第3話 入学式
例の視線が解決することなく、翌日を迎えた。
今日は新入生の入学式だ。
春風に吹かれ桜の花びら舞い落ちる正門には既に多くの新入生と思われる姿があった。
実に初々しい。俺も一年前はあんな風に見えたのだろうか?
今日の主役たちが保護者と一緒に記念撮影するのを横目にし、いつも通りに教室に向かっていく。
校舎に入ると生徒会役員と思われる生徒がせわしなく働いていた。
そっか、今日は生徒会にとっても大事な日だもんな。
生徒会はこの学校の顔であり旗印だ。
新入生に威厳を見せつけるという意味でも今日は大切な日と言える。
ということは、姿は見えないがきっとどこかで翼もこき使われてるんだろう。
可愛そうに。
少しだけ同情した。
さて、俺は今日一日暇だし教室に行って大聖とでも駄弁ろうかな。
三階までの階段を駆け上がろうとしたその時だった。
「おい、宇積田。ちょっと待て」
誰かに背後から呼び止められる。
この呼ばれた瞬間に背筋がビクッとなる感じ…間違いない。
確かにその声は俺の耳に届いていたが、この場合は聞こえていないことにしてスルーしてしまう方が賢明だ。
だって、過去に碌なことなかったし。
一瞬立ち止まってしまったが、今ならまだ誤魔化しがきくだろう。
一刻も早く大聖のところに……
「聞こえないふりをしても無駄だからな??あん?」
体感では俺と声の主はそこまで近くではなかったはずだ。
だが、今はどうだ?
やつの声が俺の耳元から聞こえるんだが。
そして両肩に両手が乗せられがっしりと捕まえられる。
絶対に獲物を離さんと言わんばかりに。
あれ、俺ってもしかして狩られてる?
自分の置かれた状況を理解したときは時すでに遅し。
「琴也く~ん。風紀委員は新入生の誘導係を任されてるって、あたしさぁ、言ってたよねぇ~?サボってどこに行く気なのかなぁ~~!?」
普段からは想像もつかないような優しい口調に猫なで声。
普通の女子ならかわいいの一言で済むのだが、この人の場合はまた違ってくる。
こっわ……めちゃくちゃ怒ってんじゃん……
怖くて後ろを振り返るのを躊躇してしまうほどの圧倒的威圧感。
これってもしかしなくても処刑確定かな??
「なぁ……なにか答えたらどうだ??」
握られた肩に更に力が籠る。
「鏑木せんぱいっ、ギブ!!折れちゃう!折れちゃいます!!」
本当にバキバキと音が鳴り始めるかと思った。
俺がその場に座り込んで降参の意思を示すとようやく解放される。
視線の先には、腕を組んで鋭い視線でこちらを睨むポニーテールの少女がいた。
最高学年である三年生でこの学校の風紀委員長。
黒髪ポニーテールという見た目でいえば風紀委員長属性が非常に高いこの人だが、その風貌からは想像できない程に口調が終わっている。
よく言えば、サバサバしているが悪く言えばチンピラ。
リーダーシップがあり成績優秀、そして責任感が強いといってもどうしてこの人が一つの委員会の長を務めあげられるのか。しかも、風紀委員会。
個人的学校の七不思議のひとつだ。
「おい、おまえ。また失礼なこと考えてたな??」
「いやいや、滅相もない。一番尊敬している先輩を悪く思うなんてあるわけないじゃないですか~?」
二枚舌?噓八百?
なんとでも言え。俺は命が惜しいんだ。
「そんなに尊敬してるなら、あたしの言ったことは忘れないと思うんだが??」
鏑木先輩から送られてきたメッセージは確かに確認したし、覚えてる。
だけど、これに関しては俺にも言い分があった。
「昨日の夜にももから連絡が来て、明日の当番はしなくていいみたいなことが書いてあったんです」
「なに?」
ももというのは、俺と同じで去年からいた同い年の風紀委員だ。
去年は俺とクラスが違ったが、今年から一緒のクラスになっている。
証明するためにスマホを見せると確認した鏑木先輩は大きくため息を吐いた。
「つまり、ももの仕業といいたいんだな?」
「はい、アイツが100%悪いです。処刑ならアイツを」
「はぁ……お前たち…もう少し仲良くすることはできないのか?」
「努力はしてます。悲しいことにそれが一方通行だっただけです」
嫌われるようなことはした覚えがない。
少なくともそんなに接点があるわけでもなかったし。
残された可能性は第一印象で嫌われた可能性だが、そうだとしたらちょっと悲しいな。
「はぁ……おまえの言い分はわかった」
「つまり、許してもらえるってことですね?」
「そんなわけあるか、バカタレ」
「えぇ……」
「おまえがいない間、他の委員はそのぶん働いたんだ。お前だけ楽させるなんてあたしが許すわけないだろ??罰ゲームだ」
「でも、俺は被害者ですし……」
「ももとの関係性を鑑みればこういうこともやってくると少しは勘づいていたんじゃないのか?だって、やられたのはこれが初めてなわけじゃないだろ?」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ……」
「ほう、そうか。なら、おまえとももの会話履歴を見てもなにも問題がないということだよな??」
「罰ゲームっていったい何なのでしょうか!!」
逃れようとした俺が愚かだった。
どうあがこうと最初から未来は決まっていたのだ。
鏑木先輩は満足そうに「そうか、やる気になったか!じゃあ、ついてこい」と有無を言わさぬ様子で俺を引っ張っていく。
風紀委員が委員長に引っ張られ連行されるというのはもはやこの学校ではお馴染みな光景となっているので、たとえそれを見かけたとしても誰も疑問を抱かない。
疑問を抱かない全校生徒に問いたい。
〇
「あの……先輩」
「なんだ?」
「罰ゲームってこれのことですか……?」
「ああ、そうだが?何か問題あんのか?」
「流石に嫌がらせが過ぎると思います」
聞いてないぞ?
――罰ゲームが入学式の司会進行役とか。
体育館に連れてこられて、原稿らしきものを渡されたと思ったらいつの間にか司会になっていた。
「もとを正せばお前がしっかり時間通りに来ていればこんなことにはならなかったんだ」
四月だというのに校内ではインフルエンザが大流行。
そのため、風紀委員、生徒会ともに数名の欠席者が出ており、俺が抜けた穴は生徒会の人たちがやってくれたらしい。
生徒会の手を借りてしまった手前断れないという先輩の意見もわかるし、俺にも責任の一端はあるため、堂々と抗議することもできない。
どうやら、ここは諦めるしかなさそうだ。
「リハーサルすらしてないんですけど……」
「そんなものお前ならどうとでもなる。インフルエンザで休んでしまった司会担当のためにも頑張れ」
その司会って、確か副生徒会長が務める予定でしたよね??
俺じゃ力不足では?
と視線で訴えるが目を逸らされた。
うん、クソだ。
音響担当から間もなく始まりますと無線が入り、俺は覚悟を決めた。
取り敢えず、大まかな流れは説明してもらって頭に入ってる。
後はその流れに沿って原稿を読むだけでいいんだ。なにも難しいことなんてない。
緊張で心臓がバクバクしている自分にそう言い聞かせた。
無線で「暗点します」と声が入ると、会場である第一総合体育館が一斉に暗闇に包まれた。
そして、次の瞬間に入口にスポットライトが照らされ、ステージが点灯する。
一度ゆっくりと深呼吸してから、マイクを口元に近づけた。
「新入生入場。拍手でお迎えください」
そう言うと、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
この体育館にいるのは、職員と保護者だけで二、三年は各教室で中継されているのを見ている。
しかし、新入生300人分の保護者ということもあり、そこそこキャパシティのある体育館が割と埋まっている。
その観覧席の中央の花道を通り、新入生が入場してくる。
吹奏楽部の演奏に合わせての入場だ。華やかさがある。
暗点していることもあり、ひとりひとりの顔はよく見えなかったが、動きがどこかぎこちない。
きっと、緊張してるんだろうなぁ…俺もそうだったわ。
と思い出に浸っていると、近くで控えてきた先輩からもう一回原稿を確認しろとのお達しが。
そうですよね。すんません。
新入生そっちのけで原稿を確認していく。
最初は校長の祝辞か、次に来賓紹介、来賓の言葉。
それであとは代表者のあいさつ。
最後に生徒会長からの歓迎の言葉。
思ったより少ない。
それに、俺が喋る文量もそんなにない。
これなら、いま読まなくてもそのままでいいかな。
風紀委員として校内放送を頻繁にやってきた身からすれば、原稿読みはお手の物だ。
だから先輩も俺にやらせたんだろうし。
念のため校長と来賓の名前だけ間違えないように確認してから、再び新入生に目を向ける。
新入生の入場も終盤に差し掛かっており、空席だった場所がみるみるうちに埋まっていく。
やっぱ、うちって意外にマンモス校だよな。
地方にしては多いよなと思いながら、俺はその様子を眺めていた。
〇
社交辞令というのはくどければくどいほどいいということを校長と来賓が教えてくれた。
登壇し、お経のように黙々と言葉を並べる様には感服した。
春の陽気でフワフワして寝そうになったが、後ろにはモンスターが控えている。
この人がいる限り、俺は絶対に失礼を働かないという自信があった。
来賓が5人くらい挨拶を終えたところで俺は再びマイクを握りしめる。
次は確か、新入生代表の挨拶。
これは、入試で一番優秀な成績を修めた人が選ばれるのだが、今年はどんな人物なのだろうか。
その学年の顔となる人物ということは間違いない。
最後の来賓が着席したのを確認して、マイクをオンにする。
「続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表は登壇してください」
音声が会場に響くと一人の少女が「はい!」と返事をして立ち上がった。
そして、保護者、来賓にお辞儀をしてステージ上に上がる。
ウソだろ……
どうしてアイツが。
ライトに照らされ、揺れる茶色のセミロング。
すっきりした体系にすらっとした真っ白な脚はまるでモデルのようだ。
ステージにあがる少女を見て、俺は固まった。
ただの他人の空似か?
いや、見間違うはずがない。
だって――あれは。
その少女はステージ上の台座に置かれたマイクをゆっくり手に取り、こちらに振り向いた。
一度深く一礼してからマイクを近づけ今にも話しだしそうなその刹那、彼女がこちらを一瞬だけ見て微笑んだ気がした。
ステージの中央、この日一番の注目を浴びながら彼女の口が開く。
「――皆さん、こんにちは。
――と。
―――――――――――
お読みくださり、ありがとうございます。
たくさんの方に読んでいただいているようなので時間を早めて投稿します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます