田か。ご苦労だな」
そう言って、風紀委員活動報告書の冊子を受け取るのは顧問の市原先生だ。
保健体育専攻の教師でバスケ部の顧問でもあった。
40代後半のはずなのに、その衰え知らずの肉体美には毎度驚かされる。
「そう言えば、道脇から聞いたぞ?藤森は生徒会じゃなく風紀委員会に所属することになったらしいな」
道脇とは、今年度の生徒会長でフルネームは
どうやら、生徒会と風紀委員会の争奪戦は顧問の耳にまで入っていたようだった。
「大逆転勝利でしたね。おそらく、大半は生徒会が勝つと思っていたでしょうから」
「そうだな。うちとしても優秀且つ素行がいい生徒は大歓迎だ。宇積田もよくやった」
「ありがとうございます。でも、鏑木委員長には後でちゃんと言っておいてください。あの人、職務怠慢です。」
結果的に成功したからいいものの俺は急に壇上に立たされたことをまだ根に持っている。
しかも、なんの事前連絡もナシにだ。
人の上に立つものなら最低限、手本となる姿は見せてもらいたい。
だから、ここは顧問である先生にビシッと言ってもらわなければ。
「あ、鏑木にな……も、もちろんだ。……時間が取れたらちゃんと言っておく」
「ほんとですか……?」
「先生がウソなんて吐くわけないだろ~!宇積田も心配性だな~ガハハハッ」
あ、絶対言わないなこれ。
こういう言い方はよくないかもしれないが、体育教師が委縮したら本当の意味で独裁なんだよ。
豪快に笑って誤魔化す市原に思わず、ため息が零れそうだった。
一礼して職員室から退室すると、廊下で道脇会長が腕組みしながら壁に寄りかかっていた。
状況から察するに誰かを待っている様子だった。
「お疲れ様です」
「なんだ、誰かと思ったら宇積田か」
「こんなところで何してるんですか?」
「何してるって、足立先生を待ってるんだ」
足立先生とは、生徒会の顧問的な立ち位置の教師だ。
どうやら、職員室に呼び出されたようだが、足立先生に別件が入り外で待たされているようだった。
「大変ですね、会長も」
「本当にその通りだ。仕事が減らずに困ってる。いっそのこと、お前に押し付けていいか?」
「勘弁してください。それに俺は生徒会役員じゃないのでそんなことできません」
「そう固いこと言うなよ。俺が許可するからよ」
「じゃあ、適当にサインするだけならいいですよ。そうですね、そろそろ前期予算会議が近いのでそれ系の書類とかあったらこっちに回してほしいです」
「んなこと、許すわけねぇだろ。それ以外だ」
風紀委員の予算をすんなり通してもらおうかと思ったが、上手くいかなかったようだ。
「なら、お断りです」
「ちっ、うまく逃げやがって……そう言えば、宇積田。お前どうやって藤森を懐柔したんだよ。不正か?不正なのか?」
「別に俺は裏でこそこそなにかやってたわけじゃないですよ。会長と違って」
「俺はなにもしてねぇよ」
「一度フラれたらしいですけどね」
「誰がそんなこと……もしかして、翼か?」
「さぁ?俺にはわかんないです」
「かッ〜!やられた。とんでもない裏切り者もいたもんだぜ」
これで裏切り者扱いされる翼も可哀想だが、別に会長も怒っている様子ではなかった。
「あの場面でよくあんな大胆なことできたよな。麗央が何も準備してない時点で勝ちを確信してたんだが」
「藤森はああ言ってましたけど、基本的には打算的に行動するタイプじゃないんで情に訴えかけただけです。そもそも生徒会以上の魅力を引き出すにはそれこそ時間をかけてちゃんとやらないと同じ土俵にすら立てませんし」
「同じ中学だったからこそ弄せた策だよな。俺ももう少し身辺調査は行うべきだった」
「それもそうですけど、生徒会の数字主義を直さないと今後も二の舞を踏む可能性はあると思いますけどね」
必ずしも能力有無だけがすべてじゃない。
きっと生徒会はあのプレゼンで有能さ完璧さをアピールしたかったんだろうけど、それだけでは手に入らないものだって世の中にはあるのだ。
「でも、生徒会と風紀委員会は構造が違うから、仕方ないんだよな。ほら、風紀委員は麗央のひと声でどうにでもなるけど、うちは会員全員の許可がいるから。成績上位者の中には中途半端な奴が生徒会に入るのを許さないやつだっているし」
成績優秀者が生徒会に加入できる。
これは、もう既にこの学校の伝統となりつつある。
優秀かどうか、目に見える結果こそが全てで、加入した者の中にはプライドの高い人も一定数いるとか。
会長がどんなに改革を促してもこればかりはどうしようもないのだろう。
「それに、一年の頃のお前もそうだった」
「懐かしいですね」
俺も入学して間もない頃、会長よりスカウトを受けたことがあった。しかし、その時の俺は生徒会員の賛成票を勝ち取ることは出来なかったのだ。
「ちゃんと、成績が伴ってれば今頃、生徒会の一員だったのによ」
「残念なことに俺には相応しくなかったってことですね」
「そうかよ」
ヒラヒラと手を振ると、会長はあまり納得していない様子だった。
「道脇くんごめんなさい。待たせたわね」
用事が終わったのか足立先生が職員室から出てくる。
「いいっすよ。ちょうどいい暇つぶし相手がいてくれたので」
まあ、間違ってはないけど。
「じゃあな、宇積田。麗央によろしく」
そう言って手を振ると、会長は職員室に入って行った。ガチャリとドアがしまると、また辺りが静寂に包まれる。
「帰るか…」
一言呟いて、階段を降りた。
踊り場から差し込む夕日は、いつもより眩しい気がした。
◯
「お疲れ様です。せんぱい」
「絵麻……わざわざ、待ってたの?」
「はい、だって帰るところ一緒ですし。まあ、ほかの帰り方も考えましたが今日くらい自分にご褒美があってもいいかなって」
「……ご褒美?なにか買ってほしいってことか?」
絵麻が加入してくれたことは、非常にありがたいことだし、頼まれればやぶさかではないが。
「いやいや、せんぱいに物乞いなんてしないです」
「別に何か買ってやるくらいなんともないけど……」
そんなにケチ臭く振舞ってた覚えはないんだがな。
「わたしは今のままでも十分に満ち足りてます」
「無欲だなぁ……」
「無欲なんかじゃありませんよ。しっかり性欲あります」
「物欲の話をしてるんだよ」
どうして話がピンク色の方に行くんだ。
誇らしそうにしているとこ悪いがそんなに胸張って言うことじゃないぞ。
「なんか欲しくなったらなんでも言っていいからさ」
「だから、なんにもいらないですって。だって、物欲しさに所属したわけじゃありませんし」
「まあ、それはそうかもしれないけど」
「こうやって、一緒に帰れるのがご褒美です。だってほら、わたしってせんぱいのこと好きですし」
遠くを見つめながらえへへと愛想笑いする絵麻を眺めてた。
こういう話をする絵麻はあの日以来だ。
あれからいっさいこの手の話にはなにも口を開かなかったというのに。
「その……どうして俺のことが好きなんだ……?」
ずっと疑問に思っていた。
卒業式も先日も伝えられたのは『好き』という二文字だけ。
しかも、どちらも雰囲気とか関係なく唐突だった。
だから、俺は一度も真相を覗けていない。
言ってみれば、どうしてかわからないのだ。
カースト的に言えば、今の絵麻は相手を選び放題。
それなのに、どうして二年前も現在も俺を選ぶのか。
「あ、せんぱい…それ聞いちゃいます?」
「マズかったか?」
「全然いいですけど」
「いいんかい」
「う~ん。どこが好きか……ですか。悩ましいですね」
「……悩ましいの?」
ほんとに好きなんだよね?
「すみません。思い当たらなくて悩んでるわけじゃないんです。せんぱいがそんなこと聞いてくるなんて珍しいから面食らっちゃって」
「そんな柄じゃない?」
「はい、不気味です。違和感しかありません」
「し、仕方ないだろ?俺だって不思議だったんだ。だって、他の人と比較しても明確な凄さって俺にはないし」
「それは、せんぱいが自覚してないだけで、ちゃんとせんぱいにも凄いところはあります。でも、わたしがせんぱいを好きになったのはそこだけじゃないです」
「そこだけじゃない?」
まるで俺に他に褒めるべきところがあるかのような言い草だった。
「もぉ……自覚してないんですか?」
「してない…けど」
「全部です」
「え??」
「わたしはせんぱいの全てが好きなんです」
「具体性ないなったけど」
「具体的に説明してもいいですけど、3時間ぐらいかかってもいいですか?」
「いいわけないだろ。俺はどんな気持ちでそれを聞けばいいんだ」
「自己肯定感はきっと上がりますよ?」
「それはそうだろうな」
「いっそ、お付き合いすればわたしが永遠に自己肯定感上げてあげてあげます。どうですか?」
「それなんだけど……」
一瞬だけ。あの人の顔がよぎった。
本当にこれで正解なのか。
今でもわからない。だけど、絵麻に失礼なことはしたくなかった。
「確かに絵麻はいい人だし、こんな俺でも好いてくれてるし、ほんとに俺にはもったいないくらい完璧な女性だけどさ」
「やっぱり、後輩として認識しちゃいますか?」
「うん。ごめんだけど」
一年半も先輩後輩という関係で傍にいたんだ。
少なくとも俺にとっては、庇護対象とは少し違うが見守るべき存在だった。
可愛いと囁くより可愛がりたい。そんな感じ。もちろん、告白は嬉しかった。
だけど、恋心を抱いていないのに、付き合うなんて絵麻に申し訳ないと思って。
「そんな気はしてました。だって、せんぱいの目、あれから全然変わってないんだもん」
「め?」
「わたしを見守ってくれてた目です。返事したら露骨に喜ぶし、ブラコンのお兄ちゃんかと思ってました」
「ブラコン!?」
そんな風に思われていたのか。
なんか複雑だな。
「でも、よかったですね。これからは、義理の兄妹だからこれまでの振る舞いから変えることないじゃないですか」
「そうなのかな?」
「そうですよ。本当にお兄ちゃんができたみたいです。家族としてちゃんと義妹を愛してくださいね?」
「もちろん、家族としてちゃんと絵麻を大切にする」
「まぁ、わたしはしませんけど」
「えっ??」
してくれないのか?まさか、また一方通行?
「だって、2回振られた程度でどうしてせんぱいの義妹にならなきゃいけないんですか??もちろん、ママとお義父さんの前ではちゃんと妹しますけど、それ以外はこれまで通りちゃんとアタックして最後には絶対仕留めますから」
「……おいおい」
それは、絵麻からの宣戦布告だった。
「義妹に絆されたなんてことがないように、せいぜい覚悟しといてくださいね??せ~んぱい?」
俺が振ったら、あの頃の絵麻に戻る?
とんでもない。絵麻は俺の知らない間にしっかりと大人になっていた。
完全なる俺の杞憂だったのだ。
絵麻は舌を出して、蠱惑的な笑みを浮かべると俺の腕に抱きついてこう言う。
「せんぱ〜い。わたし、プレゼン大会とかいう茶番に出席して心身ともに疲れたので帰ったらいっぱい癒してください」
「おい、茶番って……それに腕…」
「別にいいじゃないですか?だって、義妹ならしても別に問題ないんでしょ??」
「っ――」
「あ〜、これって極楽ですね。これからも同じように毎日五十メートル後ろからこっそり尾行して登校しようかと思ってましたけど、こっちの方がいいかもです」
「尾行だって??そんなことしてたのか??」
「はい、せんぱいの位置情報は常に把握していますし」
「それってストーカーしてたってことじゃ……」
「失敬ですね、別にそんなこと――」
「思い出したけど、春休みに誰かにつけられてた気がしてたんだけど、それはさすがに違うよな??」
「え?あ、あ~あ~!ななな、なんのことかさっぱりわかりませんね~!」
おい。
ここに黒幕いたんだが。
「はぁ…これからどうすればいいんだ……」
「失礼ですよ?せんぱい……じゃなくてお義兄ちゃん。別に兄妹で一緒の家に住んでいるんですから、偶々ほぼ同じ時間に家を出て同じペースで歩いて登校することだってあるじゃないですか?」
「くっ……」
「にひ…だから、わたしはな~んにも悪くないんですっ」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる絵麻。
……なるほど、そういうことしてくるんだな。
――義妹になったヤンデレストーカーは全てを大義名分化してくる。
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