アイテムコレクター
小日向ななつ
第1部
第1章
Aパート 第一校
迷宮――それは様々な財宝が眠る場所。
生える植物、転がる石ころ、散らばるガラクタに、モンスターの全てが俺達人間に影響を与える宝だ。
そんな恩恵を与えてくれる危険な宝物庫が、十数年前に世界各地で出現した。
俺はそんな危険な宝物庫こと迷宮で一人探索を行っていた。
目的はもちろん、迷宮でしか手に入らない【アイテム】を手に入れ、俺こと黒野鉄志のコレクションを増やすことだ。
ということで本日も近場にある駆け出し探索者御用達の【ひだまり迷宮】で俺は探索をしていた。
「うーん……前にも手に入れたな、これ」
ひだまり迷宮をいつものように探索しているんだが、いいアイテムが手に入らない。
どれもこれもすでに持っているものばかりだし、しかも売値がとても安い。
ポーションや薬草といったものなら探索中に使いまくるから有用なんだけど、ヒビ割れた魔石ばっかりだから使いようがないというのがミソだ。
これは参ったな。
せっかくの休みでなけなしの小遣いを使って入場料を支払ったのに、全部が無駄になっちゃうじゃないか。
まだ時間があるけど、これはもしかしてもう手に入れるアイテムがないのか?
そんなことを考えていると視界の隅でスススッと動く何かを俺は発見した。
俺は気になって逃げるように動く何かをしっかりと視界に捉えると、それは虹色に輝くスライムだった。
「こいつは、レアスライムだ!」
レアスライム――そいつは倒すとレアアイテムを落としてくれるというなかなか出現しない名前通りのレアなモンスターだ。
迷宮に眠る宝箱の中身が復活していることがあるが、それはレアスライムが手に入れたアイテムを保管する習性を持っているためだと言われたりそうでなかったり。
何にしても、レアスライムに出会えたのは超ラッキーなことなんだ。
特にアイテムコレクターの俺としては願ってもない状況でもある。
ということで、俺はすぐに戦闘態勢を取った。
「アイテム寄こせぇぇぇぇぇ!」
「ぴぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
腰に携えていた木刀を握り、レアスライムに向かって振る。
レアスライムは案外動きがトロく、俺の攻撃は簡単に当たった。
そのまま力尽きたのか、ボンッと小さな爆発をすると共に煙を上げて身体が消えると代わりに一つの宝箱が出現する。
虹色に輝く宝箱は、まさしくレアアイテムの香りがプンプンとするぜ。
というかこれはもう、期待しないほうがおかしいだろって思えるぐらい神々しい輝きが空間に溢れていた。
「にししっ。さてさて、中身を拝見しようかな」
俺はちょっとだけ手もみをしながら宝箱を開く。
一体どんなレアアイテムがあるのか。
それはどれだけの価値が存在するのか。
いろいろ楽しみにしつつ、中に眠るアイテムに目をやる。
「ん? これは、剣?」
それは片刃の剣。なんだかメカメカしく、全体が漆黒に染まっている不思議な剣だ。
これはアイテムというより武器だ。
しかし、だとしてもこれがレアなのか。
どのくらいのレア度なんだろうか?
ちょっと気になったのでスマホを使って手に入れた剣の画像を撮って調べてみる。
すると検索結果の一番上にこんな名前が表示された。
「機巧剣タクティクス?」
なんだか仰々しい名前だな。
そんなことを思いつつ、タップしてサイトを開いてみるとそこにはとんでもない説明が書かれていた。
「え!? 世界で二つしか確認されてない!!?」
機巧剣タクティクスはとんでもなくレアな武器だった。
レア度でいえばアルティメットウルトラレア。つまりUURという最高ランクに当たる存在だ。
そんな武器が、こんな近場で手に入った。
もしかしたら俺、知らない間に来世の分まで運を使っちゃったか?
「…………」
ま、まあ、そうだとしてもすぐに死ぬことはないはず。
そうだ、ここは冷静になろう。
そう、冷静だ。冷静になるんだ。ビー・クール、ビー・クール。
よし、落ち着いたぞ。
とりあえず一旦迷宮を出よう。
不幸を味わうにしても迷宮の外のほうがたぶんいい。
ワンチャン、生き残れるだろうしな。
そんな決意をしつつ、俺はすぐに探索を打ち切り迷宮から脱出しようとした。
だけど、いや確実に不運ってものは襲ってくる。
そう、神の意地悪ってやつだね。
人によっては試練と呼んでいるかもしれないけど、何にしても叩き落としに来たことには変わりない。
だってそうとしか思えない騒動が起きていたもん。
「ちょっと、アンタ何するのよ!」
「この迷宮をぶっ壊してやるのさ! ハハハハハッ」
それは大惨事としかいえない光景だった。
地面は穴ボコに、壁は崩れ落ち、よく見ると迷宮が揺れている。
その原因を作ったと思われる丸々と太った男の手には、爆竹っぽいものがあった。
よく見るとそれは蠢いており、よくよく見ると迷宮でたまに見かける【爆裂ムカデ】だった。
爆裂ムカデは熱の刺激を受けると爆発する特徴を持つ厄介な虫で、取り扱い注意の存在なんだけど太った男いやデブは躊躇うことなくライターの火を近づけた。
途端に爆裂ムカデは暴れ出し、男はそれを対峙していた女の子に投げつけ、地面に触れた瞬間に空気が弾け飛んだ。
「あっぶねー……!」
何なんだあいつは。
無差別攻撃にも程があるだろ。
下手したらあの爆発に巻き込まれて俺は死んでたぞ。
咄嗟に壁の裏に隠れたから大丈夫だったけどさ。
いや、それより狙われた女の子はどうなったんだ?
俺は砂埃が立ち込める空間に目をやると、岩陰に隠れている女の子の姿を発見した。
どうやら無事だったらしい。
ちょっとだけ胸を撫で下ろしつつ、俺は女の子の顔をよくよく見てみる。
なんだか見たことがある顔だな。
えっと、どこで見たんだっけ?
最近は地上波なんて見てないし、見ているといえば無料動画サイトぐらいだし。
見ているとしても迷宮攻略に関係する動画ばかりだし。
「あっ」
そういえばオススメ動画の中に迷宮配信者ってのがあった。
確かそこにあの子がいたよ。
名前はなんだっけ?
白猫を連れて迷宮配信してるらしいからなんか印象的だったんだけど、名前までは思い出せないなー。
「どうしたんだいどうしたんだい? そんなことじゃあリスナーが泣いちゃうよ、アヤメちゃーん!」
アヤメ? そうだ思い出した!
あの子の名前は天見アヤメだ。
確か、とんでもなく人気の探索系配信者だったはず。
詳しくはわからないけど、配信に疎い俺でも耳に届くぐらい有名ってことだな。
なんでそんな人気者がこんな初歩の初歩とも言える迷宮に来ているんだ?
というかアヤメに突っかかっているあいつはなんだ?
「アンタ、有名配信者にトツって同接を増やそうとする迷惑系配信者ね。いくらなんでもやってることが陳腐すぎて笑えてくるんだけど!」
「へへへ、なんとでも言え。とにかく、この迷宮をぶっ壊してやるのさ。ついでに、アヤメちゃんにも僕が有名になるのを手伝ってもらうからね!」
「手伝う? 誰が? 言っておくけど、探索中でも故意に同業者へ攻撃した場合はとんでもない罰則が課される。あと私が配信してるってことを知っててそれをやるのかしら?」
「ふへへ、そうだよ。でもただ考えなしでやるほど僕はバカじゃない」
そういってデブはある存在をアヤメに見せつけた。
それは彼女が連れている白猫だ。
必死にバタバタと足を動かし、逃げようとしている白猫だがデブの力が強いのか逃げ出すことができない。
それどころか完全に逃げられないようにゲージの中へ白猫は入れられてしまった。
「さあ、どうする? 僕と一緒に迷宮破壊をしなきゃこの子はムカデで死んじゃうよ~」
「……アンタ、最悪ね」
「なんとでも。さあ、言いなりになってもらおうか。それとも、このままにゃんこちゃんを見殺しにしちゃうのかな?」
人質作戦、いや猫質作戦とは卑劣な!
しかしあのデブ、案外侮れない。
見た感じ、俺の知っている配信者とは違うけど配信しているデブなんだろう。
できれば穏便にことを済ませてほしいところだけど、まあ無理か。
仕方ない、あんまりやりたくないけどアヤメに手を貸そう。
「ボックス」
俺は自分のスキルを使い、アイテムボックスを出現させる。
できれば数が少ないコレクションには手を出したくないけど、事態が事態だ。
場合によっては使うしかなくなるし、この迷宮が壊れたら困るしね。
ひとまず、爆裂ムカデを無効化するアイテムを使おう。
後はそうだな、あの白猫を助けられるようにするために何がいいかなっと。
「わかったわ。そっちに行くから、その子には手を出さないで」
おっと、アヤメが思った以上に早く動き出しちゃった。
これ以上は考えている時間がない、か。
ひとまず、爆裂ムカデを無効化にできればそれでいっか。
さて、ひと仕事をするぞ。
「ふへへ、じゃあ派手にやっちゃおうか。ほら、これを持って」
「……ごめんね、みんな」
悲しそうな顔をしているな。
でも、もうそんな顔をする必要はない。
さあ、派手に行くぞ。
アヤメが爆裂ムカデを手に取り、ライターで刺激する。
そして、やりたくもない迷宮破壊をしようと爆裂ムカデを放り投げた。
俺はその瞬間、アイテム【極寒スライムゼリー】を地面に叩きつけた。
それは【冷獄の迷宮】と呼ばれる場所に生息するスライムから手に入れられるアイテムで、あまりに冷たさにちょっとした空間なら氷漬けにされてしまうほど強力な冷気を放つ。
その特性を使い、俺は爆発寸前の爆裂ムカデを冷やし迷宮が破壊されるのを阻止した。
当然、とんでもない効果だからこのエリア一帯は氷の世界になってしまうけど、まあ気にしないでおこう。
「な、なんだぁ~!?」
突然のことにデブは混乱していた。
アヤメはというと、初めは驚いていたがすぐに状況を把握し、デブの溝うちを蹴り飛ばした。
デブはアヤメに蹴られた拍子に倒れ、ゲージを落とす。
衝撃で鍵が外れたのか、白猫がそのまま飛び出しアヤメの元へ駆けていった。
「くそ、何なんだよ!」
よし、上手くいった。あとはこのまま気づかれないうちに退散すれば――
そう思い、こっそりその場から離れようとしたその瞬間だった。
「お前か!」
とんでもないことに、俺はデブに見つかってしまった。
デブは一瞬にして俺の隠れていた壁裏へ移動し、殴りかかってくる。
咄嗟に俺は左へ飛び込んでパンチを躱す。
だが、その拳はとんでもない威力で石の壁を簡単に粉砕した。
「嘘だろ!」
「この、お前のせいで僕の計画が全部パァじゃないか!」
デブが容赦なく殴りかかってくる。
俺は慌てて距離を取ろうとするのだが、また一瞬にして詰められてしまった。
なんなんだよ、こいつは。
「無駄無駄無駄ぁ~! 僕のスキルがあれば、お前なんて一瞬で八つ裂きさ!」
くそ、なんつーフィジカルデブなんだよ。
このままじゃあ本当に八つ裂きにされてしまう。
ボックスを使おうにも、こんな状況じゃあ落ち着いてアイテムなんて選んでいられない。
となると、手元にあるもので対処するしかないぞ。
だけど何がある?
木刀でどうにかできる相手じゃない。
かといって他に対抗できるものは――
「死ねぇぇぇぇぇ!!!!!」
ある。あるにはある。
でも使い方がわからない。
ええい、そんなこと言っている場合か。
こうなったらやるしかない。
俺は迫るデブに木刀を投げつけた。
当然、木刀はデブの右手で簡単に弾かれる。
だけどそれはブラフ。本命は、先ほど手に入れたUUR武器だ。
「俺を守れ、タクティクス!」
迷宮武器という存在がある。
文字通り、迷宮で手に入れた武器の総称だ。
その迷宮武器にはそれぞれ相性がある。
その相性は、ハッキリいってどうすればいいのか悪いのか俺にはわからない。
だが、いやあろうことか機巧剣タクティクスは俺と相性がよかった。
「んな!?」
剣の形をしていたタクティクスが、いつの間にか盾に変わっていた。
その盾は、岩をも砕く拳を平然と受け止め、簡単にデブを押し返した。
押し返されたデブはピンボールのように後ろへ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
しかもとんでもない衝撃だったらしく、デブの身体が壁にめり込んでいた。
「へ?」
何が起きたのかわからない。
というかどうして剣だったタクティクスが盾に変わっているんだ?
俺が頭を捻っていると、デブが起き上がろうとしていた。
しかし、ダメージが大きいのか崩れ落ち、地に伏せてしまう。
何はともあれ、どうにかなった。
あー、よかった。ホント殺されるかと思ったよ。
「いい人を見つけちゃった」
『そう? あの子、力に振り回されているわよ』
安心する俺。
だけど忘れていた。この場には天見アヤメがいたことを。
そして、配信者であるデブのカメラがあったことを。
まさかそれが、近いうちにとんでもないことになる要因になるとは。
この時の俺は、そんなことを考える余裕すらなかった。
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