第7話 勧誘
「おいおい、聞いたかあの話」
「ああ、なんだかすごいことになってるみたいだな」
翌日。
いつものように学校に登校してとくると何やらいつもと様子が違い、校内全体が騒がしかった。
いったい何事だと耳を傾けてみると、絵麻を巡って生徒会と風紀委員会が争っているという。
最初、その話を聞いた時は自分の耳を疑ったが、大多数の生徒が話題にしていたため、この話はどうやら本当のことのようだ。
生徒会も風紀委員会もこの学校における重要な機関。優秀な生徒が集められる傾向があるため、遅かれ早かれ絵麻は捕まると思っていたが、入学から一週間も経たずしてまさか、両方から勧誘されるとは。
生徒会の仕組みは前に説明した通りだが、風紀委員会は、その年の委員長が絶対的な権力をもっているため、委員長が欲しいと言って相手の了承を得られれば、他の風紀委員の賛成反対関係なく風紀委員にすることができる。
生徒会とは違い、かなり独裁的ではあるが委員長は生徒と教師の両方の承認を全体数の三分の二を集めなければならないので基本的に人格者しかなれない。
だから、これまではなにも問題はなかったのだが……
まあ、今年は見ての通りだ。
これ以上は、俺も命が惜しいので、少しだけ異端だと言うだけに留めておこう。
生徒会長は優秀な人間が大好きだから、勧誘してくることは容易に想像できた。
しかし、意外だったのは鏑木先輩だ。
基本的に先輩は、生徒会とあまり争わないスタンスを取っている。
この学校には優秀な生徒も数多くいるので別に生徒会と競合しなくてもそこそこ有能な人を指名すればいいし、実際に今までもそうしてきた。
だから、今回の先輩の行動は腑に落ちない。
「もしかして……争ってでも手に入れたいほど魅力的だったのか?」
「安心しろ!わたしは人を見抜く能力なら誰にも負けん!」という先輩の口説き文句を思い出した。
実際、俺もそれに根負けしたようなものだったし。
とにかく、俺からしたらあんまり事を荒立てて欲しくはない。新学期早々、学校の二枚看板で泥沼戦争とか学校の品位が疑われるし、醜いにも程があるからな。
ちょうど今日は委員会の活動日だし放課後に、先輩に真意でもでも聞いてみるか。
熱が冷めやらぬ生徒たちを眺めながらそんな風に思った。
◯
「おはよう」
「おっす、おはよう」
「おはよう、琴也。なんだか凄いことになってるね」
教室に向かうと大聖と翼が出迎えてくれる。
廊下でも生徒たちが話していたが、俺のクラスメイトもあの話題で持ちきりだったようだ。
どれだけ注目度が高いのやら。
なんか、一気に絵麻が有名人になってしまって遠くに行ってしまった感じがする。
「なんか、争ってるらしいな」
俺もまだ詳しく知っているわけではないので断片的なことしか言えない。それは、大聖も翼も同じようだった。
「昨日、生徒会長が藤森さんと仲がいい人を探してたね」
「仲がいい人?」
「まだよく分かってないけど、その人に頼んで口説き落としてもらうとか……言ってたかな」
口説き落としてもらうということは、会長は既に接触を試みて失敗したと考えた方がいい。
だって、まだ勧誘してないのなら、自分が出向けば済む話でわざわざ周りの人を使う必要がないからな。
「会長はフラれたか」
「かもね。そっちはなにか話とかあった?」
「いいや、なんにも。それにこのことを知ったのもさっきだったし」
鏑木先輩から連絡は来ていない。
まあ、あの人は他人に頼むくらいなら自分でやるってタイプだから援軍を頼む可能性は限りなく低いが。
「どっちに入るんだろうな!」
大聖が興奮気味で話す。こいつは純粋に生徒会と風紀委員会の対決を楽しんでいるようだった。
「入るとは限らないかもな」
生徒会も風紀委員会も悪い意味で目立ちすぎる。
中学の頃、絵麻は風紀委員を務めていたが、あれは各クラスから選出されたもので言わば強制的なものだ。
過去に生徒会などの目立つことはあまりしたくないと言っていたから両方とも入らない可能性も充分にあると言っていい。
「なんだよ、藤森に詳しいな」
「同じ中学でそこそこ知ってたんだ」
「へぇ……琴也と同じ中学。あそこって、成績優秀者がここに来ることが伝統とかあったりするの?」
「ないかな。俺に関しては滑り止めだし。アイツは……まぁ、もの好きだったんだろ」
彼女がこの学校を選んだ理由は知っている。
だが、事情を知らない者の前で「俺がいたからきた」なんて言ってみた日には自惚れ野郎だの自意識過剰だの言われ哀れな目を向けられるに決まっている。
二人はそんなことしないだろうけど、誰が聞いてるかわからないので余計なことは口走らないでおいた。
「まあ、真相はさておき結果が楽しみではあるよね。僕としても優秀な人材は欲しいし」
翼が遠い目をしながら言っていた。
激務の生徒会に思うところがあるのだろう。
生徒会は学年で10人までと決められた狭き門だ。
もう、2年生は埋まってしまっているから1年生に仕事が出来るやつを望むのは理解できる。
まあ、実際のところ、絵麻が入ったら大車両の活躍を見せることは間違いないだろうし。
中学の風紀委員で実務もやっていたため、不慣れということはない。
そう考えると、おめおめと生徒会にくれてやるのは癪だな。
最終決定権は、絵麻にあるとしてもその気があるのなら勧誘してみるのもいいのかも知れない。
そんなことを考えていると、スマホがブルりと揺れた。どうやら、誰かからメッセージが届いたようだ。
確認してみると、送り主は鏑木先輩。
えっとなになに……
「今日の放課後、藤森絵麻を巡り生徒会と風紀委員会でプレゼン大会を行う」だと。
「ちょっと、予想外のことが起きたんじゃない?」
どうやら、生徒会メンバーにも同じようなメッセージが送られていたようで翼が苦い顔をしていた。
「確かに、ここまでとは予想外だ」
この学校において前例のない、新入生を巡ってのプレゼン大会が始まろうとしていた。
◯
「これらのデータに基づき、我々生徒会は藤森絵麻さんが適任と判断しました。生徒会参加を希望します」
放課後の生徒会室。
ここで、絵麻を巡って生徒会と風紀委員会によるプレゼン大会が行われていた。
現在のところ生徒会、風紀委員会共に15名以上のメンバーがいるため代表者によるプレゼンが行われ、くじ引きにより先行は生徒会となり、いま生徒会長がプレゼンを終えたところだった。
生徒会と風紀委員会に用意された制限時間は6分。
それを超えるとアラームが鳴り強制終了となる。
この時間内であれば基本的に自由でありプロジェクターや資料配布などどんなものでも好きなように使うことが許されていた。
絵麻は特等席のようなところに座らされプレゼンに耳を傾けていた。
その表情は真剣そのもの。
いつもの蠱惑的な雰囲気とは異なる。
まるで初期の絵麻を見ているかのようでもあった。
絵麻がどちらかに所属すると言い出した時は驚いたが、内申的にも大きく影響するので当たり前と言えば当たり前か。
「では、次に風紀委員会。プレゼンをどうぞ」
このプレゼン大会を纏めていた司会者に促される。
生徒会は生徒会長自らプレゼンしたのだから、当然うちも鏑木先輩がやるだろう。
そう思って待っていたのだが、先輩は一向に立ち上がらない。
寝てるのだろうか?
いや、でも目は見開いてるしな。
先輩は目を開けながら睡眠がとれるとかそんな特殊能力はなかったはずだから、さっきの司会の言葉は耳に入っているはずなのだが。
「先輩、呼ばれてますよ」
隣に座っていた先輩にこっそり耳打ちする。
「何を言ってるんだ?ここは、お前の出番だろ?」
「は?」
ちょっと待て、嘘だろ?
思わず固まってしまったが、そんなつまらない冗談はやめてほしい。
俺がプレゼン役?そんなこと一度も聞いてない。
しかし、先輩は任せたぞと瞳で訴えてくる。
会長はしっかり前に出たというのに先輩は出ないんですか??
そのように訴えるが「適材適所」という一言で押し返されてしまった。
毎週木曜の「風紀委員会の注意喚起」の放送をしていなければこんなことにならなかったのか?
諦めろといった様子で俺の肩をポンポンする鏑木先輩。
うん、先輩のせいだからね??
「どうした?風紀委員会。代表者はいないのか?それともプレゼン必要なしという判断なのか?」
このままでは、風紀委員会が負けてしまうかもしれない。風紀委員の立場としても絵麻は逃せない。
だから、立ち上がった。
「宇積田、お前が代表者でいいのか?」
「はい、俺が風紀委員会のプレゼンターです。今から、発表を始めます」
用意された机に向かい、全員を見渡す。
生徒会と違い、プロジェクターも資料もなにもない。
状況は圧倒的に不利。
だが、この口でなんとかしてみせる。
目の前に映る絵麻をまっすぐ見つめる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「風紀委員会のプレゼンを始めます。まず、今回は新入生に向けてではなく、藤森絵麻さん。あなた一人に向けてにしたいと思います」
大切なのは、大多数に響くプレゼンではなく、一人に向けたプレゼンを行うこと。
だって、絵麻にさえ魅力を届けられればこちらの勝ちなのだから。
「まず、風紀委員としての主な仕事は、常時活動として校内の巡回、校則チェック、校則会議、朝昼夕のお昼の校内放送があります。特別活動として、体育祭、文化祭などの年間行事の運営を行う生徒会の運営補佐です」
初めは生徒会と同じように活動内容から述べていく。
「次に風紀委員になるメリットですが、人を相手にすることが多いので生徒との交友関係が広がります。それ以外のメリットですが、一般的観点から言えば生徒会と比べると劣っています」
「えぇ?」「どうしたんだ?」と室内が少しだけ騒ついた。普通は自分をより良く見せるために相手のことは評価しないのが鉄則である。
しかし、俺は敢えて生徒会の魅力を認めた。
内申点も学校内での格も相手の方が上なのは覆りようのない事実である。
それから目を背け同じ土俵でアピールしたところできっと勝てない。
だから、風紀委員はいや……俺は己が道を行く。
「それでは、質問でもしたいと思います。藤森さんはどうして生徒会や風紀委員会に所属しようと決めましたか?」
「えっと、そうですね……打算的なことを素直に言ってしまえば内申点が一番大きいですけど、わたしって存外、人の役に立ちたい性格だったらしいです」
「だから、所属しようと??」
「最初はどっちにも参加するつもりはなかったんですけど、実際に入学してみたら意外とやってみるのもいいかなって……」
「正直に言って、どちらに加入したいと思ってますか?」
「今のところは平行線ですね。どちらも大いに人の役に立つことを活動としてるので」
「そうですか……」
「すみません、わたしちょっと気になることがあって逆に質問してもいいですか?」
「どうぞ?」
「先程からのこれって、プレゼンなんですか?」
絵麻からの質問が飛んでくる。
確かにこれは、プレゼンというよりかは質疑応答に近い。
「プレゼンならさっきので終わりですよ?」
「さっきのって、「生徒会と比べて劣っています」ってところですか?」
「はい、そうですね。でも、あまりにも時間が余ったのでその時間を有効活用しようかと思って」
実際に各委員会に約束された時間は6分。
その間ならば、どんなことでも自由が許されている。
勝ち目のないプレゼンで時間を全部使ってしまうなんてそんな馬鹿なことやる意味ないだろ?
「実際どうでした?生徒会のプレゼンを聞いてみて」
「データに基づいて効率よく優秀な人材を集めていることがよくわかりました」
「そうですよね?」
だいたい、今日プレゼン大会をやることが決定したというのにここまで完璧な資料を半日足らずで作り上げるのは正直言って正気の沙汰じゃない。
「入ってみたいですか?」
「魅力的ではあると思います」
「では、風紀委員会はどうですか?」
「う~ん、さっきの感じだと仕事内容と交友関係が広くなるということしかわからなかったです」
「気になりませんか?」
「何がですか?」
「その他のメリットがすべて生徒会と比べて劣っていると――俺はそう言いました。ですが、果たして本当にそうでしょうか?」
もちろん、一般論からしてみれば劣っている。
一般論からしてみれば。
「ち、違うんですか?」
「俺も一年前に同じようなことを今の委員長に言われました。もちろんその時はただの妄言だと思ってたし、一年も続けるつもりはありませんでした。でも、俺は今もこうしてここに居ます」
「…………」
「もちろん、加入してくれたら委員会役員総出で歓迎します。また一緒に仕事してくれませんか?」
ぴぴぴぴーー。
6分経過を知らせるアラームが鳴り響く。
「――以上で終わります」
頭を下げてから、自分の席へ戻った。
不利な状況で且つ、資料もデータもなにもなかったから突破口はおそらくこれしかなかった。
この状況でできる限りのことはやったと思う。
「風紀委員会ありがとうごさいました。これで、両方の発表が終わりましたが藤森さん。お決めになりましたか?」
「はい。決めました」
そう言って、藤森が立ち上がる。
カツカツと歩く音が静かな生徒会に響く。
俺はただその行く末をじっと見つめていた。
絵麻は生徒会長の元に近づき口を開いた。
「すみません。生徒会には入れません。
――私は風紀委員会に加入させて頂きます」
――と。
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