2.どうやら、学園に入学するようです

 この国で“学園”といえば「国立中央学園」になる。というより、この国には学園はその一つしかない。

 もちろん、学校と呼ばれる教育機関もあり、ほとんどの子どもはそこに通う。

 国立中央学園は、厳しい試験を通過しなければならず、無事に入学しても、落第しないように研鑽し続けなければならない。なので、学園を卒業しただけで、将来は約束される。それぐらい、すごいところだ。

 学園では、数学や経済、法律、魔法、戦闘術などを十歳から十五歳までの六年間で学んでいく。


 檀上で話している学園長を見ながら、ため息をつく。

 この先、不安だらけだ。


「クロちゃん、大丈夫?」


 隣の席に視線を向けると、幼馴染であるアリスが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫よ。少しだけ、不安になっちゃっただけだから」

「クロちゃんなら、大丈夫だよ。勉強も魔法も得意なんだから。どっちかというと、私の心配してて」

「そうね。アリスが補習にならないように、応援しとくわ」


 そう言って、二人とも小声でクスクス笑い出す。

 少しだけ気がまぎれ、檀上へ視線を戻す。

 学園長と目があったような気がした。気を付けないと。



 王族と四家は、特別クラスと決まっている。

 警護の問題や実力の差があるかららしい。確かに、入学する前にダンジョンでレベルが上がっている生徒とそうでない生徒を一緒にしてしまうと、授業も進めにくいだろう。

 アリスと一緒にクラスへと入る。


「アリス!クローディア!」


 子犬みたいな人懐っこい笑顔でこちらに駆け寄ってきたのが、この国の王太子だとは信じられないだろう。


「お~、やっと来たか」

「予定の時間には、余裕で間に合ってますけどね」


 マシューとマーキスが前の席に着いたまま、話しかけてくる。

 これで、私の幼馴染が全員集まったことになる。


 ※


 これは、制作会社が言い張ったように乙女ゲームだ。

 ヒロインは、アリス・ファドレッド。イメージカラーは赤。宝具は扇という、ヒロインにしては珍しい武器を使う。使いこなすと扇が分裂して、一枚ずつ魔法を使用できるというものだ。

 そして攻略キャラは、隠しキャラを入れて四人。


 まずは、マシュー・ナイトル。イメージカラーは青。宝具は剣。その剣に魔法をまとわせて、相手を切っていく。純粋な剣術では、ラスボスである私と同等になる。


 次に、マーキス・クロファイト。イメージカラーは白。宝具はかぎ爪。主に斥候を担当。機動力を生かし、罠を仕掛けまわったり、相手を錯乱させたりする戦術を得意としている。


 最後に、王太子のシュルツ・フォーブス。彼がメインルートになるだろう。イメージカラーは黄。宝具は杖。一見すると地味だが、宝具としては他と比べ物にならない。その効果は、一定範囲内のナノマシンの制御。これにより、相手は魔法が使用できなくなったり、仲間の魔法の威力を引き上げることができる。もちろん、自分の魔法の威力も。


 あと一人は、隠しキャラで、攻略するのは困難を極める。なにせ、マシュー、マーキス、シュルツそれぞれのルートでラスボスを倒さなければならないのだ。一回だけでも相当の根気と時間を浪費するラスボス戦を三回も。それだけでは隠しキャラのルートには入れず、その後、シュルツルートで隠しキャラの好感度を上げなければならない。が、隠しキャラの好感度を上げるのが非常に難しく、その時々の好感度に合った選択肢を選ばなければならず、一つでも選択肢を誤ればルートから外れてしまう。


 現実になった今では、そのルートに入ることは難しい。というか、無理だ。


 ※


 アリスたちと話していると、教室の扉が開き、先ほどまで壇上で話していた人物も入ってきた。学園長だ。

 ……ゲームと違う。

 ゲームでは、アヴァルト・ヘインという、長身の男性が担任だった。


「皆さん、入学式お疲れ様でした。このクラスの担任になります、カーツェ・カフィクトです。よろしくお願いします」


 物腰柔らかな笑顔で、私たちに挨拶をする。


「学園長が担任となるのですか?」


 代表してシュルツが訪ねる。


「その通りです。今年は、王家、四家の子どもたちが一斉に入学し、全員が同学年となりました。このように一堂に会することがなかったので、先生方の負担が大きいと考え、私自ら担任になることにしました」


 確かに、今年は異例だろう。それでも、学園長が担任になるとは。

 ……気を付けないと。


「ほかに何か質問はありますか?」


 特にはないので、みんな首を横に振る。


「では、本日ですが、君たちの今の実力を確認したいと思います。第二訓練場へ移動してください」


 ※


 この学園には訓練場が三ヶ所ある。魔法や戦闘術を学ぶためだ。そこでは、古代の技術が使われているらしく、建物に魔法が当たっても壊れることはないし、重傷を負ってしまっても、完治し、死ぬことはない。さらに、観客席もある第一訓練場では、どれだけ激戦を繰り広げても、観客席まで影響を及ぼさない。

 ナノマシン様様だ。


 第二訓練場は、体育館の二倍ほどの大きさで、屋根までは三十メートルはある。主にクラスでの実習で使用する。

 最初に誰が行くか相談していると、学園長から声がかかる。


「君たちみんなで来てください」


 シュルツが「本当にいいんですね?」と、確認する。


「当然です。ダンジョンへはこのメンバーで入るのでしょう?なら、チームワークを含め、今の君たちの実力となります」


 それもそうだ。


「それに、今の君たち程度でしたら、なにも問題ありませんし」


 学園長のその一言を聞いたみんなの雰囲気が変わった。

 血気盛んな若者たちを、逆撫でするのには十分なセリフだ。


「みんな落ち着いて。学園長に乗せられないように。」

「わかってる。でも、なめられたままじゃないよな?」


 シュルツの一言に、マシューが返す。


「もちろん。せめて、一太刀は当てたいよね」


 それほどまでに、実力差があることはみんな分かっている。


「だから、冷静に、淡々とその機会をつくろう。大丈夫。僕たちならできるさ」


 その言葉に、私たちはなぜだか、できる気がしてしまうから不思議だ。

 それぞれ、宝具を構える。


「それでは、準備はいいですか?」

「はい。お願いします」

「……それでは、はじめ」


 学園長が、開始の号令をだした。

 次の瞬間、マーキスとマシューが駆け出す。


「ファイア!」「アバーブ!」


 アリスが魔法を放ち、シュルツがその魔法を強化する。学園長はそれを短刀で薙ぎ払う。

 左からマーキスが、右から少し遅れてマーキスが攻撃する。


「グラビティ」


 私の魔法で学園長の片足の重力を強くし、動きを阻害する。そこに、タイミングをわざとずらした二人の攻撃が襲う。

 魔法が当たった足を軸に、身をひるがえしながら、それらを難なくいなし、二人から距離をとる。


「グラビティ」

「スラッシュ!」「アバーブ!」


 再度、学園長の足を止め、強化されたマシューの斬撃が宙を駆ける。


「スラッシュ」


 学園長の斬撃が、ぶつかる。強化されたはずの斬撃を破壊し、そのまま、マシューへと襲い掛かる。


「ブロック」


 私の宝具で作った不可視の盾で防ぐ。

 マーキスが、後ろから襲い掛かる。

 それを躱す。躱した先には、マーキスが設置した罠がある。それに掛かった学園長を仕留めるため、一斉に攻撃を仕掛ける。


「グラビティ!」「アバーブ!」

「「スラッシュ!」」

「ファイアランス!」


 煙が上がり、学園長の姿が見えなくなる。

 しかし、警戒は解かない。みんなが宝具を構えたまま、にらみつけていると、


「少しは連携らしきみたいなことは出来ているようですね」


 私のすぐ後ろから、声が聞こえた。

 咄嗟にブロックを使い、吹き飛ばしてしまう。

 ───しまった。


「ほう……」


 戦闘が始まって、初めて驚いた表情をしていた。

 吹き飛ばした音に気付き、みんなの目線がこちらに向き、学園長がいることに驚く。


「最後のは素晴らしかったです」


 みんなに聞こえるように言っているが、明らかに、さっきの無詠唱についての賞賛だった。


「これで、確認は終わりです。お疲れ様でした。皆さんの実力だと、15層までは大丈夫でしょう」


 学園長のその言葉を聞き、みんなが喜ぶ。15層というと、この年齢では新記録ではないだろうか。20層になると、中層に分類され、卒業する時に、25層に行ければ優秀とされている。

 入学したての自分たちが今のまま行けば―、そう考え喜ぶ気持ちもわからなくもない。

 学園長から、ペンダントが配られる。


「これが、ダンジョンに入る際に必要な許可証になっています。無くさないように気を付けてください」


 みんなの目が、キラキラしている。


「それでは、本日はこれで終了とします。気を付けて帰ってください」


 そう言って、学園長は教室を出ていった。


 ※


 アリスたちは、早速いつダンジョンに入るか相談している。


「最初は10層のボスを目指そう」「余裕があればその先も探索しましょう」「だったら、荷物もそれなりに準備しないとな」「5層よりどれだけ強くなるかな?」「急には強くはならないと思う」

「明後日の放課後はどう?」


 アリスが私の予定を確認する

 んー、特に問題はないな。


「私は大丈夫よ」

「じゃあ、明日は一緒に準備しに、買い物行こう!」

「わかった」


 明日の放課後の予定も決まった。

 遠足みたいなノリだなぁ。おやつはいくらまでか聞いてみようか。


「……クロちゃん、遠足じゃないんだから」


 アリスが小さい子を見るような顔で、たしなめる。

 解せぬ。

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