Aパート 第2校

 ひだまり迷宮の探索が終わり、俺達は迷宮の外へ繋がる通行門の前に立っていた。

 本来ならこのまま家に帰るのだが、手に入れたアイテムがUUR武器【機巧剣タクティクス】にとんでもないアクセサリー【神皇の花飾り】を手に入れてしまったからそうもいかなくなった。


 ということで、俺は迷宮管理局の支部へ行くことを決める。


「と、いうことでレアアイテムも手に入れたし、今日の配信はここまでかな。みんなぁー、今日も見てくれてありがとねぇー!」

〈おつおつー〉〈おつつー〉〈おつ〉〈おっつおっつ〉

〈気をつけて帰ってねー〉〈今日も楽しかったよー〉〈ボスとの戦い見たかった〉

〈あ、もう終わりか〉〈終わっちゃうのー?〉〈アヤメ気をつけてねー〉〈アヤメちゃん今日もさいこうに楽しかった気をつけて帰ってね〉


 アヤメが手を振り、配信を見ていたリスナー達と別れの挨拶をする。

 そして、完全に配信が終わると俺へアヤメは振り返り、持っていた【神皇の花飾り】を返してくれた。


「ありがとね、クロノくん。君のおかげで今日の配信は大成功だよ」

「どういたしまして。これからアヤメはどうするんだ?」

「ドローンに設置してるカメラの強化かな。途中でゴーレムの魔力を受けて配信が止まっちゃったみたいだし。クロノくんはどうするの?」

「迷宮管理局に行くよ。レアを二つも手に入れちゃったから、さすがに報告しないとマズそうだからな」


「そっか。じゃあ今日はここでお別れだね」


 アヤメは少し寂しそうな顔をする。

 うむ、さすが有名配信者だ。何から何までかわいいな。


『何イチャイチャしてるのよ、アンタ達。早くカメラのカスタマイズしに行くわよ』

「お前はどこをどう見たらイチャイチャしていると思うんだ、バニラ?」

『してるじゃない。特にクロノ、アンタは鼻の下を伸ばしすぎよ。ったく、とんでもない虫がついたものだわ』


 バニラがやれやれと頭を振っている。

 いやまあ、確かにアヤメのかわいさに目を奪われていたけどさ、そんな言い方するか?


「あははっ、バニラは手厳しいから。あ、後でしっかり言っておくから今回は許して。ね、クロノくん」

「まあ、別にいいけど」

『ちょっと、早くしないと店が閉まっちゃうわよ!』

「はいはーい。ごめん、そろそろ行くね」


「ああ、気をつけて帰れよー」


 アヤメは慌ただしくしながらバニラと一緒に迷宮の外へ出ていった。

 有名配信者になると時間にも追われるんだろう。


 そんなことを思いつつ、俺も迷宮の外へ出ることにする。

 目指すのは町の中心部に建つ迷宮管理局の支部だ。


「あんまり気は進まないんだけどなぁー」


 なんせそこには、俺をよく知る人がいる。

 だから怒られそうで嫌なんだけど、まあ状況が状況だから行くしかない。


 俺はため息を吐きながらまずは町の中心部を目指す。

 重たい足を動かしながら無人駅へ行き、一時間に一本の電車を待って乗り込んだ。


 そのまま電車に数分ほど揺られ、町で一番大きな駅に着く。

 電車を降り、改札口を抜け、そのまま外へ出ると数年前まで寂れていた商店街が目に入った。


 迷宮が出現するまで、ほとんどの店がシャッターが降りている商店街だったけど今は全部営業している。

 これは迷宮の出現と共に探索者が来るようになり、活気を取り戻したからだ。

 だから商店街は地元の人や訪れる観光客だけでなく、探索者も相手に商売をしている店であふれていた。


 まさに迷宮様々だ。

 経済効果はどのくらいなのかわからないけど、一度死んだ商店街を復活させてしまったんだからな。


 そんな蘇った商店街通りを進み、俺はその奥にある建物に目を向ける。

 それはどの建物よりも一際大きなビルで、掲げられた看板には【迷宮管理局・尾俵支部】という文字があった。


 俺はそのビルへ入り、受付をしているおじさんに声をかける。

 おじさんはやつれた顔でぎこちない笑顔を浮かべ、こう言葉を口にした。


「いらっしゃい。こんな時間に迷宮探索かい?」

「えっと、アイテムの報告をしたくて……いいですか?」

「アイテムの報告? ああ、あれね。ちょっと待ってて」

「え? あ、はい」


 おじさんはそう言葉を告げると、テーブルの上を漁り始めた。

 しかし、目当てのものが見つからなかったのか顔が曇る。


「ごめんね、もうちょっと待ってて」

「はぁ……」


 次第に真剣な表情へ変わり、そこにはないと判断したのか何かを探しに事務所の奥へ消えていった。

 取り残された俺は、とりあえず受付カウンターの前で立ち尽くす。


 しかし、いくら待ってもおじさんは帰ってこない。

 よっぽど必要な何かが見つからないのだろう。


 しかし、アイテムの報告に書類か何か必要だったんだろうか。

 うーん、ここの職員じゃないからわからないなぁ……


「あら、鉄志じゃない」


 そんなことを思いつつ待っていると、誰かが声をかけてきた。


 振り返ると長身で赤く長い髪を揺らし、腕を組んで向かってきている二十代前半の女性がいた。

 ワイシャツの上から指定の赤いベストに黒いタイトスカートを履いた若い女性を見て、俺は思わず「ゲッ」っと声をこぼしてしまう。


「ちょっと、その反応は何よ?」

「いやだって、もう仕事を切り上げたと思ってたし」

「切り上げたかったんだけど、そうもいかなくなったの。ったく、あいつのせいで帰れなくなったし」

「そりゃ大変だね、霧島さん」


「何遠慮した呼び方してるの、鉄志。いつものように瑠璃ネエと呼びなさいよ!」

「いや、だって――」

「だってじゃないわよ! もう、アンタは変なところで遠慮するんだから。私みたいにもっとガツガツしなさい!」


 仲のいいお隣さん霧島瑠璃がまあまあ迷惑なアドバイスをしてくれる。

 この人はニ年前に始めて星十個、つまり満天星に到達した元探索者ですごい人なんだけど、今はなぜかこんな田舎で管理局の職員をしている。

 どうして唐突に職を変えたのかわからないが、探索者としては尊敬できる人だ。


「はいはい、わかりました。それより仕事をしなくていいの? 霧島さん?」

「瑠璃ネエ! もう鉄志ったらかわいげがないんだから。あ、もしかして反抗期? 反抗期なのよね!」

「もうそれでいいから。というかホントに仕事しなくていいのかよ?」

「ああもう! 仕事仕事って、何度も言わないでよっ。せっかくいい感じにサボってたのに!」


「サボるなよ、おいっ」


 霧島さんは頭を抱えながら「いやー!」と叫んでいた。

 よっぽど忙しいんだな、って思いつつ帰れないストレスを俺にぶつけているんだろう。


 これは早く用事を済ませたほうがいいな。


 そういえばあのおじさん、ずっと帰ってこないが本当にどこに行ったんだ?


「どうしたのよ?」

「いや、レアアイテムを手に入れたから報告しに来たんだけど、対応してくれた職員が帰ってこなくてさ」

「あー、そうなの。わかった、私が代わりにその報告を受けるわ」

「え? でも忙しいんじゃないの?」


「察しが悪いわね、アンタ。私はアンタを利用して嫌な仕事をサボる。アンタは報告ができる。つまり、ウィンウィンな関係ってやつよ」


 いや、サボったら帰るのが遅くならないか?

 そう思ったものの、俺は敢えてツッコミを入れないでおいた。


 まあ、いつまでも帰ってこないおじさんを待つよりはいいし、俺としてはありがたい。

 ということで、俺は霧島さんに手に入れたアイテムをカウンターに置いて報告をする。


「俺が手に入れたアイテムは【機巧剣タクティクス】と【神皇の花飾り】だよこれがその証拠ね」

「ふんふん、なるほど。【機巧剣タクティクス】と【神皇の花飾り】っと。って、ちょっと待てぇーい!」

「どうしたんだよ、霧島さん?」

「なんで二つもレアを手に入れてるのよアンタは! 特にタクティクスって世界的にも二つしか確認されてないのよ!」


「いや、そんなこと言われても……手に入れちゃったんだし」

「他に何か報告はある? 倒したボスとか、新エリア発見したとかないの?」

「え? あ、あー、そういやあるなー」


 俺は強化ボスモンスター【神皇花のゴーレム】を倒したことを話した。

 迷宮の深層部については、アヤメのことがあるから話さないでおく。

 あそこに行くには特殊条件をクリアしないといけないし、確実に俺が駆り出されるだろうしね。


「強化ボスを倒したぁー!? アンタ、よく生きて帰ってこれたわね」

「たまたま天見アヤメとパーティーを組んだおかげだよ。俺一人じゃ倒せなかった」

「ふーん。しかし、まさかこの私がアンタに驚かされるとは。歳を取ったわ」

「まだまだ若いだろ、霧島さん」


 なぜかため息をついている霧島に俺はツッコミを入れるが、彼女は「最近化粧のノリが悪いのよ」と愚痴り始めた

 どうやら彼女は彼女で歳を取ったと感じる出来事があったようだ。


「なあ、もう報告は終わりなんだけどさ」

「えー? そうなの? じゃあ私の肌もちを維持するための努力を聞いてよー」

「やだ。俺は疲れたから帰って寝たいの!」

「えー! そんなこと言わないで聞いて聞いてー!」


「仕事しろよ、アンタ! 俺は帰るからな!」


 ブーブーと霧島さんは文句を言う。

 ったく、昔からこの人はこんな調子だからな。

 付き合ってるとこっちの調子が狂う。


「あー、はいはい。わかったわかった。じゃあこれをあげるからもうちょっと私の愚痴につき合ってよ」

「いやだから、俺は帰るって言って――」

「じゃーん! 星三つバッジぃぃ!」

「ちょっと待て! なんでそんなものを俺に渡そうとするんだよ!」


「だってアンタ、レアを二つも手に入れたんでしょ? そのうえ強化ボスも倒したのよね? 低く見積もっても星三つのランクアップできるわよ」

「だとしてもアンタが勝手にやっていいのかよ? それ普通は偉い人がやることだろ?」

「大丈夫大丈夫、あとでちゃんとその偉い人に言っておくから」

「いやダメだろ、それ……」


 そんなことがまかり通ったらいけないだろ。

 大丈夫なのか、この組織は。


 俺が心配を抱いていると、カランというベルの音が響く。

 出入り口になっている扉に視線を向けると、そこには二人の男性が立っていた。

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