《二章 どうしてあなたと》

 いきなりだが、王都では天象儀というものがあるらしい。天象儀は別名プラネタリウムと呼ばれ、霧の都であるこの街ではめったに見ることができない星たちを光で表現した体験型アクティビティ。田舎で星空を何度も見てきた私も、室内で星が見れると言われれば気にならないわけがない。物に執着のない私だが、貴重な体験には目がないのだ。


 ***


「えぇ?販売停止?」


 朝早くから前売りチケットを買おうと意気込んでいたのは良いものの、販売所に着いたらそこに誰もいなかった。どうやら天象儀の中で死者が出たらしく、事件解明のためと人足が離れたことで一時休業になったとのこと。


 とりあえず今週いっぱいの公演は無いらしい。


「あれ?あいつは……」


 家に帰ろうとしたら、近くの天象儀の入口で見覚えのある顔を見つけた。彼とは先月とある事件をきっかけに船で会ったルーグナーとか言う悪魔に詳しい男だ。お洒落なジャケットを着ている。


「ルーグナー、あなたなんでここにいるのよ?」


 近づいて話しかけると、一瞬誰だこいつという顔をしてきたが「あぁ」と口を開いた。どうやら思い出したらしい。


「少し前の船で会った、ル……ル……ルナとかいう女か」

「あんた今完璧に私の名前忘れてたわね!?というか、女って言い方なによ!」


 私が口早に問い詰めると、ルーグナーは「邪魔だ邪魔だ」と手を払い離れろと言ってくる。


「私なんであなたがここにいるか聞いたんだけど?」

「仕事だ、仕事。ここのオーナーから依頼があってな」


 ルーグナーは天象儀を指さしながら言った。こいつに依頼が来たってことはまた悪魔絡みの仕事かしら?


「今回も悪魔関係?」

「ああ、そうらしい。どうやら”出る”らしい」

「出るって何が?」

「”霊”だよ、霊」


 それを聞いて私は体を震わせた。


「お前、もしかして霊が怖いのか?悪魔は平気なのに?」

「ええそうよ?なにか問題でも?だって、死んでたら殴っても効かないじゃない。それに、見えないし、怖いし……」

「脅かして悪かったから、一旦落ち着け」


 ルーグナーは私に謝罪の言葉を口にした。 


 ***


「落ち着いたわ」


 数十秒ほど深呼吸した私は冷静さを取り戻した。ルーグナーは天象儀の入口を見ながら頭をかいている。


「何かあったの?」


 以前とは少し違う様子のルーグナーを前に、私は聞いてみた。何か悩みがありそうな表情だ。


「今回の依頼は霊を祓うだけなんだが、一つ問題があってな」


 ルーグナーの言う、問題があるとはどういうことだろうか。別に前みたいに無理やり祓えば全部解決できるだろうに。


「そのお化けはカップルだけを狙うらしく、俺一人だとどうにもならなくて悩んでたところだ」


 そうか、悪魔を祓えるとは言っても”祓う”の一言ですべてが終わる訳では無いのか。悪魔自体に攻撃をして祓うのだから、その対象が出てこないとどうしようもないと。


「それは大変そうね。誰か頼れる人とかはいないの?」

「相棒のインペルは男だし、領地の仕事がどうこうって帰っちまったからなぁ」

「インペルって、あのシアーズ領の?」


 インペルと聞いて私が思い当たるのは唯一人しかいない。


「そのインペルだ」


 インペルは、ルーグナーと会うきっかけにもなった、女に男装をさせる趣味のある変態クソ野郎だ。反省したらしいがまさかルーグナーと一緒に働いているのか。


「男だから今回の依頼は向いてなさそうね。他に女性はいないの?」


 流石に今まで一人でやっていたわけでもないだろうし、一人くらいはいるはずだろう。


「そんなのはいない」

「一人も?」

「そうだ」


 おっと意外。てっきりこの顔で女をたぶらかしているものかと。


「お前、今俺への悪口を考えていたな?」


 まずい、顔に出ていたらしい。「そんなことはない」と私はすぐに返した。


 ***


「いい案を思いついた」


 ルーグナーが何かをひらめいたらしい。


「お前が俺と一緒に入ればいいんだ」

「何を言い出すかと思えば、私は霊が無理なの忘れた?」


 前回は悪魔だから良かったけど、今回は霊だ。私は前みたいに動けないしやる理由もない。


「お前なら悪魔と遭遇しているし信頼もできる。それにお前、ここに来たってことは天象儀のチケットを買おうとしてたんだよな?」


 信頼してもらえてるのはありがたいけど、今回は力になれそうにない。あと、よく私が買おうとしてるって分かったわね。


「買おうとはしてたけど、それがなにか?それに怖いのはやだの。あと私にメリットないし」

「メリットならあるぞ?」

「今回の報酬でここの年間パスももらえる」


 年間パスですって?まぁ、そんな毎日見に行くわけでもないし、霊だって怖いし、行きたくはない……


「分前として、報酬の二割で────」

「三割よ。さっさと行きましょ」

「切り替えが早いな。助かる」


 一人暮らしは何かと金がかかるんだ。仕事もパン屋のバイトだし、小遣い稼ぎはしておいて損はない。

 

 ***


「中に入ったか」


 黒いスーツに目深に帽子を被った男達は、ルナたちが天象儀の中に入るのを近くの建物の影から眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る