Aパート 第二校

 迷宮――それは様々な財宝が眠る場所。


 生える植物、石ころのように転がる魔石、散らばるガラクタに、モンスターの全てが俺達人間に影響を与える財宝だ。

 そんな恩恵を与えてくれる迷宮が、十数年前に世界各地で出現した。


 俺はそんな迷宮で一人探索を行っていた。

 目的はもちろん、迷宮でしか手に入らない【財宝アイテム】を手に入れ、俺こと黒野鉄志のコレクションを増やすことだ。


 ということで本日も近場にある駆け出し探索者御用達の【ひだまり迷宮】で俺は探索をしていた。


「うーん……前にも手に入れたな、これ」


 ひだまり迷宮をいつものように探索しているんだが、いいアイテムが手に入らない。

 どれもこれもすでに持っているものばかりだし、しかも売値がとても安い。


 ポーションや薬草といったものなら探索中に使いまくるから有用なんだけど、ヒビ割れた魔石ばっかりだから使いようがないというのがミソだ。


 これは参ったな。

 せっかくの休みでなけなしの小遣いを使って入場料を支払ったのに、全部が無駄になっちゃうじゃないか。

 まだ時間があるけど、これはもしかしてもう手に入れるアイテムがないのか?


 そんなことを考えていると視界の隅でスススッと動く何かを俺は発見した。

 俺は気になって逃げるように動く何かをしっかりと視界に捉えると、それは虹色に輝くスライムだった。


「こいつは、レアスライムだ!」


 レアスライム――そいつは倒すとレアアイテムを落としてくれるというなかなか出現しない名前通りのレアなモンスターだ。

 迷宮に眠る宝箱の中身が復活していることがあるが、それはレアスライムが手に入れたアイテムを保管する習性を持っているためだと言われたりそうでなかったり。


 何にしても、レアスライムに出会えたのは超ラッキーなことなんだ。

 特にアイテムコレクターの俺としては願ってもない状況でもある。


 ということで、俺はすぐに戦闘態勢を取った。


「アイテム寄こせぇぇぇぇぇ!」

「ぴぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」


 腰に携えていた木刀を握り、レアスライムに向かって振る。

 レアスライムは案外動きがトロく、俺の攻撃は簡単に当たった。

 そのまま力尽きたのか、ボンッと小さな爆発をするとに煙を上げて身体が消え、代わりに一つの宝箱が出現する。


 虹色に輝く宝箱だ。

 これはレアアイテムの香りがプンプンとするぜ。

 というかこれはもう、期待しないほうがおかしいだろって思えるぐらい神々しい輝きが空間に溢れていた。


「にししっ。さてさて、中身を拝見しようかな」


 俺はちょっとだけ手もみをしながら宝箱を開く。


 一体どんなレアアイテムがあるのか。

 それはどれだけの価値が存在するのか。

 いろいろ楽しみにしつつ、中に眠るアイテムに目をやる。


「ん? これは、剣?」


 それは片刃の剣。なんだかメカメカしく、全体が漆黒に染まっている不思議な剣だ。

 これはアイテムというより武器だ。


「確かこれは、迷宮武器って言ったな」


 迷宮武器は人が持つ心音やら体温やらで相性が決まるって性質があり、相性がよければ使用できる存在だ。

 ならこの武器はとんでもないレアだ。


 しかし、どのくらいのレア度なんだろうか?

 ちょっと気になったのでスマホを使って手に入れた剣の画像を撮って調べてみる。

 すると検索結果の一番上にこんな名前が表示された。


「機巧剣タクティクス?」


 なんだか仰々しい名前だな。

 そんなことを思いつつ、タップしてサイトを開いてみるとそこにはとんでもない情報が書かれていた。


「え!? 世界で二つしか確認されてない!!?」


 機巧剣タクティクスはとんでもなくレアな武器だった。

 レア度でいえばアルティメットウルトラレア。つまりUURという最高ランクに当たる存在だ。

 だけど、タクティクスの場合は今までその性能を発揮した人間はいないという情報が書かれている。


 だとしてもタクティクスは迷宮武器であることに変わりない。


 そんなレア武器が、こんな近場で手に入った。

 もしかしたら俺、知らない間に来世の分まで運を使っちゃったか?


「…………」


 ま、まあ、そうだとしてもすぐに死ぬことはないはず。

 そうだ、ここは冷静になろう。

 そう、冷静だ。冷静になるんだ。ビー・クール、ビー・クール。


 よし、落ち着いたぞ。

 ひとまずタクティクスはアイテムボックスにしまっておこう。


「ボックス」


 俺は自分のスキルを発動させ、アイテムボックスを呼び出した。

 念のため、昨日まで収穫したアイテムコレクションを確認してみる。


 うん、いい感じにアイテムがそろっているな。

 武器や防具、あとアクセサリーもそれなりにそろっているけど、こっちは後回しだな。


 お、懐かしの深淵シリーズがあるじゃないか。

 これ、ちょっとゴテゴテしているけど見た目が結構カッコいいんだよな。

 装備ボーナスもすごくて、特に俊敏性が爆上がりする。


 前に装備したくて集めたんだけど、肝心の俺のレベルが足りなくてダメだった。

 今だと装備できるのかな?


 おっと、そんなことを考えている暇はなかったよ。

 俺はすっごい運を使っちゃったかもしれないから、とっとと迷宮から脱出しないといけなかった。


 ひとまずタクティクスをしまって、と。

 ひと昔のことを懐かしみつつ、俺はすぐに探索を打ち切り迷宮から脱出しようとした。


 だけど、いや確実に不運ってものは襲ってくる。

 そう、神の意地悪ってやつだね。

 人によっては試練と呼んでいるかもしれないけど、何にしても叩き落としに来たことには変わりない。


 なぜなら、そんな騒動に俺はすぐに巻き込まれることになるからだ。

 そうなることを知らずに俺はのんきに来た道を引き返そうとしていた。


 だが、それが思いもしない出会いになるとは、この時の俺は知るよしもない。


★★★★★


 広がる森林、穏やかに水が流れる小川に不自然に存在する大岩。

 そんな世界に優しく差し込んでくる光が私の身体を包み込む。


 ここは駆け出し探索者がよく利用する【ひだまり迷宮】の中心地。

 とても穏やかな光景が広がっており、ほとんどのモンスターが私ですら一撃で倒せてしまうほど弱い。


 まさに配信にうってつけの場所ってところね。

 ということで私はいつものように衣装の確認をする。

 もちろん、このひだまり迷宮で迷宮配信をするため。


 本日は魔女っ娘風にしたもの。トンガリ帽子にゴリロリ風ドレスを着ただけという言葉にすればシンプルなデザイン。

 でも、このままじゃインパクトが足りないから衣装は白を貴重にしたんだ。

 これで目立つこと間違いなし。

 あとは配信用カメラを設置しているドローンを起動させれば準備万端!


『ちょっとアヤメ。その衣装は何?』


 私がドローンの準備をしているとバニラが声をかけてきた。

 なんだか不思議そうな顔をして見上げている。

 まあ、今回の衣装は私が一人で判断して持ち込んだから仕方ないかもね。


「魔女っ娘だよ。ほら、私これでも魔法が得意だし。それによくお金を落としてくれるパパはこういうのが好きでしょ?」

『好きかどうかはわからないけど、魔女なのに白いってどういうことなの? それは魔女とはいわない気がするけど』

「いろんな色の魔女がいてもいいじゃない。それに陰湿なのは嫌いだし。あ、ちなみに白にしたのはバニラに合わせたからだよ」


 私がそう告げるとバニラは興味なさげに返事をし、前足を使って顔の毛づくろいをし始めた。

 いつものように全身をペロペロとしつつ、身体を綺麗にしていく。

 うん、まさに猫だ。


 でも、いつも一緒にいるけどバニラは不思議な猫だなぁー。

 だって、猫なのに喋るんだもん。

 迷宮のことに詳しいし、それに魔法だって使えるし。


 そういえば、バニラは『この世界の住人じゃない』とか言ってた気がする。

 じゃあもしかして、あの碑石に返事をしてくれる子のところからやってきたのかな?

 それならいろいろと知ってそう。


 私はそんなことを考えつつ、ようやく配信用ドローンの起動準備を終える。

 あとは、右目にかけたモノクル型端末を使って起動すればよしっと。


 右目にかけたモノクルに表示される【配信開始】を見つめる。

 途端にドローンが飛び上がり、いい高さで私達にカメラを向け始めた。

 私はもうカメラが回っていると認識し、配信画面の向こう側にいるみんなに挨拶をする。


「みんなぁー、おっはよー! 今日はいつもより早めに天見アヤメの迷宮配信を初めちゃうよぉー!」

「うにゃー」


 カメラに向かって私とバニラが言葉をかけると、途端にモノクルに配信コメントが表示された。


〈待ってたぜ!〉

〈待機してた〉

〈おはおは~〉

〈今日はやい〉


〈アヤメ、おっはー〉

〈アヤメちゃんねるはじまた〉

〈今日はお早いですね本日はなにをしようとしているのですかああ本日もおうつくしい〉


 うん、今日もみんな元気そう。

 変態紳士さんもいるし、というかこの人のテンション変わらないなぁー。

 まあ、それは置いておいて。

 今日の目的をみんなに伝えちゃおう。


「今日は駆け出し探索者御用達の【ひだまり迷宮】に来ましたぁー」

「にゃー」


〈ひだまり迷宮?〉

〈アヤメ今日もかわいいー!〉

〈魔女だ!〉〈いや魔女っ娘だ!〉

〈真っ白な魔女っ娘!!!〉


〈ああアヤメ今日もなんて美しいんだよかったらあとでデートしてくれそしてその額にキスをさせてほしいなんなら私の背中を踏んづけて〉

〈変態紳士が暴走しているw〉

〈こいつしばらくミュートwww〉

〈おい誰か変態紳士を拘束しろwww〉


〈おまわりさんあいつですw〉

〈ふっだれが私をとめられるか私のアヤメに対する愛は無限大とめられるものなど〉〈うわっなにをするやめっ〉〈ぬわーーーーー!wwwww〉


「変態紳士さん捕まっちゃった。私、あなたのことを忘れないからね!」


〈まだだ、まだおわらんよ!〉〈私は不死鳥のごとくよみがえる!〉〈たとえこの肉体が滅びようともぉぉぉぉぉ〉

〈無期懲役です〉

〈おぉぉぉぉぉ!!!(血涙)〉


 変態紳士さんのおかげでみんなが笑っている。

 でも変態紳士さんのせいで話が脱線しちゃったよ。


 まあ、ひとまずここで軌道修正をかけよう。


「えっとね、本日はこの迷宮でまだ見つかっていないレアアイテムを探しに来たの」


〈レアアイテム?〉

〈見つかってないのあるんだ〉

〈アヤメちゃん今日もかわいい〉

〈変態紳士が脱走したぞ〉〈囲め囲め!〉


「そのレアアイテム、どんな存在なのか一切情報がないんだ。だから今日の配信はそのレアアイテムの第一発見者になろうって企画なの!」


〈おおおおお〉

〈アヤメ探検隊じゃん〉

〈歴史的発見に立ちあえる〉

〈真っ白魔女っ娘の大冒険だ〉

〈アヤメ危険を冒さないで君は一輪の花で私の希望だから美しいままの君でいてほしいああこの感情をなんと表現すればいいだろうかそうだスパ爆茶を投げよう〉


【スーパー爆茶 ¥50000 が投げられました】


〈おいいいいいwww〉

〈やりやがったな変態紳士wwwww」

〈財力なら任せろ〉


【スーパー爆茶 ¥50000 が投げられました】

【スーパー爆茶 ¥50000 が投げられました】

【スーパー爆茶 ¥50000 が投げられました】

【スーパー爆茶 ¥50000 が投げられました】


〈マジかよ〉

〈おまどんだけ金持ってんのw〉

〈ふっこれでもお金持ちなんでね〉

〈あああああ〉〈ぼくちん欲しいゲーミングPCがあるのパパ買ってw〉


〈頑張って貯金して買いたまえwww〉

〈おのれ変態紳士ぃぃぃぃぃ!!!〉


 うん、変態紳士さんすごいな。

 二十五万円も投げてくれたし、今日も大儲け。

 でもあとで、話の進行の邪魔をしすぎないように注意しないとね。


「今後の活動資金に使わせてもらうね、変態紳士さん。あ、あと後で体育館裏に来てねぇー」

「シャーッ」


〈変態紳士ぃぃぃぃぃwww〉

〈おまえ説教されるぞw〉

〈そんな怒られるようなことは〉〈たくさんある〉

〈あるじゃねーかww〉


 さて、ひとまず迷宮の奥へ進もうかな。

 それにしても、見つかっていないレアアイテムか。

 一体どんなものなんだろう。


 そんなことを考えながら私はレアアイテム探しを始める。

 本当の目的は違うけど、まあこれは配信でやることじゃない。

 とにかくみんなが楽しんでくれるように頑張らなくちゃ。


「ふへへっ、見ーつけた。噂は本当でよかったよ、アヤメちゃーん」


 だけど、そんな楽しい時間に水を差す奴がすぐ近くにいた。

 物陰に隠れていたせいでそいつに気づかなかったけど、私はすぐにそいつと対峙することになる。


 そのことに私はまだこの時、気づいていなかった。


★★★★★


 ひだまり迷宮で迷宮武器を手に入れてから十数分。

 俺は中心地となるエリアに差し掛かっていた。


 今日はモンスターのエンカウントが少なく、順調な帰路を俺は辿っている。

 逆にそれが怖いが、まあ考えないでおこう。


 ひとまずこのエリアを抜ければ管理局が設けている関所に辿り着ける。

 タクティクスの報告をしたほうがいいのかな?

 でもそんなことしちゃったら取られちゃいそうな気がするなー。


 そんなことを思いつつ中心地へ足を踏み入れた瞬間だった。


――ドドドドドーン!!!!!


 唐突に地面が揺れた。

 なんだ、突然。迷宮が揺れるなんてただ事じゃないぞ。


 俺は慌てて音がした方向に顔を向けると、とても近いのか大量の砂煙が上がっていた。

 ひとまず近づいて様子を見てみよう。


 近くにあった岩に身体を隠し、爆発があった場所に視線を向ける。

 するとそこには、ニヤニヤと笑っている太った男性と、真っ白な服に包まれた女の子の姿があった。


「ちょっと、アンタ何するのよ!」

「この迷宮をぶっ壊してやるのさ! ハハハハハッ」


 それは大惨事としかいえない光景だった。

 地面は穴ボコに、壁は崩れ落ちている。


 しかもよく見ると、太った男は俺がかつて憧れた深淵シリーズを装備しているじゃないか。

 つまり、あの太った男いやデブは俺よりレベルが高いということを示している。


「ん? あれは――」


 ちょっと悔しい思いをしつつ、デブを見ているとその手には爆竹っぽいものがあった。

 よく見るとそれは蠢いており、よくよく見ると迷宮でたまに見かける【爆裂ムカデ】だった。

 爆裂ムカデは熱の刺激を受けると爆発する特徴を持つ厄介な虫で、取り扱い注意の存在なんだけどデブは躊躇うことなくライターの火を近づける。


 途端に爆裂ムカデは暴れ出す。

 デブはそれを対峙していた女の子に投げつけると、爆裂ムカデは走り出し一秒も満たないうちに大爆発を起こした。


 それは先ほどとは比にならないほどの破壊力。

 迷宮全体が揺れ、中心地に生えていた植物が木っ端微塵になるほどだ。


 岩陰に隠れ、遠目で見守っていた俺ですら危機感を覚えるような破壊力である。


「あっぶねー……!」


 何なんだあいつは。

 無差別攻撃にも程があるだろ。

 下手したらあの爆発に巻き込まれて俺は死んでたぞ。

 咄嗟に壁の裏に隠れたから大丈夫だったけどさ。


 いや、それより狙われた女の子はどうなったんだ?


 俺は砂埃が立ち込める空間に目をやると、不思議な光に包まれた女の子の姿を発見した。

 どうやら無事だったらしい。

 ちょっとだけ胸を撫で下ろしつつ、俺は女の子の顔をよくよく見てみる。


 なんだか見たことがある顔だな。

 えっと、どこで見たんだっけ?

 最近は地上波なんて見てないし、見ているといえば無料動画サイトぐらいだし。

 見ているとしても迷宮攻略に関係する動画ばかりだし。


「あっ」


 そういえばオススメ動画の中に迷宮配信者ってのがあった。

 確かそこにあの子がいたよ。

 名前はなんだっけ?

 白猫を連れて迷宮配信してるらしいからなんか印象的だったんだけど、名前までは思い出せないなー。


 そんなことを考えつつ、スマホを使って検索をかけてみる。

 するといつも使っている動画サイトのトップページの注目配信という項目に二つのオススメがされていた。


「どうしたんだいどうしたんだい? そんなことじゃあリスナーが泣いちゃうよ、アヤメちゃーん!」


 そうだ、思い出した。

 あの子の名前は天見アヤメだ。


 確か、とんでもなく人気の探索系配信者だったはず。

 詳しくはわからないけど、配信に疎い俺でも耳に届くぐらい有名ってことだな。


 なんでそんな人気者がこんな初歩の初歩とも言える迷宮に来ているんだ?


 そんな疑問を抱きながら俺は天見アヤメの配信を開いてみる。

 するとそこにはアヤメを心配するたくさんのコメントが書き込まれていた。


〈負けるなアヤメー!〉〈あんなやつ魔法で一撃だ!〉

〈にげろぉぉぉぉぉ!〉〈あいつ強いぞ〉〈勝てない勝てない勝てない〉

〈魔法をぶっぱなせ!〉〈魔法でギャフンと言わせるんだ!〉

〈真剣なアヤメはじめて見た〉〈マジでヤバいって〉


〈やばいやばいやばい〉〈こんなのってないよ!〉

〈あのデブの装備 深淵シリーズじゃん〉〈レベルやべーぞ〉

〈アヤメよりレベルが高い〉〈悪いこと言わないから逃げろ!〉

〈勝てっこない逃げろ!〉


〈アヤメやべーじゃんw〉〈マジもんのヤバさじゃんかwww〉

〈逃げろってあいつレベル高いって〉

〈アヤメ今は真剣に助言する逃げろ!!!〉〈あいつはアヤメより強い!〉


 これはとんでもないぞ。

 でも助けようにもな。デブとはいえレベルが高いし。

 というかアヤメに突っかかっているあのデブはなんだ?


 俺は気になってもう一つのオススメであるおデブちゃんねるを開いた。

 するとそこはたくさんのアンチコメントが書き込まれている。


 死ね、アヤメをいじめるな、お前の母ちゃんデベソといった心のない言葉が書き込まれていた。 


「アンタ、有名配信者にトツって同接を増やそうとする迷惑系配信者ね。いくらなんでもやってることが陳腐すぎて笑えてくるんだけど!」

「へへへ、なんとでも言え。とにかく、この迷宮をぶっ壊してやるのさ。ついでに、アヤメちゃんにも僕が有名になるのを手伝ってもらうからね!」

「手伝う? 誰が? 言っておくけど、探索中でも故意に同業者へ攻撃した場合はとんでもない罰則が課される。あと私が配信してるってことを知っててそれをやるのかしら?」

「ふへへ、そうだよ。でもただ考えなしでやるほど僕はバカじゃない」


 そういってデブはある存在をアヤメに見せつけた。

 それは彼女がいつも連れている白猫だ。


 必死にバタバタと足を動かし、逃げようとしている白猫だがデブの力が強いのか逃げ出すことができない。

 それどころか完全に逃げられないようにゲージの中へ白猫は入れられてしまった。


「さあ、どうする? 僕と一緒に迷宮破壊をしなきゃこの子はムカデで死んじゃうよ~」

「……アンタ、最悪ね」

「なんとでも。さあ、いいなりになってもらおうか。それとも、このままにゃんこちゃんを見殺しにしちゃうのかな?」


 人質作戦、いや猫質作戦とは卑劣な!

 しかしあのデブ、案外侮れない。


 レベルが高いし、思ったよりも頭の回転も早そうだ。

 できれば穏便にことを済ませてほしいところだけど、まあ無理か。


 仕方ない、あんまりやりたくないけどアヤメに手を貸そう。


「ボックス」


 俺は自分のスキルを使い、アイテムボックスを出現させる。

 できれば数が少ないコレクションには手を出したくないけど、事態が事態だ。

 場合によっては使うしかなくなるし、この迷宮が壊れたら困るしね。


 ひとまず、爆裂ムカデを無効化するアイテムを使おう。

 後はそうだな、あの白猫を助けられるようにするために何がいいかなっと。


「わかったわ。そっちに行くから、その子には手を出さないで」


〈アヤメ!?〉

〈何言ってんだ!〉

〈諦めちゃダメだ!!〉

〈アヤメ アヤメー!〉


〈く、人質なんて卑怯だぞ!〉

〈デブをどうにかしろ!〉

〈ダメだここからだと助けにいけない!〉

〈俺まだ役員会議中だ!!!!!〉


 おっと、アヤメが思った以上に早く動き出しちゃった。

 これ以上は考えている時間がない、か。

 ひとまず、爆裂ムカデを無効化できればそれでいっか。


 さて、ひと仕事をするぞ。



「ふへへ、じゃあ派手にやっちゃおうか。ほら、これを持って」

「……ごめんね、みんな」


〈やめろアヤメー!〉〈ああ そんなやつのいいなりになんかに〉

〈ダメだ希望を捨てるな〉〈くそぉ!〉

〈もうだめだぁぁぁ〉

〈アヤメぇぇぇぇぇ〉


〈やだ見たくない〉〈こんなつらいの見たくない〉

〈俺達のアヤメが〉〈誰でもいいから助けてくれぇぇぇ〉

〈くそくそくそ〉〈なんで俺は見ていることしかできないんだ〉


 アヤメは悲しそうな顔をしている。

 当然だ。やりたくもない迷宮破壊をしようとしているんだしな。

 リスナーが止めても大切な白猫のために手を汚そうとしている。


 気持ちはわかるからこそ、助けようと思えた。


「派手に行くぞ」


 アヤメが爆裂ムカデを手に取り、ライターで刺激する。

 そして、デブのいいなりになって爆裂ムカデを放り投げた。


 俺はその瞬間、アイテム【極寒スライムゼリー】を地面に叩きつける。

 それは【冷獄の迷宮】に生息するスライムから手に入れられるアイテムで、あまりに冷たさにちょっとした空間なら氷の世界へ変えてしまうほど強力な冷気を放つ。


 その特性を使い、俺は爆発寸前の爆裂ムカデを強制的に冷やし、迷宮破壊を阻止した。

 当然、とんでもない効果だからこのエリア一帯は白銀に染まってしまうけど、まあ気にしないでおこう。


「な、なんだぁ~!?」


 突然のことにデブは混乱していた。

 アヤメはというと初めは驚いた様子を見せる。


〈アヤメ今のうちだ!〉


 そんな彼女を見て俺は配信にコメントを打ち込んだ。

 アヤメはコメントに気づいたのかすぐに状況を把握し、デブの溝うちを蹴り飛ばした。


 アヤメに蹴られたデブはそのまま倒れ、白猫を閉じ込めていたゲージを落とす。

 その衝撃で鍵が外れたのか、白猫は急いで外へ飛び出した。


「くそ、何なんだよ!」


 よし、上手くいった。あとはこのまま気づかれないうちに退散すれば――

 そう思い、こっそりその場から離れようとしたその瞬間だった。


「お前か!」


 とんでもないことに、俺はデブに見つかってしまった。


 なんで見つかったんだ!

 そんなことを思いつつ、おデブちゃんねるの配信に目をやってみる。

 するとそこには一つのコメントが書き込まれていた。


〈後ろに邪魔した奴がいる〉


 くそ、デブのリスナーか!


 気づかれた俺はすぐに逃げ出そうとした。

 だが、デブは一瞬にして俺の隠れていた岩陰へ移動し、殴りかかってくる。


 咄嗟に俺は左へ飛び込んでパンチを躱す。

 だが、その拳はとんでもない威力で岩を簡単に粉砕した。


「嘘だろ!」

「この、お前のせいで僕の計画が全部パァじゃないか!」


 デブが容赦なく殴りかかってくる。

 俺は慌てて距離を取ろうとするのだが、また一瞬にして詰められてしまった。

 なんなんだよ、こいつは。


「無駄無駄無駄ぁ~! 僕のスキルがあれば、お前なんて一瞬で八つ裂きさ!」


 くそ、なんつーフィジカルデブなんだよ。

 このままじゃあ本当に八つ裂きにされてしまう。

 ボックスを使おうにも、こんな状況じゃあ落ち着いてアイテムなんて選んでいられない。

 となると、手元にあるもので対処するしかないぞ。


 だけど何がある?

 木刀でどうにかできる相手じゃない。

 かといって他に対抗できるものは――


「死ねぇぇぇぇぇ!!!!!」


 ある。あるにはある。

 でも使い方がわからない。

 そもそも発動条件がわからない武器だ。

 

 ええい、そんなこと言っている場合か。

 こうなったらやるしかない。


 俺は迫るデブに木刀を投げつけた。

 当然、木刀はデブの右手で簡単に弾かれる。

 だけどそれはブラフだ


「ボックス!」


 わずかにできた時間を使い、スキルを発動させる。


 確認することなく、俺は対抗し得る可能性がある本命を取り出した。

 そう、それは先ほど手に入れたUUR武器だ。


「俺を守れ、タクティクス!」


 迷宮武器――それはまだ解明されていない謎多き存在。

 だからそんな武器を使いこなすなんて、本来の俺にはできないはずだった。


 しかし、ここにはもう一つのイレギュラーが存在する。

 それは、天見アヤメが連れている白猫だった。


『力を貸してあげるわ』


 不思議な声が白猫から聞こえてくる。

 それはまるで神秘的で美しい声で歌っているかのようなもの。

 その歌に反応したのか、タクティクスが虹色に輝き始める。


 カチャカチャと音を立てて形状を変化させ始めると、身体が隠れてしまいそうなほど大きな盾へ変わっていた。


 そんな盾を手にした俺は、迫ってきたデブの拳に合わせるように構える。

 すると盾は、いや盾を持った俺はのけ反ることなく放たれたデブの拳を受け止めていた。


「んな!?」


 デブの岩をも砕く拳を盾は平然と受け止めている。

 それどころか徐々にデブの身体が浮き始めていた。


「これは、まさかカウンター!?」


 押し返されたデブは為す術がなく後ろへ飛ばされる。

 それはピンボールのように勢いよく跳ぶと、何度も岩に身体を打ちつけた。

 それはとんでもない衝撃で、見るからに痛そうだ。


「うぎゃあぁあぁぁあああぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」

「な、何が起きたんだ……?」


 気がつけばデブの身体は地面へとめり込んでいた。

 そんなデブを見て、俺は何が起きたのかわからないで立ち尽くす。

 そもそもだが、どうして剣だったタクティクスが盾に変わっているんだ?


 俺が疑問で頭を傾げていると、デブが立ち上がろうとしていた。

 しかし、ダメージが大きいのか起き上がることすらできず崩れ落ちてしまう。


 俺はそんなデブを見て、安堵の息を吐いた。


「あー、よかった」


 何はともあれ、どうにかなった。

 あー、よかった。ホント殺されるかと思ったよ。


〈おおおおおおお!〉〈デブに勝ったぁぁぁぁぁ!!!!!〉

〈救世主だ〉〈英雄だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!〉

〈マジかよ!〉〈アヤメ無事か!!!??〉

〈アヤメアヤメアヤメ〉


〈おいおいおい〉〈とんでもないことになってんじゃんか〉〈脳汁出まくったぞ〉

〈変態紳士よりヤバいじゃんか〉

〈デブざまーみろ!〉〈お前の思い通りになるか〉

〈デブざまぁー!〉〈アヤメ無事でよかったわ〉

〈というかあいつ誰?〉

〈わからん〉〈知ってるやついる?〉


〈知らん〉〈というかあいつ持ってる武器何?〉

〈盾だな〉〈でもさっき剣の形してた〉

〈あれは確か機巧剣タクティクスだね〉〈世界で二つしか確認されてない超レア武器〉〈私でなければこの情報はわからなかったね〉

〈検索したら出てきたぞ〉〈おい変態紳士www〉


「すごい、バニラが力を貸した。それにあれ、タクティクスだし。あの人は一体……」


 騒動を終え、俺は安心する。

 だけど忘れていた。この場には天見アヤメがいたことを。

 そして、配信者であるデブのカメラがあったことを。


 まさかそれが、近いうちにとんでもないことになる要因になるとは。

 この時の俺は、そんなことを考える余裕すらなかった。

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